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Blood Red  作者: 井村六郎
Episode5
9/40

前編

本当は今回でメアリーのライバルキャラを出すつもりでしたが、メアリーの力を見せる為にもう少し先延ばしにする事にしました。

 瑠阿は今、家の地下で魔法薬の研究をしている。

「熱湯に、レッドフロッグの粉末を一ミリグラム……黒魔水を三ミリリットル……」

 魔法薬とは、その名の通り、魔法の効果をもたらす薬の事。魔法薬の製造には、ビタミンやらミネラルやらステロイドやら、そういう科学物質を使わない。もっともっと摩訶不思議な、そう、魔法的な材料を使うのだ。

 ただ、調合によっては非常に危険なので、可能な限り不測の事態に備えなければならない。

 例えば、瑠阿は今ローファー靴を履いていている。これは足に飛沫が掛かった時、直接掛からないようにする為だ。

「青ペンキ草のエキスを二ミリ、マムシの粉末を一ミリ……」

 レシピを見ながら、大きな釜に加えて、煮詰めて調合を進めていく瑠阿。

「これで、オオヒトトリグサの粘液を加えれば……」

「瑠阿」

「きゃっ!」

 瑠阿はバケツ一杯の粘液を釜に入れようとした時、後ろからメアリーに声を掛けられて、バランスを崩し、粘液がかなりこぼれてしまった。

 こぼれた粘液は、瑠阿の足に。

「……」

 ねちゃっ、ねちゃっ。

 足踏みしてみると、粘液が靴と床の間に無数の糸を引き、足が床から離れなくなっていた。靴を脱いで逃げようともしたが、粘液は靴の中にまで染み込んでしまっていて、脱ぐ事も出来ない。防御策が全く機能していなかった。

「もう、どうしてくれるの? これ、オオヒトトリグサの粘液よ? 一度くっついたら簡単には取れないのに……」

 オオヒトトリグサは、粘液で獲物を捕らえる。人間大サイズのモウセンゴケを想像してもらえれば、それで大体合っている。

 その粘着力は凄まじく、人間や魔族すら動けなくしてしまえるのだ。だから、ヒトトリグサと呼ばれているのだが。

 この粘液はあらかじめ調合用に処理されており、原液よりは幾分粘着力を落としてある。しかしそれでも、女子高生をその場に貼り付けてしまうには、充分な拘束力を誇っていた。

 瑠阿の力では、この戒めから脱出出来ない。逃れようともがき続けるが、引っ張ろうがと足踏みしようと、引き戻されるだけで、粘着糸を引きちぎる事が出来なかった。

「ごめんごめん。邪魔しちゃったね」

 メアリーが指を鳴らすと、足元にぶちまけられた粘液が、時間を巻き戻すようにバケツに戻った。靴下に染み込んだ粘液まで、全部だ。

 今のは、物体浮遊の魔法の応用である。極めれば、布や紙に染み込んだ水分さえ、引き剥がす事が出来る。メアリーの高い魔力量なら、粘着力が高くても引き剥がせるのだ。

 足が自由になり、安心した瑠阿は、ひとまず粘液入りバケツを置いた。

「それで、何を作ろうとしてたの? もしかしてローション? 君意外と大胆なんだね?」

「そんなわけないでしょ!!」

「冗談冗談。で、実際には?」

「……固め薬」

 固め薬とは、その名の通り、あらゆるものを凝固させてしまう魔法薬だ。凝固剤を思い浮かべるかもしれないが、これはどちらかというと接着剤だ。

「この前の戦いでよくわかったわ。あたしには、まだ異端狩りとの戦いは無理だって」

 勝てないなら、せめて足止めして逃げるなり、メアリーが来るまで時間稼ぎするなりしかない。

「魔法薬の調合。あたしの唯一の取り柄がこれよ。でもこんな子供騙しみたいな作戦も、青服以上には通じないでしょうね」

 赤服の上の異端狩りが、青服だ。黒服が一兵卒で赤服が隊長。青服は幹部、といったところだろうか。そしてその上が、白服である。

 異端狩りは位が上になるほど、文字通り異次元の強さになる。基本的に下位団員は、上位の団員に勝てない。こうなったのは、実力が全てを決める組織だからだ。

「時間稼ぎが出来るなら充分すごいじゃないか。僕が駆け付けるまで耐えられたら、勝ったも同然だよ」

「耐えられたら、ね……」

 一度トラウマを植え付けられているので、どんな作戦を思い付いても、うまくいくのかとどうしても不安になってしまう。

「大丈夫。君は僕の瑠阿だから、絶対にうまくいくよ」

 メアリーは瑠阿を抱き締めた。

「な、何してんのよ!? あたしはあなたのものになった覚えなんかないわ!」

 瑠阿は赤面しながら、慌てて離れる。

「おや? 僕達はこの指輪で繋がってる事を忘れたのかな?」

「……!!」

 そう言って、隷従の指輪を見せびらかすメアリー。これはもう、瑠阿は自分の所有物だと言っているようなものだ。

「まぁいいよ。いずれ君を、完全に僕のものにしてみせるから」

 不吉な宣言をして、メアリーは部屋から出ていった。

「……何なのよ、もうっ!」

 不愉快だ。不愉快極まりない。瑠阿はこの気持ちを少しでも緩和する為に、調合を再開した。




 ☆




「おお~。メアリーさん大胆ですなぁ~」

 真子はニヤニヤしながら、瑠阿の愚痴を聞いていた。

「もうほんとどうにかして欲しいあの変態……」

「まぁ確かに、ちょっと大胆に接しすぎな感じはあるけどさ、好かれてるなら別にいいじゃん。嫌われるよりはずっといいっしょ?」

「いっそ嫌って離れて欲しいんだけど」

「あらあら。ところで、例の調合はうまくいったの?」

「それはばっちりよ。ほら、これ」

 瑠阿はスカートのポケットに入っていた小瓶を見せた。見た目はとても小さいが、中には10リットルもの液体が納められている。魔法で瓶の中の空間を広げてあるのだ。

「いつもながら、どうやって入ってるのか疑う光景ね~」

 空間拡張の魔法を見るのは、真子にとって初めてではない。前に何度か見た事がある。

「10リットルも入ってるなら、人間一人くらい簡単に封じ込められそうだよね」

「人間ならね。相手は異端狩り。人間の姿をしているだけの人外だもの」

 ただ相手を固めるだけの薬が通じるなら、苦労はない。

「間違っても私には掛けないでよ?」

「わかってるわよ」

 真子に掛けたら、間違いなく動きを封じてしまえる。一応中和剤も作って持ってきているが、必要にならない事を祈るばかりだ。



 放課後。

「異端狩り、来なかったね」

「学校にいたらわからないわよ」

 この前、メアリーは異端狩りを倒した。自分の仲間が消息を断った事は、既にジャスティスクルセイダーズの上層部にまで伝わっているはずだ。

 聖装束には、いわゆる発信器のような機能もある。着用している異端狩りが今どこにいるか、逐一情報を送っているのだ。その反応が途絶えれば、ジャスティスクルセイダーズはすぐにでも新しい異端狩りを送りつけてくる。だから、新しい異端狩りが、既にこの街に潜伏していても、おかしくはないのだ。メアリーが教えてくれた。

「じゃああたしはもう帰るけど、真子は気を付けてね? もし異端狩りに出くわしたりしても、軽く挨拶してやれば、きっと大丈夫だから」

 異端狩りへの対処に、最適解というものは存在しない。どんな対応をしても、異端狩りによっては、絡まれる事がある。

 真子は魔族ではないので、最低限の会話で済ませれば、異端狩りを怒らせる可能性は低くなる。

 それでも異端狩りに殺される可能性がゼロになるわけではないが、それはもう、気性の荒い異端狩りが派遣されてこない事を願うしかなかった。

「私の運が試されるわけね。でも何かあったとしても、瑠阿とメアリーさんが助けてくれるんでしょ?」

「もちろんよ」

 大切な友達を、異端狩りなどというごろつき紛いに殺させるわけにはいかない。

 真子はスカートのポケットから、五望星のアクセサリを取り出した。

 これは、先日青羅に頼んで作ってもらった、警報だ。有事の際、これに強く念じれば、瑠阿に伝わる。

 本当は瑠阿自身が作りたかったのだが、未熟な瑠阿にはまだ作れず、仕方なく青羅に頼んだのだ。

「危なくなったらすぐ使うのよ?」

「わかってるって。じゃあね!」

 二人は別れた。




 ☆




 事件は、別れてから五分後に起こった。

「すいません」

「……はい?」

(うげ……)

 顔をしかめそうになるのを、どうにかこらえる真子。

 家に帰ろうとしたら、いかにも異端狩りといった装束を着用した女性に、声を掛けられたのだ。

「一つお訊きしたいのですが、この辺りで怪しい事件など起こってはいませんか?」

 訊いてきた内容も、かなりそれっぽい。というか、異端狩りで確定だ。

「……私は知らないですね。テレビとかあんまり見ませんし」

「そうですか?」

 瑠阿やメアリーの事を教えるわけにはいかない。なので、適当に答えて立ち去る事にする。

「本当に何も知りませんか?」

「本当に知りません。忙しいので失礼します」

 しつこく訊ねてきたので、あしらって背を向ける真子。

「それは、おかしいですねぇ」

「え……」

 思わず立ち止まってしまった。

「あなたの……この辺りから、魔族の気配がするのですが」

 振り向いた直後、女性が真子のスカートのポケットを指差した。

 そこには、瑠阿からもらったアクセサリが入っている。

「気配の感じからして、そこに入っているのは魔道具ですね? おかしいですねぇ。何も知らない一般人が、魔道具を持っているはずはないのですが」

(し、しまった!)

 異端狩りは魔力を感じ取れる為、魔道具の存在に気付く事が出来る。何かあった時の為の用意が、完全に裏目に出てしまった。

「もしかしてあなた、魔族と何らかの繋がりを持っているんじゃないんですか?」

「……くっ!」

 このまま隠し通すのは無理だ。そう思った真子は異端狩りに背を向け、逃げ出す。

「図星ですか。逃がしませんよ」

 その行動を自分に対する宣戦布告と取った異端狩りは、指を鳴らした。

 瞬間、


 べちゃっ!


「えっ!?」

 不快な水音と共に、駆け出していた真子の足が止まった。止められた。

「何!? 足が動かない!!」

 見ると、地面がネバネバした液体で満たされており、液体はその粘着力で真子の足を貼り付けていた。両手で足を掴んで引っ張っても、グチャグチャと音を立てて引き戻されるだけで、全く取れない。

「あっ!?」

 すると、液が盛り上がって真子の両手を絡め取り、思いきり引っ張り上げた。

「きゃああああああああ!!」

 すごい力で、真子の足は宙に浮き、両手は真上で液体にがっちり押さえられる。足にも液体が絡み付き、固定された。

「異端狩りだ!!」「きゃああああ!!」「逃げろ!!」

 それを見た町の人々が、急いで逃げ出す。

「さあ、あなたと繋がっている魔族の事を教えなさい。さもないとあなた、とっても痛い目に遭う事になりますよ?」

 異端狩りが詰め寄り、瑠阿の事を吐くよう強要した。

「私はこの街で起きている失踪事件を解決しに来ただけなんです。大丈夫。大人しく話して下されば、すぐに解放しますよ」

(信用出来ないわよ!! 瑠阿、助けて!!)

 素直に話したところで、殺されるのは目に見えている。どんな理由であろうと、異端狩りは魔族に協力した者を、決して生かしておかない。

 助かりたければ、この異端狩りを倒すしかない。死にたくない。だから真子はアクセサリに向かって、必死に瑠阿を呼んだ。

 瑠阿を呼べば、それは結局異端狩りの望み通りとなってしまう。しかし、異端狩りの要求に従って瑠阿を呼ぶのと、アクセサリを使って瑠阿を呼ぶのは、大違いだ。

 少なくとも、後者は異端狩りの隙を突く事が出来る。今に必ず瑠阿がやってきて、この異端狩りを倒してくれると、そう信じて、真子は時間稼ぎをする事にした。

「黙っていても、状況は好転しませんよ? むしろ悪くなります。あなたはよく知っているでしょう?私達がどんな人間なのか」

 異端狩りがそう言うと、液体が動き、真子の頭を包み込んだ。

 息が出来ない。纏わり付いた液体を振り払おうと、真子は全力で頭を振る。だが、どんなにもがいても液体を振り払う事は出来なかった。

 もう少しで窒息するというところで、液体が離れる。

「私はこの水を操る事が出来ます。この程度の事は簡単です。さて、話す気になりましたか?」

 この異端狩りは、真子が魔族についての情報を吐くまで、水責めをするつもりだ。

「こんな事して、ただで済むと思ってるの!? 違法よ、こんなの……!」

 真子は動けない代わりに、言葉での抵抗を試みる。

「許されているのですよ、我々異端狩りは。それに、あなたは我々にとっての犯罪者です。既に人権などというものはありません」

 しかし、息も絶え絶えにそんな事を言われても、強がりにしか見えない。事実、強がりだった。真子に異端狩りと戦う力はなく、悪態をつく事くらいしか出来ないと、異端狩りは見抜いている。

 ならば、その反抗心を折るまで、『取り調べ』を続けるだけだ。答えたところで死ぬだけの、取り調べを。

「ぼっ……!」

 再び水責めを行う異端狩り。窒息する寸前で、液体を離す。

「どうですか? これでもまだ、話す気はないと?」

 問い掛ける異端狩り。真子はそれに対して、顔面に唾を吐きかけるという返答をした。

「……では仕方ありません」

 異端狩りは右の頬に付いた唾を拭ってから、また真子を水責めにする。

「ばっ! はぁ……はぁ……!」

「まだ言いませんか?」

 再度問い掛ける異端狩り。真子はもはや声も出せず、首を激しく横に振る事で答えた。

「面白い事を教えてあげましょう。私はですね、あなたのような可愛らしい女性を痛め付けるのが、何よりも好きなんです。相手が苦しめば苦しむほど、より深く痛め付けたくなるんですよ」

(それのどこが面白いのよ!?)

「ごっ!?」

 真子は心で反論したが、何と反論したのかわかったのかわからなかったのか、異端狩りは真子の腹を殴った。

 激痛に肺から酸素を吐き出す。それから、異端狩りがまた水責めをする。酸素がない分、より苦しむ真子。

「ぶはっ!」

「脅しではない事がわかったでしょう? 素直に話さないと、もっともっと苦しむ事になりますよ」

 再び尋問する異端狩り。そんな彼女に、真子は顔を背けた。

「ふむ……見たところ、あなたは普通の学生です。拷問に耐える訓練を受けたとは、思えません。にも関わらずこれだけ強情を張れるのは、あなたと繋がっている魔族はよほど大切な存在のようですね」

(当たり前よ!)

 異端狩りは真子の強情さに感心し、真子は心の中で答えた。この異常者達は、必ず倒してもらわなければならない。

「しかし、だからといって私も引き下がるわけにはいかないんです。こちらも仕事で来ていますから。さて、では苦しんでもらいましょうか。息が出来なくて悶えるあなた、本当に可愛いですよ」

 恍惚とした表情を浮かべ、異端狩りは水責めを再開する。真子を拷問するのが、愉しくて仕方ないという顔だ。

(死ぬ……殺される……!!)

 このままでは、殺されてしまう。どうせ異端狩りは、真子が死ぬ事など何とも思っていない。

 死ねば死んだで仕方ない。少々面倒だが、別の方法で探せばいい。それぐらいにしか思っていない。異端狩りとは、そういう存在だ。

(も、もう、駄目……)

 瑠阿は今、間違いなくここに向かっているはずだが、彼女が到着するまでは、どうも間に合いそうにない。真子は自分の死を確信した。


 その時、液体に魔力弾が炸裂した。


「何!?」


 驚く異端狩り。真子が地面に倒れる前に、その身体は見えない力によって引き寄せられ、抱き締められた。

「お待たせ、真子」

「る、瑠阿……」

 瑠阿だった。間一髪、真子の救出に間に合った。

「このバカ!! 遅すぎるわよぉ!! 死ぬかと思ったじゃない!!」

「ごめんごめん。思ったより遠かったの」

 真子はいつまで経っても現れなかった瑠阿を罵倒し、瑠阿は真子の頭を撫でる。

 はっきり言って、まだ安心させてやる事は出来ない。黒服とはいえ、相手は異端狩りだ。

 しかし、とりあえず、言いたい事だけは、はっきり伝えておこうと思った。


「あたしの友達に何してくれてるのよ!!」



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