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Blood Red  作者: 井村六郎
Episode 4
8/40

後編

 異端狩りは内心驚いていた。突然瑠阿とは比較にならないほど強大な魔力の持ち主が、殺意をみなぎらせて現れたのだ。

「なるほど。あなたですね、報告にあった強力な魔族は」

「そういうあんたは、異端狩りだね? その聖装束、間違いない」

「ほう、聖装束で判断するとは、あなた、我々の事をよく知っているようですね」

「知っているさ。その聖装束が、ジャスティスクルセイダーズの中でも、下っ端に与えられる物だということもね。そうだろ? 黒服の下っ端」

 異端狩り達は、オルベイソルという異端狩りだけが存在する国を持っている。ジャスティスクルセダーズとはオルベイソルの最高機関であり、その中では団員を装束の色で位分けする。

 異端狩りが纏う装束は聖装束と呼ばれ、今目の前にいる異端狩りの装束は、黒を基調としたローブ状の装束。

 ジャスティスクルセダーズにおいて黒の装束は、血を意味する。赤服も存在し、こちらも同じく血を意味するが、こちらは黒より位が高い。黒服は最前線で戦い、常に返り血を浴び続けて、赤を通り越して黒くなった下っ端。最下級の団員を意味しているのだ。

 逆に、最高位の団員は、白装束である。上の位になるほど、装束の色は明るくなっていく。これは清らかさを意味しており、位が高い者はより清らかで、低い者は穢れた色を纏わされるのだ。

 自分が最下級の異端狩りである事を指摘され、異端狩りは少しこめかみを痙攣させた。ようするに、この異端狩り、先程未熟未熟と馬鹿にしていた瑠阿と、何ら変わらない存在なのである。

「私にはイゴール・ナーグという名前があるのです。下っ端という名前ではありません」

「名前なんてどうでもいいよ。お前達が殺した魔族の事を気にしないようにね」

「……あなたも我々の仲間に、大切な仲間を駆除されたようですね」

「僕の両親だ。だから僕は、お前達異端狩りを絶対に許さない」

 メアリーの殺意が膨れ上がる。それはもう、異端狩りに負けないほど、強烈な殺意だった。

「瑠阿、ちょっとだけ下がっててくれないか。僕はもう、自分を抑えられない」

 嘘を吐いているようには見えない。メアリーがいつになく本気だという事は、瑠阿にもわかった。このままここにいたら、大変な事になる。そう思った瑠阿は、大人しく下がった。

「あなたのような魔族を倒せば、私の昇進も間違いなしです」

「僕はお前の出世を手伝うつもりはない。余計な事考えてないで、さっさと死ね」

 言葉にも殺意を乗せ、ゴミを見るかのような表情を浮かべるメアリー。彼女の憎悪は、とても深い。きっと彼女の両親は、それはそれは凄惨な殺され方をしたのだろうと、瑠阿は思った。

 イゴールは再び、こめかみを痙攣させた。気に入らない。今まで自分の姿を見て、恐怖に震え上がらなかった異端はいなかったというのに、このメアリーという異端は全く怖がらないどころか、挑発までしてくる。

(違うだろ? お前ら異端が取るべき行動は、そうじゃないだろ!?)

 ガタガタと震えて跪き、涙を流して嗚咽を漏らしながら、哀れな声で命乞いをする。それが彼が知っている、彼にとって当然の、異端の行動だった。

「調子に乗るなよ異端風情が。すぐに命乞いをさせてやる!」

 そう言って、イゴールは装束の右ポケットから、どうやって入れていたんだとツッコミが飛びそうなぐらいの、ライフルを取り出した。

「聖兵装ブラックスピア。粗悪品の量産型か」

 メアリーが武器の名前を言い当てる。

 聖兵装とは異端狩りが使う武器。ブラックスピアはその中でも黒服に与えられる、最低級の量産型装備だ。しかし、だからといって油断は禁物である。

 ブラックスピアの口径は八十五口径と、メアリーの銃よりも大きく、有効射程距離も十キロで、さらにフルオート機能を搭載と、現在存在するライフル銃の中では破格の性能なのだ。しかも、マガジンはメアリーの銃と同じく、拡張してあり、装填数は五千発。

 これに魔法的効果を付加する事により、さらに性能が向上する。

 強力な分一発ごとの反動も大きく、一般人にはとても使えない。鍛え抜かれ、魔法を修得した異端狩りにしか使えない武器。それが、聖兵装だ。

「いくら黒服用の装備といえど、貴様ごとき駆除するのは、わけないぞ!」

 イゴールはメアリーに、ブラックスピアを向けた。その銃口は、メアリーの右腕を狙っている。

「手足を一本ずつ抉り飛ばしてやろう。異端狩りに喧嘩を売る事がどれだけ愚かな事か、思い知らせてやる!」

 だから、まずは右腕を、という事だ。しかし、自分の銃より口径の大きな銃を向けられても、相変わらずメアリーはゴミを見るような、不快そうな表情を浮かべたままだった。

「その生意気な面を苦痛に歪めやがれ!!」

 その反応に怒りが頂点を超えたイゴールは、とうとうブラックスピアを発砲した。

 対して、メアリーはその場から一歩も足を動かさず、ヘルファイアをブラックスピアの射線に合わせて、発砲した。

(バカめ!! そんな小さな銃で――!!)

 イゴールは、ブラックスピアの対物対魔弾が、ヘルファイアの弾を押し潰し、メアリーの右腕に突き刺さって抉り飛ばすという、勝利のビジョンを脳裏に浮かべていた。



 だが結果は、ヘルファイアの弾がブラックスピアの弾を相殺するという形に、収束した。



「……は?」

 信じられないものを目撃し、イゴールは唖然となる。

 続けてメアリーは、ナイトメア、ヘルファイア、ナイトメア、ヘルファイア、と、水平に構えて交互に、高速で発砲し始めた。

 ナイトメアとヘルファイアは、フルオートモードに設定出来、マシンガンのように高速連射する事が出来るのだ。

 しかし、その機能はブラックスピアにも搭載されている。イゴールはブラックスピアをフルオートモードにし、迎撃に入った。

 だが、どちらも威力は同じ。されど相手は二丁で、イゴールは次第に押されていく。

 危険だと思ったイゴールは、聖装束に魔力を込めて、魔道障壁の防御力を高めた。

 しかし、メアリーの弾丸は一瞬で魔道障壁を穴だらけにしてしまい、イゴールは全身に弾丸の衝突を受けてしまう。

「ぐああああああああああああああ!!!」

 イゴールは大ダメージを受けて苦悶の声を上げ、その場に崩れ落ちた。

「障壁、貫通魔法……!! そうか……!!」

 この瞬間、イゴールはなぜ威力が勝るはずのブラックスピアに、メアリーが拮抗出来たのか悟った。

「僕は魔女だ。魔道を歩む者同士の戦いにおいて、勝敗を決するのは武器の優劣じゃない」

 弾丸に魔法を付加したのだ。それで弾丸の強度と威力を引き上げ、ブラックスピアと相殺出来るようにしたのである。

 加えて、聖装束の魔道障壁を警戒して、魔力や異能など、エネルギーによって作り出した壁を貫通する、ウォールクラッシュという障壁貫通魔法を付加した。

「身に付けた魔力の大きさ、覚えた魔法の多彩さ、そして、それらを最適のタイミングで使いこなす思考速度と判断力。武器の性能は、二の次だ。そんな事もわからないとは、お前、同格以上の魔族と戦った事ないだろ」

「ぐっ……!!」

 イゴールは奥歯を噛み締めた。その通り。イゴールは基本的に、弱い魔族をブラックスピアで嬲り殺しにする事しかしない。

「強い相手と戦えば自然と身に付く能力なのに、弱い者いじめしかしないから、いざ自分より強い相手と戦った時に、そんな情けない顔をする事になるんだ」

 イゴールを煽りまくるメアリー。憎い異端狩りが不様な姿をさらすのを見るのが、楽しくてたまらないのだろう。

「さあ、さっさとその傷を治して立てよ。命中する寸前に強化を解いて、威力を落とす魔法も一緒に使ったから、そこまで深いダメージにはなってないはずだ」

 メアリーの言う通り、命中こそしたが、異端狩りの治癒魔法なら瞬時に回復出来るダメージしかない。

「こんなものでは終わらせない。僕の両親を奪い、そして、今また僕から大切な人を奪おうとしたお前達には、もっともっと惨い苦しみを与えてやる」

「……舐めるなッ!!」

 激怒したイゴールは、ダメージを回復し、なんともう一丁ブラックスピアを取り出した。

「二つならどうだ!!」

 ライフルを二丁構えての連射。正気とは思えない行動だが、イゴールは平然とやる。しかも、今度は弾丸に魔力を込めている。メアリーの戦い方を見て、イゴールなりに学んだのだ。

「見様見真似か」

 もちろん馬鹿正直に喰らってやるはずもなく、メアリーはコウモリ化して回避。

「救いようがないな」

 イゴールの背後で実体化して、背中に向かってヘルファイアを発砲する。

 だが、命中した瞬間、イゴールの身体が土塊となって崩れた。

(分身魔法?)

 イゴールはメアリーの行動を予測して分身を用意し、攻撃を回避したのだ。

 本物は、メアリーの背後。

「死ね!!」

 散々自分を馬鹿にしてくれたメアリーに悪態をつきながら、イゴールはブラックスピアの弾幕を、ありったけ、メアリーの背中に叩き込んだ。

「メアリー!!」

 瑠阿は悲鳴を上げた。不意打ちに対しては、コウモリ化が使えない。つまり、まともに喰らってしまうのだ。いかにメアリーといえど、あれだけの攻撃を喰らえば、ダメージは深刻だ。

「……へぇ、少しは頭が回るじゃないか」

 だが、メアリーは無傷。ブラックスピアの弾丸は、一発もメアリーの服を貫通していない。

「な、何だ、その服は!?」

 イゴールは驚いている。重戦車を縦に並べて、一発で七台貫通出来るブラックスピアの射撃を百発以上受けたというのに、それを完璧に防ぎきったメアリーの服。はっきり言って、白服の魔道障壁レベルの防御力だった。

 どんな材料で出来ているのか、メアリーは答えた。

「ああこれ? 僕の血だよ」

「血!?」

「そうそう言い忘れてた。僕はただの魔女じゃない。ダンピールだ」

 吸血鬼は、己の血液を自在に操る事が出来る。メアリーも当然その能力を受け継いでいる為、それを使って血で服を作ったのだ。

 瑠阿は理解した。メアリーが着替える時、彼女の服は一瞬で別の服に変わる。あれは自分の血を操って、変化させていたからなのだ。

 材質も質量も自由自在で、この能力を利用して、メアリーは自分の血に衝撃を覚えさせ、それ以上の衝撃を受けた際に硬質化、防御するよう暗示を掛けているのだ。

「異端狩りの魔道障壁を使ってるみたいで嫌だったんだけど、ある人から我慢して修得しとくよう言われたからさ。結構便利なもんだよ?」

「ダ、ダンピールだと!? ダンピールの魔女……まさか貴様は……!!」

 イゴールは、ある存在について思い出した。全異端狩りに指名手配されている、危険度最上級の魔族。記憶が正しければ、それは確かダンピールの魔女だった。

「貴様だけは!!」

 イゴールは距離を取ると、

「何としてもこの場で始末しなければならない!! 私の命を捨ててでも!!」

 また、二丁のブラックスピアを乱射した。

「無理に決まってるでしょ」

 メアリーはそれをかわしながら接近し、イゴールの頭を飛び越え、

「そんな安い命じゃさ」

 右腕に向けてナイトメアを撃った。

「ぐあっ!!」

 ナイトメアの弾丸は、イゴールの右肘の関節を破壊した。またしても、威力減衰の魔法を使っている。もしそのままの威力だったら、イゴールの右肘から先が千切れて吹き飛んでいた。

「貴様ぁぁぁぁぁぁ!!」

 瞬時にダメージを回復して発砲するイゴール。

「あはははははは!!」

 弾丸は命中するが、メアリーの姿はかき消えて、その隣に再び現れる。そのメアリーにも撃つが、またメアリーの姿が消え、隣にまたメアリーが現れる。

 幻覚魔法を使って翻弄しているのだ。それを何回か繰り返すうち、本物のメアリーが現れ、二発撃った。

「ぐおおおおおおおお……!!」

 弾は正確にイゴールの両足に命中し、両膝を砕く。

「ほら、早く治して逃げないと、また当てちゃうよ? 次はどこかな? 頭か!? 肺か!? 心臓か!? 脇腹か!? どこでも『手加減して』当ててあげるよ! あははははははははは!!」

「貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 言われた通り、両足を治療して立ち上がるイゴール。

 その後、メアリーはイゴールの射撃をかわしながら、脇腹や両肩に当てたりして、イゴールを精神的に追い詰めていた。

 瑠阿はメアリーの戦い方を、戦々恐々としながら見ている。いつもの余裕やふざけた態度など微塵もない、憎しみに溢れた戦い方だ。あんな残酷な戦い方を、メアリーは笑いながら続けている。恐らく、メアリーは今まで出会った全ての異端狩りに、このような戦い方をしてきたのだろう。それは、指名手配されて当然である。

「もういいや。飽きちゃった」

 イゴールをいたぶる事に飽きたメアリーは、とうとう、決着をつける事にした。

「うおおおおおおおおおおおお!!!」

 最後の悪足掻きとばかりに、ブラックスピアで射撃するイゴール。

 対してメアリーは、ヘルファイアとナイトメアの射撃で拮抗する。

 だが、それでメアリーを止める事は出来なかった。

 イゴールは目の前の射撃に集中していて気付かなかったようだが、背後にいた瑠阿は、何が起こったのかよく見えた。

 メアリーの服の背中の部分が赤く変色し、盛り上がったのだ。それはやがて、赤黒い二本の腕となり、そこにはあの魔剣ディルザードが出現する。

 メアリーは魔力を込めながら、血の腕を伸ばし、操って、

「お勤め、ご苦労様」

 ディルザードをイゴールの脳天に叩き付け、爆砕した。

 雑魚魔族としか戦ってこなかった異端狩りは、強大な魔族と戦い、その遺体すら残す事なく、この世を去った。




 ☆




「瑠阿!!」

「お母さん!!」

 帰宅した瑠阿は、青羅に抱き付いた。青羅はこの街に異端狩りが現れた事を、一時間ほど前に知り、心配していたのだ。

「よかった……瑠阿……」

「心配かけてごめんなさい。メアリーが守ってくれたの」

 劉生だけでなく、瑠阿まで失ってしまわないかと、青羅としては生きた心地がしなかっただろう。

「異端狩りは僕が倒しました。これで当分は大丈夫でしょう」

「メアリーさんが……」

 青羅は驚いた。異端狩りと戦って勝てるのは、よほど力の強い者だけだ。青羅も黒服ぐらいなら勝てるが、それでも可能な限り戦いは避けるし、赤服以上が相手となると無理である。

「でも、またやってきたりしない?」

 瑠阿は心配した。異端狩りは、それこそ異端を狩る事に全ての情熱を懸けているような連中なので、しつこい。誰か一人が倒されれば、また仲間を送りつけてくる。前より強い異端狩りを。

「大丈夫。例え向こうが白服を送りつけてこようと、僕が必ず倒すから」

 メアリーは瑠阿を元気付けた。瑠阿は、なぜかその言葉を信じる事が出来た。



 イゴールの消息が途絶えた事を察した、オルベイソルの異端狩り達が、一人の異端狩りを差し向ける事を、瑠阿達はまだ知らない。

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