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Blood Red  作者: 井村六郎
Episode 4
7/40

前編

「はぁ……」

瑠阿は溜め息を吐きながら登校した。

「その溜め息……夕べはお楽しみでしたな?」

「茶化さないでよ」

「ごめんごめん。でも、また吸血されちゃったんでしょ?」

「……うちの屋上でね」

「うわ、メアリーさんったら大胆」

 真子は両手で口を覆った。音声遮断の魔法で、家の敷地から外に聞こえなくしてくれた事が、せめてもの救いか。

 今でも、外であんな声を出してしまったと思うと、恥ずかしくてたまらない。

「吸血が必要なのは仕方ないとして、どうしてあんなシチュエーションにこだわるのよ……」

「んー、そこは人間と同じなんじゃない? ほら、お金持ちが最上級のスイートルームでワインを飲む感じでさ」

 それは聞いた事がある。だが聞いた事があるというだけで、金持ちの道楽など、瑠阿には理解出来なかった。

「とにかく、何とかならないかしら? あたしはこの指輪のせいで逆らえないし……」

 そう言って瑠阿は、何をしても自分から離れてくれない隷従の指輪を、忌々しげに睨み付けた。

「でもその指輪さえあれば、何かあった時すぐメアリーさんが駆けつけてくれるでしょ?」

「それはそうだけど……」

「じゃあボディーガード代だと思って、我慢しなきゃ」

 真子の言う事は、筋が通っている。彼女から見れば、隷従の指輪は頼りになるボディーガードを呼び出す、電話代わりなのだろう。

 だが、それはこの指輪の力を体感していないから思える事だ。瑠阿にとってこの指輪は、

(なんだか、蜘蛛の糸みたい)

 決して断ち切る事の出来ない蜘蛛の糸。たとえ離れていても、蜘蛛の巣と、その中で待っている主と繋がっている。例え離れていても、ずっと巣の中に捕らえられている。どこに行っても逃げられない、呪いの糸。主がひとたび引き戻そうと思えば、繋がっている獲物は為す術もなく引き戻され、弄ばれ、生き血を吸われてしまう。

 瑠阿は離してもらえない。あのダンピールは、あたしという獲物を食い尽くすまで、この呪縛を解いてくれない。それまであたしを捕まえて閉じ込めていてくれる、あたしだけの――

(な、何を言っているよあたしは!?)

 メアリーに抱く思いが妙な方向にシフトしかけて、慌てて修正する瑠阿。

 そして思い出した。吸血鬼の牙から染み出す液には、依存性があるという事を。

 もしかしたら、もう手遅れかもしれない。指輪を外してもらっても、彼女から逃げられなくなっているかもしれない。

 そう思うと、瑠阿は頭が痛くなった。


 街外れの片隅。

「はい。強力な魔族が潜伏していると思われる市街地に到着しました」

 一人の男性が、右手の甲に刻まれた刺青に向かって話しかけていた。

「了解。だが、行動を起こすのは慎重にな。いかに我ら異端狩りの活動が正当とはいえ、我々の存在を毛嫌いする者は多いのだ」

 すると、刺青から別の男性の声が返ってきた。

 返ってきたのは注意。決してやりすぎないようにしろという注意文。

「はい。心得ております」

 だが、彼の表情は、答えと裏腹に、全く聞くつもりがないという笑顔だった。




  ☆




 放課後。

「じゃあまた明日」

「うん。じゃあね」

 真子と別れる瑠阿。

 その帰り道、瑠阿は街の人々が、ひそひそと何か噂話をしている事に気付いた。

(どうしたのかしら?)

 誰もかれもが、隠れるようにして噂話をしている。まるで、何かに怯えているかのようだ。

 気になった瑠阿は、右耳に片手を当てて、魔法を使う。小さな話し声や物音を聞き取る為の魔法、聞き耳の魔法だ。

 すると、こんな話が聞こえてきた。

「聞いた? 今この街に、異端狩りが来てるんですって」

「やだぁ……昔私が別の街にいた時の話だけど、その時ウチの隣に住んでた旦那さん、肩にぶつかっただけで足を折られたんですよ。捜査の邪魔をした罰だって」

「私なんか、この前私の親戚から電話があってね、友達が異端狩りに殺されたって。反抗的だったのが原因だったみたいよ」

「警察も手出し出来ないみたいだし、あんなのが顔を利かせてくるなんて、世も末ねぇ……」

 内容を聞いて、瑠阿は耳を疑った。

「い、異端狩り!?」

 異端狩りがこの街に来ている。恐れていた事態が、とうとう起きてしまった。こうしてはいられない、急いで青羅にこの事を話して、街から離れなければ。



 そう思っていた時だった。



「すいません」

 瑠阿は誰かに話し掛けられた。振り向いてみると、そこには物腰の柔らかそうな男性が、笑顔で立っていた。

 見た目はただの男性だが、瑠阿にはわかった。この男、異端狩りだと。

 全身から漂ってくる強大な力、隠そうともしていない殺意。これは、異端狩り特有の気配だ。

 悪寒が止まらない。恐怖が溢れる。だがそのすぐ後に、強い怒りと憎しみが沸き上がってきた。

 異端狩り。父を殺した、憎い存在。殺したい。一族郎党根絶やしにしてやりたい。瑠阿は今にも、この異端狩りに飛び掛かってやりたい気分だった。

(……だめ。抑えなさい、あたし)

 だが、そんな気分を強引に静める。異端狩りは強い。満足な準備も出来ていない上に未熟な瑠阿では、復讐心に任せて挑んでも、返り討ちにされるだけだ。

 それに、この男は父を殺した異端狩りではない。殺すなら、親の敵からと、そう決めている。

 とはいえ、この異端狩り、既に瑠阿が魔女だと気付いているだろう。でなければ、まず話し掛けてこない。それに、こんなに殺意を剥き出しにしたりしない。

 異端狩りとの戦いは絶対に避けるべきだが、こういう場合、まず戦いは避けられない。今取れる最良の手立ては、目眩ましをして逃げる。その為に、会話をして時間を稼がなければならない。

 異端狩りに遭遇しても、会話をいくつかしただけで助かった者もいると聞いている。とにかく、無視していきなり逃げるという事だけは、避けるべきだ。そんな事をすれば、異端狩りは攻撃してくる。

「何ですか?」

「あなた、魔女ですね?」

 やはり気付かれていた。この異端狩り、いきなり瑠阿の素性を言い当ててきた。

「……そうですけど、どうしたんですか? あたし、異端狩りに狙われるような事、してませんけど」

 怒らせないようにしながら、しかし、主導権を握らせないように、少し強気で話す。

「やはり私が異端狩りだと気付かれましたか」

「それだけ殺気をまき散らしていればわかります」

「おっと失礼」

 異端狩りは口元を押さえて笑う。すると、瑠阿は異端狩りから発せられる重圧が和らいだ事に気付いた。どうやら、少し殺意を抑えてくれたらしい。それでも、殺意が消えたわけではなく、そんなものは異端狩りの気分次第なので、全く気が抜けないが。

「この街に強力な魔族が出現したと報告を受けまして、市民の安全の為、見回りに来たのですよ。それで探してみれば、見つけたのはこんなにも未熟で弱々しい魔女で、すこし拍子抜けしました」

 瑠阿が気にしている事をズケズケと言う異端狩り。怒りのボルテージが急速に上がっていくのを感じるが、瑠阿はどうにか自分を抑える。

「じゃああたしは、異端狩りさんが探してる強力な魔族じゃないですね。失礼していいですか? 忙しいので」

「まぁお待ちなさい」

 皮肉を言いながら去ろうとしたが、やはり、はいどうぞ、とはいかないようである。呼び止められた。これで終わりなら、一番よかったのだが。

「あなた、その魔族に心当たりはありませんか? 知っていたら教えて頂きたいのですが」

 ああやっぱり、と瑠阿は思った。

 心当たりならある。この異端狩りが探している強力な魔族というのは、恐らくメアリーの事だ。彼女なら間違いなく、この街に住んでいる魔族の中で一番強い。

「……わかりません。あたしもこの街に住んでる魔族を、全員把握しているわけではないので」

 だが知っていたとしても、教えるつもりはなかった。いくら毎晩嫌な事をされているといっても、異端狩りに売るほど恨んではいない。

 というか、父の敵ではなかったとしても、異端狩りに協力するなんて、死んでも嫌だった。

「本当に知りませんか?」

「……はい」

 もう一度訊かれたが、もう一度同じ答えを返す。

「すいませんが、あなたに協力は出来そうにないので、失礼させてもらいます。お役に立てなくてすいませんでした」

 一礼しながら、口と行動だけの謝罪をすると、瑠阿は異端狩りに背を向けた。早足で歩き、出来る限り異端狩りから離れようとする。


 その瞬間、異端狩りから感じられる殺気が、いきなり膨れ上がった。


「!?」


 驚いて振り向いてみると、異端狩りが笑顔でいるのがわかった。

 ただし、先程までの柔らかな笑みではない。目を爛々と輝かせている。例えるならそれは、獲物を狙う肉食獣のようだ。


「ではあなたを駆除して楽しむとしましょうか。魔族が一匹消えたとわかれば、何かしら動くかもしれません」

 知らないと言ったのに、この異端狩り、瑠阿を殺すつもりだ。いや、駆除と言った。異端狩りは魔族を人間と対等の存在ではなく、害虫、もしくは害獣としか見ていない。

「し、知らないって言ったじゃないですか! 本当に知らないんです!」

「知っていようがいまいが、関係ありません。全ての魔族は、人間の敵。そしてそれを一匹残らず駆除するのが、我ら異端狩りの使命。それが例えこちらに害意をもっていなかろうと、可愛らしい少女の姿をしていようと、ね」

 返答如何に関係なく、最初から殺す気でいたのだ。

 これが、異端狩りである。例え害意がなかろうと、善意しかなかろうと、女子供や老齢だろうと、異端であるなら皆殺し。魔法や異能を使うだけの存在も、異端に無理矢理当てはめる。しかし、同じ魔法を使っている自分達は咎めない。

 徹底した絶滅主義と、どこまでも身勝手な縁故主義の塊。それが、異端狩りという存在なのだ。

「もちろん、結界は張らせてもらいますよ。市民の安全が第一ですからね」

 そう言って結界を張り、瑠阿を閉じ込める異端狩り。

「何が市民の安全よ! あたしを逃がしたくないだけのくせに!」

「そうですよ。だって仕方ないじゃありませんか。久々の異端殺しで、すごく興奮してるんですもの!」

 瑠阿に本音を言い当てられても、異端狩りは少しも悪びれる様子はなく、むしろ肯定している。結局異端狩りというのは、異端を殺したいだけの危険集団なのだ。

「くっ!」

 戦っても勝ち目はない。当初の予定通り、目眩ましをして逃げる。

「弾けろ!!」

 瑠阿は杖を取り出すと短く叫び、光の弾を飛ばす。いつも杖だけは最低限準備しているのだ。せめてネックレスくらいは欲しかったが、言っている暇はない。

「そんな弱い魔力で……!!」

 片手で弾き飛ばそうと構える異端狩り。瑠阿の魔力は、確かに弱い。全力で撃っても、簡単に防がれてしまうだろう。

 だが、これはダメージを与えるのが目的の攻撃ではない。

「何!?」

 光弾は異端狩りに当たる直前で炸裂し、強烈な光と、耳鳴りのような音で、異端狩りの視覚と聴覚を封じた。

 目眩ましの魔法、フラッシュバーン。特殊部隊が使う、スタングレネードのような光弾を作る魔法だ。いかに異端狩りといえど、三半規管を封じられれば、能力が落ちる。

(今のうちに!!)

 逃げるなら今しかない。こんなものは足止めにしかならないので、急いで逃げないと、すぐ復活して襲ってくる。

「なるほど」

 しかし、瑠阿が背を向けた先に、異端狩りはもう回り込んでいた。

「そんな!? 効かなかったの!?」

「効きましたよ。ですが、我々の治療技術を甘く見ないで頂きたい」

 瑠阿のフラッシュバーンは、間違いなく効いていた。しかし、異端狩りは自分達の継戦能力を強化する為に、治癒魔法の研究を続けている。麻痺した三半規管を一瞬で治療し、復活したのだ。

「さて、これであなたを異端として駆除する、正当な理由が出来ましたね」

 瑠阿の抵抗の事を言っている。瑠阿からすれば殺される寸前なので、これくらいなら正当防衛なのだが、そんな事情は知った事ではないのだろう。人としての道理が通じる存在なら、一般人にまで嫌われたりなんかしない。

「何もしないで、処分されてやる気なんかないわよ!」

「ほう。あなたのような未熟者が、私に対してさっきの目眩まし以上の事が出来ると?」

「うるさいうるさいうるさい!! 異端狩り!! あたしのお父さんの敵め!!」

 目眩ましが通じず、身体能力でも負けている以上、もう逃げる事は出来ない。いや、もう逃げる事は考えていなかった。

 自分の家族の敵の仲間である事、度重なる未熟者呼ばわりが、積もり積もって瑠阿を逆上させている。

 怒りに任せて、瑠阿は全力の魔力弾を放つ。

 異端狩りは、避けない。避けようともしない。何もしない。

 その時点で、もう瑠阿は絶望していた。

 魔力弾は直撃し、炸裂、爆発する。だがその跡地から、傷一つない異端狩りが歩いてきた。

「魔道障壁すら貫けないとは、未熟者も甚だしい。ここまで弱いと、いくら久々の異端殺しとはいえ、流石につまらないですよ。まぁ、駆除する事自体は変えませんが」

 異端狩りは先程の治癒魔法と同様に、継戦時間を少しでも伸ばす為、衣服に加護を込めている。

 その加護の一つが、魔道障壁。文字通り、魔力を使って展開する、あらゆる攻撃を防ぐバリアだ。本来は意識して使うものなのだが、異端狩りの衣服に込められた加護は、一定レベル以上の攻撃に対して、オートで展開する。

 全く意識する事なく展開される為、異端狩りには意識外からの不意打ちや、感知距離外からの狙撃などが通用しない。

 一定の威力があれば力で破れるが、そんな簡単に破れるバリアを、異端狩り側が用意するはずがない。少なくとも、瑠阿の全力程度の攻撃では、亀裂の一つも入れられない。

「あなたのような未熟者には、聖兵装を使うまでもありません。汚ないですが、素手もたまにはいいでしょう」

「あうっ!」

 異端狩りは、絶望して逃げる事もままならない瑠阿の首を片手で掴み、持ち上げた。振りほどこうともがくが、鍛え抜かれた異端狩りの力に、瑠阿は抗えない。

「そういえばあなた、父を我々の仲間に駆除されたとか言っていましたねぇ? 安心なさい。すぐにあなたも、いるかどうかはわかりませんがあなたの母も、同じ所に送って差し上げます」

 異端狩りは片手に力を、じわじわと込めていく。異端狩りの服には、身体能力強化の加護も掛けてある。よって、人間の首を片手で握り潰すぐらいは簡単だ。

(そんな……お父さん……お母さん……)

 何も出来ない。出来る事がない。出来る事はただ一つ、死を受け入れる事だけ。

 意識が薄れていく。もうすぐ、首の骨が折れる。恐らくその瞬間に死を迎えるだろう。

 瑠阿は家族を思い浮かべ、

(メアリー!!)

 最後にメアリーの名を呼んだ。


「!?」


 その時、何かに気付いた異端狩りは、突然瑠阿を離し、飛び退いた。



 直後、銃声が聞こえて、今しがた異端狩りがいた場所が、陥没した。



「ゴホッ! ゴホッ!」

 急に気道が確保されて酸素が入り、倒れながら咳き込む瑠阿。その瑠阿の身体を、優しく誰かが包み込む。

 当然ながら、それはメアリーだ。

「メアリー!!」

 忘れていた。隷従の指輪には、奴隷に何かがあると、それを主に伝える機能がある事を。

「ありがとう。僕がたどり着くまで、よくこいつを釘付けにしてくれたね」

 メアリーは礼を言うと、瑠阿を離し、異端狩りに向き直った。

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