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Blood Red  作者: 井村六郎
Episode3
6/40

後編

「ほう……お前、魔女か」

 瑠阿が気付いた時、あれだけ立ち込めていたエメラルドグリーンの霧は影も形もなく消え去っており、代わりに目の前には男と、真子が立っていた。

 男の反応からして、今まで瑠阿に幻覚を見せていたのはこの男だ。

「真子!!」

 瑠阿が呼び掛けても、真子は反応しない。焦点の定まっていない、虚ろな目だ。恐らく無視しているのではなく、声自体が聞こえていない。

「無駄だ。この娘の精神は、俺が見せる夢の中にある」

 男は幻覚魔法の使い手。今真子の心は、先程男が瑠阿に見せたのと同じ魔法の虜にされ、抜け出せなくなってしまっている。

「真子をどうするつもり!?」

「魔道士が人間を拐うのに、理由は一つしかないぞ」

「……生け贄にするつもりね!?」

 男は真子を、詳細は不明だが、使うのに生け贄が必要な魔法の、生け贄にするつもりなのだ。だから、幻覚魔法を使って拐った。

「そうだ。生け贄は一人でいいんだが、俺の姿を見られた以上、生かして返すわけにはいかない。お前も生け贄にしてやる」

「そんな事、させない!!」

 真子を取り返す為に、杖を取り出す瑠阿。

 だが、魔道士の男が片手をかざすと、男の姿は消えて再び霧が立ち込め、また女達が現れた。

(また幻覚魔法!? こんなの効かないわ!!)

 手口がわかり、突破法もわかっている以上、もう効かない。女達が両手を伸ばして、瑠阿を捕まえようとしてくるが、それより早く自分の意識に命じ、瑠阿は幻覚をはねつける。

 幻覚は消えた。だが代わりに、すぐ目の前に魔道士が現れ、

「ふんっ!」

「あっ!」

 瑠阿の顔面を殴った。

「う、ううっ!」

 立ち上がろうとする瑠阿。だが、また幻覚が展開される。素早くそれを破る。が、破った時には、魔道士が目の前にいる。

 今度は、瑠阿の腹を蹴り飛ばした。

「ごっ!」

 コンクリートの床を転がり、咳き込む瑠阿。

「お前は幻覚魔法の解き方を心得ているようだ。だがな、目眩まし代わりに使うくらいは出来るんだよ!」

 いくら幻覚魔法を使おうが、瑠阿はそれを解ける。だが掛かっても解けるだけであり、掛からないわけではない。

 そして幻覚魔法が掛かっている間、瑠阿の視界から魔道士は消える。瑠阿が魔法を解くには、少し時間を要する為、その間に魔道士は接近し、殴り飛ばす。これで、瑠阿を完封出来る。

(こんな事なら、幻覚魔法に掛からなくなる方法を教えてもらえばよかった!)

 後悔しながら、瑠阿は打開策を探す。幻覚魔法だけでなく、自分にとって害を及ぼす全ての魔法に言える事だが、力の強い魔女なら対策などしなくても、自然と耐性が付く。しかし瑠阿は、まだまだ力の弱い魔女だ。

 そんな彼女に出来るのは、挑む事だけだった。どれだけ相手が強かろうと、彼女には親友の為に、挑む事しか出来なかった。

「脆いものだな。もう魔法を使うだけの余裕もないだろう? このままなぶり殺しにしてやる」

 魔力はあるのに、魔法が使えない。相手は魔法を封殺する戦い方が出来る。これが、見習いと熟練者の差。

「!!」

 だがその時、魔道士は殺気を感じた。

 同時に感じる。今この魔女の近くに立っていたら、確実に殺されるという、死の予感を。

 魔道士が慌てて飛び退くと、彼が先程まで立っていた場所の真横の壁が、粉々に粉砕された。

 その反対側から、片手に白い銃を持った美女が現れる。

「どこの誰だか知らないけど、よくもその子を痛め付けてくれたね」

 美女、メアリーは黒い銃も出して、魔道士を威嚇した。

「メ、メアリー!? どうして、ここに……!?」

 瑠阿は驚く。なぜメアリーに、この場所がわかったのだろうか。

 メアリーは指輪を見せながら説明した。

「この指輪にはね、君に何かあったら僕に伝える機能もあるんだ。それで君が危ない目に遭ってるってわかったわけ」

 驚いて隷従の指輪を見る瑠阿。外そうとするとわかるとは聞いていたが、従僕の危機を主に伝える機能もあるとは思わなかった。

「状況はなんとなくわかるよ。これでも、魔女として生きてきて長いからね」

 少なくとも、目の前の魔道士が敵だという事はわかった。なら、倒すだけだ。

「……誰が来ようと同じ事だ。俺には、幻覚魔法がある‼」

 魔道士は右手をかざし、メアリーに対しても幻覚魔法を使おうとする。瑠阿や真子と同じように、快楽の世界に閉じ込めようとする。

 だが、メアリーには一切の変化が起きず、メアリーはナイトメアを発砲した。

「ぐああああああああああ‼」

 右腕が粉々に弾け飛び、肩までごっそりと抉り取られる。魔道士は苦悶の声を上げ、左手で右肩を押さえ、その場にうずくまった。

「ど、どうして……‼」

 メアリーには、幻覚魔法が効いていない。これまで効かなかった相手がいなかった為、魔道士は激しく動揺する。

「君ごときの幻覚魔法に、この僕が掛かるわけないじゃないか」

 理由は、単純な実力の差。魔道士は熟練者だが、メアリーは超熟練者である。幻覚魔法に対する防御法だって当然心得てるし、魔力に圧倒的すぎる差があるなら、弱い魔法は効かない。

「こ、こうなったら……」

 メアリーの強さに、このままでは勝てないと察した魔道士は、メアリーに勝つ為、ある決意をする。

「はっ!」

 魔道士は今まで右手を押さえるのに使っていた左手を振るい、袖の下に隠していた錠剤を取り出すと、一気に飲み干した。

「うおおおおおおおおおおお‼」

 薬の効果は飲んだ瞬間に現れ、魔道士の右腕が修復。さらに、全身の肌が、紫色に変色した。

「今飲んだ薬は、寿命を縮めるのと引き換えに、俺のあらゆる能力を限界を超えて引き出す効果がある。今の俺の魔法なら、お前に効くはずだ‼」

 そう言って、魔道士は今生えてきたばかりの右手を、メアリーに向けた。

「!」

 たちまちメアリーの視界から魔道士は消え、代わりに全裸の女たちが現れる。

「へぇ……」

 魔道士の言っている事は、まんざらでたらめばかりでもないらしい。今度は、きちんとメアリーにも掛かっている。

「なかなか素敵な幻じゃないか。でもね!」

 とはいえ、容易に解ける。解いた時には、先程瑠阿がされたのと同じように、魔道士が迫っていた。

 メアリーは魔道士の拳をかわし、至近距離からヘルファイアを放つ。しかし、よけられた。

「おや」

「そんなもの、もう俺には当たらん‼」

 予想外の展開だった。対魔拳銃ヘルファイア。この破壊の一撃がかわされた事は確かにあるのだが、今かわされるとは思っていなかった。寿命を犠牲にするパワーアップは、伊達ではないという事か。

(さて、どうしようかな?)

 ナイトメアはヘルファイアと同じ性能である。こちらを使ったとしても、結果は同じだろう。メインウェポンである、二丁対魔拳銃が効かない。幻覚魔法も効いてしまう。にも関わらず、メアリーの反応は落ち着いたものだった。

(じゃ、久しぶりに使おうかな!)

 それは、この魔道士と同様に、メアリーもまた奥の手を隠し持っていたから。

 魔道士が飲んだ薬は、今もその寿命を削りながら、能力を高め続けている。逃げに徹すれば、いずれ力尽きる。

 それでは、舐められているようで気分が悪い。だから、圧倒的な力を見せつけて倒す。しかしそれをすると、瑠阿と真子が死ぬ可能性がある。

 そう思ったメアリーは、未だに呆然と立ち続ける真子を睨んだ。その瞬間、真子が見えない力に引っ張られるように、瑠阿のそばまで飛んでいった。

 物体浮遊の魔法。メアリーほどの魔女になると、睨むだけでこれを使えるようになる。

「真子!」

 瑠阿は傷付いた身体を圧して、飛んできた真子を受け止めた。

「この埋め合わせは必ずするから、今は僕から離れてくれ! 今から本気を出す!」

 メアリーの言葉を聞いた瑠阿は、真子を抱えて壁の陰に隠れた。

 本気を出す。ただでさえ強いメアリーの本気など、どれほどのものか、全く想像できない。念の為瑠阿は、隠れている壁に魔力を通し、強度を上げる。

「見せてあげるよ。この僕の、本気を!」

 メアリーは銃をしまい、魔道士に言い放った。

 彼女はダンピールだ。その血には、吸血鬼の力と、魔女の魔力が宿っている。

 自分の中に眠る二つの力を、解き放つ。

 服が弾け飛んだ。魔力が膨れ上がり、身体も黒く変色、硬質化しながら、一回り大きくなる。

 メアリーは、女性のフォルムを持つ黒い怪物に変身した。

「な、何だ、その姿は!?」

「マイティ―チェンジ。僕の奥の手さ」

 驚く魔道士に、メアリーは答える。

 自分の力を全開にする事で、魔力や身体能力を数十倍に増大させる、マイティ―チェンジという切り札。吸血鬼の父と、魔女の母。二人の力を受け継ぐ、メアリーだけが持てる切り札だ。

「そして!!」

 メアリーが両手を掲げると、漆黒の刀身を持つ大剣が現れた。

 この大剣、とにかく大きい。マイティーチェンジを発動し、その長身をさらに巨大化させたメアリーより、なお大きいのだ。

「魔剣ディルザード。久々にこれを使うとするよ」

「魔剣、ディルザード!?」

 瑠阿はメアリーの口から飛び出したその名前に驚いた。

 ディルザードと言えば、魔女、フェリアが作った魔道具の一つだ。

 フェリアには、夫がいた。それも人間ではなく、吸血鬼。名前は、アグレオン・ブラッドレッド。非常に力の強い吸血鬼で、フェリアは彼を支える為に、かの魔剣を打ったという。

 とある事件の後、行方知れずになっていたが、どうやらそれはメアリーが持っていたようだ。

「貴様……一体どこでその魔剣を!?」

 当然魔道士も、その存在を知っている。

「知らないのかい? フェリア様は自分が作った中でも強力な魔道具を、相応しい者以外が悪用しないように世界中に隠してるんだ。僕はそれを探して旅をしている身でね、たまたま見つけたのさ。フェリア様がかつて暮らしていたといわれている屋敷の跡地でね」

 そのような作品は、フェリアの至宝と呼ばれており、一つ手に入れるだけでも、強大な力が手に入るのと同じ事なので、様々な存在が探し求めている。

 メアリーもその一人で、たまたまフェリアとアグレオンが住んでいたという屋敷の焼け跡を調べて、発見したそうだ。

「これを使うほどではないと思うけど、世に名高きフェリアの至宝の一つだ。使わなきゃ錆びちゃうよ」

 というわけらしい。

「舐めるな!!」

 再び幻覚魔法を使うする魔道士。

「もう効かないよ!!」

 だが、マイティーチェンジによって魔法耐性を上げていたメアリーには、もう掛からなかった。

「二人を危険に巻き込んでくれた報いを、受けてもらう!!」

 メアリーは魔剣ディルザードを振り上げる。

 魔剣と名が付いているこの剣は、当然、ただ大きいだけの剣ではない。特殊効果が備わっている。

 その特殊効果とは、魔力による強化。魔力を込める事で、魔力を増幅し、切れ味や強度を高める。込めた魔力を、破壊のエネルギーに変換して放つ事も出来る。

 単純だが、穴のない機能だ。例え強力な魔法で防御されようと、こちらがそれを遥かに上回る魔力をぶつければ、叩き潰す事が出来る。

 加えて、魔力を増幅する剣の魔道具は多数あるが、ディルザードはその中でも飛び抜けている。その辺りは、流石にフェリアの作品といったところだろう。

 アグレオンは強大な魔力を備えており、ディルザードとの相性は抜群だった。伝説によると、アグレオンはこの魔剣で山脈を消し飛ばしたり、巨大なドラゴンを一刀両断に切り伏せた事もあるらしい。

 ただこの剣、一つだけ欠点がある。魔力を込めれば込めるほど、確かに強化されるのだが、その分重くなるのだ。

 いや、ダンピールの膂力を以てすれば、振るうこと自体は問題ではない。問題は――――、

「はああああああああああ!!!」

 振るった後だ。

 メアリーの攻撃によって、魔道士は断末魔を上げる暇もなく両断され、衝撃波で粉々に消し飛んだ。

「ちょっと……!!」

 衝撃波はそれだけで収まらず、瑠阿達にも飛んできた。壁の強化では甘かったと悟った瑠阿は、自分と真子を魔力バリアで包み、真子を抱き締めて守った。

 メアリーの一撃は、廃ビルを完全に粉砕した。



 ☆



「こ、このバカ!!」

 瑠阿はメアリーを罵倒した。ここまでやるとは思っていなかった。もう少しで、瑠阿も真子も死ぬところである。

「いや~、ごめん」

 メアリーは元の姿に戻って、ディルザードをしまいながら謝った。どういうわけか服まで元通りだが、瑠阿は気付いていない。

「久々に使うから張り切っちゃって……でも、瑠阿なら大丈夫だって信じてたよ」

「調子のいい事言って……」

 瑠阿は怒る。だが、信じていた、というのは本当だろう。信じていなければ、あんな事は出来ない。瑠阿としては、それが嬉しくもあった。

「真子はまだ目を覚まさないのかい?」

 メアリーは真子を見る。魔道士を倒したから、魔法は解けたはずだが。

「仕方ないわ。家まで送りましょ」

「うん」

 というわけで、真子を二人で送っていく事にする。

「……ねぇ、メアリー」

 瑠阿は、真子を抱いて歩くメアリーに言った。

「……ありがと」

「……どういたしまして」

 赤面する瑠阿を見て、メアリーは笑った。

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