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Blood Red  作者: 井村六郎
Episode20
40/40

後編

 帰宅途中に、それは起きた。


「!?」


 突然周囲の空気がガラリと変わり、人の気配が消え去ったのだ。瑠阿は、自分が結界の中に引き込まれた事に気付く。

 続いて聞こえる、シャン、シャン、という神楽鈴の音。見ると、前方に何かいる。

 女性だ。見た事もない御輿を四人の女性が担いでおり、その上にまるで女王か何かのように美しい女性が座っている。それを八人の女性が囲み、長く伸びた神楽鈴を鳴らしながらこちらに向かってきていた。

 まずい。あれは絶対に関わってはいけないタイプだ。逃げよう。そう思うのに、足が動かない。足と地面の間に魔力の膜が発生し、それが瑠阿の足を貼り付けていた。


「またこんな……!」


 もがくが、足は離れない。自身の魔力で消し去ろうとするが、膜を構成する恐ろしく強大で濃厚な魔力が、瑠阿の魔力を完全に弾いてしまい、消し去れない。


(この魔力、もしかして……)


 メアリーより上かもしれないと思わせるほどの、圧倒的な魔力。その持ち主の到来を、結局何の手も打てないまま迎えてしまった。

 御輿の後ろに隠れていた、秘書風の女性が前に出てくる。


「こちらにおわすお方は、ラッサム・アッシュリー様なり。魔界の頂点に君臨されるべきお方である」


 秘書は古風な口調で、御輿に座っている女性の事を紹介した。やはり、この女王のような装いの女性が、強魔六婦人の一人、ラッサムだ。瑠阿は何も喋らず、ラッサムを見つめている。


「何をしている!? このお方は本来、貴様のような小娘がお目通りの叶う相手ではないのだ! 頭が高いわ!」


 と、自分の主人に対して敬意を払わない事に怒った秘書が、瑠阿を叱り飛ばした。


「あたしがいつ会いたいなんて言ったのよ? そっちから勝手に来ておいて頭を下げろだなんて、おかしいと思わないの?」


 だが瑠阿からすれば、会いたくもない相手に敬意を払ういわれはない。敬意どころか、むしろ軽蔑すらしている。


「この無礼者が!!」


「いいのよ、エメル」


 エメルと呼ばれた秘書がさらなる叱責を飛ばそうとすると、ラッサムが御輿の上から言葉で制止した。


「しかし!」


「その子の言っている事は本当の事だもの。アポもなしに勝手に押し掛けてきたのは、私の方。礼節を欠いていたわ」


 ラッサムは手を二回叩く。すると、御輿を担いでいた女性達が、御輿を下ろした。それから、御輿も消える。


「いつもありがとうね、エメル」


 御輿から降りてきたラッサムは、エメルと口付けを交わす。その瞬間、ラッサムは自分の舌をエメルの口の中に滑り込ませ、蹂躙した。


「ラッサム、様……」


 口を離すと、エメルは顔を真っ赤に紅潮させてへたり込んでしまった。


「それに、このくらいの年頃の女の子は、反抗的な方が好みよ。初めまして。あなたが、メルアーデ・ブラッドレッドのお嫁さんね?」


「そ、そんなのじゃないわ!」


 今度は瑠阿が顔を赤くして、ラッサムから目を背けた。


「照れなくていいのよ? あなた達の事は、エリザベートから話を聞いて知っているから」


「エリザベートから!?」


「ええ。あの子があなた達と戦って、負けたという事もね」


 瑠阿は驚く。エリザベートはラッサムと同じく、強魔六婦人の一人。そして彼女らは魔界で勢力争いをしており、現在膠着状態にあるのだ。互いが常に相手の隙を狙っている状態で、自分が不利になるような情報を与えるとは考え難い。


「まぁ聞いたといっても、読心魔法で心の中を覗いたわけだけど」


 案の定、まともな方法で聞き出したのではなかった。読心魔法とは、相手の心の中を読む魔法の事である。しかし、ある程度実力のある魔女や魔法使いは耐性があり、ただ使っても心を読む事は出来ない。


「強魔六婦人に数えられるくらいの実力者に対して使うには、心に揺さぶりを掛けて耐性に隙を作らなければならないわ。でもあの子、あなた達に負けたのがよっぽどショックだったみたいね。揺さぶりを掛けるまでもなく、簡単に読めたわ」


 恐らくラッサムがエリザベートの心を読んだのは、彼女が魔界に送り返されて間もない頃だ。まぁそうでなくても、靴にイカされて負けたなんて一生忘れられない屈辱だろうが。


「もうわかったでしょう? 私の目的は、メルアーデ・ブラッドレッドの勧誘よ」


 エリザベートの記憶からメアリーが葵町に滞在している事を知り、勧誘する為に来たのだ。


「本当はマリアージュの方を勧誘したかったけど、あの堅物は私の話なんて聞きはしない。まぁ妹を引き込めば、あの子を引き入れる余裕も出てくるでしょう」


「メアリーはあなたのものになんてならないわ」


「それはどうかしらね? 確かに何の策もないまま交渉したところで、聞きはしないでしょうけど、人質がいれば……」


 瑠阿は気付く。彼女が直接メアリーに交渉に赴かず、瑠阿の前に現れた理由は、交渉材料として利用する為だ。


「逃げられるなんて思わない方がいいわ。力の差はとっくに理解しているはずだし」


 今瑠阿の足を捕らえているのは、物体固定の魔法だ。その名の通り、物体をその場に固定する魔法である。物体固定の魔法は、物体浮遊の魔法と同じく初歩的な魔法。それなのに、瑠阿には解除出来なかった。それだけ魔法に掛けられた魔力が強いからだ。瑠阿には、どうしても抗う事が出来ない。


「私の交渉材料になりなさい。でないと……」


「あたしを殺すつもり!?」


「こんな可愛い子に、そんなもったいない事するわけないじゃない」


 ラッサムは舐め回すような目で、瑠阿の顔を、胸を、そして下半身を見る。それから、瑠阿の顔に手を掛け、自分の顔を近付けた。


「殺したりなんてしないわ。その代わりに、あなたの貞操をもらおうかしら」


「や、やめて、それだけは……!」


 人差し指で唇を撫でてくるラッサムに、瑠阿は本能的な危機を感じた。脅しではなく、本気だとわかる。そんな気迫と、女性に対する愛情を感じた。

 瑠阿が嫌がったのは、女性同士でする事が嫌だっただけでなく、メアリーにすら捧げていない純血を他人に捧げたくないというのもあった。


「冗談、とは言わないわ。ただ、今はやめてあげるというだけ。あなたの操は、メルアーデを手中に収めた後で、彼女の操もろともに奪ってあげる」


 ラッサムは指を鳴らした。すると、物体固定の魔法が解除され、代わりに瑠阿の首に首輪が嵌められる。


「なっ!? くぅっ!」


 驚いた瑠阿はそれを外そうとするも、何をしても外す事が出来なかった。引っ張っても、魔法をぶつけても、びくともしない。


「それは私のオリジナル魔法、愛玩者の首輪よ。その首輪を付けられた者は、私に逆らえなくなる」


 女性にしか効かない魔法だが、ラッサムは女性しか狙わないのでデメリットにはならない。


「おいで。あなたに拒否権はないわ」


「あっ!?」


 ラッサムが手招きすると、瑠阿の意思に反して足が動き出し、ラッサムに寄り添ってしまう。どんなに全身に力を込めても、逆らう事は出来なかった。


「メルアーデと相まみえるのが楽しみね」


 瑠阿の思いと裏腹に、心底楽しそうなラッサム。まぁ、実際楽しいのだろう。自分好みの若い娘と、伝説の姉妹の片割れを手に入れられるのだから。



「そんなに僕に会いたいなら、直接くればいいのに」



 その時だった。何かが着地する音が響き、遅れて銃声が轟いたのだ。


 気付くと、瑠阿を縛る首輪が粉砕されていた。


「メアリー!!」


 瑠阿は自分の背後に向かって駆け出し、そこにいた女性の後ろに隠れる。

 メアリーだ。瑠阿が危機に陥っている事に気付いた彼女が、間に合ったのだ。撃ち出した魔力弾で首輪を破壊し、囚われたフィアンセをあっさりと取り戻した。


「あら、流石は奇跡の姉妹の妹ね」


「初めまして。僕はメルアーデ・ブラッドレッド」


「私はラッサム・アッシュリーよ」


 自己紹介し合う二人。


「世間では私の事を、女食いのラッサムだなんて醜い二つ名で呼んでいるみたいだけれど、一体誰が付けたのかしらね? まぁ、きっとその感性に違わないくらい醜い男なんでしょう」


「そうかな? 名は体を表すっていうし、そんな二つ名を付けられるような姿を見せてたんじゃないの?」


「だとしたら、誰も私の本当の美しさを見抜けなかったって事ね。別に構わないわ。私の美しさを知っているのは、私の可愛い娘達だけでいい」


 ラッサムはそう言いながら、自分に付き従う女性達の顔を撫でていく。


「この子達は私の美しさに惹かれて、私の娘となった。他の魔女ではなく、私の美しさに。そう、私こそが強魔六婦人の中で最も美しく、そして強いの」


 それから、右手で自分の胸に手を当て、美しさをアピールする。


「その通りでございます」


「あなた様こそ魔界最美にして最強の魔女」


「魔界の全てはあなた様の手によって支配されるべきです」


「我ら一同、あなた様に生涯の忠誠をお誓いします」


 ラッサムのしもべ達が、一斉に自分達の主人を讃える。瑠阿は震えながら、メアリーは無表情で、その光景を見ていた。


「ありがとうみんな」


 ラッサムが礼を言うと、しもべ達が一斉に黙った。


「そして美しい女性は全て、私の娘とならなければならないの」


 そう言いながら、ラッサムはメアリーに近付く。そして瑠阿にやったのと同じように、舐め回すようにメアリーの全身を観察する。


「吸血鬼の血を引く者は、総じて美形だと聞いているわ。あなたもその例に漏れず、とても綺麗」


 ラッサムはうっとりしたようにメアリーを見つめた。彼女が言う通り、吸血鬼の血を引く者は純血混血男女を問わず、美形ばかりだ。だからこそ、獲物となる人間はその魅力に抗えずに近付き、血を奪われてしまう。


「メルアーデ・ブラッドレッド。綺麗なダンピールさん。私の娘の一人に、なって下さるわよね?」


 メアリーの顔を撫でながら、誘惑する。ただ誘惑しているのではなく、魅了の魔法も使っていた。彼女自身の美しさも相まって、このように迫ればどんな女性もすぐ落ちる。落ちなかったのは彼女と同格の婦人達と、マリーだけだ。


「お断りだね。汚い手で触らないでよ」


 だが、メアリーもまた落ちなかった。それどころかラッサムの手を汚い物扱いし、本当に埃か羽虫にでもそうするかのように払いのけたのだ。


「……汚い、ですって? この私が?」


 ラッサムは、メアリーから言われた事が信じられなかった。今まで彼女を汚いと言った者はおらず、あのエリザベートや他の婦人達も、憎々しげな顔をしながらだが美しさを認めたのだ。なのに、メアリーは面と向かって汚いと言った。


「汚いよ。いくら外見だけを綺麗に着飾ったって、僕の目は騙せない。あんたの中にあるのは汚い虚栄心と、自分が一番でなきゃ気が済まないっていう醜い自己顕示欲だけだ」


「な、何を根拠に……」


「説明しなきゃわからない? あんたの周りにいるその子達さ、全員さっき瑠阿に使ったのと同じ首輪、付けてるよね?」


 メアリーは指摘した。そうなのだ。しもべ達は全員、愛玩者の首輪を付けられている。


「それに、わざわざ魅了の魔法まで使って取り入ろうとしてきた。相手を自分の下におかなきゃ気が済まないって、そう言ってるようなものじゃないか」


 確かに、本当に心からの忠誠を誓っているなら、自分から誓う。首輪など付ける必要はない。魅了の魔法も、基本的に相手を支配する為に使う魔法だ。少なくとも、交渉に使っていい魔法ではない。


「何が、美しさに惹かれて、だよ。欲しいと思った相手を、腕ずくで手に入れてきただけじゃないか。そんな相手に従うつもりはないし、そもそも僕は誰にもなびくつもりはない」


 メアリーはいつでも、自分の意思で生き方を決めてきた。今さら組織の傘下に加わるつもりはないし、勢力争いなど馬鹿げていると思っている。ラッサムに従うメリットがまるでない。


「私の事をずいぶんこき下ろしてくれているけれど、あなたも人の事は言えないわよ?」


「は?」


 と、言われっぱなしだったラッサムが、反撃に転じてきた。


「あなた達が着けているその指輪、ただのアクセサリーじゃないわよね? 私の見立てでは、着けた相手に絶対服従を強いる指輪、といったところかしら? もちろん、あなたがあの子の主人という形で」


 ラッサムは、二人の指輪が魔道具だという事に、しかもその真の力に気付いた。


「これでも長く魔女をやっている身だから、魔道具を見る目はある方なのよ。エリザベートには負けるけどね。そんな物を使っている人がそんな事を言っても、説得力がないわ」


 結局メアリーは瑠阿を自分に服従させている。自分と何も変わりはしないと、ラッサムはそう言っている。

 それを聞いたメアリーは、呆れてしまった。


「僕をあんたみたいな節操なしと一緒にしないでよ」


「せっ!?」


「あの子は奥ゆかしいんだ。こうでもしないと、血を飲ませてくれないんだよ。ダンピールにとってそれは死活問題なんだ」


「だとしても、あの子に固執する必要はないでしょう!?」


「何で好きでもない相手の血を飲まなきゃいけないの? やむを得ない場合や親睦を深める事以外で、そういう事はしないよ」


 たまに青羅の血を飲む事はあるが、それは親睦を深めるのが目的だし、基本的に瑠阿の血しかメアリーは飲まない。そんな事をすれば、浮気になってしまうと思っているからだ。


 ふと、メアリーは思った。そして、ラッサムに言う。


「そこまで僕があんたと同類だって言うなら、違うって証明してあげるよ」


「何ですって? どういう」


「瑠阿」


 聞き返してくるラッサムを無視して、メアリーは瑠阿に訊ねる。


「君は僕の事、どう思ってる?」


「えっ?」


「僕の事が嫌い? そばにいられるのが嫌?」


 突然何を訊いてくるのかと、瑠阿は狼狽えた。


「遠慮する必要は全くない。僕はただ、君の本心が聞きたいだけだ」


 しかし、メアリーは瑠阿を真っ直ぐに見つめてくる。メアリーは気にしていたのだ。瑠阿がいつまで経っても、自分のプロポーズに答えようとしないので、本当は自分の事を嫌っているのではないかと。


「もし、嫌だって答えたら?」


 怖くなった瑠阿は、メアリーに訊ねる。


「その時は指輪を外して、君の前から去る。二度と近付いたりはしない」


 メアリーは迷いのない瞳で答えた。


(メアリーがここまで言うなんて……)


 だが瑠阿は思い直す。メアリーはそういう事を、軽はずみな気持ちで言ったりするような人間ではない。大切な事に対しては、どこまでも真剣な気持ちで臨む。


「僕は本気だ。だから君も、自分の気持ちを本気で教えて欲しい」


 メアリーは再度、瑠阿の気持ちを訊く。瑠阿は少し黙ったが、本気で答える。


「嫌じゃ、ない」


 その答えを聞いた瞬間、メアリーが両目を見開いたのがわかった。だが、一度言葉を口にしたら、もう止まらなかった。


「あたしは臆病で、勇気がなくて、強い気持ちをぶつけられるとそれに答えられない。でも、メアリーの事が嫌いじゃないのは確かよ。だから……」


 そこで一度言葉を区切り、改めて告げる。


「いなくならないで! もっとずっと、あたしと一緒にいて!」


 メアリーを嫌な気持ちにさせたなら、傷付けてしまったなら、謝る。だから、決して勘違いしないで欲しい。自分には、勇気がないだけだから。もっとそばにいて、答えを待って欲しい。そこまで強くなるまで、待って欲しいと、瑠阿はそう言った。


「……ありがとう、瑠阿」


 大好きな愛しい人の本心を聞いて、メアリーは安心した。


(言わされてはいない)


 愛玩者の首輪はラッサムのオリジナル魔法であり、オリジナルの魔法を自分で作る時は、術者の感性が重要になる。だからラッサムは、相手を魅了するとか屈服させるとか、そういう力や魔道具に対しては敏感なのだ。もし使ったり使おうという気配があれば、すぐにわかる。

 そんな彼女が、何も感じなかった。つまり今の瑠阿の言葉は、彼女の本心であり、嘘偽りのないメアリーへの想いだ。


「なるほど。本当にあなたは、その子の事を心から尊重しているのね。紛れもない本物の愛、見せてもらったわ」


 ラッサムは理解した。メアリーは決して、自分と同類ではない。彼女と瑠阿は、真の愛と絆で結ばれているのだ。その美しさには、彼女のしもべ達も、ラッサム自身ですら、しばし心を奪われた。


「でもね。それであなた達を諦めるかどうかというのは、全くの別問題よ」


 ラッサムが手を叩くと、しもべ達が我に返り、全員が武器を手に取る。神楽鈴も、武器に変化した。


「ええ!? ここは諦める流れじゃないの!?」


「どういうつもりかな?」


「言ったでしょう? 美しい女性は、全て私の娘にならなければならないと。こんな美しいものを見せられたら、俄然欲しくなるというものよ!」


 どうやらメアリーと瑠阿の愛は、ラッサムの欲望に火を点けてしまったらしい。


「行きなさい、我が美しき親衛隊、ビューティフルナイツ!! 見習いの魔女を捕らえるのよ!!」


「はっ!」


 しもべ達が一斉に、瑠阿へと襲い掛かる。もちろんメアリーが、そんな事はさせないと立ちはだかった。

 だが、その前にラッサムが割り込み、衝撃波でメアリーを横に吹き飛ばした。


「メアリー!」


「お前の相手は私達だ!」


 エメルを筆頭に、ビューティフルナイツが瑠阿を攻め立てる。


「やってくれたね」


 彼女らはラッサムを守護する親衛隊ではあるが、それでもメアリーの相手は荷が重い。そこで、メアリーと渡り合えるだけの実力を持つラッサムが前に出て、ビューティフルナイツに瑠阿を任せるという作戦だ。


「いくらあなたが奇跡の姉妹だといっても、私には勝てないわ」


「どうかな?」


 メアリーはヘルファイアとナイトメアで、ラッサムを銃撃する。殺すつもりはないので、手足のみを狙う。

 だが、それはラッサムの足元から出現した無数の鎖に阻まれ、叶わなかった。


「急所を外してくれるなんて、優しいのね。お礼に教えてあげる。私もあなたを殺すつもりはないわ」


「そりゃどうも」


 手に入れるのが目的なのだから、殺すはずはない。それはメアリーにもわかっている。


「それともう一つ。この魔法はね、欲しい相手を捕まえるのに最適なのよ」


 ラッサムは鎖を操り、メアリーに伸ばしてきた。それをかわそうとするメアリー。


「!?」


 だが、動けなかった。見ると、メアリーの足元からも鎖が伸びて、足を絡め取っているのだ。続いて、ラッサムが操る鎖がメアリーの全身を縛り上げる。

 よく見てみると、鎖はラッサムの足元ではなく、影から伸びていた。メアリーは気付く。この鎖は影を媒介にして、狙った相手に攻撃を仕掛けるのだ。


「力が入らないでしょう? この女帝の戒めは、縛り上げた相手の力を奪ってしまうの」


 女帝の戒めというらしいこの鎖は、魔道具ではなく強大な魔力の塊だ。これもまた、ラッサムのオリジナル魔法である。


(すごい魔力だ! 抵抗出来ない!)


 ラッサムは、魔力だけならメアリーを上回っている。女帝の戒めの効果も、力を奪うというよりは、圧倒的な魔力で相手を押さえ込むといった感じだ。


「メアリー!!」


 瑠阿が声を上げる。


「余所見をしている場合か!」


「我々を舐めるな!」


 そうしている間にも、ビューティフルナイツは襲い掛かってくる。持っている武器は、剣や槍などの刃物だが、斬りつけた対象を傷付けない魔法が掛けられている。しかし、同時に麻痺させる魔法も掛けられているので、攻撃を喰らえばどのみち終わりだ。


(そうよ。落ち着きなさい、あたし! メアリーは大丈夫よ!)


 自分に言い聞かせる瑠阿。あのメアリーが、負けるはずがない。メアリーを心配するより、自分の身の安全の方が優先だ。捕まって人質にでもされたら、それこそどうしようもなくなる。


「はぁっ!」


「ぎゃああああっ!!」


 左手に魔力を集めた瑠阿は、襲ってきた魔女の攻撃をかわして顔面を掴み、魔力を電気に変える。凄まじい電撃が襲い、魔女は気絶した。


「舐めてるのはあなた達の方でしょ? あたしはただの見習いじゃない」


 それから、杖を召喚する。


「メアリーから直々に手ほどきを受けた、特別な見習いなのよ!!」


 杖に、先程以上の魔力が集まる。


「ホーミングショックレイ!!」


 その杖を振ると、無数の光弾が飛び散り、複雑な軌道を描いてビューティフルナイツを襲撃した。光弾は今しがた使った魔力と同じ電撃であり、次々に魔女達を気絶させていく。


「ボムビュート!!」


 背後から襲い掛かろうとしていた魔女に、指先から光の鞭を伸ばす。その鞭は命中すると爆発し、魔女を吹き飛ばした。


「瑠阿……強くなったね」


 メアリーは縛られながらも、瑠阿の活躍を見ていた。その姿には、かつてのような弱さはない。今の彼女が戦えば、黒服程度は余裕で退けられるだろう。


「僕も負けてられないな!」


「負けてられないですって? この状況が理解出来ないの?」


 今のメアリーは鎖に縛られ、力を封じられている。それなのに、まるで逆転の方法があるかのような口ぶりだ。ラッサムからすれば、何をバカな事を、と思うような言動である。


「もしかして魅惑の宝靴を使うつもり? だったら無駄よ。女帝の戒めは、魔道具の力も封じ込められる。例えフェリアの至宝を使おうと、完封してみせましょう」


 ラッサムは魅惑の宝靴の存在を知っている。この状況で逆転しようと思うなら、女性に対して無敵の効力を発揮する魅惑の宝靴を使うしかないだろう。だが、女帝の戒めは魔道具に対しても効果がある。呪われた魔道具を着けられようものなら、それに鎖を巻き付けて力を封じ、脱ぎ捨てる。フェリアの至宝に対して使った事はないが、それでもラッサムはこの女帝の戒めに絶対の信頼を置いていた。むしろ魅惑の宝靴を使ってくれれば、自分の力は名工フェリアの魔道具にも効果があると、さらに自信が持てるというものだ。


「何であんたが魅惑の宝靴の事を知ってるのかは知らないけど、使わないよ。使う必要もない」


 しかし、メアリーは魅惑の宝靴の不使用を宣言した。メアリーの中のプライドが、使う事を拒否していたのだ。自分と瑠阿の気持ちを侮辱したこの女、命こそ奪いはしないが、真正面から完膚なきまでに叩き潰すと、そう決めていた。


「マイティーチェンジ!!」


 メアリーの身体が、翼を持つ悪魔に変化する。マリーとの死闘を経て覚醒を果たした、真のマイティーチェンジだ。

 同時に、女帝の戒めが粉々に砕け散る。変身して百倍以上にまで強化されたメアリーの力に、耐えきれなかったのだ。


「そ、そんな……!!」


 ラッサムは絶句する。今までどんな相手も封じてきた女帝の戒めが、他の婦人達でさえ回避を選択するしかない封印の縛鎖が、あっさりと砕かれてしまったのだ。


「あんたが魔界でどれくらい強いかなんて知らないし、ましてあんたの美学なんて興味もない」


 メアリーはヘルファイアとナイトメアを送還し、右拳を握って魔力を込める。


「ま、待って! そんな魔力、いくら私でも受け切れ……」


 同格以上なのは、通常時のメアリーに対してのみ。進化したマイティーチェンジを発動したメアリーには、とてもじゃないが敵わない。


「わかってるんだよそんな事は!!」


 メアリーは翼を羽ばたかせ、全速力でラッサムへと向かう。


「う、うあああああああああああああああああ!!!」


 その姿に恐怖したラッサムは、ひたすら女帝の戒めを放ち続け、どうにか押さえ込もうとする。だが、メアリーの全身にみなぎる魔力が当たったそばから、全ての鎖を粉砕してしまう。


 しかし、メアリーの拳は命中しなかった。寸前でメアリーが、止めたからだ。


「……あ……」


 侮辱されはしたが、命を奪うつもりはない。報復ならば、これで充分だ。ラッサムは腰が抜けて、その場に崩れ落ちてしまった。


「メアリー!」


 そこへ、瑠阿が駆けつけてくる。見ると、ビューティフルナイツは全滅していた。


「わ、私の親衛隊が……」


「感謝するわ。あなたのおかげで、またちょっと強くなれたみたい」


 実戦は大事だ。ラッサムには悪いが、瑠阿の潜在能力がまた解放された。


「……どうやら、私はあなた達の力を見誤っていたみたいね」


 すると、ラッサムが何やら不穏な言葉を発した。


「でもね、これで勝ったとは思わない事だわ! 私が何の下調べもせずに来たと思う!?」


 その言葉を聞いて、瑠阿は嫌な予感を覚えた。


「ま、まさか真子を!?」


「私の親衛隊がこれだけなわけないじゃない。半分はあなたのお友達の方に向かわせているわ。何の力もないただの人間なんて、私自身が選りすぐった魔女達の敵じゃ――」


 そこから先の言葉を紡ごうとして、ラッサムは紡げなかった。


「それってこの人達の事?」


 突如として、真子、ナフレ、ティルアの三人が現れたのだ。しかも、それだけではない。三人の足元には、蜘蛛糸でぐるぐる巻きにされた魔女達が転がっている。


「なっ!?」


「私がメアリーから指示を受けて、真子の救助に行きました。もっとも私が駆けつけた頃には、こちらのキメラがあらかた終わらせていましたが」


 異変に気付いたティルアは、すぐに結界に突入して瑠阿を助けようとした。しかし、結界は頑丈ですぐには穴を空けられず、悪戦苦闘していたところにメアリーが来たのだ。

 事情をティルアから聞いたメアリーは、真子の事が心配になり、自分がラッサムの相手をする代わりに真子を任せた。


「キメラですって!? 下調べした時、そんなのどこにも……」


「私はいつも隠れてるもん。調べが足りなかったんじゃないかな?」


 それもあるが、ナフレは獲物を自分の結界に隠すのがとてもうまく、周囲の人間にも結界に引きずり込んだ事に気付かせない。異端狩りからの逃亡生活で身に付けた技術だ。ナフレが真子を保護した結界の存在も、青服の中でずば抜けた術の技能を持つティルアでなければ気付けなかった。


「そ、そんな、馬鹿な……」


「人質なんて姑息な手を考えるからさ。地道に力を付けていくのが、遠回りに見えるけど一番の近道だよ。今回は許してあげるけど、二度とこんな真似は考えないようにね?」


 メアリーはポータルカードで魔界への扉を開き、ラッサム一味を一人残らず送り返した。


「君は気に入らないかもしれないけど、あんなのでも一応同族なんだ。殺させるわけにはいかない」


「構いませんよ。報告書にはうまく書いておきますので」


 ティルアは手を出してこなかったが、一応言っておくメアリー。ティルアとしても、ラッサムをどうにか出来ればそれでよかったので、生死は問わない。


「お姉ちゃん」


 と、ナフレがティルアに話し掛けた。


「お久し振りですね」


 ティルアもまた、親しげな笑みを浮かべる。


「え、もしかして、知り合い?」


 真子が見た感じ、二人は互いを知っているように見えた。


「うん。私が造られた研究所が異端狩りに襲われた時、もうダメかと思ったんだけど、このお姉ちゃんが逃がしてくれたの」


 ナフレが造られた研究所。そこでは彼女以外にも、様々な魔族のキメラが造られていた。それを危険に思ったジャスティスクルセイダーズの上層部が掃討令を出し、ティルアとジンはそれに所属していたのだ。


「ひどいものでしたよ。どこもかしこもキメラだらけで、それらは全て歪な形をしていました。彼女を除いて」


 研究所内を見てみたティルアの感想によると、どうも研究は座礁していたようで、キメラへの合成はうまくいっていなかったらしい。そもそもキメラとはハーフグリードとは違い、交配とは別の何らかの形で二つ以上の魔族の遺伝子が混ざり合って生まれた存在だ。そのメカニズムの解明が、難航していたのである。

 唯一の成功例がナフレだったのだが、せっかく一体完成したところで、全てを灰にされてしまった。


「人間の身勝手で望まぬ誕生を迎えてしまった人造魔族。それを死なせるのはあまりにも無慈悲と思いまして、私が逃がしました」


 運良く他の異端狩り達より先にナフレと遭遇したティルアは、彼女を逃がす事に成功した。その優しさに触発されて、ナフレはレズになったのである。


「あの時はありがとう」


「いえ。これでも一応、穏健派に所属しておりますので」


 ナフレからの礼を受け取ると、ティルアは真子に向き直る。


「こうしてあなたと彼女が出会ったのも、何かの縁です。その縁をどうか、大切にして下さいね」


「は、はい!」


 緊張して答えた真子に微笑んだティルアは、帰還した。早く帰って、ラッサムについての報告書を書かねばならない。


(縁、か……)


 瑠阿はメアリーを見つめた。

次回は、ティルアとジンの関係についても、触れていきたいと思います。

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