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Blood Red  作者: 井村六郎
Episode18
36/40

後編

 ダニエルは朝早くから起きて、朝食の支度をしていた。


「おはよう」


「あ、おはようございます!」


 そこへ、ジーナがやってくる。


「今朝ご飯出来ますから、もうちょっと待ってて下さい」


「そんなの悪いわよ。私も手伝うわ」


 簡単な料理なら、ジーナも出来る。ダニエルの支度に、ジーナも参加した。


「……ねぇ、ダニエル君。提案があるんだけど」


 その途中で、ジーンが話し掛けてきた。


「君さ、私達と一緒に来ない?」


「え?」


「いやね、仮に君がこの村から離れる事になったとして、行く当てなんかあるのかなって思って。もしなかったら、私達と一緒なら安全なんだけど」


 思いがけない提案に、ダニエルは手を止めて考える。そんな彼を見て、ジーナはさらに後押しした。


「君だけの為じゃなくて、私達の為でもあるんだよね」


「あなた達の?」


「うん。昨日も言ったけど、マリーさんってダンピールのくせに吸血行為が滅茶苦茶嫌いなの。だから強引にでも飲ませなきゃいけなくて、その為の獲物探しにいっつも苦労してるわけね。でも、君がいてくれたらすっごい助かる。君の血だったら、嫌がりながらでもちゃんと飲んでくれるし」


「マリアージュさんの……」


 要するに餌代わりになれと言っている。普通に考えたら、失礼どころの話ではない。しかし、ダニエルにとってはとても魅力的な話だった。


 一度彼女に吸われた事によって、ヴラディリアンとしての性質を開花させてしまった彼は、もうその快感を覚えてしまっていた。出来る事なら、もう一度、いや、何度でも吸われたいと思っている。


「……もう少し、お時間を頂けませんか?」


 それでも吸われたい欲求に抗えたのは、純血のヴラディリアンではなかったからだろうか。


「やっぱ簡単には決断出来ないか」


「すみません」


「いいわ。でも、あんまり時間はあげられないわよ? マリーさんは回復し次第、きっとこの村を焼き払うと思うから」


「え?」


「当然でしょ? あの人にとっての家族の仇が、この村を牛耳ってるんだから。それに、昨日ボブじいさんが言ってたじゃない。さっさとこの村から出た方がいいって」


 全人類の抹殺と異端狩りの根絶を目論むマリアージュが、異端狩りに支配された村を見逃すわけがない。必ず、異端狩りもろともこの村を消し去ろうとする。ボブがダニエルにこの村を出るよう言ったのは、そういう意味もあるのだ。


「……そんな事はやめて下さいって相談しても、無駄でしょうか?」


「無駄だ」


「マリーさん!?」


 気が付くと、いつの間にかジーナの背後にマリアージュが来ていて、会話に参加していた。


(服、持ってたんだ……)


 ダニエルは、マリアージュが新しい服を着ているのに気付いた。まぁこの服はメアリーの服と同じ要領で、血を操って作ったのだが。


「ジーナ。余計な話はするな。これ以上足手纏いは必要ない」


 どうやら、ジーナがダニエルを勧誘しようとしているところは聞いていたらしい。


「でもこの子、ヴラディリアンですよ? 吸血鬼の餌になる為に造られた人間の子供が、あなたの前に現れるとか、運命感じません?」


「感じないな。感じるのは、こんな子供の命でもすすらなければ、生きられないという不快感だけだ」


 相変わらず、マリアージュは吸血行為を嫌悪している。


「あの、この村を焼くの、やめて下さい!」


 ダニエルは、マリアージュに交渉する。


「お前は何を聞いていた? 子供の言う事なら、何でも聞いてもらえるとでも思っているのか? この村は滅ぼす。住んでいる人間は、一族郎党皆殺しだ。変更はない」


「う……」


 マリアージュはダニエルを睨み付けて言う。氷をイメージするような、冷たい瞳だ。だがその奥に、焦熱地獄のような憎悪の炎を燃やしている。復讐心を宿した女のダンピールの目を見て、ダニエルは思わず怯んでしまった。


 だが、唇をきゅっと結び、マリアージュの前に仁王立ちし、彼女の目を真っ直ぐに見つめる。


「お願いします。やめて下さい」


 それから、マリアージュにもう一度懇願した。


「何度願っても無駄だ」


 しかし、その決定が覆る事はなかった。


 これは無理だ。彼女の意思を曲げる事など、自分には出来ない。彼女がその気になれば、何も出来はしない。ダニエルは自分の小ささを認識し、うつむいてしまった。


「だが」


 と、マリアージュは続ける。ダニエルは顔を上げて、彼女の目をもう一度見つめた。


「お前だけは助けてやろう。異端狩りどもに迫られても屈さず、己の意思を貫き通した事は、評価に値する」


 周りの人間を洗脳され、異端狩りの力を知ってなお、それに折れず曲がらず、自分というものを持ち続けて生きてきたダニエルの心の芯の強さは、マリアージュにとって驚嘆に値した。人間の中に、これほど強い心の持ち主がいるのかと、内心驚いている。


 力に物を言わせて自身の考えを押しつけるジャスティスクルセイダーズの異端狩りより、ダニエルの方がよほど強い。その強さに敬意を表して、彼だけは殺さないと約束した。


「っ!」


 家を飛び出すダニエル。ジーナは彼を追い掛けようとした。


「ダニエル君!」


「放っておけ」


 しかし、マリアージュに止められた。


「いいんですか? あの子、この村に派遣されてる異端狩りに、私達の事を知らせに行ったのかもしれませんよ?」


「構わん。遅かれ早かれ、この村全体が私の敵になる。異端狩りさえいなければ、見逃してやってもよかったのだがな」


 ジーナは口をつぐんだ。彼女も、ボブも、そしてここにいないメアリーも、レイアック教に染まり、洗脳された者達の末路は知っている。新たな異端狩りになるか、ジャスティスクルセイダーズに死ぬまで隷属させられるかのどちらかで、改心の余地はない。


「すぐに思い知る事になりましょう。この村にはもう、安息も慈悲も、救いもないという事を」


 後ろからやってきたボブは、マリアージュに言った。



 ☆



 家を飛び出したはいいが、行く当てなどない。ただがむしゃらに走り、走りに走り回って、ダニエルは息切れして休んでいた。


(このままじゃ、村が……!!)


 マリアージュに滅ぼされてしまう。嫌な目にたくさん遭ってきた場所だが、それでもここは自分の生まれ故郷だ。それを焼き払われてしまう事など、彼には耐えられなかった。


(どうすればいいの? どうすれば……どうすれば……)


 村を救う方法を、ひたすら考えるダニエル。といっても、マリアージュを力ずくで止める事など出来ない。異端狩りのような退魔の力を持たない彼は、無力な一般人なのだ。


(異端狩り……)


 彼の中に、ある考えが浮かんだ。それは、宣教師にマリアージュを止めてもらうという事。


(そんなの駄目だ!!)


 だが、その考えはすぐに打ち消した。彼に頼めば、絶対に止めるだけでは済まない。聞くところによると、あの宣教師は白服と呼ばれる、ジャスティスクルセイダーズの最高幹部の一人であるという。つまり、レイアック教に最も強く染まっている人間だ。そんな存在に頼めば、マリアージュは殺されてしまう。


(僕はあの人がやろうとしている事を止めたいだけだ。死んで欲しいわけじゃない)


 村の消滅は止めたいが、かといってマリアージュに死んで欲しくはない。それなら、別の方法を考えなければ。再び思案に入る。


 だが、すぐ近くから鐘の音が響き、その思案は中断させられた。


 ふと見ると、そこには教会がある。元々はキリスト教の教会だった施設だが、レイアック教が広まってから、レイアック教の施設として改造されたのだ。


「今の鐘の音は、確かミサの……」


 レイアック教では、ミサが開かれる。この教会の鐘は、ミサの時だけ鳴らされるのだ。


 なぜそんな事を思ったのかはわからない。だがとにかく、ダニエルは入ってみたくなった。


 それが後悔の入り口であるとも知らずに。


 ダニエルは音を立てないように扉を開け、中に入った。そのまま奥の、ミサが行われている会場へと、足音を忍ばせて進んでいく。


「皆様、本日もよくいらっしゃいました」


「!」


 壇上で演説している、青服の女性を見て、ダニエルは急いで物陰に隠れる。宣教師といっても一人で来ているわけではなく、あの女性は宣教師の付き人だ。


「では、宣教師アーガス様から、皆様にお話がございます」


 司会を務める青服が下がると、いよいよ宣教師が壇上に上がる。


 強面の大柄な白服の異端狩りが、ミサに来ている村人達の前に現れた。


 アーガス・ゼット。ジャスティスクルセイダーズの幹部団、ホワイトナイツの第五位(ジンは第十位でメタイトは三位)。この村への担当として派遣されてきた、宣教師だ。


「今日は皆様に、喜ばしい知らせを持って参りました」


 アーガスは笑みを浮かべ、柔らかな物腰で民衆へと語り掛ける。


「かねてからお話ししていた、オルベイソルへの移住の許しが、レイアック様から降りたのです」


(えっ!?)


 アーガスの話を聞き、会場中から歓声が上がる。ダニエルはミサに参加した事がないので知らないのだが、アーガスは参加者達に話していたのだ。村民全員を自分達の国、オルベイソルへと移住させる話を。


「偉大なる我らの女神のお膝元に、皆様が招かれるのです。わたくしとしましても、これほど嬉しい事はございません」


(それって、みんなこの村を捨てて、あいつらの国に行っちゃうって事?)


 これは大変な話を聞いてしまった。もし本当にそんな事になったら、村人達はさらにレイアック教に洗脳されてしまう。


(そんなの絶対に駄目だ!!)


 その後どうなってしまうのか、ダニエルはまだ子供なので想像が及ばなかったが、取り返しのつかない事になるという事だけはわかった。


 しかし、止める方法などわからない。ただでさえ、マリアージュの事で手一杯だというのに。


 そんな時だった。ダニエルは首根っこを掴まれ、近くの柱に叩き付けられた。


「誰かと思えば、呪われた血の一家の生き残りじゃないか」


 そこにいたのは、すっかりレイアック教の教徒に成り下がった警備員だった。子供が紛れ込んでいたので注意しようと近付いたのだが、相手がダニエルだとわかって態度を一気に変えた。


「宣教師様。ネズミです」


「わぁっ!」


 警備員は会場の真ん中へと、ダニエルを放り投げた。


「おや、ダニエル君じゃないか」


 アーガスはダニエルの存在に気付く。当然だ。彼の目の前で両親を殺したのは、この男なのだから。


「もしかして、レイアック教を信じる気になったのかな? 女神の教えを乞いたいとでも? 残念だが、呪われた血の末裔をレイアック様の前に連れて行くわけにはいかない」


 そして、彼だけは置いていくつもりでいた。


「いや、待てよ? それでは白服としての沽券に関わるな。女神の評価を地に落とすわけにはいかない。さてと、どうしたものか……」


 何やら考え出すアーガス。と、青服が口を挟んだ。


「アーガス様。ここは一つ、彼をご両親の元へお送りしては? 誰もいなくなった村に一人残されるというのも哀れですし、家族を全員揃えてやるというのも素晴らしいご慈悲だと思いますよ」


「え……」


 ダニエルは耳を疑った。いくら子供でも、今青服が言った事の意味はわかる。ダニエルを殺せと言ったのだ。


「慈悲か……それもよかろう。では、そうするか」


 アーガスも特に反論する事無く、普通に了承した。


「殺せ!」


「呪われた血に終焉を!」


「女神様の裁断を!」


「ジャスティスクルセイダーズの裁きを!!」


 それに弾かれたように、ミサに集まっていた村人達が、一斉にダニエルを殺すようアーガスに言った。


(ああ、そうか)


 これを見ながら、ダニエルは思った。


(間違っていたのは、僕だった)


 いつの間にか震えが生じ、目から涙が溢れた。


(この村は、とっくの昔に終わっていたんだ)


 彼は村を救うつもりでいた。だが、気付くのがあまりにも遅すぎたのだ。この村は、彼が行動を起こす前から、既に滅んでいたのだと。


「では、少々もったいないが、これを使うとしよう」


 アーガスは何もない場所から、一本の装飾された剣を取り出した。


「儀式用の剣だ。これでひと思いに首をはねてやる」


 本来実戦向きの武器ではないのだが、無力な少年をあの世に送るくらい造作も無い。


 殺される。ダニエルはそう思った。


(でも、これでお父さんとお母さんのところに行けるなら……)


 生きる事が苦痛だった。これからは、もうこの村で生きるという苦痛にさいなまれる事はない。そう考えれば、死の恐怖もいくらか和らいだ。


 唐突に、ダニエルはマリアージュの顔を思い浮かべた。


(マリアージュさん……)


 ここで自分が殺されたら、あの人はどうなるだろう。自分と同じように、アーガスに殺されてしまうのだろうか。いや、それよりこう思っていた。


(僕が死んだら、マリアージュさん、悲しんでくれるかな……)


 次の瞬間、銃声が轟いた。


 気が付くと、振り下ろされるはずの祭剣が、木っ端微塵に破壊されていた。


「何者だ!?」


 アーガスは怒りの声を上げ、銃弾が飛んできた方向を見る。


 そこには、二挺の銃剣を装備した、絶世の美女が立っていた。


「マリアージュさん!!」


 呼ばれた女性は、無表情。


「こ、これは、違うんです!」


 ダニエルは、自分が彼女の存在を告げ口しに来たと思われたのではないかと危惧し、弁明する。


 しかし、マリアージュは無反応。


「マリアージュだと? このとてつもない魔力……貴様、マリアージュ・ブラッドレッドか!」


 アーガスはダニエルの口ぶりから、女性が指名手配されている危険人物であると検討を付ける。


「お前、もしかして魔族か!?」


「どうして魔族がこの聖域に!?」


「出て行け! ここは聖域だぞ!!」


 三人の男女が、マリアージュに抗議した。マリアージュは視線も、顔も向けず、代わりに二挺の銃剣ファントムタスクの銃口を向け、三人を一瞬で射殺した。だがファントムタスクの口径は大きく、威力も高い為、その背後にいた数名を巻き込んで粉砕する。


「そんなもの、私が破壊してやる」


 言い放った直後に、惨劇が始まった。ファントムタスクを撃ち、斬り、次々に村人を殺していく。


「宣教師様、お助け」


 アーガスに助けを求めた村人が、首を切り落とされた。


「お前がここの元締めか。まさか白服が出張ってきているとはな」


 村人を皆殺しにしたマリアージュは震えているダニエルの前を通りすぎ、アーガスの前に立つ。


「私も驚いたぞ。まさか奇跡の姉妹の姉が、この村に潜伏していたとはな。いつから潜んでいたか知らぬが、私を白服と知ってなお楯突くとは、噂に違わぬ豪胆ぶりだ」


 知らないのは当然だ。昨日の夜、しかも魔道具の瞬間移動を使ってダニエルの家に着いたのだから。


「異端狩り風情に褒められたところで、恥にしかならん」


 マリアージュは表情こそ変わらないが、瞳にだけ、強い憎悪と怒りを宿していた。


「恥ですって?」


 それに反応したのは、アーガスの付き人の青服だ。


「この世で最も高貴な白服様に向かって何たる無礼な! その非礼、地獄で詫びなさい!!」


 飛び掛かる青服。


 その次の瞬間、青服の首から下が、細切れにされ、吹き飛んだ。


「な」


 首から上も、すぐにサイコロステーキに早変わりする。


「無数の薄い魔力の刃を飛ばした、か」


「流石に白服は反応出来たか。もっとも、これは挨拶代わりだ。こんな事は私の愚妹にも出来る」


 薄く鋭く、そして数の多い魔力の刃。青服ですら反応出来ないこれを、マリアージュはファントムタスクを向けるだけで、呼吸をするかのように放ってみせた。


「ここに何をしに来た?」


「お前を殺しに」


 マリアージュは迷う事無く告げた。ここに来たのは意図しない事であったが、異端狩りがいるというのなら、彼女がやる事は変わらない。


「私が怖いか?」


 マリアージュは、アーガスが恐怖している事に気付いた。彼女の力は、ジャスティスクルセイダーズ全体から危険視されるほどに厄介だ。いくら白服でも、彼女の出現に対して恐怖は禁じ得ない。


「……ちっ!」


 柄だけになった剣を投げつけるアーガス。それを撃ち抜くマリアージュ。と、剣が爆発した。今の一瞬で爆発の術式を刻み、マリアージュの攻撃と同時に爆破したのだ。肝心のアーガスは、逃げてしまった。


「ま、マリアージュさん……」


 すぐに追い掛けようとしたが、ダニエルに呼び止められ、振り向く。


「ぼ、僕、ほんとうに……」


 その顔は怯えきっていて、声が震えている。それでも彼は、自分が決してマリアージュの敵になったわけではないという事を、説明しようとする。


「人間は嫌いだ」


 冷たく言い放つマリアージュ。


「だが、憎悪に駆られて正しい者を見誤るほど、私は愚かではない」


 しかし、彼女にはわかっていた。ダニエルが異端狩りに自分の存在を売ろうなどとしていなかった事を。


「ここにいろ。これ以上の地獄を見たくなければな」


 そう言うと、マリアージュは天井を突き破り、教会から出て行った。行く先は、アーガスが逃げた場所。


「ダニエル君!」


 ちょうど行き違いになる形で、ジーナとボブが駆けつけてきた。


「大丈夫!?」


「は、はい……マリアージュさんが、助けてくれて……」


「よかった……マリーさんがいきなり血相を変えて飛び出していったから……」


「えっ……」


 ジーナの口ぶりだと、どうやらマリアージュはダニエルが危機に陥った事に気付き、駆けつけてくれたような感じだ。


「いつまでその小僧に構っておる。はようマリアージュ様を追わねば」


「わかってるわよ」


 さて、いつまでもここにはいられない。急ぎマリアージュに追い付き、援護しなければ。ボブはジーナに、転移魔法を使うよう急かす。


「ま、待って! 僕も連れて行って下さい!」


「それ、意味わかって言ってる?」


 ダニエルはジーナに同行しようとしたが、質問されてしまった。無論、ダニエルを気遣っての事である。


 今マリアージュは、異端狩りを追い掛けながらこの村に地獄を作っている。このまま追い掛ければダニエルは、彼が最も止めたいと望んでいたもの、村の破滅を見る事になってしまうのだ。


「構いません。覚悟は出来てます」


 ダニエルは強い瞳で言った。


 破滅するものなど、もうない。何もかも、とっくに破滅して消え失せている。今さら失うものなど、恐怖などない。それなら、僕は自分の心で、進むべき道を決める。


「僕は、マリアージュさんと一緒に行きます!!」


 冷酷ながらも気高く美しく、そして誰より強い、あのダンピールと同じ運命を歩く。ダニエルは、そう決めた。


「わかったわ。もう取り消せないからね!」


 ジーナはダニエルの決意と覚悟を汲み、転移魔法でマリアージュを追った。




 ☆




 外に出た三人が見たのは、地獄を見ていた。


 村の全てが破壊されて燃え上がり、老若男女の死体が転がっている。


「あそこにマリアージュ様が!」


 ボブはマリアージュの姿を見つけた。彼女は今、燃えさかる建物の屋上で、アーガスと睨み合っていた。


「全員死んだぞ。お前が一年がかりで丹精込めて作り上げた信徒どもは、全員死んだ。お前が逃げ回ったせいでな」


 アーガスはマリアージュから逃げ続けた。その間にもマリアージュは建物を破壊し、村人を殺し、火を点けて、ひたすら殺戮を繰り返していた。


「おのれ……よくも我がレイアック教の聖地を……」


 せっかくの計画を台無しにされ、アーガスは怒っている。


「聖地だと? お前が作ったものは地獄だ」


 ひたすらに邪悪な女神を崇めさせ、従わぬ者は徹底的に虐げて蹂躙する、安息も慈悲も救いもない世界。この村は、そんな場所だった。


「私はその地獄を、血と炎と破壊で彩っただけだぞ? 感謝される覚えはあるが、恨まれる覚えはない」


「狂っている……狂っているぞマリアージュ・ブラッドレッド!! やはり魔族は悪だ!!」


 殴り掛かるアーガス。あの剣はあくまでも儀式用であり、これが彼の本来の戦闘スタイルだ。その手にはレイアックの加護が込められた手甲を装備しており、それがマリアージュの顔面を狙う。


 ファントムタスクでガードする。しかし衝撃を殺しきれず、後ろに吹き飛ばされる。そこに追い打ちを掛け、マリアージュにパンチとキックを叩き込むアーガス。


「私は全ての魔族を憎む! ゆえに貴様も、我が手に掛かって死ぬのだ!」


 魔族に対する怨嗟を叫び、アーガスはマリアージュを殴打した。


「あいつ、マリーさんと互角に渡り合ってる!?」


 ジーナは驚いた。いくら病み上がりでまだ本調子ではないとはいっても、あのマリアージュ相手にここまで渡り合えるというのは驚愕に値する実力だ。


「伊達に白服は名乗ってないってわけね。これ、まずいんじゃ……」


「ふん。これだから若造は……」


 マリアージュの姿を見て焦るジーナに、ボブは呆れていた。


「何よ!?」


「よく見てみい。マリアージュ様は少しも焦っておられんじゃろ」


 言われて見てみると、確かにマリアージュの顔には些かの焦燥も見られない。本当に追い詰められていればメアリーとの戦いの時のように、顔にそれが表れる。


「あれは肩慣らしじゃ。お前の言うように、マリアージュ様は弱っておられた。じゃから回復の為に肩慣らしが必要なのよ」


 そう。マリアージュは、決して本気で戦ってはいない。今の守勢も、鈍ってしまった身体に刺激を与え、目覚めさせるのが目的だ。


「どうしたマリアージュ!? 奇跡の姉妹の姉が、聞いて呆れるぞ!!」


 しかし、アーガスはまだ、自分とマリアージュの間に横たわる、歴然たる実力の差に気付いていなかった。


「調子が戻った」


 なのでマリアージュは、それを教えてやる事にした。


 超音速の数十倍の速度で、膝蹴りを繰り出す。


「ぐほっ!?」


 その一撃は見事にアーガスの顔面を捕らえ、真後ろに吹き飛ばした。


 まだ終わらない。右足で、左足で、飛び蹴りを、回し蹴りを、踵落としを、蹴り上げを、次々に繰り出して、アーガスを打ちのめす。


「調子に乗るな!!」


 口の中に溜まった血を吐き捨て、再び殴り掛かるアーガス。


 が、すぐに下がった。


 マリアージュの周囲に滞空する、魔力で出来た無数の銃剣を見つけたからだ。


「それは……!!」


鉄血の(インフィニティー・)無限銃剣(デスバヨネット)。先程使って見せただろう?」


 そう。マリアージュは既に、一度この魔法を使っている。青服を始末する時に使った、斬撃の正体だ。あの時は切り裂く事に特化させた為、薄く鋭く魔力を練った。そのせいで、アーガスにはうっすらとしか見えなかった。


 が、今回は確実にアーガスを叩き潰す為、濃く、硬く、強く練り上げた魔力で作ったので、はっきりと視認出来ている。


「どんな魔法を使おうと」


 駆け出すアーガス。


「この私に打ち砕けぬ悪はない!!」


 そして、マリアージュ目掛けてラッシュを繰り出した。


 対するマリアージュは、魔力の銃剣を乱舞させて応じる。銃剣の斬撃は一つ一つが重く、数秒もせぬうちに手甲を破壊し、腕を切り刻んだ。


「去ね」


 最後にマリアージュがアーガスに放ったのは、その一言だけだった。弾丸がアーガスの心臓に撃ち込まれ、凝縮された魔力が破裂し、アーガスは内側から爆発して散った。




 ☆




 住民が死に、宣教師が死に、炎だけが生きている村。炎が消えれば、この村は生なき死の世界になる。


「マリアージュさん。いえ、マリー様」


 ダニエルは炎が燃えさかる中、マリアージュを迎えに行き、彼女の名を呼んだ。


「これから、よろしくお願いします!」


 そして、頭を下げる。


「マリアージュ様がお前のような人間の小僧など、連れて行くわけがなかろうが!」


 ボブは言った。人間嫌いのマリアージュが、人間の、それも子供を連れて、異端狩り殺しの旅になど行くはずがないと。


「ダニエル」


 マリアージュは彼の名を呼ぶ。そして、


「……好きにしろ」


 背を向けて歩き出した。


「……はい!!」


「はぁ!? よろしいのですか!?」


 ダニエルは喜び、ボブは驚きながら、付いていく。ジーナもそれに倣った。


 マリアージュはボブの問い掛けに答えず、胸元に手を伸ばす。


 彼女の手には、アナザーフェリアが握られており、マリアージュはそれを見つめていた。


 マリアージュがダニエルの危機を知ったのは、このアナザーフェリアからアグレオンの声を聞いたからである。


(マリー。あの少年を救え)


(父上!?)


 ペンダントの中から、亡き父親の声が響き、マリアージュは驚いた。


(あの子を救え。そして、お前の旅に同行させろ。そうすれば、お前は私を超える真の大魔族となれる)


(それは、一体!?)


 ペンダントから聞こえた内容は、それだけだった。以後、何度呼び掛けてもアグレオンの声は聞こえなかった。


(この子供を連れて歩けば、私が父上を超えられると?)


 アグレオンに導かれるまま、ダニエルを救ったマリアージュ。父の声の意図は、まだわからない。


(面白い。ならば言う通りにしようではないか)


 彼女の中には、父を超えるという想いしかなかった。


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