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Blood Red  作者: 井村六郎
Episode16
31/40

前編

 メアリー達と戦闘を行ったマリアージュは、一人どこかへと歩いていた。


「マリアージュ様~!」


 そんな彼女を、追い掛けてくる声がある。しかし、マリアージュは無視して歩き続けていた。


「マリアージュ様お待ちを!」


 ただマリアージュは、特に早足というわけでも、歩く速度を変えるわけでもなく歩いていたので、走ればなんとか追い付ける。


 マリアージュに追い付いたのは、ドクロがついている杖を持つゴブリンの老人と、透き通った四枚の羽を持つピクシーの少女だった。ちなみに、マリアージュを呼んでいたのはゴブリンの方である。


「ようやく追い付きましたぞ! まったく、突然いなくなったりして、追い付いたと思ったらまたいなくなって、もう少し落ち着いた行動を心掛けて下さいませ!」


「別に付いてきて欲しいなどとは一言も頼んでいない」


 マリアージュに並んで歩きながら、ゴブリンは抗議する。しかし、マリアージュは前を向いたまま、冷たく突き放す。


「マリーさんの言う通りだよ、ボブじいさん。私ら勝手に付いてきてるだけなんだから」


「これジーナ! この方は、偉大なるアグレオン侯爵の血を受け継がれるお方だぞ! もっと敬意を払わんか!」


 ボブというらしいゴブリンは、空中を寝転びながら付いてくるジーナというピクシーに注意する。


「侯爵って言ったってさ、アグレオンが貴族だったのは何年も前じゃん。異端狩りに殺される時は、爵位を捨てたただの吸血鬼だったんだよ? そんなやつの娘に敬意を払う事なんかないね」


「ぬぅ……これだから現代の若造は……!」


 ボブの注意は何の意味もなく、ジーナは空中であくびをした。


「ま、この人には助けてもらった恩があるから、それを返すまでは一緒にいるけどさ」


 ピクシーは妖精族という魔族の一種で、妖精族の中でも特に自由な種族として知られている。身分に頓着せず、特定の誰かに付き従うという事も基本的にしないが、彼女はかつてマリアージュに命を救われた事があるので、その恩を返す為だけに付いてきている。


「それで、今どこに向かってるんですか?」


「この先に奇妙な絵と筆があるらしい。私の記憶と予測が正しければ、それはフェリアの至宝だ」


 ジーナが訊ねると、マリアージュは答えた。


(何でマリアージュ様はジーナばっかり……)


 ボブは落ち込んでいた。マリアージュはボブが話し掛けてもほとんど反応しないが、ジーナの言葉には比較的よく反応する。


(やはり同性の方が付き合いやすいという事なんじゃろうか……それは何となくわかる気がするが、こんな無礼な小娘に……)


 ボブはかなり長生きなゴブリンであり、アグレオンの事もよく知っている。だから、もし彼の娘が独り立ちする事があったら、それに付き従うつもりでいた。結果はまぁ、ご覧の有様だが。


「フェリアの至宝? 確かそれ、お母さんが作った魔道具の事ですよね? お母さんの事なんかどうでもいいって言っておいて、やっぱり使うんじゃないですか」


「これ、ジーナ!」


 マリアージュの内心をえぐるような事ばかり言うジーナに、ボブは叱責を飛ばす。


「だがフェリアの至宝が強力な魔道具である事に変わりは無い。使えるものは何でも使わなければ、異端狩りには勝てん。それに、異端狩りや人間、他の魔族やメルアーデに使われるというのも、それはそれで癪にさわる。見つけ次第回収しておかなければ」


 マリアージュは、特に気にしていないようだ。ピクシーというのはこういう種族なので、半ば諦めているというのもあるだろうが。


「やっぱなんだかんだで、大切に思ってるんですね。お母さんの事」


「不本意ではあるが、あの女がいなければ私はないからな。その点は感謝している」


 メアリーとは目指す方向が違うというだけで、親に対する感謝がないわけではない。


「何としても手に入れなければなりませんな。人間共め……もし何の役にも立たん噂を流しておったらただではすまさんからな!」


 一人怒るボブ。それを見て、溜め息を吐くジーナ。


(父上)


 それらを尻目に、マリアージュは考えていた。


(なぜあなたは、ディルザードを私に下さらなかったのですか?)



 ☆



 メアリー達が、ジャスティスクルセイダーズの裏切り者、エルクロスを倒したその翌日、異端狩り達の国、オルベイソル。


 ジャスティスクルセイダーズの総本山、バレーア大聖堂。この施設の会議室に、白服達が集められていた。白服の人数は、全部で十人。この十人は『ホワイトナイツ』と呼ばれている、ジャスティスクルセイダーズの最高幹部達だ。


 議題は、今回のエルクロス討伐の件についてである。ただ、ジンだけでなく、ティルアも出席していた。理由は、彼女の方が話が通じるし、今回任務に赴いた白服の補佐役だからである。


「ジン殿、そしてティルア。先の任務、大義でした」


 二人を褒めたのは、ホワイトナイツの第一位にして、ジャスティスクルセイダーズの副団長、ラムレス・ロックスフォートである。


「お褒めに預かり光栄です、ラムレス様」


 ティルアは頭を下げ、ジンはムッとした様子で、同じく頭を下げた。


「首領閣下はお喜びですよ。自分の力を使わずに済んでよかったと」


 この会議室は、席が十人分の円卓の会議室となっている。ジンがラムレスの正面に座り、ティルアがその右後ろに立つ形だ。


 そしてその円卓の席を、少し離れたところにある壇上から、見下ろしている女性がいる。


 彼女こそがジャスティスクルセイダーズの首領、レイアック・シュレイドだ。


 レイアックは一組織のトップという立場でありながらほとんど喋らず、ラムレスが彼女の意思を代行して会議を進行している形だ。


(俺はこの女が気にくわねぇ)


 ジンは無言で、反抗的な視線をレイアックに向けていた。


 ラムレスは、彼女が喜んでいると言っているが、誰がどう見ても、そうは全く見えない。ジン達を見下しているのだ。今回の件も、まるでジン達がそう動く事が当然であるかのように見ている。


 この女にジャスティスクルセイダーズの全権を握らせておくのはまずい。ジンですら、そう感じている。


(待ってろよクソ女。メアリーとマリアージュを片付けた後は、お前を殺してその座から引きずり下ろしてやるからな)


「して、首領閣下は今回の功績を讃え、お二方に褒美を取らせるとおっしゃられています。何か希望はありますか?」


 そんな事を考えていると、ラムレスは二人に話し掛けてきた。


「聖兵装のパーツをくれ。それと、俺をもっと強力なバイオパラディンに改造する手術の手配を頼む」


 前者の願いは、デストロイカスタムをさらに強化する為に。後者の願いは、自分をさらに強化する為だ。


「ジン殿。いつも言っているでしょう? バイオパラディンの再手術は、必要な時でないと許可出来ません。ですが、前者の方は問題ないので、後ほど手配しておきましょう」


 後者の願いは聞き入れてもらえなかったが、前者の願いは聞き入れてもらえたので、ジンは今回はそれで満足する。


「ティルア。あなたは?」


「私も、強化パーツの手配をお願いします」


「よろしい」


 ティルアも、取り急ぎレイアックに叶えて欲しい願いはなかったので、ジンと同じ願いを叶えてもらう事にした。


「さて、彼らの活躍によって裏切り者の粛清は完遂されたわけではありますが、閣下は悲しんでおられますよ。それも全て、皆さんがホワイトナイツとしての意識を欠いている故です。もっともっと、自身がジャスティスクルセイダーズの最高幹部であるとの自覚を持っておられれば、エルクロスの裏切りは防げました。たかだか不老不死の裏切り者を抹殺するのに、ダンピールの力を借りるなどという屈辱を作らずに済みました」


 続いて、説教が始まる。


 エルクロスの抹殺は確かに彼らの手に余る事態ではあったのだが、その為に魔族の力を借りた。これは魔族の殲滅を目的とするジャスティスクルセイダーズにとって、あってはならない汚点である。


「穢らわしい」


 ここで初めて、レイアックは言葉を発した。


「穢らわしい魔族。この世界の恥。その恥に頼ったあなた達は、ジャスティスクルセイダーズたりえない」


 その声色には、魔族に対する憎しみと、全ての魔族に対処し切れていない異端狩りの未熟さへの苛立ちが、多分に含まれていた。強い感情がこもった声をぶつけられて、ジンもティルアもメタイトも、ラムレスにも、それ以外の白服達にも、緊張が走る。


「本来ならあなた達は、今すぐこの場で私に粛清されねばならない。だが、それはこの世界にとって重大な損失となる」


 大きく強い言葉を放ったレイアック。彼女には、ここにいる全ての異端狩りを集めた分の、数倍の力がある。本当なら、彼女が赴けばエルクロスを滅ぼす事が出来た。にも関わらずそれをしなかったのは、ジャスティスクルセイダーズに託したからだ。彼らのさらなる成長に、期待したからだ。


 だが、望んでいた結果は得られず、ジャスティスクルセイダーズはダンピールを頼った。彼女はその事に対して、強い憤りを感じている。


 とはいえ、魔族を殲滅する戦力の要を、一時の感情に任せて潰すわけにはいかない。


「全ての魔族に対処出来るだけの力を、近いうちに必ず身に付けなさい。それで不問とします」


 なので、ここでもレイアックは、彼らの成長に託す事にした。


「お任せを。我らが偉大なる女神、レイアック・シュレイド様」


 一同を代表して、一礼するラムレス。そんな彼を、レイアックは相変わらず見下していた。



 ☆



 それから一週間後の夜。



「メアリー」


「ん?」


「あたし、気になってる事があるの」


「何?」


「……お姉さんの事」


 一週間前、瑠阿はメアリーの姉、マリアージュの強さを目の当たりにした。


「お姉さん、強かったわね」


「そりゃ、子供の頃から毎日戦闘訓練に励んでいたからね」


 その頃のメアリーは、戦闘への関心がまだ薄く、マリアージュほど熱心には訓練に参加していなかった。戦いに割く時間を、魔道具造りの練習に使ったのだ。


「姉さんは興が削がれたとか言って帰っちゃったけど、もし姉さんが本気だったら、あのメタイトって人がいても皆殺しにされてたよ」


 最後に戦った時よりずっと強くなったはずのメアリーを相手にして、マリアージュは全く本気を出していなかった。本気を出す価値すらないと、そう判断されていた。


「お姉さんは何がしたいの?」


「人間の抹殺だよ」


「!?」


 マリアージュの目的を聞いて、瑠阿は驚愕した。


 メアリーと同じく、マリアージュは異端狩りに強い憎しみを抱いている。だが彼女は、その憎しみを異端狩りだけでなく、人類全体に向けてしまったのだ。


「そして自分が魔王として魔界を平定し、この人界に攻め込んで支配する事。それが姉さんの目的だ」


「そんな……そんな事になったら……」


 真子は殺されるだろう。限りなく人間に近い魔族である魔女も、安心は出来ない。


「もちろん止めるよ。父さんも母さんも、そんな事は望んでない」


 メアリーもそれを許すつもりなどなく、マリアージュとは敵対を続けている。そして、負け続けている。


「あたし、メアリーの力になれるのかな……」


 マリアージュはメアリーよりも遙かに強い。瑠阿はエルクロスとの戦いの一件で、封印されていた力を解放され、強くなった。これならメアリーの役に立てると思っていたはずなのに、そんな気持ちはあの戦いを見た瞬間消し飛んでしまった。


 瑠阿は自分に自信を持てなくなっている。ここまで力の差があるのに、メアリーの役に立てるのかと。


「瑠阿」


 そんな彼女に、メアリーは言った。


「次そんな事言ったら、バイブで連続絶頂させるから」


「ばっ!?」


 すごく卑猥な事を。


「僕すっごい強力なの持ってるんだよね~。対魔族用のバイブでさ、試しに使ってみたら三分でイッちゃったよ。それ突っ込んで朝まで強制連続絶頂、してもらおっかな~」


「そ、そんなの使われたら、あたし壊れちゃう!」


「それが嫌なら、もう少し自信を持って」


 メアリーは瑠阿の上に覆い被さる。


「馬鹿だなぁ。君のおかげで、僕がどれだけ助かってると思ってるの?」


 転生魔法で身体を乗っ取られた時、瑠阿がいなければ完全にアウトだった。それだけではない。いつも美味しい血を提供してくれる事も、メアリーにとって大きな助けだった。


「それに僕は、君をお嫁さんにしようって思ってるんだよ? ブラッドレッドの娘に見初められるほど、君は魅力的な女の子って事」


「メアリー……」


 そんな風に言ってもらえる事は、正直言ってとても嬉しかった。


「それでさ、まだ返事を聞いてないんだけど、僕のお嫁さんになる決意は固まった?」


「……ごめんなさい。もうちょっと考えさせて」


 しかし、それはまた別問題だ。そもそも、前にそのプロポーズをされた時から、あまり時間が経ってない。もっと時間が欲しい。


「強情だなぁ。君って変なところで頑固だよね?」


「別に、変なところじゃないでしょ。だって、あたしの将来を左右する選択肢なのよ?」


 メアリーとしては、早くOKして欲しいところなのだが、瑠阿はなかなか結論を出せない。


「わかった。じゃあ、待ってるよ」


 メアリーは、待つ事にした。やはり、焦ったところでいい事はない。

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