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Blood Red  作者: 井村六郎
Episode15
30/40

後編

「マリアージュ・ブラッドレッド!?」


 瑠阿はメアリーの口から語られた名前に、驚愕していた。


 メアリーには、双子の姉がいる。そして、今エルクロスを仕留めた、この銃剣使いのダンピールが、姉のマリアージュだという。


 メアリーはマリアージュに話し掛けた。


「やあ。こんなところで会うなんて、奇遇だね? もしかして、僕を助けにきてくれたりした?」


「相変わらず下らない冗談をほざくのが好きなやつだなお前は。私がお前にそんな事をしてやるような女だと、未だに思っているのか? 近くを通りがかっただけだ」


 対するマリアージュは、忌々しげに返答した。まるでメアリーに話し掛けられる事そのものが苦痛であるとでも言うかのような、冷たい視線を向けている。


「だよね。だって、あんた僕の事嫌いだもん。もう慣れたけど」


 諦観したように言うメアリー。そういえば、メアリーは前にそんな話をしていたなと、瑠阿は思い出す。


「子供の頃からそうだった。ずっとずっと、姉さんは僕の事を邪険に扱ってさ。僕は僕なりに姉さんに気に入られようと努力したけど、結局気に入ってはもらえなかった」


「そしてこれからも、私がお前を気に入る事は永遠にない」


 マリアージュはメアリーの呟きに、きっぱりと言い切った。瑠阿はかなり困惑している。仲が悪いとは聞いていたが、ここまでとは予想外だった。


「てめぇがマリアージュ・ブラッドレッドか……会いたかったぜ!!」


「ジン!!」


 そんな、どうしたらいいかわからない空気の中で、ジンはいつもと変わらぬ動きを見せた。マリアージュの前に飛び出す。


「何の用だ?」


 ジンを、メアリーに対して以上に冷たい視線で見るマリアージュ。


「憂さ晴らしだよ。付き合ってもらうぜ!」


 自分の手で憎い相手を殺せなかった事への怒りから、それをぶつける対象として、マリアージュに挑んだのだ。


「ジン! やめて下さい!」


「やめた方がいいよ。行けば巻き込まれる」


 ティルアは止めようとしたが、メアリーに制止される。


「死にやがれ!!」


 殴り掛かるジン。


 マリアージュはそれより速く、左の拳で二回、ジンの顔面を殴りつけた。メアリーのよりも遙かに速く、そして重い打撃を受けて、ジンは脳震盪を起こし、動きが止まる。


 それを確認したマリアージュは、ジンの胸板に飛び回し蹴りを喰らわせてから、銃剣を発砲。ジンを吹き飛ばした。


「ジン!!」


「だからよしなって。僕はまだ話が通じる相手だけど、姉さんには話し合いが通じない。やめてって言ったって、絶対聞いてくれないよ」


 ティルアは助けに行こうとしたが、再びメアリーに止められる。メアリーはジンについては何も感じてはいないが、ティルアには瑠阿と青羅の仇討ちを情報面で手伝ってもらったという恩義があるので、今回は助けてやろうと思ったのだ。


「まだ息があるのか。霊力付きの弾丸をくれてやったのだが、黒服にしては頑丈なようだ」


 ジンはまだ生きていた。自分の攻撃を受けて死んでいない事に、マリアージュは少し興味を抱いているようだ。


「そいつは黒い服を着てるけど、白服だよ。黒が好きなんだって」


「……白服には変わり者が多いと聞いていたが、ここまでとはな」


 マリアージュはメアリーからジンが白服だと聞かされて、そのおかしさに呆れていた。


「白服を消せるというのなら願ってもない。死ぬのは貴様だ、異端狩り」


「やめて下さい!!」


 ティルアはメアリーから言われたばかりだというのに、マリアージュにジンを見逃すよう懇願する。


「断る。その男には私の霊力付きの弾丸を喰らわせてやったから、どのみち助からんよ」


 やはり断られた。もし仮に見逃してやっていたとしても、ダンピールの霊力には治癒能力の阻害機能もある為、ジンはその内死ぬ事になる。この懇願は全く無意味である。


「せめて苦しまんように殺してやろう」


 マリアージュは銃剣で、頭を狙う。


「お待ち下さい!!」


 動いたのは、瑠阿だった。


「……何だお前は?」


 マリアージュは目だけを動かし、瑠阿に訊ねる。瑠阿はその場に片膝をついて、質問に答えた。


「魔女見習いの、玉宮瑠阿でございます。本日はあなたの妹様に、父の仇討ちのご協力を頂きました」


「ほう、メルアーデが。それで、私に何の用だ?」


 マリアージュは瑠阿に向かい合い、話を聞く事にする。


「私が此度の仇討ちの協力を得られたのは、こちらの異端狩り、ティルアからの情報提供のおかげです。そして今あなたが手に掛けようとしているのは、ティルアの大切な人です」


「それで、恩義を返したいから見逃せというのか?」


「あなたも大切なご家族を奪われた身。なら、大切な人を奪われる苦痛と悲しみが、どれだけ深いかわかるはずです」


 瑠阿はジンを助けようと、マリアージュと交渉している。そんな彼女の隣に、青羅が膝をついた。


「瑠阿の母の青羅でございます。どうか娘の願いを聞き届けては頂けませんでしょうか?」


 青羅も交渉に入った。マリアージュの目が、少し悲しみを浮かべた気がする。


「……お前達も知っているはずだ。私とメルアーデは、異端狩りに親を殺された」


 瑠阿と青羅は、言葉に詰まった。二人の家族の仇が異端狩りであるように、奇跡の姉妹の家族の仇もまた、異端狩りなのだ。恨んでいる、憎んでいる。マリアージュは目に入った異端狩りを、片っ端から殺し尽くしたいのだ。


「お前達の父の仇というのは、そこに転がっている死体だな? そしてその者は異端狩りだろう?」


 マリアージュはエルクロスの遺体に付いている、ジャスティスクルセイダーズの紋章から、エルクロスが異端狩りであるという事を突き止める。


「ならば理解しているはずだ。この者共の危険性を……異端狩りは、この世から滅ぼさなければならない。助ける必要などない」


 もはや異端狩りは、危険な魔族から人間を守るという本来の存在理由から逸脱している。利益よりも、害の方が大きい。そういう観点から見ても、やはりマリアージュにとっては生かしておく理由がなかった。


「ですが!!」


「くどいぞ。やはり魔女だな。魔力が扱えるだけの人間は、人間としての考えを捨てられんか。同じ人間として、異端狩りを庇うつもりか」


 食い下がる瑠阿を、鋭い言葉で遠ざけるマリアージュ。


「その辺にしておきなよ」


 そこに、とうとうメアリーが来た。


「何だ、メルアーデ? お前も異端狩りを庇うというのか? 貴様、父上の遺言を忘れたか!!」


 マリアージュは激昂し、銃剣を発砲する。メアリーは飛んでくる弾丸を、ヘルファイアで弾き飛ばした。


「勘違いしないでよ。僕は異端狩りを助けたいわけじゃなくて、瑠阿の為に割り込んだんだ。何せこの子は、僕のフィアンセだからね」


「あっ!?」


 メアリーは瑠阿を抱き寄せ、見せつけるかのようにその頬にキスをする。瑠阿の顔が、真っ赤に染まった。


「……貴様との付き合いはもう100年近くなるが、それでも貴様について理解出来ん」


 マリアージュはゴミでも見るような目で、メアリーを見る。


「理解してもらおうなんて思ってない。自分が異常だって事は、僕自身が一番わかってるからね」


 メアリーもメアリーで、減らず口を叩く。


「気が変わった。異端狩りどもより先に、貴様から殺すとしよう」


 マリアージュはもう一挺銃剣を召喚し、殺意の矛先をメアリーへと変える。


「やっぱりこうなっちゃったか……ま、いいや。たまには姉妹らしく、喧嘩もしないとね!」


 メアリーも瑠阿を離し、ヘルファイアとナイトメアを構え、銃撃を始めた。


「お母さん!」


「瑠阿!」


 ここにいてはまずい。そう思った二人はジンを抱え、奇跡の姉妹から離れる。


 マリアージュに鉛弾の嵐を叩き込むメアリー。しかし、マリアージュの姿が消失する。


「!」


 それに気付いたメアリーが背後を向くと、やはりマリアージュが移動しており、メアリーに銃剣を振りかざしてきていた。


 マリアージュ自作の銃剣、ファントムタスク。メアリーが自身の武器を銃と剣に分けているのに対し、マリアージュは遠近一体の銃剣を選択した。刃渡りは長剣級で、口径はなんと八十五とメアリーの銃より大きい。


「最も許せんのは異端狩りだが、貴様の存在も許せん」


 空間を断ち切るかのような鋭い斬撃を放ちながら、時折高威力の弾丸を至近距離で撃つ。その戦い方は、武器を分けて使っているメアリーにとって脅威だった。何しろいちいち武器を切り替えなければならないのに対し、マリアージュにそれはない。遠距離も近距離も、全てが彼女の間合いだ。


「偉大なる吸血鬼である父上の血を受け継いでおきながら、魔族の頂点ではなく魔道具職人を目指すだと? 日和るのも大概にしろ」


 怒りを口にしながら切り込むマリアージュ。メアリーも斬撃をヘルファイアとナイトメアで受けるが、まともに受け続ければ流石に斬られてしまう為、受け流すのに留める。


「お前には偉大な血統の魔族であるという自覚がなさすぎる。こんな愚か者が私の妹かと思うと、自分自身に腹が立つ!」


 発砲するマリアージュと、弾丸をかわすメアリー。マリアージュはそれを追い掛けて、メアリーの顔面を蹴り飛ばした。受け身を取り、反撃しようとした時には、既に目の前にマリアージュがいる。メアリーの機先を制し、ファントムタスクで突きを放つ。のけぞってかわすメアリー。すかさずもう片方で切り込むマリアージュ。かわして距離を取るメアリー。しかし、離れれば弾丸が襲ってくる。


「少しは成長しているかと思ったが、相変わらず弱いな。この出来損ないが!!」


「うわっ!!」


 一瞬で距離を詰めたマリアージュは、ファントムタスクの銃床でメアリーの頭頂部を殴りつけ、地面に叩き落とした。


「メアリー!!」


 瑠阿は悲鳴を上げる。僅かな時間の攻防。だが、それでもメアリーとマリアージュの力の差は、嫌というほど理解出来た。


 次元が違う。違いすぎる。メアリーは一方的にダメージを受けたのに、マリアージュにはかすり傷一つ、付けられていない。エルクロスなど、足元にも及ばない。


「理解出来たか? 父上の後継者として、お前と私ではどちらが相応しいかを」


 マリアージュはメアリーの前に降り立ち、自身との力の差を示す。


「……姉さんは……」


「ん?」


 しかし、メアリーは負けじと言い放った。


「姉さんは父さんの事ばっかりだ。僕達の中には、人間であり魔女だった母さんの血だって流れてるのに、その事には目を向けようとしない! どうして認めようとしないんだ!?」


「……そうだ。私の中には、母上の血も流れている。人間の血が」


 認めてはいる。否定したところで、それは変えようのない事実だからだ。


「だから許せんのだ。母上の、人間の象徴のような貴様の存在が!!」


 認めてはいる。目を向けてはいる。ただ、許せないだけだ。自分に人間の血を混ぜたフェリアが。そのフェリアと同じ道を志している、メアリーの事が。


 ファントムタスクを交差させるマリアージュ。ディルザードで迎え撃つメアリー。


 一瞬の交錯のあと、メアリーは両腕から血を流して倒れた。メアリーの攻撃をかわしたマリアージュが、両腕を切り裂いたのだ。


「死ね」


 最後のとどめを刺そうとするマリアージュ。


 その時だった。


「!?」


 白服の男性が現れて、死角からマリアージュに蹴りを喰らわせたのだ。片腕でそれを受け止め、白服から離れるマリアージュ。そして、白服に訊ねた。


「何者だ?」


「ジャスティスクルセイダーズ所属の異端狩り、メタイト・バルバーノンと申します」


 白服は、ジンとティルアの師、メタイトだった。


「よかった! 間に合いました!」


 ティルアは安堵する。彼女は気付かれないようにメタイトに連絡し、ここに誘導していたのだ。エルクロスの件では動けないが、マリアージュが相手ならば動ける。


「彼女には私の部下達が助けられました。なので、死んでもらうわけにはいかないのです。ここは退いて頂けますか?」


 メタイトは魔力を解放して威圧しながら、マリアージュに交渉する。マリアージュの力も強いが、メタイトの力もかなり強い。不死身でさえなければ、エルクロスを一人で倒せるレベルだ。


「……興が削がれた。命拾いしたな、メルアーデ」


 メタイトが乱入してきた事で、メアリーへの殺意が薄れてしまったマリアージュは撤退する事にする。


「せいぜい生き延びるがいい」


 マリアージュは一瞬で姿を消し、誰にも探知出来なくなった。


「メアリー、大丈夫!?」


「死ぬかと思ったよ」


 瑠阿はメアリーを助け起こす。流石のメアリーも、この戦いは死を覚悟したようだ。


「ありがとうございます」


「お礼を言うのはこちらの方ですよ。我々の都合にお付き合い下さって、ありがとうございました」


 青羅は代表して礼を言うが、メタイト側からすれば自分達の手に余る事情に無理矢理付き合わせてしまったようなものなので、こちらも礼を言う。


「先生。青羅さんが、エルクロスに奪われた夫の心臓が欲しいと」


「……差し支えなければ、理由をお聞かせ願えますか?」


 ティルアが青羅の要望を伝え、メタイトは理由を訊く。


「……ちゃんと弔いたいんです。心臓だけ、この場で壊されるというのは、夫も報われないと思いまして……」


「なるほど、理には適っています。構いませんよ」


 メタイトは劉生の心臓を持ち帰る事を許した。彼としては、力を失ったとは言え不老不死の魔法の媒体に使われていた心臓を、何に使うつもりか知りたかっただけなのだ。悪用さえしなければ、どうしようと構わない。


「ありがとうございます」


 青羅はエルクロスの遺体に嘘吐きの剣を突き立て、胸の中央に埋め込まれていた劉生の心臓を取り出す。


「やっと取り返したわよ、あなた」


 亡き夫の形見を、青羅は愛おしそうに抱き締める。


「では、我々はこの辺りで失礼しましょう」


 メタイトはジンとティルアを連れて帰る事にする。ジンの手当をしてやらなければならないのももちろんあるが、事情ありでも異端狩りと魔族が同じ場所に長くいるのはよくないと、そう判断したからだ。


「願わくば、あなた方とは良い関係を築きたいものです」


 メタイトはそう言って転移魔法を使い、ジンとティルアとともに本部へと帰った。


「……おっどろいた。あの人、本当に穏健派なんだ……」


「まだ信用しきるのは早いけどね」


 真子はメタイトがメアリー達に手を出さずに帰ったのに驚き、メアリーは傷を再生させて立ち上がった。


「待たせちゃってごめん。今から君をお家に帰してあげるからね」


「あ、はい……」


 メアリーはポータルカードを起動し、瑠阿達とともに葵町に帰還した。


「何でかしら? 離れていたのは少しだけだったはずなのに、この町に帰ってきたのがすごく久し振りに感じるわ……」


 懐かしむ瑠阿。それはきっと、それだけここに帰りたかったという事だろう。真子は訊いた。


「瑠阿。これから何か、予定とかある?」


「うん。今から魔界に行って、お父さんの心臓を弔ってくるの」


 流石に劉生の心臓をこのままにしておくわけにはいかない。きちんと弔う必要がある。


「それ、私も一緒に行っていい?」


「え……いいけど、帰るのが遅くなるわよ?」


 真子はこれから行われる魔界流の葬式に、参列すると言ってきた。


「平気。私も瑠阿の友達として、あんたのお父さんを見送りたいの」


「……わかったわ」


 瑠阿は真子の参列を許可した。


「瑠阿はいいお友達を持ちましたね」


「はい。私も鼻が高いです」


 瑠阿は一人ではない。彼女を心から支えてくれる、友達がいる。メアリーと青羅は、それを再認識した。



 ☆



 魔界のとある場所に、両側に数十メートルの間隔で、人魂の形をした石像が建てられている、大きな川があった。石像はほんのりと光っており、まるで灯籠のようである。


 ここは、鎮魂の川。水葬を行う為の川であり、ここで流された遺体は、黄泉の国へ逝くと言われている由緒正しい川だ。


「あなた。今まで助けるのが遅れて、ごめんなさい。だけど、もう二度とあなたの存在を弄ばれる事はないわ。どうか、安らかに眠ってくださいね」


 青羅は祈りを込めて、鎮魂の川に心臓を浮かべる。劉生の心臓は、川の流れに沿って、ゆっくりと下流へ流れていった。


「……終わったのよね?」


「うん」


 流れていく心臓を見ながら、真子と瑠阿は短い言葉を交わし合う。これで、十年近くにも及ぶ父と異端狩り

 との因縁に、決着がついた。本当に、終わったのだ。


 その時だった。


 川の中から、光が昇ってきたのだ。


 光は人魂となり、そして劉生の姿になった。


「お父さん!?」


「あなた!?」


 これはかつて鎮魂の川に弔われた魂達が起こした奇跡か。その姿は、全員にはっきりと見えた。


「青羅。瑠阿。すまなかった。俺のせいで、ずいぶんと苦労を掛けさせてしまったな」


 劉生が発したのは、謝罪の言葉だった。彼もずっと、気に病んでいたのだ。


「もう一緒にいてやる事は出来ないが、お前達は強い。俺なしでも必ず、どこまでも生きていけると信じている」


 だが、青羅の夫であり、瑠阿の父であるからこそ、二人を誰よりも信じていた。


 それから、劉生はメアリーと真子を見る。


「俺の家族を頼む」


 自分が一緒にいられなくなってしまった今、二人が自分の代わりだと、劉生はそう言った。


「はい」


「は、はい!」


 メアリーは厳かに、真子は緊張しながら、一礼した。


 四人に微笑みながら、劉生は消えていった。これで本当に、彼がこの世に残す未練はなくなったのだ。


「あなた……」


「お父さん、ありがとう」


 青羅と瑠阿は、父の最期の姿を見送った。


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