前編
今から百年以上前。
ある所に、二人の少年が住んでいた。
二人はある共通点を持っていた。
それは、両親を魔族に殺され、親戚に引き取られたという事。
片方の少年の両親は、人食いの魔族が自身の命を繋ぐ為に、もう片方の少年の両親は、ある一族の秘密を受け継いでいた為に、それぞれ殺された。
片方の少年、エルクロスは、幼馴染みの少年モルドッグに、ある本を見せていた。
「それは何の本?」
モルドッグが訊ねると、エルクロスは真剣な顔をして答える。
「秘伝の魔道書。俺の一族は、大昔に不老不死になれる魔法を編み出して、この魔道書にそれを使う方法を遺した」
モルドッグは目を丸くして驚いた。不老不死といえば、遙か太古の昔から多くの権力者や学者が追い求めてきた、人類の夢だ。その不老不死を実現する方法が、この魔道書に記されているという。
「すごいと思うけど、それってやっぱり、危ないんじゃないの?」
「危ないよ。禁呪っていう、絶対に使っちゃいけない魔法の一つに決められてる。俺の父さんと母さんが殺されたのは、二度とこの魔法を使わせないようにする為だ」
モルドッグは再び驚く。想像以上に危険な魔法だった事にも驚いたが、エルクロスが自分の両親が殺された理由について知っていた事にもだ。
「俺はこいつを使って不老不死になる」
「えっ!?」
「今すぐってわけじゃない。こいつを使うには、魔道士か魔女の心臓が必要だからな」
エルクロスは、本当ならすぐにでも不老不死になりたかったが、発動に必要な材料がなかった為、発動出来ないでいた。モルドッグは訊いた。
「そんなものをどうやって手に入れるの?」
「今はまだ、手に入れられない。だから俺は、異端狩りになる」
異端狩りになって力をつける。異端狩りになれば、魔道士や魔女と接触する機会も増える為、禁呪も使いやすくなるからだ。力をつけて不老不死になり、魔族に復讐する。そして、一族の悲願である人界と魔界の制覇を、自分の代でやり遂げる。エルクロスは、そう宣言した。
「お前はどうするんだ? お前だって、両親を殺した魔族どもに復讐したいんじゃないのか?」
エルクロスはモルドッグを誘った。彼としては、長く自分に友人として付き合ってくれたモルドッグに、是非ともついてきて欲しかった。
「……うん、僕も行くよ。やられたままなんかで終わりたくない」
「ありがとう」
こうして二人は異端狩りとなり、そして、今日に至る。
「貴様ら、よくもモルドッグを……!!」
エルクロスの怒りに呼応するかのように、コルベウスが炎を纏う。
「許しを請うても聞かんぞ、この愚か者どもめが!!」
そしてコルベウスを振りかざし、炎の津波を飛ばした。
「それはこっちの台詞だよ、このクズ野郎!!」
メアリーはディルザードに魔力を込め、エネルギー波を飛ばして炎を相殺する。だが炎の向こうからは既にエルクロスが迫っており、エルクロスはコルベウスをディルザードの刀身へと叩き付けた。
「モルドッグはな、私の願いに一番最初に賛同してくれた、同志だったのだ!!」
そして、自身が抱いていたモルドッグへの想いを語る。互いに夢を語り合い、何時か必ず自分達の力でこの世界を治める。老いさらばえてからも、その願いは変わらなかった。自分一人バイオパラディンとなり、モルドッグに老いた姿のままでいさせた事に罪悪感を覚えて、やっと若返らせる目途が立ったというのに、ティルアが彼を殺してしまった。
「私の一族は常に孤独だった。コッペリオンハートの存在を危惧する魔族どもに追われ、住処を変え続け、やっと見つけた私の親友だったというのに、それをお前達が奪った!!」
「不老不死の秘術なんて編み出したお前達が悪い」
「何!?」
メアリーはエルクロスの怒号を受け止めながら、しかし決然と言い切った。
「元から不老不死の存在だっている。それは仕方ない。だがお前の一族は、寿命のある存在を、意図的に不老不死に変える術を作ってしまった。この世界の理を曲げる行いだ」
メアリーはエルクロスに問い掛ける。禁呪と呼ばれる魔法や呪法が、なぜ禁呪と呼ばれ、使う事を禁じられているのかと。
「この世界を守る為だ。お前の先祖や、お前のような危険因子を生み出さない為だ。人間にも魔族にも、強力な魔法を使って、本気でこの世界を滅ぼしてやろうって考えているやつがいる。だからそんな危険な魔法の使用を、禁呪と名付けて封じようとしているんだ」
エルクロスの先祖がそんな危険因子であり、エルクロス自身もまた、先祖と同じ存在になろうとしている。
追われるのが嫌だというのなら、コッペリオンハートの使用方法を抹消し、自身の記憶からも消し去るべきだったのだ。そうすれば、もう誰もエルクロスの一族を追ったりはしない。それなのに、エルクロスの一族は戦う道を選んだ。世界を自分の手中に収めるという野心を、捨てられなかったからだ。
「世界の為だなんだって言いながら、お前は結局自分しか見ていない! 親友だって? 違うね! お前が言うところの親友も、結局は自分に都合のいい、道具としか見てなかったのさ!!」
「黙れ!! 黙れ!!!」
「うるさい!! 黙るのはお前の方だ!!」
エルクロスはさらなる怒号を飛ばし、怒りに任せて炎を発生させながら、メアリーを押し切ろうとした。だがメアリーは、それを上回る魔力で、逆にエルクロスを押し返した。
「お前は自分自身の身勝手の為に、瑠阿のお父さんを犠牲にした。そして今、残された瑠阿と青羅さんも、自分の道具として使おうとしている。僕の母さんまで、道具として使おうとした!! わかるか!? 怒ってるのはお前だけじゃないんだよ!!」
エルクロスもまた、両親を失った身。しかし、だからといって無関係な玉宮一家を襲った事は、決して許される事ではない。
「お前を殺してやる。あの世で劉生さんに謝ってこい!!」
メアリーはエネルギー波を飛ばした。
「ぬぅっ!!」
だがエルクロスは、先程以上の炎を発生させて、耐える。
「うおらぁぁぁぁ!!!」
ジンもまた、魔力を込めた銃弾を連射するが、炎を突き破れない。
「まったく……クズのくせに、武器だけは上等なんだから!」
メアリーは舌打ちした。ディルザードは、コルベウスの炎に耐えられる。しかし、コルベウスもまた、ディルザードによる攻撃に拮抗出来る。
いや、状況はそれ以上に厄介だ。コルベウスの力の源は持ち主の魔力ではなく、命。不死身になる事で無限の生命力を得ているエルクロスは、コルベウスの力を100パーセント以上に引き出せる。ディルザードでも破れない炎を発生させる事も、その気になれば可能なのだ。
不死殺しの霊力を持っていても、勝利が確定しない、恐ろしい男。それが、エルクロスという異端狩りだった。
「貴様が強大な力を持っている事はわかった。だが、私の力を上回る事は叶わん」
一時は冷静さを欠いていたエルクロスも、自身とメアリーの力の差を認識して、冷静に戻ってしまった。
「……ジンさん、ティルアさん。隙を作ってもらえませんか? 私に考えがあります」
青羅は二人に呼び掛けた。
「ふざけんな!! どうして俺達が」
「考えとは?」
ジンはもちろん反発したが、ティルアはその怒りを遮って、青羅から作戦を聞く事にする。
「おいティルア!」
「このまま戦っても勝ち目は見えません。それなら、こちらのご婦人に従うまでの話です」
普通に戦っても押し切られる事は、ジンにもわかっている。ティルアからその事を改めて指摘され、ジンは黙った。
「話して下さい」
「……とにかくエルクロスに攻撃を仕掛け下さい。特に、点ではなく、面の攻撃を」
「点ではなく面……わかりました」
どうやらティルアは、青羅の意図を察したらしい。
「ジン、私の言う通りにエルクロスを攻撃して下さい。そうすれば、青羅さんが決めて下さいます」
「……わかった」
この場は従うしかない。そう思ったジンは、ティルアとともに攻撃する事にする。
「メアリーさん。私が合図をしたら、全力の霊力をエルクロスに叩き込んで下さい」
「わかりました」
メアリーは頷く。
「遊びは終わりだ!!」
エルクロスはコルベウスを、高く振り上げた。刀身に刻まれた文字から炎が発生し、コルベウスを包み込む。炎は刀身を包んだまま高く伸びていき、天井を突き破ってなお止まらない。
そして、コルベウスは長大な炎の剣を形成した。エルクロスはこれを叩き付けて、全てを終わらせるつもりだ。
「ジン! 今です!」
「うおおおおっ!!」
ティルアが合図し、セレモニーキャノンを撃つ。ジンもまた、デストロイカスタムを撃つ。
「……ふん!」
エルクロスは今、両手が塞がっている状態だ。しかし、この状態でもまだ、炎を操る事は出来る。巨大な炎剣を形成する炎の幾分かが伸びてきて、銃撃を防いだ。
「ジン! 点ではなく、面の攻撃です!」
「わかってんだよ!!」
ジンは魔法で弾を分裂させ、ショットガンのように攻撃範囲を広げる。
「無駄な事を……」
エルクロスは広がった攻撃を防ぐ為に、さらに炎の壁を広げる。
そう、視界が塞がるほどに。
「瑠阿。真子ちゃんを守って!」
好機と見た青羅は、炎の壁の向こう側にいるエルクロス目掛けて、嘘吐きの剣を投げた。
嘘吐きの剣は、あらゆるものをすり抜けて、青羅が望むもののみを切り裂く。それは、物体や魔力、霊力すら焼き尽くす炎であっても、例外ではない。
「ぐあっ!!」
コルベウスの炎をすり抜け、嘘吐きの剣はエルクロスの両肩に刺さった。
ただの魔女でしかない青羅では、どうあがいてもエルクロスは倒せない。この一撃も、決定打にはなり得ない。しかし、苦痛を与えて感覚を鈍らせ、炎の操作を乱す事は出来る。メアリーが必殺の一撃を叩き込むきっかけを作る事は、出来るのだ。
「メアリーさん!!」
「はい!! マイティーチェンジ!!」
今こそ、決着をつける時。メアリーはマイティーチェンジを発動し、ディルザードで五芒星を切るように振り回す。ディルザードは、実は力を制限されており、このように特定の切り方をする事によってそれを解き放つ事が出来る。
100パーセントの力を発揮したディルザードに魔力を、霊力を込めて、メアリーは振り下ろした。
エルクロスも当然、炎剣を振り下ろして相殺しようとする。だが、嘘吐きの剣で受けたダメージを回復出来ておらず、制御もしきれていない状態での攻撃で、それが出来るはずはなかった。
「!!」
この瞬間、エルクロスは自分の先祖が、どのようにして敗れたかを思い出した。
自身がその現場に立ち会ったわけではない。しかし、一族の伝承の中に記述が遺されている。
レニデックもまた、コルベウスの力を使って、ダンピール達相手に優位に立ち回った。しかし、レニデックは失念していたのだ。自分にはない絶対的なアドバンテージを、彼らが持っていた事を。
それは、仲間の存在だった。ダンピール達の危機に気付いたハーフライフズのメンバー達が、彼らを援護し、レニデックの隙を作った。そこを突かれて、レニデックは敗れたのだ。
先祖と同じ轍は踏まないようにしようと心掛けていた。しかし、彼は気付かないうちに、先祖と同じ失敗をしていたのだ。
気付いたところで、もう遅い。炎はエネルギー波に押し切られ、エルクロスは閃光に飲まれた。
母の言いつけを守り、真子を抱き締めながら、結界を張る瑠阿。
メアリーとエルクロスの力の激突に耐えられず、紫龍カンパニーの本社ビルは倒壊した。
☆
「けほ、けほっ!」
瑠阿は咳き込む。
どうにか生き延びる事は出来たようだが、辺りにはまだ、もうもうと土煙が立ちこめている。
「お母さん!! メアリー!! どこ!?」
瑠阿は周囲を見回しながら、青羅とメアリーを探す。
「瑠阿!」
二人はすぐに見つかった。というか、向こうから来た。二人とも瑠阿を探していたようで、メアリーは探しやすくする為か元の姿に戻っている。
「よかった……」
「真子ちゃんは無事みたいね」
「お母さんが守ってって言ったから」
二人とも、瑠阿と真子が無事だった事に安堵していた。
「皆さん、無事なようですね」
そこに、ティルアとジンも来た。彼女らも、どうにか無事だったらしい。
「でも、まだ戦いは終わってないみたいだ」
「えっ?」
何かに気付くメアリー。瑠阿がその方向を見てみると、
「うがああああっ!!」
瓦礫が吹き飛んだ。そしてその下から、エルクロスが現れたのである。
しかし、全身ズタボロで回復する兆しもない。メアリーの霊力によるダメージは確かに入っており、不死の力が失われつつあるのだ。エルクロスは嘘吐きの剣を引き抜き、どうにか立っている。
「まだ生きてやがったのか! だが、不死の力を失った今なら、俺でも殺せるぜ!!」
とどめを刺そうとするジン。しかし、メアリーが待ったをかけた。
「何しやがる!?」
「どうやら炎を盾にした事で、僕の力を軽減したらしい。まだ少しだけ、不死の力が残ってる。僕の力でとどめを刺さないと、あいつは殺せないよ」
ここまでダメージを与えても、まだ通常攻撃ではエルクロスを殺せないらしい。再生能力を失いはしたが、死なせないという機能だけが残っているようだった。
「最後の最後まで忌々しい野郎だ。じゃあ仕方ないから、とどめはお前に譲ってやるよ。利用するはずだった魔族にやられた方が、こいつにとっても屈辱だろうからな」
ジンは苛立ちながらも、自身の手でエルクロスを殺す事を諦め、最後のけじめをメアリーに譲った。
「瑠阿。真子を寝かせて、こっちに来て」
と、メアリーはなぜか、瑠阿を呼ぶ。瑠阿は言われた通りに真子を寝かせ、メアリーのそばに歩み寄った。
「何?」
問い掛ける彼女に、メアリーは差し出す。
自身の拳銃、ナイトメアを。
「……えっ?」
理由がわからず、瑠阿は呆ける。メアリーは説明した。
「君がやるんだ」
「……は!? やるって、エルクロスを!?」
瑠阿は驚いた。殺せるわけがない。エルクロスは未だに禁呪に生かされており、瑠阿の力では殺せないのだ。
「一緒に持ってあげる。霊力も貸す。それなら、君でもエルクロスを殺せる」
確かに、メアリーが霊力を貸してくれるなら、瑠阿でもエルクロスの殺害は可能だ。あとは、引き金を引くだけである。
「お母さん。あなたもあいつを恨んでいるでしょうが、どうかこの場は娘さんにやらせてあげて下さい。エルクロスは元々、瑠阿の心臓を使って不老不死になるつもりだった。お父さんは、彼女の身代わりになったようなものなのです」
ここでメアリーは、青羅に真実を明かす。それを聞いて、やはり青羅は衝撃を受けた。
「……わかりました。ここは瑠阿に任せます」
この中で一番エルクロスを憎み、恨んでいるのは、瑠阿だ。それを知った青羅は、彼女の想いを汲み取り、エルクロスの撃破を任せる事にした。
「でも、少しくらいやり返させてもらえませんか?」
青羅がそう言った直後、彼女は約束された幸運の手札から二枚、カードをエルクロスの背後に向けて飛ばした。カードから二本の魔力の鎖が伸び、エルクロスの両腕を拘束する。
殺せないなら、せめて逃げられないようにしようという、青羅なりの復讐だった。
「そういう事なら、俺にもやらせろ」
ジンはデストロイカスタムを二発撃ち、エルクロスの両膝を撃ち抜いた。
「ぐああっ!!」
エルクロスが苦悶の声を漏らす。ダメージは回復せず、倒れる事も出来ずに生かされている。その様は、まるで死刑の執行を待つ重罪人のようだった。
そして、裁きの時は訪れる。
「瑠阿」
メアリーに急かされ、瑠阿はナイトメアを受け取った。
「なっ!?」
受け取ってそのまま、落としそうになる。この銃、見た目以上に重い。
メアリーが強度を高める為、魔界の希少な金属などを大量に取り寄せて混ぜ上げ、精錬を重ねた結果、ナイトメアもヘルファイアも、総重量が200キロを超えてしまっているのだ。メアリーが扱うのに支障はないのだが、女子高生が扱うには、文字通り荷が重い。
持つだけでも四苦八苦している瑠阿の為に、メアリーが片手を添える。一緒に持ち上げ、銃口をエルクロスに向けた。
「硬い……!」
引き金も硬く、上手く引けない。
「銃は僕が支える。照準も僕が合わせる。安全装置はとっくに外した。君は引き金を引く事にだけ、集中すればいい」
瑠阿に囁きかけるメアリー。それを聞いて、瑠阿は魔力による身体能力強化を、自分の手に掛ける。
メアリーの霊力が、自分の手を伝ってナイトメアに流れ込んでいくのがわかる。今、引き金を引けば、確実にエルクロスを殺せると、瑠阿は理解した。
だが、なかなか撃たない。まだ女子高生である瑠阿にとっては、例え相手が父親の仇であろうと、人を殺す事に躊躇いを覚えてしまうのだ。
「瑠阿」
そんな彼女の心情を、メアリーは察する。
「やるんだ!」
叱責。厳しいながらも、優しくメアリーは叱った。
「!」
瑠阿は我に返る。そうだ。殺さなければならない。この男は、父を殺した仇だ。この男を殺し、奪われた父の心臓を取り返すと、そう決めたではないか。
(瑠阿)
一瞬、亡き父の顔が、目の前に浮かんだ気がした。
「お父さん」
気が付いた時には、呟いていた。
「お父さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」
気が付いた時には、叫んでいた。
叫んで、引き金を引いていた。
そして、エルクロスが頭を吹き飛ばされて死んでいた。不死殺しの霊力が込められた弾丸で、致命傷を与えた。もう二度と、復活は出来ない。
「…………」
その事実に気付いた時、瑠阿は呆然としていた。
メアリーは彼女の手から優しくナイトメアを外し、送還する。
「頑張ったね。君が、お父さんの仇を討ったんだ」
そして、瑠阿の頭を撫でてやった。
「メアリー……あたし……」
「つらいだろうね。でも、泣くのは家に帰ってからだよ」
メアリーに指摘されて、瑠阿は自分が泣き出しそうになっていた事に気付き、涙を拭う。
「そうね。真子を起こさなきゃ」
それから、ここに来たもう一つの目的を思い出す。真子を起こし、日本に連れ帰る事だ。
「真子! 起きて!」
駆け寄った瑠阿は、真子に掛けられている催眠魔法を解く。魔法で眠らされているだけだったので、解いたらすぐ目を覚ました。
「……瑠阿? 助けに来てくれたの?」
「そうよ。大丈夫、エルクロスはあたし達が倒したわ」
「……遂に取ったのね。お父さんの仇を」
「……うん」
真子は、瑠阿が父の仇を討てた事を喜んだ。瑠阿は、少し複雑そうな笑みを浮かべている。
「じゃあ私は、劉生さんの心臓を取り返してきます。いいですね?」
「……はい。今の一撃で、コッペリオンハートは完全に解除されたようですから」
青羅はティルアに確認を取り、ティルアは了承した。本当は劉生の心臓は破壊するよう言われているのだが、メアリーの霊力でコッペリオンハートを解除された今、あれはもうただの心臓だ。本来の主の身体から抜き取られ、機能を停止した心臓には、もう何も出来ない。
「お父さんの心臓は、エルクロスの胸の中央にあります。エルクロスが見せましたから」
真子が心臓の位置を教える。青羅は嘘吐きの剣を一本呼び寄せ、エルクロスの遺体に突き刺そうと振りかぶった。
その時だった。
瓦礫の中からエルクロスが飛び出し、青羅を羽交い締めにしたのである。
「あっ!」
「お母さん!」
青羅が悲鳴を上げ、瑠阿が立ち上がる。同時に、エルクロスの遺体が、瓦礫に変わった。エルクロスは瓦礫を自分の姿に変えて、あたかも自分が弱っているかのように演出し、隠れて隙が出来るのを待っていたのである。
それにしても、凄まじい偽装能力だ。メアリーすらも、本当に弱っていると思い込んでしまった。エルクロスは異端狩りになる前までは逃げながら暮らしていたので、これはその時に培ったものである。
「動くな! 動けばこいつを殺す!」
エルクロスはコルベウスを青羅の首に近付けた。メアリーの攻撃によって折れてしまっているが、それでも青羅一人殺すには充分過ぎる。
「まだ終わらんぞ! こいつの心臓でコッペリオンハートを掛け直し、霊力を取り除けば、まだ……!」
霊力に肉体を浸食されているのは変わらない。しかし、コッペリオンハートの出力を高めれば、霊力を追い出す事が出来るのだ。
メアリーは攻撃出来ない。それ以外の者の攻撃では意味がない。そんな八方塞がりの状態。
打開したのは、一発の銃声だった。
青羅を捕らえていたエルクロスの首から上が、分身と同じように、木っ端微塵に吹き飛んだ。
力を失って倒れる、エルクロスの首から下。青羅は拘束から逃れ、瑠阿のそばに駆け寄る。
エルクロスを撃ったのは、銃剣だった。
銀の長髪を持つ女性が、こちらに刃付きの拳銃を向けて、立っている。
瑠阿は自分が息を呑んだ事に気付いた。女性の姿が、この世のものとは思えないほど美しかったからである。
そしてこの女性、顔付きがどことなくメアリーに似ていた。メアリーも美しいが、彼女のような小悪魔的な可愛らしさを備えた、柔らかい美しさではない。まるで透明な氷のような、一目で冷酷とわかる、鋭い美しさだった。
「てめぇ、ダンピールだな!?」
ジンは女性がダンピールである事に気付く。そういえば、頭を撃たれたエルクロスが、復活しない。魔力も完全に消え失せ、本当に死んでしまったようだった。
不死性を残しているエルクロスを殺したという事は、彼女はダンピールという事である。
「そうだよ」
メアリーは、ジンの予想を肯定した。
「彼女の名はマリアージュ。マリアージュ・ブラッドレッド」
そして、その名を告げた。
「僕の姉だ」




