前編
「エルクロス様。我らの戦力が次々に撃破されています」
モルドッグはエルクロスに、現在の自分達の勢力の戦況を伝えた。
戦況は極めて不利。もう残っているのは、自分達をすくめた三人だけだ。
「たったあの程度の人数でここまでやるとは、少々連中の実力者を見誤りすぎていたか」
ジンとティルアはともかく、青羅は完全に予想外だった。
「しかし、本当の地獄はここからだ」
とはいえ、エルクロスの余裕は崩れていない。ここまで被害が出るとは予想外だったが、本来の目的はメアリーを手に入れる事。そしてそれを確実に実行出来るプランが、まだ残されているのだ。
「モルドッグ。奴の配置は済ませてあるな?」
「もちろんでございます」
エルクロスはジャスティスクルセイダーズを離反する際、二人の青服を勧誘した。その内の片方が、モルドッグである。
「あの二人は今頃、疑問に思っているだろうな。なぜ自分達には、一切の刺客を差し向けられないのかと。当然だ。あの二人には今、最も厄介な刺客を向かわせてあるのだから」
エルクロスが思い付く限り最悪の存在。それが、その青服である。そしてその青服は、メアリーと瑠阿にぶつけるつもりでいる。
「あの二人もこれで終わりです。あの転生魔法が相手では、さしもの奇跡の姉妹とて……」
モルドッグは不気味に笑っている。エルクロスもまた、勝利を確信した笑みを浮かべていた。
☆
メアリーと瑠阿は、階段を上っている。エレベーターもエスカレーターも止まっているからだ。流石にそこまでは、親切ではないらしい。
「……変ね」
「ああ。もうかなり近付いているはずなのに、誰も僕達を妨害しに来ない」
二人は、刺客が誰も襲ってこない事を不審に思っていた。エルクロスの魔力の気配は、どんどん近付いているというのに。しかしその反応は、皮肉にも、エルクロスの予想と合致している反応だ。
「もしかしたら、他の人達の妨害に戦力を裂きすぎて、あたし達まで手が回らないとか?」
「可能性としてはあり得る」
瑠阿の考えは、実はある程度、的を射ている。ジンやティルアのような、ジャスティスクルセイダーズでもトップクラスの実力者。そして予想外のダークホース、青羅。これらの足止めに戦力を裂いてしまったせいで、瑠阿とメアリーの妨害まで戦力を回せない。それはメアリーも考えていた。
しかし、メアリーは別の可能性も考えている。
「でもそうじゃないかもしれない」
「えっ?」
「例えば、僕達に相応しい強力な戦力をあらかじめ決めておいて、僕達が進むルートに配置してるから、それ以上の戦力が必要ない、とかね」
そう言いながら、メアリーが階段を上り終えた瞬間、二人は別の空間に飛ばされた。
そこは、青羅が飛ばされたのと同じような空間で、中央に誰かが佇んでいる。青い聖装束を纏った、喉に目のような刺青を掘っている、女性だった。
「予想通りの時間ね」
青服の女性は腕時計を見て言う。瑠阿は驚いていた。メアリーの予想が、見事に的中したからだ。
「あ、青服!?」
「なるほど。モルドッグがエルクロスの右腕なら、あんたは左腕ってところか」
ティルアから聞かされていた、エルクロスの傘下の青服は、二人。一人はモルドッグ。もう一人は、目の前の女だ。
「いかにも。私はギヌーゾ・パルトペリオ。以後、お見知りおきを」
本人も認めた。確かに青服なら、メアリーと瑠阿の相手に申し分ない。
「こいつが、ギヌーゾ……」
瑠阿は警戒した。
二人はティルアから、最も警戒すべき相手である三人について、ある程度情報を得ている。
エルクロスは高い実力を持つ白服。
モルドッグは複雑な術をいくつも操る術者。
しかし、ギヌーゾについての情報を得る事は出来なかった。
なぜなら、ティルアが単純に知らなかったからだ。
というのも、ギヌーゾは自分の得意とする魔法や戦闘技術を、エルクロスとモルドッグ以外には頑なに見せようとしなかったのだ、しかも意味がわからない事に、時々姿が変わっていた。ある時は女に、ある時は男に、ある時は老人に、ある時は子供に、ある時は外人に化けていたのだ。しかも、二度と同じ姿には戻らなかった。変身魔法を使っていると言っていたが、怪しいものだ。
謎多き異端狩り。ジャスティスクルセイダーズ内でも、ギヌーゾはそういう存在として知られている。
(どんな手を使ってくるのかわからない。気を付けないと!)
瑠阿はギヌーゾの一挙手一投足、一言一言に気を配り、何をしてきても即座に対応出来るよう警戒していた。
「あんたが僕達の妨害役ってわけだ」
「その通り。そしてあなたがエルクロス様の伴侶に相応しいかどうか、見極める役割も与えられている」
「気持ち悪い事言わないでくれるかな? 異端狩りの伴侶だなんて……吐き気がしてきたよ」
軽口を叩き続けるメアリー。だが漂ってくる雰囲気から、決して油断はしていない事に、瑠阿は気付いていた。
「あなたの意思は関係ない。ただ私は、審査をするだけ。合格ならエルクロス様に生涯つかえてもらうし、不合格なら、精神を壊して、私達の命令にだけ従う人形にしてあげる」
「どっちも御免だね。だったら僕は……」
メアリーはヘルファイアとナイトメアを抜いた。
「その審査を御破談にするだけさ。言っただろ? 気持ち悪い事言わないでって」
そして速度強化の魔法を加えてから、発砲する。先手必勝。何かやらせる前に、徹底的に潰す作戦だ。しかしギヌーゾは、黒服なら感じる事もなく終わらせられる弾幕を、たやすくかわした。かわして、魔力弾を撃ち込んでくる。
「動きは悪くないね」
流石に青服に選ばれただけあって、そう簡単に倒されはしない。メアリーも、今程度の攻撃で倒せるとは思っていなかった。魔力弾を二丁拳銃で迎撃する。魔力弾の威力も高く、対物対魔拳銃弾は相殺されてしまった。
「メアリー!」
「瑠阿は下がってて!」
この強敵、瑠阿では無理だ。心配そうに声を上げた瑠阿に、参戦しないよう言うメアリー。そしてそのまま、ギヌーゾに向かって駆け出し、接近する。ギヌーゾはそんな彼女に、デストロイスターを出して銃口を向け、引き金を引いた。
(このままかわせば、瑠阿に当たる!)
そう判断したメアリーは、ヘルファイアとナイトメアに魔力を込めて、銃身を強化。弾丸を弾いた。弾きながら接近し、ギヌーゾの顔面を蹴り上げる。メアリーの蹴りは顎に命中し、ギヌーゾは蹴られた勢いを利用して宙返り、距離を取った。
「まだやれるよね? こっちはまだウォーミングアップが終わってないから、君に手伝って欲しいんだ」
メアリーは余裕そうだ。白服トップクラスとやり合える彼女にとって、青服など敵ではないという自信の現れだろうか。
「ずいぶんと余裕ね。でもまぁいいわ。私もまだまだ、あなたにどの程度の事が出来るか見てみたいし」
先程間違いなくメアリーの攻撃が入ったはずだが、ギヌーゾも余裕そうだ。その余裕のまま、ギヌーゾはデストロイスターを捨てた。
「何のつもりだい?」
「私、素手の方が得意なの」
口ではそう言っているが、このタイミングで武器を捨てたのには絶対に何か意味がある。しかし、今のところギヌーゾから、メアリーの力を試すという意思以外のものは見られない。とにかく、用心しなければならない事は確かだった。
「あっそう」
メアリーは再度、発砲した。この場でメアリーが取るべき最善の手段は、ギヌーゾが得意だという接近戦に持ち込まれないようにする事。近付かれたら何をされるかわからない。ならば、近付かせない。メアリーは銃を撃ち続け、距離を保ち続ける。
「ふふふ……」
しかし、向こうにもメアリーの意図は、見え透いたものだった。急激に速度を上げて、弾幕を掻い潜りながら接近。そして、メアリーの目の前で、ふ、と、その姿を消失させた。
「!!」
どこに逃げたのかはわかっている。素早く背後を振り向いて、発砲しようとするメアリー。
だが、遅かった。
背後に回り込んでいたギヌーゾが、振り向くのと同時に、首筋に手刀を命中させたのだ。
「……っく!」
動きが全く見えなかった。殺気すらも感じなかった。用心していたのに。そんな自分に苛立ち、発砲するメアリー。ギヌーゾはそれをかわして、距離を取る。
「メアリー!」
再び瑠阿から声が上がる。ほんの一瞬の出来事ではあったが、何が起きたのか瑠阿はハッキリと見ていた。
「大丈夫!」
素早く答えて、メアリーは攻撃を続行する。そう、大丈夫だった。メアリーは肉体的なダメージを、全く受けていない。その代わりに、精神的なダメージを受けていた。
(なんて弱い攻撃なんだ。こいつ、本当に接近戦が得意なのか!?)
ギヌーゾから受けた手刀の一撃が、あまりにも軽かったからだ。素手での戦いが得意という者の威力とは、とても思えないくらいに。
(もしかして、素手が得意っていうのは……)
そこでメアリーは思い当たる。よく考えれば、ギヌーゾは素手が得意と言っただけで、接近戦が得意とは言っていない。もしかしたら素手での戦いというのは、接近戦以外の意味を持っているのかもしれない。
(例えば、攻撃するんじゃなくて、相手に接触する事が目的、とか)
もしそうだとすれば、動きが見えなかった事も、殺気を感じ取れなかった事にも説明がつく。ギヌーゾは相手に接触する戦い方に特化していて、だから殺すつもりもなかった。
そして、メアリーはアウトだ。今の一撃で、ギヌーゾに接触されてしまっている。
(……いや、大丈夫だ)
しかし、メアリーは乱れた精神を持ち直した。自分が既にギヌーゾの術中に嵌まってしまっているのだとしても、まだこちらには瑠阿を残してある。彼女に戦わせなかったのには、そういう意味もある。
(今僕がしなければならないのは、こいつを倒す事だ!)
発砲を続けるメアリー。相変わらずギヌーゾは、人間離れした速度と動きで、弾幕をかわし続けている。
と、またギヌーゾが接近してきた。またメアリーに触れるつもりだ。もう接触されてしまっているが、それでもこれ以上接触されないのに越した事はない。
(今度は絶対に触られない!)
ギヌーゾが背後に回り込んだ。しかし、今度は対策している。幻覚魔法を使い、ギヌーゾの手刀をかわした。
(やった!)
今自分は、ギヌーゾの死角にいる。このまま銃撃を、と思っていた時、
とん、と、首筋に弱い衝撃が走った。
「!!」
素早くそちらを見て発砲するメアリー。やはり、そこにはギヌーゾがいた。幻覚だと気付いた瞬間に、彼女も幻覚魔法を使って、メアリーの視覚を欺いたのだ。それも、メアリーが逃げた場所に正確に攻撃を仕掛けた。メアリーが警戒していて、逃げるのを予測していたのだ。
やはり、ギヌーゾの手刀は攻撃目的ではなく、接触目的で使っている。これで自分は完全にギヌーゾの術中に嵌まっていると、メアリーは察した。
そして、ギヌーゾはメアリーの攻撃を、かわさなかった。三発の弾丸が撃ち込まれ、胸に一つ、腹に二つの穴が空く。
「流石ね。素晴らしい、わ……」
ギヌーゾはそう言って、口から血を流しながら、息絶えた。
「……やったわね」
ギヌーゾが死んだのを確認してから、瑠阿はメアリーのそばに駆け寄る。
「……うん」
メアリーは頷く。
「それにしても、あなたって本当に強いわね。相手は青服で、ものすごく強いはずなのに、何もさせずに勝っちゃった。あたしもメアリーみたいになりたいな……」
瑠阿はメアリーに羨望を抱く。女好きで、どうしようもない変態ではあるが、その実力は確かで、自分ではどうあがいても辿り着けない高みにいる。そんな彼女の事が、とても羨ましかった。自分が彼女のように強ければ、彼女に迷惑を掛けず、自分一人の力でエルクロスを倒しに行ったのに、と。
「なれるよ、瑠阿。君は絶対に、強くなれる」
「……メアリー?」
瑠阿はメアリーの言葉に、違和感を覚えた。言葉自体は、優しい励ましの言葉だ。
問題は、言い方である。何だかたどたどしくて、少し様子がおかしい。
「……ふふ」
最初、瑠阿は聞き間違いかと思った。
「ふふふふふ……ははははははは!!」
だが、すぐに聞き間違いではないと気付く。メアリーが、突然笑い出したのだ。
「メアリー!? どうしたの!?」
明らかに様子がおかしい。一体何が起こってしまったのか、瑠阿は訊ねる。
メアリーは振り向いて答えた。
「ああ、ごめんなさい。念願だったダンピールの肉体が手に入ったから、嬉しくて我を忘れちゃったわ」
「は!? 何を言って……」
瑠阿はメアリーが冗談を言っているのだと思った。しかし、よく彼女を見た事によって、冗談ではない事に気付く。
メアリーの喉に、いつの間にかギヌーゾのものと同じ、目の刺青が掘られていたのだ。さらによく見てみると、ギヌーゾの死体から刺青が消えている。これが意味するものは、一つだ。
「まさかこれ、憑依魔法!?」
以前ある異端狩りが、自分が使役している魔道スライムに憑依したのを見た。それと同じ現象が、メアリーに起こっている。メアリーは、ギヌーゾに憑依されてしまったのだ。
「少し違うわ。私が使ったのは、転生魔法。上級禁呪に認定されている魔法よ」
「て、転生魔法!?」
ギヌーゾの訂正に、瑠阿は驚いた。禁呪の使い手はエルクロスだけでなく、ここにもいたのだ。ギヌーゾは転生魔法について説明する。
「狙った相手に確実に憑依出来る魔法、それが転生魔法。ただ、憑依する対象の首に二回、素手で接触しなきゃいけないっていう制約があるの。そのせいで、特級禁呪に認定されていないのよ」
その上、発動に莫大な魔力と、術者自身の死を必要とする為、対象との戦いに使える魔力はほぼゼロ。それに、殺してもらわなければ発動しない。強力ではあるが、その制約の厳しさ故に上級止まりとなっている禁呪である。
「でも、条件さえ揃えば、転生魔法は確実に成功する。見えるでしょ? これ。この刺青はただのファッションなんかじゃなくて、転生が成功した事を示す刻印なの」
ギヌーゾはそう言って、銃を持ったまま自分の喉を指差した。
「それにしてもすごいわね。これが奇跡の姉妹の妹、メルアーデ・ブラッドレッドの肉体……なんて強い力!! 今まで転生してきたどの肉体よりも、圧倒的に強力な身体だわ!!」
恍惚とした表情を浮かべるギヌーゾ。彼女の姿が変わっていたのは、強い肉体を見つけて、その都度転生魔法で乗り換えていたからなのだ。そして今、彼女がエルクロスの為に求めてやまなかったダンピールの、それも奇跡の姉妹の肉体を手に入れる事が出来た。
「そ、そんな……メアリー!! うそでしょ!? 目を覚ましてそいつを追い出してよ!!」
瑠阿はメアリーに呼び掛ける。だが、ギヌーゾはそんな瑠阿の姿を嘲笑った。
「無駄無駄!! 私の転生魔法から逃れる事が出来た者はいないわ!! もうこの身体は完全に私のもの。このギヌーゾ・パルトペリオのものなのよ!!」
「う、うそ……」
瑠阿は腰が砕けそうになった。あのメアリーが、どんな強敵も簡単に打ち倒してきたメアリーが、上級禁呪の前にあっさりと屈してしまった。その事実が信じられず、最悪の事態が起きた事を認められずにいた。
「でも、だからってこれで満足したりはしないわ。エルクロス様からね、あなたを殺して心臓を抜き取ってくるよう言われているの」
「え……?」
唐突にギヌーゾから、自分もエルクロスの標的にされている事を告げられた瑠阿。
「エルクロス様からは用心するよう言われたけど、かつてない最強の肉体を手に入れた私が、こんな雑魚と戦って負ける訳がないわ」
ギヌーゾはヘルファイアを握り締め、銃口を瑠阿に向ける。
「せっかくだから、新しい肉体の試運転を、あなたを相手にしてあげる。まぁあなたみたいな雑魚魔女には、それぐらいしか出来る事なんてないと思うけど」
「…………!!」
瑠阿は直感した。今この瞬間に、自分は狩られる側になったのだと。
(駄目よ、落ち着きなさい、あたし!!)
メアリーと自分の力の差は、絶望的なまでに離れすぎている。普通こうなった場合、逃走を選ぶはずだ。しかし瑠阿は自分を落ち着かせ、ギヌーゾと戦う道を選んだ。
(何か必ず糸口はある! あたしの力で、メアリーを助ける! でないと、メアリーからこれをもらった意味がないわ!!)
瑠阿はちらりと、自分の右手に視線を送る。
彼女の手首には、黄金に輝くリングが、着けられていた。
☆
家を出発する直前の事。
「瑠阿。出発する前に、君にこれを渡しておくよ」
メアリーは瑠阿に、リングを渡した。リングには、『MY SWEET HONEY』と、文字が刻まれている。
「前に言ってたろ? 君に魔道具をプレゼントしたいって」
メアリーは、瑠阿にプレゼントする魔道具を造っていたのだが、ほぼ毎日ジンから邪魔が入る為、完成が遅れてしまった。だが、どうにかエルクロスとの決戦までに間に合わせる事が出来たのだ。
「嬉しいけど、何でこのタイミングで?」
エルクロスを倒し、劉生の仇を取ってからゆっくりと渡してくれればいい。瑠阿はそう思っていた。
しかし、メアリーには、急いでこれを渡さなければならない理由があったのだ。
「君の力は封印されている」
「……えっ?」
何の脈絡もなくそんな事を言われて、瑠阿は困惑した。
メアリーの話によると、瑠阿はとてつもなく強大な潜在能力を眠らせており、しかし何者かによって封じられてしまっているという。毎日特訓しても、思ったような成果を得られないのは、その封印に原因があるらしい。
「君に封印を施したのは、恐らくエルクロスかモルドッグのどちらかだろう。とても強力な封印で、破るのにちょっと手順を踏む必要があった」
なぜ彼らが瑠阿の力を封じたのかは定かではないが、メアリーにすらそのままでは破れないほどに強力な封印。それを破る為に、メアリーは強力な解呪の力を込めた魔道具を造っていたのだ。それが、このリングである。
メアリーはリングを瑠阿に着けながら、説明を続ける。
「このリングがあれば、君の封印を解く事が出来る。ただし、このリングで出来るのは、封印を解く事だけだ。君の潜在能力を解放する力はない」
潜在能力というものは、自分の力で引き出してこそ意味があるもの。自分がフィアンセとして選び、教え子として指導している瑠阿に対して行うのは、最低限の補助だけだ。
「力を解放出来るかどうかは、あくまでも君次第。それを忘れないでね」
「でも、あたしの中にそんな、封印しなきゃいけないほど強い力があるの? なんだか信じられないわ」
「君の血をいつも飲んでる僕が言うんだ。間違いないさ。もっと自信をもって」
瑠阿は自分の中にあるという潜在能力に対して疑問を抱いたが、メアリーにいつもされている事を思い出して、赤面してしまった。
☆
(あたしの中にそんな力があるなら、今使わなくてどうするのよ!?)
自分を鼓舞する瑠阿。エルクロスが警戒するほどの力。それを使う事が出来れば、メアリーを助けられるかもしれない。
「あなた、表情に絶望が足りてないわ。どうして?」
力の差は絶望的。戦ったところで、勝てるわけがない。そもそも、これは知人の身体だ。
絶対に勝てるわけがない。普通はそんな絶望に沈むはずなのに、恐怖は感じるが絶望はさほど感じない。
「まさか、この子を助けようとか考えたりしてるの?」
「そのまさかよ」
隠しても仕方ない。瑠阿は正直に、白状した。
「あはははっ! 無理無理! 言ったでしょ? 完全に条件を満たした私の転生魔法から、逃れられた者はいない。あなたがこの子を助ける事は、不可能なのよ!」
案の定嘲笑された。だが、瑠阿の決意は変わらない。やる事も変わらない。
「無理でも何でも、メアリーは、あたしが助ける!!」
瑠阿は決意を込めて、杖を握った。




