前編
敵の用意した過激なもてなしと、拠点の門番を攻略したメアリー達。一行はこれからエルクロス一味を討伐するべく、紫龍カンパニービルに潜入するわけだ。
ビルには結界が張ってあり、敷地に入ったメアリー達は既に脱出不可能。生きて帰る為には、エルクロス一味を完全に倒すしか道はない。
「中は絶対に罠が仕掛けてある。何があるかわからないから、注意してね」
「うん」
「青羅さんも」
「はい」
メアリーは瑠阿と青羅に、警戒するよう注意を促す。ティルアとジンにはしない。したくなかったし、言わなくてもちゃんと警戒する。
「さて、まず俺に撃ち抜かれるのはどいつだ?」
「説得は無意味。可哀想ですが、発見し次第殺害するしかありませんね」
ジンは全くぶれないが、ティルアは決心を着けたらしい。
五人はビルの入り口に立つ。意外な事に、自動ドアの電源は切っていないようだ。切られていたら、蹴破って入るつもりでいたのだが。
「一応歓迎してくれているのかな?」
メアリーを先頭に、一行はビルの中に入った。
「くくく……そうだとも。歓迎しているよ、メルアーデ。そして、玉宮瑠阿。それと、青羅か」
エルクロスはこの状況を、監視カメラを使って見ている。
「まさか貴様も来るとはな……いや、あの男は貴様の夫だ。ならば、妻である貴様が同行するのはごく自然の流れ、か」
メアリーと瑠阿の事ばかり考えていて、青羅の事は頭になかったらしい。しかし、だからといって計画に支障はない。むしろ、コッペリオンハートの発動に使う魔女の心臓が増えて好都合だ。
「来てくれたのなら、貴様にも地獄を味わってもらうぞ。何せ私は、貴様に恨みがあるのだからな」
そう言いながら、エルクロスはモルドッグを見た。モルドッグはその視線で、エルクロスの要望を察すると、笑顔で頷き、近くのデスクの上に向かう。
その上には水晶玉が置かれており、モルドッグは水晶玉に魔力を込めた。
メアリーは、ビルの中の空気がガラリと変わった事に気付いた。
「瑠阿、気を付けて。連中が何かしたみたいだ」
「わかったわ。お母さんも気を付けて、あたし達から離れないでね」
注意を促すメアリー。それを聞いて瑠阿も、同じように青羅に注意を促す。
だが、青羅からの応答がない。
「……お母さん?」
奇妙に思った瑠阿が振り向いてみると、青羅がいなかった。青羅だけでなく、ジンとティルアも。
「メアリー! お母さんがいない!」
「何だって!?」
瑠阿はメアリーにその事を伝え、メアリーも振り向く。
隠れた様子はない。となると、メアリーが思い付く限り、三人が消えた理由は一つしか思い付かなかった。
「どうやら三人は、このビルのどこかに飛ばされたみたいだ」
「飛ばされた!?」
「うっかりしていたよ。このビルはただ結界を張っただけじゃなくて、異界化してある」
結界の中に、現実世界とは違う独自の世界を創り出す、異界化。現実世界に似せて創られている場合、パッと見た感じでは外と中の区別は付かない。だからメアリーも、事が起こるまで気付くのが遅れた。
「恐らくこの結界の中は、別々のエリアに分けられて異界化しているはずだ。三人はそこに飛ばされたに違いない」
「そんな……お母さんには会えるの!?」
「わからない。ただ、僕達をエルクロスの所に辿り着けないようには創っていないはずだ」
エルクロスはメアリーの弱体化と、自分の手駒として相応しいか確かめる為の試練を、同時に課しているのだ。試練は突破出来るからこそ試練。そして突破する条件は、エルクロスの元に辿り着く事。
恐ろしいルートを通らされる事にはなるだろうが、進み続けていけば、必ず辿り着けるはずだ。青羅を助ける最も早い方法は、メアリー達がエルクロスの元に辿り着き、そのそばにいるはずの結界の術者を倒し、術を解く事だ。
「たぶんモルドッグってやつが、この結界を張ってるんだろうね」
「モルドッグ……白服に一番近かった青服、か……」
ここに来る途中で、二人はエルクロス一味の戦力の事を、ある程度ティルアから聞いた。
モルドッグ・ガノン。数多の魔法、呪術を使いこなす、術者タイプの異端狩り。その実力は非常に高く、ティルアの話では自分より白服に近い青服だったそうだ。真子を誘拐した時も、優れた隠密の魔法を使い、高い実力を持つティルアが接近に気付けなかった。
ティルアよりも格上の、元青服。そんな敵と戦うと思うと、瑠阿は不安になった。
「メアリー。あなたの力で、この結界をここから解く事って出来ないの?」
「出来るならとっくにやってるよ。どうやらモルドッグって、青服に選ばれるだけの実力はあるみたいだ」
メアリーにすら解けない、強力な結界。それを聞いて、瑠阿はますます不安になる。
「でも、そういう術使いはフットワークが弱い。直接戦闘タイプの僕が真正面から戦えば、間違いなく勝てる。第一いくら強いって言っても、白服に選ばれなかった時点で、実力はお察しだよ」
白服は本当に優れている異端狩りしかなれない。モルドッグの実力が高くても、白服になれなかったという事は、彼の力に欠点があるからに他ならないのだ。白服に届かないという事を周囲に知らしめる、致命的な欠点が。
「問題は、エルクロスの方だ」
メアリーの杞憂は、白服になれなかったモルドッグよりも、白服だったエルクロスにある。確実にモルドッグより、そして現役の白服であるジンより強い。不死身である事を差し引いても、だ。
「モルドッグを倒そうとすれば、必ず妨害してくる。どんな事をされても、決して心を乱されない事。いいね?」
メアリーはエルクロスとの接点がなく、精神攻撃で揺さぶりを掛けられる心配はない。だが、瑠阿は違う。エルクロスは父の仇。そしてエルクロスは、その立場を絶対に利用してくる。だからどんな精神攻撃をされても、揺さぶられないようメアリーは警告した。
「わかったわ」
悲しいが、瑠阿の実力は白服と戦えるレベルまで達していない。そんな瑠阿に出来る事は、メアリーの足を引っ張らない事だ。だから、メアリーの警告を素直に受け入れた。
☆
「……ここは……?」
青羅は、広大な四角い空間にいた。四つの壁があって、その壁に一つずつ通路が設置してある。窓や通風口などの類いはなく、壁に二つずつ架けられたランプが、この部屋の照明となっていた。
先程まで瑠阿の背中を見ていたはずだが、一瞬だけ目眩がしたと思うと、気付いた時にはもうここにいた。
「どうやら私は、瑠阿達から分断されたみたいね」
彼女も熟練の魔女である。すぐにここがどういう場所なのか、理解した。
だが、出来たのはそこまでだ。それ以上の思索は、敵がさせてくれない。四つの通路から一人ずつ、黒服の異端狩り達が全く同じタイミングで入ってきたのだ。
「なるほど。一番弱そうな私を引き離して、数で袋叩きにする作戦、というわけね」
青羅は冷静に敵の作戦を見抜く。エルクロスの性格から考えて、メアリーと瑠阿を引き離す事は考えづらい。ジンとティルアは白服と青服だ。そんな強豪を分断したところで、勝てる見込みのある者など、エルクロスとモルドッグと、それからもう一人いるという青服だけだろう。
従って、分断作戦が最も有効な相手は、青羅という事になる。彼女なら、弱いと判断されても仕方ない。しかも、黒服を四人も使うという徹底ぶりだ。これだけの戦力があれば、エルクロス一味の勝利は間違いないだろう。
だが次の瞬間、黒服四人が、全く同じタイミングで背後に吹き飛んで、通路の向こうへと追い返された。
「あまり馬鹿にしないでくれないかしら?」
物体浮遊の魔法で、気付かれないように四人の目の前に圧縮した空気を集め、ぶつけて吹き飛ばしたのだ。
「長らく実戦から離れていたとはいえ、黒服相手に遅れを取るほど、落ちぶれてはいないわ」
青羅は可能な限り、異端狩りとの交戦を避けて生きてきた。しかし、どうしても交戦を避けられない状況に陥ったのなら、全力で戦う。そして相手が黒服なら、青羅が負ける事はない。
「メアリーさんの真似をするつもりじゃないけど、私もエルクロスと当たる前にウォーミングアップを済ませておきたいと思うわ。さっさと起きて付き合って頂けるかしら?」
異端狩り達を挑発する青羅。その挑発に応えて、四人の異端狩りが通路から飛び掛かってきた。
彼らが手に持っているのは、細身の直剣。ジャスティスクルセイダーズから離反する際に持ち出した聖兵装の一つ、シルバーエッジだ。見た目はただの直剣だが、そこはジャスティスクルセイダーズの聖兵装。強度も切れ味も、並の剣とは比較にならず、様々な加護が施されている、白兵戦用の聖兵装なのだ。
「あら、銃じゃないの? まだ私を馬鹿にしてる? まぁいいわ。身体を動かすのは、結構得意なの」
青羅が杖を一度振ると、杖が直剣に変化した。
「はぁっ!」
最初の黒服がシルバーエッジを振りかざし、青羅を斬り付ける。それを剣で受ける青羅。火花が飛び散り、薄暗い部屋の中、二人の顔が照らされた。すると、直後に青羅の姿が消えてしまう。唐突に支えを失った黒服が、バランスを崩した。
「やっ!」
またその直後、青羅が黒服の背後に現れ、背中を一刀両断に斬り捨てた。
青羅の杖はただの魔力増幅器ではなく、レコードロッドという魔道具だ。様々な魔法をストックしておく事が出来る魔道具で、魔力を込めながらストックした魔法を思い浮かべるだけで、即座にそれを使う事が出来る。
これにより、普通に杖に魔法を付加してから使うより、圧倒的に時間を短縮出来るのだ。今使ったのは、棒状の物を剣に変化させるスティックオアソード。短距離瞬間移動魔法。そして、結界貫通魔法と、刃物の切れ味を高める研磨魔法だ。
「が……!!」
結界を破壊された黒服は、切れ味を高めた剣によって聖装束ごと、叩き斬られた。
「この!!」
激怒した他の黒服が二人、斬り掛かってくるが、青羅は一人を瞬間移動で背後に回って斬り付け、もう一人を幻覚魔法で大量の光る蝶を出してぶつける。
「う、うわっ!!」
蝶の群れに翻弄される黒服。その隙間を縫うようにして伸びてきた剣が、黒服の心臓を貫いた。
「クソッ!!」
残った一人がシルバーエッジを投げ捨て、デストロイスターを取り出す。が、判断が遅すぎた。既に青羅が引き抜いた剣を投げており、先程の黒服と同じように、心臓を貫く。
「…………」
青羅は剣を引き抜き、杖に戻して、周囲を確認する。だが、新手が出現する様子はない。
「……ここまで運動したの、久し振りだわ」
しかし、安堵してばかりもいられない。早急にこの空間から脱出し、瑠阿とメアリーに合流しなければならないのだ。
(どれがエルクロスの所に繋がってるのかしらね)
闇雲に探すより、エルクロスの部屋に向かった方が早い。メアリー達も、エルクロスを探して前進しているはず。だから、青羅はエルクロスを探す事にした。メアリーなしでエルクロスと対峙する危険もあるにはあるが、ここは敵の本拠地。危ない橋の一つや二つ、渡る事になるのは織り込み済みだ。
(ここは当てずっぽうよ!)
ともあれ、この四つの通路のどれがエルクロスの部屋に繋がっているのかはわからない。なので、正解だと思える通路を突き進むしかなかった。
「……えっ!?」
青羅は驚いた。今自分は出口の一つから外に出たはずなのだが、その先にまた同じような空間が広がっていたのだ。
いや、全く同じ空間だ。なぜなら床に、先程倒した黒服達が沈んでいるからである。
「まさか!!」
死体を跨いで、そのまま真っ直ぐ進む青羅。すると、また同じような空間に出た。何度同じ出口を通っても、別の出口を通ってみても、その空間に出てしまう。いや、戻ってきているのだ。
「何てこと……」
青羅は理解した。自分はただ飛ばされてきたのではなく、この空間に閉じ込められているのだと。ここはあのビルから切り取られた、独自の結界の中なのだ。
「……どうしようかしら」
青羅は悩む。この手の結界は、術者を倒す事で解除され、正常な空間に戻されるのだが、ここには黒服の死体が転がるのみで、術者らしき者はいない。
(もしかして外から閉じ込めるタイプ?)
だとしたら、自力では出られない。誰かに外の術者を倒して、助けてもらわねばならない。
(……いいえ、その線はないわね)
しかし、すぐに思い直した。なぜなら、結界の外にはメアリーやジンという、自分より遙かに強い者達がおり、結界の外から術を使うという事は、彼らに自分の身を晒すという事になるからだ。
この結界を張ったのがどの程度の術者かは定かではないが、彼ら以上という事はないだろう。ならば少しでも安全を確保する為に、結界の中に身を置くはずだ。
(見つからないという事は、どこかに隠れている。あるいは……)
とにかく、わからない事が多い。青羅は脱出する為、この空間の謎を解き明かす事にした。
☆
「ふぅ……」
青羅はこの結界について、何か見落としがないか、じっくり調べた。結果、いくつかわかった事がある。
まず一つは、全ての通路の空間がメビウスの輪のようにねじれていて、どう通ってもこの部屋に戻ってきてしまうという事。
次に、その通路に別の部屋に繋がる通路を隠す余裕はないという事。
最後に、どこにも人が隠れている気配はないという事だ。この部屋以外には。
(やっぱりこの部屋で間違いないわ。結界の術者が隠れているのは)
それから青羅は考えた。この部屋に術者が隠れているのがわかったとして、次はどうやって炙り出すか。
当てずっぽうに魔力弾を放ち、炸裂させて範囲攻撃を仕掛けるか。だがその方法は、魔力をかなり消耗する。エルクロス戦が控えている以上、それはなるべく避けたい。
(だったら……)
ならば、もっと消耗しない方法で、術者を誘き出す。
「お願い、ここから出して! もう嫌なの!」
青羅は術者に聞こえるよう、大声で命乞いした。
「助けて! もうあなた達に逆らうなんて馬鹿な事はしませんから!」
何度も何度も呼び掛ける青羅。当然だが、術者は何も反応しない。
「どうしても助けてくれないのね? だったら仕方ないわ……」
青羅は懐から、一本のビンを取り出し、中身を飲み干す。
「……ぐっ!」
それから間もなくして苦しみだし、盛大に吐血して、その場に崩れ落ちた。
青羅が倒れてから、約2分後。青羅が倒し、死亡したはずの黒服の一人が、起き上がった。
次の瞬間、黒服の切断面が、肉から機械に変化。再生が始まり、さらに服の色も変わる。
黒服だと思っていた相手は、実は黒服に化けた赤服だったのだ。
赤服は、倒れている青羅を軽く蹴って、仰向けにさせる。口からは血が垂れており、目は瞳孔が開いていた。
「恐怖に耐えかねて自害したか。まさかこんな心の弱い者が、この場所に来るとはな」
そして、青羅を嘲笑う。
「さて、では心臓を切り取らせてもらうか。魔女の心臓を奪って戻ってきたとなれば、エルクロス様も喜ばれるだろう」
剣を手に取った赤服は、青羅の心臓を切り取ろうと、剣を振り上げる。
その時、止まっていたはずの青羅の眼球が動き、杖を赤服に向け、魔力弾を飛ばした。
「ぐっ!!」
赤服は軽く飛ばされたが、どうにか耐える。
「貴様……死んだふりを……!!」
「これはただの水よ。毒薬だと思うなんて、ちょっと経験が足りないんじゃないかしら?」
青羅は術者を炙り出す為に、自分の死を偽装するという一計を案じた。今飲んだのはただの水だが、魔法で血のように赤く着色しており、飲んだ後にさらに体内で魔法を使って体積を増やす。それから水を吐き出して倒れる事で、あたかも毒薬を飲んで自害したかのように見せ掛けたのだ。
「本当はエルクロスの隙を突く為の作戦だったけど、あなたが想像以上に厄介だったから使わせてもらったわ。でもお互い様よね? あなただって死んだふりをしていたわけだし」
「……貴様が知略に長けた魔女だという事は理解した。では教えてやる! 知略だけでは埋められぬ、絶対的な力の差が存在するという事を!!」
口喧嘩では勝てないと思ったのか、赤服は早々にリアルファイトに喧嘩をシフトする。右腕がマシンガンに変形し、弾丸を高速で連射してきたのだ。
「くっ!」
青羅は右に向かって駆け出す。いくら青羅でも、機銃掃射には勝てない。
「こういうのもあるぞ」
赤服は目から光線を出し、マシンガンと合わせて弾幕を張った。それも避けていく青羅。
「いつまでも逃げられると思うな!!」
聖装束の背中が破れて、両肩に四連装のロケットランチャーがマウントされる。そこから発射されたミサイルを、避けながら魔力弾で迎撃する青羅。
「ああっ!!」
だが弾幕が激しすぎてかわしきれず、爆風に吹き飛ばされてしまった。
「……このっ!!」
床に叩き付けられながらも、魔力弾で反撃する。赤服はそれを、防御も回避もせずに受けた。
加護が施されていなかったのか、ビリビリに破れ散る赤服の聖装束。その下にあったのは、鈍色に輝く金属の肌だった。
「どうなっているのよあなたの身体は!?」
「驚いたか。このドーラ・マクレディー自慢の、マシンボディーの素晴らしさに」
赤服の異端狩りドーラは、エルクロスの許可により肉体の改造を施されている。ただし、バイオパラディンの改造とは系統が異なる、機械工学による改造だ。
脳と心臓以外の肉体を機械に置き換え、様々な兵器を搭載し、それらを電力と魔力によって運用する。本来なら肉体という狭いスペースのせいで搭載出来ない大掛かりな兵器も、魔法で肉体の空間を拡張、あるいは兵器を縮小する事で搭載可能にする、魔法と科学の融合。彼はエルクロスと別ベクトルの改造人間であり、また不死身の怪物だった。
「そんなもの!」
しかし、そんな相手でも倒さねばならない。幸いこちらはエルクロスと違って、不死殺しの霊力なしでも倒しようがある。脳か心臓を破壊すればいいのだ。
青羅は次々と魔力弾を撃ち込む。しかし、どんなに撃ち込んでもドーラの装甲には傷一つ付けられない。
「無駄だ無駄だ! この装甲は聖兵装との対決を想定して造ってある。そんな貧弱な魔力で、破壊など出来るものか!」
勝ち誇りながら、再び弾幕を張るドーラ。
「ううっ!」
青羅は避けるが、この閉鎖空間ではそれも限界がある。弱点がわかっているのに、攻める事が出来ないというこのもどかしさ。
「これこそが力!! 知略だけでは打ち破れぬ、絶対的な力の差だ!! 死ね!!」
ドーラは狙いを定め、貫通力を最大まで高めたアイビームを発射した。
「ああーーーっ!!」
ビームは青羅の頭を、一分の狂いもなく貫通した。
「心臓を貫いてはコッペリオンハートの材料に使えないからな。感謝しろ」
魔法を使えるだけの人間でしかない魔女。頭をビームで撃ち抜かれて、生きていられるはずがない。もっとも、コッペリオンハートのような不死身になれる魔法でも使っていれば話は別だが、あれの正確な使い方を知っているのはエルクロスだけだ。他の者が使えるはずはない。
青羅は死んだ。そう思っていた時だった。
突然青羅の身体が、ばらけ出したのだ。
「何!?」
何が起こっているのか、注意してよく見てみるドーラ。
紙だ。トランプだ。青羅の身体が、無数のトランプに変化してばらけたのだ。
「と、トランプ!?」
「そうよ。あなたが倒した相手は、私がトランプで作った偽物」
トランプは舞い上がり、渦を巻き、その中に本物の青羅が無傷の姿を現す。
「いつ入れ替わったのかわからなかったでしょ? 私、昔はマジシャンとギャンブラーを兼任して生計を立てていたの。そのおかげで得意なのよね、『だましのトリック』を見破られないように仕込むのが」
それから青羅は、自身を取り巻くトランプから三枚を素早く掴み取り、ドーラに向かって投げた。
「ふん! そんなもので……」
ただのトランプではないのだろうが、聖兵装による攻撃にも耐えられる装甲を持っているのだ。紙を投げるだけの攻撃が、効くわけがない。ドーラはそう思っていた。
だがその時、三枚のトランプは空中で止まり、ドーラに向かって電撃を放ったのだ。
「ぐわあああああああああ!!」
強烈な電撃を浴びて、苦悶の声を上げるドーラ。
「これは私がギャンブラー時代に作った秘蔵の魔道具、約束された幸運の手札よ。そこらのカード型魔道具と、一緒にしないでくれないかしら」
この約束された幸運の手札は、実は本体は一枚のジョーカーであり、それ以外はただのトランプだ。しかし、このジョーカーは他のトランプを取り込み、ストックする事が出来る。そして取り込んだトランプに様々な魔法を付与し、それらのトランプを必要に応じて自由に取り出す事が出来る。
元々はイカサマ用の小道具だったのだが、前にイカサマがバレそうになった事があり、自衛用の武器にも使えるよう改良を加えたのだ。
「こんな小細工で……!!」
機械に電撃は御法度。とはいえ、この程度で倒せるほど、ドーラは弱くない。
「あなた、もう一歩下がらないと危ないわよ?」
「何!?」
ドーラに指摘する青羅。思わず一歩前に進むドーラ。その瞬間、ドーラの足元が爆発した。
「ぐわぁっ!!」
「だから言ったでしょ? もう私は、そこら中にトラップを仕掛け終わってるのよ」
ドーラは青羅を攻撃する事に夢中で、気付けなかった。青羅はドーラの目を欺きながら、迷彩の魔法と爆発の魔法を掛けたトランプを、物体浮遊の魔法を使って床のあちこちに貼り付けていたのだ。
既にドーラは、地雷原の中心にいるのである。
「こんな程度の爆発で、この俺が死ぬか!!」
ドーラは叫びながら、青羅に向かって突撃してきた。射撃ではまた、青羅に入れ替わる隙を作ってしまう。だから直接攻撃で、首をへし折ってやろうという作戦だ。
走る途中でトランプを踏みつけ、爆発させてしまうが、ドーラは構わず突き進む。聖装束は彼の性能を邪魔してしまうので、ただの布としてしか使っていない。だから加護も付与されていないのだが、それでもドーラのマシンボディーは、この程度の爆発なら無効化してしまう。
「それも計算の内よ」
青羅が言った瞬間、床から魔力の鎖が伸びてきて、ドーラを縛り上げた。仕込んでいたのは爆発魔法付きのトランプだけではなく、捕縛魔法付きのトランプもだ。ドーラの突撃を予測して、射線上に仕込んでいたのだ。
「こんなもの……!!」
しかし、捕縛魔法の強度は、使用した術者の魔力の高さに依存する。このままでは破られてしまう。
だがその時、長剣が二本飛んできて、ドーラの頭と心臓を同時に突き刺した。
「な、に……!?」
「秘蔵の魔道具が一つだけなんていつ言ったの? これが第二の秘蔵の魔道具、嘘吐きの剣よ」
これは青羅がマジシャン時代に造った魔道具だ。物質や魔法を透過し、斬りたいものだけを斬り、刺したいものだけを刺す、防御不可能の魔剣。青羅が人体切断や、箱のマジックを確実に成功させる為に造った。斬る事も、斬らずに素通りさせる事も出来る為、確実に成功する。
ただ防御不可能というだけで、回避は可能だ。警戒されて回避されないよう、ここぞという場面まで温存していた。
「言ったでしょ? だましのトリックを仕込むのは得意だって」
「う……が……」
ドーラは絶命し、周囲の光景が変わる。どこかのオフィスのようだ。ドーラはこの部屋を媒体にして、あの結界を張っていたらしい。
「じゃあ、先に進ませてもらうわね」
青羅は魔道具全てを回収し、先を急いだ。




