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Blood Red  作者: 井村六郎
Episode11
22/40

後編

「やはり交渉は決裂したか」


「はい。申し訳ありませんが、エルクロス様の予想通りの結果となってしまいました」


 エルクロスはこの交渉が失敗すると予想しており、モルドッグはその予想を覆す事が出来なかった事を詫びた。


「構わんさ。それはそれで面白いではないか」


 しかし、正直な話、エルクロスは素直に従われるより、力で無理矢理従わせる方が好みなのだ。だから、メアリーはエルクロスが望む選択をしたと言える。


「この街の住人では足止めすら出来んだろう。奴らはすぐにここに来る。次の一手は準備してあるな?」


 魔力すら持たない一般人では、とてもメアリー達には勝てない。それはわかっている。早急に、メアリー達と戦う準備をしなければならない。


「もちろんでございます」


 モルドッグは当然、次の手を準備していた。




 ☆




 呻き声を上げながら、次々と押し寄せてくる人々。その様はさながら、ゾンビ映画のワンシーンを見ているかのような気分だった。


「厄介だな! ふっ!」


 相手は操られているだけの一般人だ。銃や剣を使うわけにはいかない。しかし力は弱く、メアリーは軽く突き飛ばしながら進む。


「やぁっ!」


「はあああっ!」


 こんな事は力が強いメアリーだから出来る事であって、瑠阿と青羅には出来ない。なので可能な限り避けながら進み、どうしても邪魔な相手だけを、杖から魔力弾を飛ばして吹き飛ばす。


「まともに相手なんかしてられない! 瑠阿!」


 メアリーが手を伸ばし、瑠阿がその手を取る。


「お母さん!」


 瑠阿が呼び掛け、青羅が瑠阿の手を取る。


「ふっ!」


 メアリーは超人的な跳躍力で、二人を引っ張り上げながら、人形と化した人々の頭上を飛び越えた。


「っ!」


 素手では勝てないと思ったのか、人々はパイプやバール、角材などの武器を手に取り始めた。それらの攻撃を、ティルアは巧みに避け、鋭いターンを繰り返して、くぐり抜けていく。


「おらっ! 邪魔だバカども!」


 ジンは本当に手加減しているのかと疑いたくなるような勢いで、襲ってくる中国人を殴り飛ばし、蹴り飛ばして、文字通り蹴散らしていく。観光で訪れていたアメリカ人まで操られていたが、ジンは全く構う事なく蹴り飛ばし、相手は数メートル吹き飛んでいった。


「!」


 と、少し離れた所から、洗脳された警官隊が、銃でこちらを狙っているのに気付く。そこへ、同じく洗脳された中国人が乗る車が突っ込んできた。


 ジンはボンネットに拳を叩き込んで強制的にスクラップにし、腕を引き抜きながらボンネットを引き剥がす。それを即席の盾に使い、警官隊の狙撃を防いだ。


「ふんっ!」


 と思っていたら、ジンはボンネットを投げつけた。剛力で投げられたボンネットで、警官隊の陣形の一部が崩壊する。


 それだけではなかった。ジンは今しがたスクラップにしたばかりの車に乗っている男を引きずり下ろし、車を持ち上げ、


「うううおらああっ!!」


 警官隊に投げつけた。車が爆発炎上し、陣形が完全に崩壊する。


「ハァァァァァァ!!」


 咆哮を上げながら駆け抜けるジンは、転がっている拳銃を二丁拾い、向かってくる敵の足を狙って発砲した。だがいつもと同じ感覚で普通の拳銃を撃っている為、すぐ壊れてしまう。


「ちっ! はぁっ!」


 拳銃を投げ捨て、車を蹴り飛ばし、ぶつけて爆発させる。


「おおおおおらあああああ!」


 鉄柱を引き抜いて振り回し、観光で訪れていたイギリス人とオランダ人を薙ぎ倒す。


「な、何をしているんですか、あの人は!?」


 傍若無人に暴れ回るジンを見て、青羅は困惑した。彼女はジンと初対面である為、彼がどんな人間なのかを知らない。ティルアは頭を押さえてから、ジンに言う。


「ジン! やり過ぎないよう言ったはずです!」


 ティルアの声が聞こえて、ジンはその方向を見る。ティルア達は、洗脳された人々が簡単には追ってこれない高台に、避難していた。


 それを見たジンも、ひと飛びでその高台に飛び乗る。


「悪かったな。つい力が入っちまった」


「力が入ったじゃ済まないと思うんだけど、まぁいいや。言ったってどうせ聞かないだろうし。こうなったらまた暴れられないうちに、さっさとエルクロスを倒すしかない」


 メアリーは呆れながらも、洗脳された人々を回避しながら紫龍カンパニービルに安全に辿り着く方法を見つけたので、それを使う事にする。


「さあ、早く行くよ!」


 やる事が増えた。真子の救出と劉生の仇討ち、そして操られた人々を元に戻す事。それらを一刻も早く完遂する為、一同は高台の上を移動しながら、紫龍カンパニービルへ向かった。




「!」


 強大な魔力を発するビル。その敷地内に入った瞬間、瑠阿は違和感を感じて振り向いた。


 先程まで街中から集まってきていた住民達が、敷地の入り口で立ち止まっているのだ。誰一人として、敷地に侵入しようとしない。


「メアリー! お母さん!」


 瑠阿が二人に呼び掛け、この事を伝える。


「住民をこれ以上巻き込むつもりはないって事か」


「瑠阿。あなたも感じるでしょう? このビル、結界が張られているわ」


 青羅は指摘した。言われてみれば、確かにこのビルは、敷地を囲うようにして結界が張られている。この結界には特殊な処理が施してあり、術者が認めた者以外は入れない。また、術者とその仲間以外は外に出られないよう、殺界としての機能も施されている。


 つまり瑠阿達は、無関係な一般人を巻き込まないで済む代わりに、術者を倒さない限りここから出られない状況に陥っていた。


「その通り。せっかくノコノコとやってきてくれた獲物を、逃がすような愚か者だと思うのか。この我々を」


 男性の声が聞こえた。見ると、ビルの入り口に、赤服の男性の異端狩りがいる。


「スーザン・ハリアード」


 ティルアは彼の名前を呼んだ。


「まさかそなたが派遣されてくるとはな、ティルア・ペンドラゴン殿。そして、ジン・アルバトリア殿」


「気安く俺達の名前を呼ぶんじゃねぇ。この裏切り者が!」


 吐き捨てるジン。どうやら彼が、ジャスティスクルセイダーズを裏切ったエルクロスの部下のようだ。


「そちらから見ればそうだろう。だがこちらから見れば、真に従うべき主が誰なのかわかっていない愚か者に見えるぞ。首領閣下の犬ども」


 スーザンもまた、吐き捨てる。ティルアは交渉した。


「スーザン。首領閣下は寛大なお方です。エルクロスの元を去り、私達の元へ戻ってくるのならば、裏切りの件は不問にすると仰られています」


「は! 笑わせるな! 過激派中の過激派である首領閣下が、我らの裏切りを許すはずがない! このままではいつ、あの女に処分されるか、わかったものではないではないか! 得体の知れない怪物に従うよりも、我らの価値を真に理解して下さるエルクロス様に従った方が、遙かに利益になる」


「あなたはどうして自分の利益しか考えないのですか!?」


「何とでも言え! 我らは決して戻りはせぬ。殺すつもりでやれと、エルクロス様とモルドッグ様からの御命令だ。貴様らを、排除する!」


 交渉は決裂した。スーザンは聖装束の中から、ビンを一本取り出す。ビンの中には青い液体が入っており、スーザンはビンの中身をぶちまけた。


「…………?」


 瑠阿は最初、毒液の類いだと思ったが、それにしては掛け方が雑で、勢いが足りないし、量も少ない。ぶちまけられた薬品は、あっという間にアスファルトに吸い込まれていった。


「瑠阿、油断しないで下さい。すぐ来ます」


「えっ?」


 ティルアが瑠阿に、注意を呼び掛けた。どうやら彼女は、あの薬品の正体を知っているらしい。


 そして、すぐ変化は現れた。


 アスファルトを突き破り、地面から腕が一本出てきたのだ。それに釣られるように、二本、三本と、次々腕が増えていく。


 腕は地面の中から這い出し、植物を人間の大人に変えたような怪物が、姿を現した。その数、およそ三十。気持ちの悪い外見に、瑠阿は引いている。


「な、何なのこいつら!?」


「プラントアーミー。ジャスティスクルセイダーズが開発した、植物の兵士です」


 ティルアの話によると、このプラントアーミーというらしい怪物達は、ジャスティスクルセイダーズが人手不足を解決する為に作ったモンスターで、あの薬品の中には、とても小さい種子が入っている。薬品自体も、魔力を込める事で機能するプラントアーミーの成長促進剤で、魔力を込めながら地面に撒くと、すぐに発芽、成長が始まり、あっという間に軍団が完成するというわけだ。そしてプラントアーミー達は、発芽の際に魔力を込めた者に服従する。


 スーザンはジャスティスクルセイダーズの技術開発班にいた男で、組織から離反する際、種子をいくつか持って行ったらしい。


「つまりこいつらは、超お手軽に作れて超従順な、インスタントモンスターってわけだ。魔族を嫌う連中がそんなもの作るとか何考えてんの?」


 メアリーはまとめながら、至極真っ当な疑問を述べた。


「もはや貴様らと問答をするつもりはない。さぁ行けプラントアーミー! 奴らを排除しろ!」


 スーザンはその疑問に答える事はなく、号令を掛けた。それを聞いて、プラントアーミーが一斉に動き出す。


「ふん。やっとまともに戦える相手が出てきたか」


 プラントアーミーが相手なら、問題なく銃を使える。その事を喜んだジンは、デストロイカスタムを出そうとした。


「こんなところで銃なんか使ったら、弾がもったいないでしょ? ここは僕に任せて」


 メアリーが止めた。相手がどんな罠を張っているかわからない以上、迂闊に弾薬を消耗するのは危険だ。というわけで、メアリーは弾薬を使わない戦い方でプラントアーミーを、そしてスーザンを倒す事にした。


「メアリー! あなたはこの戦いの要なのよ!? もしもの事があって、あなたが戦えなくなったら……」


「そう思うなら、このまま僕を戦わせてよ。本命と当たる前に、ウォーミングアップを済ませておきたいんだ」


 瑠阿は止めたが、メアリーは聞かない。とはいえ、確かにプラントアーミーが相手なら、ウォーミングアップとしては申し分ないだろう。


「大丈夫。母さんが造った魔道具の中に、こういう状況にうってつけの武器があるんだ」


 そう言うと、メアリーは両手を広げ、手の中に二振りのナイフを召喚した。ただのナイフではなく、エッジが両刃で、ポメルにも刃が付いている。ナイフのデュアルブレードだ。そして、全てが金色だった。


「フェリアの至宝、ルバースト!」


 メアリーは自分が持つ魔道具の名を教えると、プラントアーミーの群れに突撃する。


「キエーーーー!!」


「ガアーーー!!」


 耳を塞ぎたくなるような不気味な声を上げて、プラントアーミーの群れはメアリーを迎え撃った。プラントアーミーの戦闘能力は、黒服にすら及ばないが、人間の大人くらいなら容易くミンチに出来るくらいの力があり、しかも猟銃程度ではダメージも与えられない。また量産が非常に簡単である為、決して雑魚として見る事は出来ないのだ。


 そんなプラントアーミーの先頭二体を、メアリーはルバーストを脳天に振り下ろす事で、一撃で倒した。代償として包囲されてしまったが、そのままルバーストを手の中でくるくる回しながら、風のような速さで自分の周囲を振り抜いていく。


 ある相手は胴を両断され、ある相手は頭を破壊され、緑色の血をまき散らして次々沈んでいく。


「ガア!!」


 プラントアーミーの一部がメアリーから離れ、口から光線を出して遠距離攻撃に切り替えてきた。メアリーはその光線を全て切り裂きながら接近し、二体の心臓を突き刺す。別の二体が背後から襲い掛かってきたが、ルバーストを引き抜きながら、背後を向かずに刺す。次々向かってくるプラントアーミーの群れを、首を切り落として倒す。


 やがて、プラントアーミーは全滅した。


「数を片っ端から叩き潰せばウォーミングアップになるかと思ったけど、相手が弱すぎて全然ウォーミングアップにならないよ。忠実な番犬部隊は、これで最後かな?」


 これだけ激しく戦ったというのに、まだまだ足りないと言うメアリー。


「く、くそーー!!」


 スーザンはまたビンを取り出し、追加のプラントアーミーを生産する。


「お前達! 奴を近付けるな!」


 それから指示を出すと、プラントアーミー達は最初から光線で対処してきた。ルバーストは近距離武器なので、圧倒的な物量の遠距離攻撃を仕掛ければ、ダメージを受けないと思ったのだ。


 メアリーは少しだけ光線を弾いたかと思うと、ルバーストに魔力を込めて、


「やぁっ!」


 二本同時に投げつけた。隙間を縫うようにして正確に飛んでいったルバーストは、群れの中核にいた二体のプラントアーミーの顔に突き刺さる。


 それを確認したメアリーは、見た者がうっとりするような笑みを浮かべると両手に魔力を込めて、指揮者のように広げてから、指を鳴らした。


 スーザンは感じる。よくわからないが、このまま棒立ちになっていると、自分は死ぬという危機感を。とりあえず、咄嗟に結界を張って身を守るスーザン。


 その判断は功を奏した。ルバーストの、プラントアーミーに刺さっているのとは反対のエッジが光り、球状にプラズマを放出したのだ。


 ルバーストには込められた魔力をプラズマに変換し、周囲に放出する起爆機能がある。ナイフという一見多数の敵を相手取るのに向かない武器でありながら、実は狭い空間の敵を殲滅するのに向いている武器なのだ。


「ば、バカな……」


 結界で身を守っていたおかげで、無事だったスーザン。しかし、たった一人にここまでやられるとは思っていなかった。精神的ダメージは大きい。


「やっぱりこの程度じゃ駄目だね。少しは強いのが相手してくれなくちゃ」


 残ったのはスーザンのみ。メアリーは物体移動の魔法でルバーストを回収し、構える。


「……いいだろう。こうなったら、俺がやってやる!」


 プラントアーミーのストックはまだあるが、いくらぶつけても無駄だろうし、向こうにもウォーミングアップにならない事はわかってしまったので、もう新たにプラントアーミーを造る隙は与えてもらえない。そう思ったスーザンは、一本の剣を召喚し、メアリーに突撃した。


 しかし、メアリーが交差させるように振ったルバーストの一撃で、剣は破壊されてしまう。


「そんなものか」


 期待外れと感じたメアリーは、ルバーストに結界貫通の魔法を付加し、もう一度交差させるように振って、スーザンを輪切りにした。


「忠実な兵士を造って、その後ろから戦ってばかりいたんだろう? 動きに全然キレがなかったよ」


 メアリーはルバーストをしまった。


「メアリー!」


 瑠阿はメアリーに駆け寄り、心配する。


「大丈夫だった? 怪我してない?」


「怪我はしなかったけど、ウォーミングアップが出来なかったから不満だよ。まぁルバーストはしばらく使ってなかったから、その虫干しが出来たという意味では、いい勝負だったかな」


 ウォーミングアップという点では納得がいかなかったらしいが、ルバーストはなかなか使う機会がなく、母の遺品なのに使わないのはいかがなものかと思っていてようで、それが使えた事には満足しているようだ。


「すごいですね。ここまでとは……」


「そんな事ないですよ。大した事ない相手でしたし、青羅さんでも勝てたと思います」


 青羅は、メアリーの戦闘を、今回初めて目にする。どうやら、予想以上だったようだ。


「ああ、悪かったね君達の前で。でもいいだろ?」


 ふとメアリーは、ティルア達の前でかつての同胞を貶めてしまった事を詫びた。


「……構いません。覚悟はしていましたから」


「ちっ! 何がウォーミングアップだ。一人で楽しみやがって」


 ティルアはメアリーを許し、ジンに至ってはスーザンの死を悲しんですらいない。


 だが、こんなものはまだまだ序の口だ。ここはまだビルの外で、本格的な戦いは始まってすらいない。この程度で音を上げているようでは、エルクロスを倒すなど夢のまた夢だ。


「さてそれじゃ、討ち入りといきますか」


 メアリーを先頭に、一同はビルの中へ入る。


(待っててね、真子!)


 瑠阿はこのビルのどこかにいる真子の身を案じた。



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