後編
葵町の町外れ。そこには、かつて工事現場として使われていた、更地があった。ジンとメアリーは、ここに来ていた。
「もうわかってるだろうが、俺はお前と決闘しに来た」
「殺しに来たの間違いだろう? いいの? 君のパートナーや、他の重役連中が、黙ってないんじゃない?」
しつこいだろうが、メアリーは異端狩り達にとって、監視の対象だ。駆除の対象ではない。それなのにこんな真似をして、今度は恐らく謹慎では済まない。
「だから、この前も言っただろうが。殺さねぇ程度にやってやるって」
ジンは殺すつもりはないと言っているが、怪しいものだ。この前の気迫と、今もまき散らしている殺意のせいで、全く信用出来ない。
「で、僕が負けたら殺すって?」
「だから殺さねぇって言ってんだろ! まぁでも、俺に殺されるなら、その程度だったってこった。お前もわかってるだろ? 俺に負けたり苦戦してるようじゃ、オルベイソルを滅ぼすなんて無理だってよ」
「それは否定しない。ジャスティスクルセイダーズの中には、あんたより強い白服だっているだろうし」
メアリーが戦う相手は、白服全員だ。つまり、全員を同時に相手にして勝てるだけの力が必要になる。今のメアリーに、それだけの力はない。というか、他の白服にどれだけの力があるか、それ自体まだわかっていないのだ。
「じゃあ、あんたには僕の腕試しを手伝ってもらおうかな。実戦に勝る修行はないからね」
口でいくら言っても、この男は引き下がりはしない。それなら、徹底的に打ち負かして追い返すだけだ。今言ったように、修行にもなる。
「やっとその気になりやがったか。お前は本当に、俺を待たせるのが好きなやつだな!!」
ジンはデストロイカスタムを二丁とも抜き放ち、メアリーに向けて構えた。メアリーもまた、ヘルファイアとナイトメアを召喚し、全く同じ構えでジンに向ける。
四丁の七十口径拳銃が、互いを牽制している。銃口を阻む物はなく、二人の戦いを邪魔する者も、誰もいない。
「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
先に動いたのはジンだった。やはりというか何というか、殺意全開で引き金を引き、七十口径対物対魔拳銃弾が、メアリーの細身を引き裂こうと殺到する。
「ふっ!」
メアリーも同じく引き金を引き、殺到する弾丸を相殺した。
轟音、轟音、轟音、轟音。四丁の拳銃が響かせる轟音が、戦いの地を満たす。
「ちっ!」
銃の威力は互角。射撃の精密性も互角。このまま撃ち続けても弾幕を破れないと思ったジンは、横に駆け出し、メアリーの側面に回り込もうとする。
メアリーも同じ方向に駆け出し、回り込ませない。よって、二人は互いに横に走り続ける事になる。
横に回り込もうとしても駄目。そう判断したジンは、今度はメアリーの正面に向かって突っ込む。突っ込んである程度メアリーに近付いたら、跳躍した。空中から、メアリーを狙ってデストロイカスタムを連射する。
斜め上から徐々に上がり、そして真上から飛んでくる弾丸を、メアリーは驚異的な射撃技術で迎撃する。銃を真上に向け、のけぞり、ジンが着地したのを確認すると、振り向いて体勢を立て直し、再び射撃を開始した。
と、ジンがデストロイカスタムを二丁とも真上に放り投げ、メアリーはそれに気を取られて射撃をやめてしまう。
「うううらぁぁぁぁぁぁ!!」
その瞬間、ジンは右拳で、地面を殴りつけた。その直後、メアリーの足下が爆発した。
ジンは魔法を使ったのだ。使用した魔法の名は、インパクトムーブ。衝撃を任意の場所に移動させる魔法だ。
ジンが拳で発生させる衝撃は、とても大きい。その衝撃を、メアリーの足下に移動させた。
「うあ……!」
流石のメアリーも、これには大きく吹き飛ばされる。
「はぁっ!!」
これこそ、ジンが求めていたチャンスだ。左拳に魔力を込め、放つ。ジンの馬鹿でかい魔力の砲弾が、メアリーを粉砕しようとする。メアリーは未だに衝撃波にあおられ、体勢を崩されたままだ。人間なら、この攻撃はかわせない。
しかし、メアリーはダンピールである。人外の血を引く彼女を、人間の常識に当てはめる事は出来ない。メアリーは自分の能力の一つ、霧化を使い、魔力弾を回避した。
「ふん」
もちろん、ジンはこの結果を予想していた。なので、落ちてきたデストロイカスタムを回収し、右のデストロイカスタムを、背を向けたまま後ろに発砲した。
「ぐあっ!」
それは、メアリーが自分の後ろで実体化する事を読んでいたから。実体化のタイミングと、命中するタイミングは完全に一致しており、回避もままならないまま、メアリーは弾丸を受けた。
ジンはメアリーを向いて撃ち続ける。メアリーは血の服の防御のおかげでダメージを受けていないが、衝撃は殺しきれておらず、またしても体勢を崩されていた。
さらなる決定打を与えるべく、接近するジン。メアリーはジンが接近してきたのに気付き、睨み付けて、強引にスリーピングムーブを発動する。
これによって、ジンの動きは遅くなり、メアリーは急速に後退。先程やられた仕返しとばかりに、弾丸の雨をプレゼントした。
「ごおあ!!」
着弾と同時にスリーピングムーブを解除する。ジンは全身に対物対魔拳銃弾を受け、ダンスを踊っているかのように身体を震わせた。
「……小賢しい真似してんじゃねぇぞ。このクソダンピールが!!!」
ジンの魔力が一気に膨れ上がる。どうやら、今の攻撃で完全にジンを怒らせてしまったようだ。初めて戦った時以上の魔力、殺意、重圧に、メアリーは一瞬怯んでしまう。
その一瞬が、命取りとなった。
「うらぁ!!」
「がっ!!」
ジンはデストロイカスタムを投げ捨てると、メアリーが見失うほどの速度で動き、メアリーの顔面を殴り飛ばした。
「喰らえ!! 死ね!! クソダンピール!!」
「ぐあ!! おあ!!」
胸ぐらを掴んで強引に起こすと、顔を殴り、腹を蹴り、頭を殴り、背中を踏みつける。攻撃を受ける度にメアリーの身体は震え、鮮血が飛び散った。
「どうだ。お前との戦いに備えて、ここしばらくずっと鍛えてたんだよ。この身体は持久力があるから、人間には出来ないトレーニングも出来るんだよなぁ!!」
「ぐああっ!!」
メアリーの顔面を蹴り飛ばし、メアリーは砂利の上を転がった。
「いつまで手を抜いてやがる!! こっちが本気を出してやったんだから、お前も本気を出しやがれ!!」
ジンは、メアリーの切り札、マイティーチェンジとの戦いを望んでいる。というより、今回の決闘はそれが目的だ。
前回の戦い、本当なら勝っていたのはジンのはずだった。事実、あと一歩のところまで、メアリーを追い詰めていた。にも関わらず敗れたのは、マイティーチェンジという不確定要素のせいだ。
マイティ―チェンジは、全てのダンピールが使える力ではない。吸血鬼と魔道士、もしくは魔女の血を引くダンピールのみ、使う事が出来る力である。ジンはこれまで、そんな特殊なダンピールと戦った事がなかった。それゆえに、マイティーチェンジの存在を知らず、対策も出来ず敗れてしまったのだ。
マイティ―チェンジを使ったメアリーに勝つ事で、ようやく前回の借りを返す事が出来る。だからジンは、正真正銘の全力を出したメアリーと戦いたかった。
「……そんなにやりたいならやってやるよ」
メアリーはダンピールの回復力を、魔力で強引に引き上げて、受けたダメージを回復し、立ち上がる。
「ただし、気を付けた方がいい。どうやら僕は、自分が思っているより、沸点が低いらしいんだ」
そして、マイティーチェンジを使う事を決意した。
「どうなっても知らないぞ!! マイティーチェンジ!!」
メアリーは、憎い異端狩りの白服にやりたい放題やられて、完全にキレてしまっていた。他の白服の目があるから控えるつもりでいたが、もう知らない。こうなったら、望み通り全力でやってやる。とうとうメアリーは、マイティ―チェンジを使った。
「そうだ!! それと戦りたかったんだ!!」
禍々しく恐ろしい。普通の人間なら、裸足で逃げ出してしまいそうな姿だ。そんな姿を見て、ジンは逆に狂喜した。まともではない。メアリーから見ても、ジンは異常だった。
「死にやがれ!!」
ジンは魔力を込めた拳で、メアリーの腹を殴る。あの時よりパワーアップした攻撃を受けて、メアリーの口から血が出る。ダメージが通ったのを見て、ジンは満足そうに凶暴な笑みを浮かべた。
だが、メアリーは血を吐いただけであって、ダメージ自体はさして受けていない。
「ふん!!」
「がっ!!」
真横から裏拳を喰らわせ、メアリーはジンを殴り飛ばす。飛んでいったジンを追い掛けて足を掴み、ジャイアントスイングで投げ飛ばした。
「くっ!! うおおおおおおおおおおおおお!!!!」
ジンは口から流れる血を拭い、物体浮遊の魔法でデストロイカスタムを回収すると、弾丸に爆破の魔法を掛けて、ひたすらメアリーに叩き込んだ。
爆発が連続で起こり、メアリーの姿が見えなくなる。しばらく撃ってから、ジンはデストロイカスタムを下ろした。あの時は少ししか撃たなかった爆発魔法付きの弾丸だが、今回は自分でも数え切れないほど撃ってやった。いくらマイティーチェンジを使ったメアリーが頑丈でも、これを喰らって生きていられるはずがない。そう思っていた。
しかし、直後に硝煙を振り払い、損傷軽微なメアリーが姿を現した。
「うううううう……!!」
メアリーはさらに怒り狂っており、ジンに殴られた時に飛ばされたヘルファイアとナイトメアを、物体浮遊の魔法で回収し、さらにサイズを変更する魔法を発動。今のメアリーでも扱える大きさまで巨大化させ、
「があああああああああああああ!!!!」
魔法を弾丸に付与して乱射した。こちらは爆発魔法などではなく、単純な威力強化、それのみ。威力も速度も、先程の数倍以上に強化されている。
「うおっ!?」
魔力で赤く光る弾丸。ジンは聖装束の加護を全開にし、自身も障壁を張って備える。用意した防御は、最初の数撃こそ耐えていたものの、すぐに貫通、破壊され、弾丸がジンの全身に突き刺さった。
「ぐおおおおおおお!!?」
苦悶の声を上げるジン。だが、メアリーの怒りはこんな事では収まらない。
「ハァ!!」
ヘルファイアとナイトメアを送還し、両手に魔力を集めて、解き放つ。マイティーチェンジによって強化された魔力弾は、ジンを容易く吹き飛ばした。
「身の程をわきまえるべきだったな」
メアリーは魔剣ディルザードを召喚し、ゆっくりとジンに近付いていく。今度は逃げられないよう、確実に真っ二つにする。
ジンは動かない。あまりにも動かないので、幻覚魔法でも使って罠を張っているのかと思ったが、その線はなさそうだった。
「あの時は仕留め損ねたが、今回はそうはいかない。お前みたいな問題児が消えたところで、ジャスティスクルセイダーズは何も困らないだろう。これ以上バカな事をされない為にも、死んでもらう」
これだけ命令違反を繰り返したのだ。ルールを守らない相手に、メアリーが従う道理はない。
「今度こそ、死ね!!」
これで、少しだけ長く続いたジンとの因縁も終わり。そう思って、メアリーはディルザードを振り上げ、振り下ろした。
しかし、メアリーが放った一撃は、空振りした。気が付くと、ジンがいなくなっていたのだ。
「……お前か」
メアリーが振り向いた方角には、ティルアがいた。ジンを抱えている。今のやり取りの間に、素早くジンを回収して逃げたのだ。
「何もしないようきつく言っておくって、言ってたよね? 全然効果ないみたいだけど。自分の同僚の管理も出来ないの?」
「……何を言われても、言い返せません。今回は、私の管理の問題です。ごめんなさい」
ティルアは心の底から申し訳なさそうに言った。彼女も止めようとはしたのだろうが、ジンは聞かなかった。今回の問題は、全面的にジンが悪い。
しかし、だからといってごめんなさいで許すほど、メアリーは優しくなかった。
「じゃあ責任を取ってもらわないとね。どうすれば僕は君達を許すと思う?」
「あなたの最も望む謝罪は、私達の死でしょう。ですが、まだ死ぬわけにはいかないのです」
「君の事情なんて知らないよ。じゃあ、どうするの?」
メアリーは迫る。怒りで半ば我を忘れており、歯止めが利かないのだ。
ティルアは目を閉じて何か考えた後、意を決したように目を開き、ジンを下ろす。その直後、一本の剣を召喚した。
「ティルア……お前、何を……」
意識を取り戻したジンは、ティルアが漂わせる雰囲気に、危険な予感を感じ取る。
そしてティルアは、召喚した剣を振り上げ、
「……っ!!」
自分の左腕を斬り落とした。
「ティルア!!」
「!!」
ジンは驚いた。メアリーも、怒りが一気に冷める。
「メアリー!! きゃ……!!」
追い掛けてきた瑠阿は、目の前で起きた事に、小さな悲鳴を上げた。
「……これで、どうかお収め下さい」
ティルアはしかめ面をして痛みに耐えながら、剣を送還し、落ちている自分の左腕を拾い、メアリーに差し出す。
「…………」
メアリーはマイティーチェンジを解除し、ディルザードを送還して、ティルアに歩み寄り、左腕を受け取った。受け取ってから、それをティルアの左腕に付け、回復魔法で癒着させる。
「メアリー……」
「君の覚悟は受け取った。ただし、次はない」
仲間の為に自分の腕を差し出す異端狩りなど、見た事がなかった。異端狩りにあるまじき自己犠牲の精神に心を動かされたメアリーは、ティルアの腕を完治させ、警告してから背を向けた。
「……ありがとうございます」
ティルアはメアリーの背中に向けて、頭を下げた。
「……諦めねぇぞ……」
「ジン!?」
だが、ジンは立ち上がってメアリーに言った。メアリーも、足を止める。
「よくもティルアにこんな恥ずかしい真似させやがったな!! この借りは必ず返す!! お前を殺して、ティルアの腕を落とさせた事を後悔させてやる!!」
ジンにとっては、自分が殺される事より、ティルアを辱められる事の方が屈辱だった。だから、誓う。メアリーより強くなり、いつか必ずメアリーを殺す事を。
「……ならいくらでも相手になってやる。ただし、次からは逃げる手段を用意しておかないと、本当に殺すぞ。よく覚えておけ」
メアリーは顔を半分だけジンに見せて、警告した。ティルアの自己犠牲すら無にするようなら、今度こそ殺すと。
「……メアリー」
こちらに来たメアリーの顔を、心配そうに見上げる瑠阿。愛しい見習い魔女に、メアリーは微笑み掛けた。
「……帰ろう。ここにいても気分が悪くなるだけだ」
瑠阿の手を引いて帰るメアリー。そんな彼女達の姿を、ジンとティルアは見えなくなるまで見ていた。