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Blood Red  作者: 井村六郎
Episode9
17/40

前編

「メアリーさん。あれ? 瑠阿、メアリーさんは?」


 休日、青羅は瑠阿に、メアリーの居場所を訊いた。どうやらメアリーを探していたようだが、見つからなかったらしい。


「えっ? いないの? ……あ」


 実を言うと、瑠阿はメアリーの居場所に、一カ所だけ心当たりがあった。アウトローホールだ。メアリーはよく、あの見せに入り浸っている。一応本人から、酒はイケる口だという話は聞いているが、飲む目的ではない。


 実は、アウトローホールの奥の部屋には、魔道具を造る為の工房がある。言うまでもなく、店の主人レヴェナが使う工房だ。メアリーは、フェリアの至宝についての情報がない時、ここで魔道具を造っている。


 メアリーの夢は、母のような魔道具職人になる事だ。彼女の銃であるヘルファイアとナイトメアも、彼女が自作した魔道具だ。だから、恩師であるレヴェナの元で修行を積んでいる。バーに本来の目的以外で入り浸るというのは変な話しだが、他ならないレヴェナが許可しているので、メアリーも構う事なく、魔道具作成に没頭している。


「何かメアリーに用? あたしでよかったら、伝えに行くけど?」


 瑠阿はポータルカードを出して見せる。アウトローホールの事を知ってから、自分にもポータルカードが必要だと感じた瑠阿は、レヴェナに頼んで発行してもらったのだ。本当は審査や試験などが必要になるのだが、レヴェナのおかげでそれらの手間は省けた。まぁ、それでもブロンズカードだが、アウトローホール一カ所が登録出来れば充分だ。


「……じゃあ、お願いしようかしら」


「わかったわ。それで、何を伝えたらいいの?」


「実は、今夜の晩ご飯を何にしようか悩んでるのよ。メアリーさんは何が食べたいか、聞きたいと思ったの」


「今夜の晩ご飯ね。オッケー」


 メアリーにとって一番のごちそうは瑠阿の血なのだが、それだけでは味気ない。というわけで、瑠阿はポータルカードを起動し、扉を出現させて、アウトローホールに向かった。扉は瑠阿が通った直後に消えた。




 ☆




「あら、瑠阿さん」


「こんにちは、レヴェナ様。メアリー、います?」


「メアリーなら、私の工房に」


 やはり、メアリーはここにいた。


「入っていいですか?」


「はい、どうぞ」


 瑠阿はレヴェナから許可をもらい、カウンターの中に入ると、奥にある扉から入っていった。



 扉の奥には廊下があり、そこを一直線に通って広い空間に出る。


 奥にあった空間には、そこら中に鉄クズのようなものが散乱しており、壁や天井に魔道具が飾ってあった。ここが、レヴェナの魔道具工房だ。


 その一番奥にあるのが、金属を魔力で加工する釜、魔道炉。メアリーは、そこに魔力を注ぎ込む作業をしていた。


「メアリー」


「瑠阿。どうしたの?」


 瑠阿の存在に気付いたメアリーは、作業を一時中断する。


「お母さんがね、今夜何が食べたいか、訊いてきて欲しいって」


「……ああ。じゃあ、今夜はステーキにしてもらおうかな」


 最近日本食ばかりで、外国の味が恋しくなってきていたメアリーは、青羅にステーキを作ってもらう事にした。


「ステーキね? わかったわ」


 要望を聞いた瑠阿は帰ろうとするが、はた、と思ってメアリーに尋ねた。


「何造ってるの?」


「これ? これは君へのプレゼントだよ」


「えっ? あたしの?」


 何と、メアリーは瑠阿にプレゼントする魔道具を造っていたのだ。瑠阿にはいつも世話になっているし、これから自分の嫁になってもらおうと思っている相手だから、魔道具を造ってプレゼントするつもりでいるらしい。


「嬉しいけど、何を造ってるの?」


「それは教えられないなぁ。せっかくのプレゼントなのに、今から教えたりしちゃつまらないでしょ?」


「……確かにそうだけど……でも気になるわ」


「我慢我慢。そう焦らなくても、近いうちに必ずあげるって。さ、気が散るから帰って。完成が遅れたら嫌でしょ」


「……わかった。じゃあ、あんまり遅くならないうちに帰ってきてね?」


「うん」


 メアリーの仕事の邪魔をしては申し訳ない。なので、根を詰めすぎないように言って、帰る事にした。




「レヴェナ様」


「もういいんですか?」


「はい。お邪魔しました」


 瑠阿はレヴェナに礼を言って帰ろうとする。


「まぁ待って下さい。一杯どうぞ」


 しかし、レヴェナに引き留められた。


「えっ? でもあたし、まだ未成年……」


「大丈夫ですよ。子供でも飲めるドリンクです」


 ここはバー、アウトローホール。大人の為の店だ。瑠阿の存在は、本来場違いである。しかし、一応お世話になってはいるので、マスターに飲めと言われて、このまま帰るのは確かに悪い。


 というわけで大人しくカウンター席に座り、一杯だけ飲む事にした。


「はい、当店専用の未成年用ドリンク、デイ・ドリームです」


 そう言ってレヴェナが持ってきたのは、真っ白なドリンクだった。


「頂きます」


 瑠阿は一礼して、デイ・ドリームというらしいドリンクに口を付ける。


 味は甘く、まろやかで、甘党な瑠阿にはとても美味しかった。それに、頭がぽやぽやしてきて、何だか気持ちいい。まるで、夢の中にいるような気分で、心が落ち着く。


「美味しいですね、これ」


「ありがとうございます」


 瑠阿は満足した。ここは大人の店だが、これ目当てに通ってもいいくらいの味だった。


「……メアリーは、どうして魔道具職人になろうと、思ったんでしょうか」


 瑠阿はレヴェナに尋ねた。レヴェナなら、メアリーの過去について、何か知っているかもしれない。


「フェリアは、私が知る中で最も優れた魔道具職人です。そんな彼女の娘として生まれた子ですから、憧れが強かったんでしょう」


「やっぱり……」


 母への憧れ。やはり、それが一番強い理由だった。それからレヴェナは、フェリアが教えてくれた、フェリアとアグレオンの馴れそめについて、語っていく。


「元々アグレオンは、魔界の吸血鬼の大貴族で、フェリアはそんな彼に雇われた給仕係の一人でした」


 魔族同士の抗争で両親を失い、孤独な身となっていたフェリアは、魔女である事を売り込み、ブラッドレッド家の給仕係として雇われた。その頃のフェリアは、まだ家事が得意なだけの平均的な魔女で、魔道具職人としての優れた才覚は発揮していなかった。


 ただ、魔道具造りを趣味にはしており、アグレオンの屋敷で魔道具を造っていた他の魔道具職人から、余った材料を分けてもらい、休憩時間に自室で造っていたらしい。


 ある日、アグレオンがフェリアの部屋を訪れる機会があった。その時、アグレオンはフェリアが使っていた材料を見て、とても驚いたようだ。


「何だこれは?」


「はい。私、魔道具造りが趣味でして、他の職人様から材料を分けて頂いていたんです」


 アグレオンは材料の一つを掴み取り、調べる。魔族が造る道具と書いて魔道具なのだから、材料にも当然、魔力が込もっていなければならない。


 この材料にも、ちゃんと魔力は込もっている。しかし、とても小さい。魔道具の材料として使うには不適切というよりなく、他の材料も全て、同じようなものだった。


「ゴミ同然じゃないか。これでは力のある魔道具なんて、とても造れないだろう? 可哀想に……」


「いえ……あくまでも趣味ですから……」


 フェリアは謙遜する。余った材料といっても、使いきれなかった材料、もしくは魔道具を造ったあとに排出されたものなので、アグレオンの言う通り、ゴミ同然の、材料とすら言えないものだった。


「……よし、わかった。お前の為に材料を手配しよう」


「えっ!?」


 フェリアは驚いた。アグレオンはフェリアの為だけに、魔道具作成の材料を用意する事にしたのだ。


「そんな、専属の職人様方を差し置いて、私がそんな……」


「俺はこれでも、魔道具について多少の知識がある。その知識と照らし合わせてみたところ、お前には魔道具職人としての優れた才能があると結果が出た。だが才能だけあっても、材料がゴミでは何の意味もない。だから、まともな材料を好きなだけ使って、思うように造ってみるといい。責任は全て俺が取る」


 アグレオンの力強い説得を断れず、それからフェリアは取り寄せてもらった材料を使い、魔道具を造る事にした。


 主人の期待に応えようという強い気持ちもあって、フェリアは魔道具造りに本格的に取り組んだ。すると、彼女の眠っていた才能が瞬く間に開花し、優れた魔道具を次々と製作していき、アグレオンはそれに助けられた。


 そしていつしか二人の間には、主従の関係を越えた、確かな恋愛感情が生まれていた。


 ある時、ブラッドレッド家は、魔界の大きな戦争に巻き込まれ、没落した。そんな中でも、アグレオンとフェリアだけは、フェリアの造った魔道具のおかげで生き残る事が出来たのだ。


「実はな、俺はもう、貴族として生きる事に疲れていたんだ。誰か信用出来る伴侶を一人連れて、屋敷を飛び出したい。あらゆる全てに煩わされない所で、二人きりで生きていきたい。そう思っていた」


 廃墟と化した屋敷を見ながら、アグレオンは告げた。貴族としての今までの自分を投げ捨てて、人生をやり直したい。ブラッドレッド家の没落は、そのきっかけとしてちょうど良いと。


「フェリア。俺と一緒に、来てくれるか」


「はい、喜んで!」


 仕事も、帰る家も失ってしまった。完全なゼロからのスタートだったが、フェリアに恐怖や不安はなかった。アグレオンと一緒なら、二人でなら、どんな困難も乗り越えられる。そんな予感があったからだ。


 それから二人は、何のしがらみも存在しない場所、すなわち、人間界へと移住し、二人の娘を授かった。その一人が、メアリーである。


「フェリア様って、波瀾万丈な人生を歩んで来られたんですね」


「ええ。魔女の中でも、彼女ほど数奇な人生を歩んだ者はいないでしょうね」


 フェリアの人生の過酷さは、レヴェナも認めるほどだった。そして彼女は、夫とともに異端狩りに討たれるという最期を迎えたのだ。


「瑠阿さん。今あの子は、一人なんです。あの子のお姉さんは、あの子を大事にしようとしません。ただ一人残った肉親であるという情さえ、少しも抱いてはいないのです」


 レヴェナの話によると、二人の仲は瑠阿が思っている以上に険悪であるらしい。メアリーは今でも大切な姉だと思っているそうだが、姉の方は大切な妹と全く思っていないそうだ。両親を失った今、姉妹で支え合って生きて行かなければならないというのに。


 そう思うと、瑠阿は悲しくなった。


「だから、あなたがあの子を支えてあげて下さい。あなたの存在が、彼女にとって唯一の心の拠り所なのです」


 レヴェナは、メアリーが瑠阿の事を話す時、とても楽しそうな顔をしているのを覚えている。瑠阿と出会うまでは、あんな顔をした事などなかった。いつも無表情で、何をしていても憎悪しか感じない。そんな女性だった。


 瑠阿はメアリーにとって、家族以上の大切な存在なのだ。


「……はい」


 瑠阿は頷いた。




 ☆




 家に帰ってきた瑠阿。


 青羅は瑠阿からメアリーの希望を聞くと、買い出しに出掛けていった。


「あたしが、メアリーの大切な人、か……」


 瑠阿はベッドの上で、枕を抱えて寝転んでいた。


 今日はとてもいい話を聞いた。メアリーの家庭事情について知る事が出来たし、来るべき決断の時に備える心の準備が出来たのだ。


 メアリーにお嫁さんになって欲しいと言われた時、今度ははっきり答えようと思った。メアリーの、お嫁さんになると。


 そんな時だった。チャイムが鳴ったのだ。


「誰だろう?」


 郵便や宅配にしては、少し時間が遅い。もしかしたら、真子が来たのか、それとも青羅が忘れ物を取りに戻ってきたのかと思い、玄関に行く。


「はい」


 瑠阿は何の警戒もなく、ドアを開けた。


 真子の顔は見えなかった。青羅の顔も見えなかった。誰の顔も見えなかった。


 見えたのは、手のひら。その手のひらが瑠阿の首を掴み、凄まじい力で、背後の壁に瑠阿を叩き付けた。


「がっ!?」


 肺から空気を吐き出す。喉を締め付けられ、声が出ない。痛みで意識が飛びそうになったが、どうにか意識を保ち、相手の顔を見る。


「よお。久しぶりだな」


 見た瞬間に、背筋が凍った。


 瑠阿の首を掴んでいるのは、異端狩りのジンだったのだ。


「あ、あんた……ジン・アルバトリア……!!」


 喉を掴まれているので、かすれ声しか出ないが、その名前を呼ぶ。


「ここがお前の家で間違いないらしいな。だが、お前に用はねぇ。わかってんだろ? メアリーを出しな」


 ジンが瑠阿のような弱小魔女を、歯牙に掛けるわけがない。目的は、メアリーだ。メアリーに用があって、この家を探していたのだ。


「メアリーに、何する、つもりよ……!?」


 瑠阿は苦しみながらも、ジンを睨み付けて、精一杯の抵抗をする。


「お前には関係ねぇ。っつーかよ、わかるだろ? 俺が何しにここに来たかなんてよ」


 その言葉で、瑠阿はジンの目的を察した。異端狩りが異端に対して行う事など、一つしかない。ジンは、メアリーを殺しに来たのだ。


 当然、ティルアにこの事は言っていないだろう。言えば、彼女なら確実に止める。完全に、ジンの独断だ。こんな事をしてタダで済むはずはないが、この男にとって組織が決めたルールなど、何の意味もない事をすっかり忘れていた。


「わかってて、呼ぶわけ、ないでしょ!?」


「お前、自分に拒否権があるとでも思ってんのか?」


 そう言うと、ジンはデストロイカスタムを一丁抜いて、銃口を瑠阿の額に押しつけた。


「呼べよ。知ってんだぜ? お前はメアリーがどこにいても呼べるんだろ? どんな術使ってんのか知らねぇけどよ」


 隷従の指輪については知らないようだが、瑠阿がメアリーを呼び出せるという事は知っているようだ。


「さぁ、呼べ! じゃねぇと殺すぞ! お前が死んでも、俺は全然困らねぇからな!」


 さらに強く銃口を押しつけ、引き金に力を込める。この男、本当に躊躇いがない。



 瑠阿が恐怖に飲み込まれそうになった、その時だった。



「その汚い手を離しなよ。その子は僕の許可なく触れていい相手じゃないんだ」



 ジンの右のこめかみに、白い銃の銃口が押しつけられた。


「メアリー……!!」


 隷従の指輪を通じて、瑠阿の危険を知ったメアリーが、魔道具作成を切り上げて戻ってきたのだ。


「……やっと来やがったか。待ちくたびれたってんだよ」


 ジンは瑠阿を離して、デストロイカスタムを下ろす。瑠阿はその場に座り込み、喉を押さえて咳き込んでいる。メアリーはヘルファイアをしまい、瑠阿を抱き寄せた。それから、瑠阿の身体を壁に預け、ジンと向かい合う。


「で? 僕に何か用があって来たんだろ?」


「話が早くて助かるぜ。来い、ツラ貸せ」


 ジンは親指で、外に出るよう言うと、家から出て行った。


 ついて来いと言っている。ここで断れば、何をしでかすかわからない。


「瑠阿。すぐ戻ってくるから、いい子で待っててね」


「メアッ……!」


 瑠阿はメアリーを呼び止めようとしたが、咳き込んでしまい、彼女の姿を見送る事しか出来なかった。


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