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Blood Red  作者: 井村六郎
Episode8
16/40

後編

 翌日、瑠阿はティルアと顔を合わせた。


「おはようございます」


「……おはよう」


 ティルアは礼儀正しく挨拶したが、瑠阿の挨拶は素っ気ない。当然の反応と割り切っているのか、その事に対してティルアは特に何も言わず、教室に入っていった。


「どうしたの瑠阿? あんたあの転校生と、ずいぶん仲が悪いみたいだけど」


 真子が話し掛けてきた。昨日から瑠阿はティルアを警戒しており、その状態が今日まで続いていたから、心配したのだ。


「……何でもない」


「何でもないわけないでしょ? あんたあの転校生の事、まるで自分の敵みたいに睨み付けてんだもん」


「何でもないったら何でもないの!」


 少しでも被害を少なくする為に、真子にティルアの素性を明かすわけにはいかない。強引だが、瑠阿は真子の問い掛けを振り切り、ずんずんと教室に入っていった。


「瑠阿……」


 瑠阿の様子に、あの転校生は絶対に只者ではないという雰囲気を感じ取って、真子は心配しながら瑠阿を追った。



 休憩時間、瑠阿はティルアがどこかに出掛けていくのを見て、追い掛ける。


「!?」


 ティルアが曲がり角を曲がり、瑠阿もそれを追い掛けて曲がった時、目の前にティルアが、こちらを向いて立っていた。


「そんなに警戒しなくても、何もしませんよ」


 どうやら、瑠阿の尾行には気付いていたらしい。


「メアリーから聞いたのでしょう? どうでした? 私の予想通りの回答だったと思いますが」


「……ええ。放っておくって言ってたわ」


「でしたら」


「でも、あたしはあなたを信用してない。いつジンを呼び寄せるか……いえ、もしかしたらその辺りに潜ませてるんじゃない?」


「ですから、彼は今謹慎中です。世間から見た我々異端狩りについての評価は、概ね間違ってはいません。しかし、罰則はあるんですよ」


 重大なルール違反を犯した者には、罰則を。それはジャスティスクルセイダーズ内においても同じであり、ジンはそれに従っている。異国の人間とはいえ、彼は無関係な人間を殺しすぎた。その事については、ちゃんと罰がある。罰を受けても改めない者がほとんどというのが、悩みどころではあるが。


「人を殺しておいて謹慎で済むのね」


「まがりなりにも白服ですし、貴重な戦力ですから」


 瑠阿としては死刑にでもなって欲しかったが、それは無理なのだろう。彼らの力は、馬鹿に出来ない。少し強気な姿勢に出れば、それだけで反対意見を黙らせてしまう。ジャスティスクルセイダーズの戦闘力の高さも、オルベイソルを成り立たせている要因の一つなのだ。


「……本当に、何もしないのね?」


 瑠阿はしつこいくらい、ティルアに確認を取る。これぐらいしておかないと信用出来ないくらい、異端狩りは信用がないのだ。


「はい。それどころか、あなた方を守って差し上げてもいいくらいです」


「……あんた達に守ってもらうなんて、死んでもごめんよ」


 それなら先約がいる。瑠阿は、ティルアから離れた。それを見送るティルアの視線は、相変わらず無表情なままだったが、どこか淋しそうだった。




 ☆




「ねぇ瑠阿。あんたホントに今日おかしいよ」


 帰り道。今日は真子の提案で、寄り道して帰る事になり、夕暮れ時の葵町を歩いていた。


「だから、ずっと言ってるでしょ? あたしが何でもないって言ったら何でもないの」


「……私にも言えない事なの?」


 今まで瑠阿は、どんな事でも自分に相談してくれた。その瑠阿が、相談しない。異常事態が起きている事は、明白だった。


「もしかしてあのティルアって転校生、魔族なの? 教えてよ瑠阿!」


「真子!!」


 すがりついて訊いてくる真子。それは興味本位などはない、心から瑠阿を気遣っての行為だ。それはわかっている。わかっているからこそ、それに甘えるわけにはいかないのだ。瑠阿は真子の手を振りほどいた。



 その時だった。



「匂うぞ匂うぞ……仲違いの匂いだ……」


 不気味な声が聞こえて、周囲の雰囲気がガラリと変わった。


 何事かと思ってみてみると、そこには魔族がいた。


 正確には、魔族としか形容出来ない姿をした何か。目が四つある、翼を持った鬼だ。


「な、何、こいつ!?」


 戸惑う真子。だが、瑠阿はこの魔族が何なのか知っていた。


「……ネームレス……!!」


 魔族には元から存在する者と、どこからともなく自然発生する者がいる。後者の魔族は血統がなく、姿形が非常に多様だ。それ故に、どの魔族にもカテゴリーされる事がない。カテゴリーされないという事は、名前がつけられないという事だ。


 名前無き魔族は低級な存在として扱われ、ネームレスと呼ばれるようになる。今瑠阿達の前にいるのは、そのネームレスなのだ。


「えっ!? こいつもネームレスなの!?」


 瑠阿に指摘されて、真子は驚く。実は、彼女がネームレスに接触するのは、今回が初めてではない。何を隠そう、瑠阿が初めて真子を助ける時に戦った魔族がネームレスなのだ。ただ、あの時とは全く違う姿をしている為、気付くのが遅れた。今目の前にいるネームレスは四つ目の鬼だが、昔戦ったネームレスは真っ黒な二メートルの蜘蛛だったのだ。


「ネームレスには決まった姿がない。でも、魔力をダダ漏れさせてるって共通点がある!」


 魔族なら相手がネームレスかどうか、一発で見分けられる。瑠阿はこの魔族の魔力の感覚で、ネームレスだと見抜いたのだ。


 ネームレスは魔力の制御が不得手である為、常に魔力を垂れ流している。その為、魔力の消費が早い。なので、空間が魔力で満たされた魔界でしか活動出来ず、ネームレス自体も魔界でしか生まれない。


 だが、人間が持つ負の感情を好物としている為、時々魔界から出てきて人を襲うのだ。


(この前強魔六婦人の一人、エリザベートが魔界から出てきた。その時こいつも一緒に出てきたんだ!)


 思い当たる理由はそれしかなかった。とにかく、今はネームレスを倒さなければならない。


「真子、下がって!」


「瑠阿!」


 瑠阿は真子を守る為、ネームレスの前に躍り出ると、顔面に先制攻撃の魔力弾を喰らわせた。


「……ハァァァァァ……!!」


「!?」


 だが、ネームレスには全く効いていなかった。逆に殴り掛かってきて、瑠阿は慌てて障壁で防ぐ。


「あっ!」


 だが障壁は破られ、殴り飛ばされてしまった。さらに気付くと、このネームレスは結界を張っている事もわかった。


 ネームレスは外見が定まっていないが、強さもまた定まっていない。魔界で生存競争を勝ち抜いてきたネームレスの中には、血統付きの魔族に匹敵する強さを持つ者もいるのだ。


「痛みの気配……恐怖の気配を感じるぞ……!!」


「うう……」


 ネームレスの指摘通りだ。瑠阿は今、恐怖を感じている。強いネームレスもいるという事を、忘れていた。一度打ち破った経験があるから、あの時よりずっと強くなった今ならもっと簡単に勝てると、調子に乗っていた。この程度の力で勝てる相手など、たかが知れているのに。


「瑠阿!」


 真子は崩れた瑠阿を庇うように、抱きとめる。


「真子、逃げて……!」


「そんな事、出来るわけないじゃない!」


 瑠阿を守ろうとする真子と、真子を守ろうとする瑠阿。だが、このネームレスの前にはあまりにか細い希望だった。


「死ね!」


 ネームレスは、人間が死の直前に感じる、最大まで高まった恐怖を最も好む。その恐怖を二人から引きずり出す為、太い右腕を振りかぶった。



 その次の瞬間、ネームレスの首がちぎれ飛んだ。



「メアリー!」


 瑠阿は、メアリーが助けに来てくれたのだと思った。しかし、はたと思う。メアリーの武器は、銃だ。彼女はまず、ネームレスの腕を撃ち抜こうとするはずである。


 一応、剣も武器としている。だが、ネームレスの首の切れ方は、鋭利な刃物で斬られたようにはとても見えない。


「メアリーでなくて、ごめんなさい」


 首を失って倒れたネームレスの死体の後ろから、それは現れた。


 ティルアだ。さらによく見ると、彼女の右足が血に染まっている。バイオパラディンの手術でパワーアップした脚力を用いて、首を切り落としたのだ。


 ネームレスの死体が消滅する。魔力から自然発生した魔族であるネームレスは、死ぬと魔力に戻るのだ。それを見届けてから、ティルアは瑠阿に近付き、回復魔法で復活させた。


「助けて、くれたの?」


「だから、守って差し上げてもいいと言ったではありませんか」


 宣言通りだ。ティルアは、瑠阿を守る為に現れた。そして、窮地に陥っていた瑠阿を救ったのだ。


「瑠阿!」


 そこに、遅れてメアリーも到着する。


「ちょっとこれ、どういう事なの? ペンドラゴンさん、あなた何者!?」


 真子だけが、状況を飲み込めていない。


「ティルアでいいですよ。私は青服の異端狩りです」


「い、異端狩り……!」


「ああ、ご安心下さい。私は他の過激派と違いますので」


 身構えようとする真子を、ティルアは片手で制した。


「……その様子だと、瑠阿が世話になったみたいだね」


メアリーはこの場に残っている魔力の残り香から、何が起きたのかを理解する。


「お世話と言うほどではありませんよ。不粋な真似をした事、お許し下さい」


「…………」


「どうしました?」


「……調子が狂うなと思っただけだ」


 メアリーから見ても、ティルアは相当にやりづらい存在らしい。何せ、彼女が今まで接触してきた異端狩り達と、雰囲気や対応がまるで違うのだ。傲岸不遜でこちらを見下している異端狩りが相手なら、力を見せつけて黙らせるのだが、ティルアはどこまでもこちらに合わせようとしてくる。本当に、やりづらい相手だった。


「……一応、お礼を言うべきなのよね……」


「いいですよ。お礼を言って頂くような事は、何もしていませんから」


 瑠阿は戸惑っている。異端狩りからここまで優しくしてもらったのは、初めてだ。異端狩りに対して頑なだった心が、開きそうになる。


 メアリーも真子も、かなり居づらそうだ。四人の間に、微妙な空気が流れる。



 その時だった。



「メアリィィィィィィィィィィィィィィィィ!!!!!」



 唐突に聞こえた男の声。この声には、聞き覚えがある。


「うううらあああああああああああ!!!!!」


 全員が見ると、空中にあの男が、ジン・アルバトリアがいる。迷わずメアリーに向かって飛び掛かってきており、拳を振りかぶっていた。


「うわっ!」


 驚いてかわすメアリー。ジンは着地しながら、拳を振り下ろす。拳が着弾した所から衝撃波が発生し、瑠阿は真子を抱えて飛び退いた。


「ジン!? どうしてここに!? 謹慎はどうしたのですか!?」


 ティルアも同じくかわしながら、驚いてジンに訊ねる。彼の謹慎は、あと一週間は解けないはずなのだ。


「んなもん無視してきたに決まってんだろ。お前がメアリーを監視しに行ったってメタイト先生に聞いたから、大急ぎで追い掛けてきたんだよ」


「まったくあなたは……」


 ティルアは片手で額を押さえた。今回に限らず、昔からジンは問題行動が多すぎるのだ。


「組織の取り決めを無視するなんて、あんたは本当に型にはめられるのが嫌いみたいだね」


「久しぶりだなメアリー。早速だが死ねや」


 憎まれ口を叩くメアリー。ジンはそれに応えて、銃を出す。その銃は、デストロイカスタムだった。謹慎中に改造を終えたのだ。


「これは正当防衛って事でいいんだよね? 悪いのはそっちなんだからさ」


 メアリーも、ヘルファイアとナイトメアを出した。何かするつもりはなかったが、ジンが相手となれば本気を出さなければならない。殺さないように手加減するというのは、無理だ。


「二人とも、ストップです」


 今にも最終決戦を始めようとする二人を、ティルアが割り込んで止める。


「ティルア! そこをどけ! 俺はこの前の借りを返してやらなきゃ気が済まねぇんだ!!」


「いくらあなたのお願いでも、こればかりは聞けません。彼女は我々にとって、とても重要な存在なのです。先生からもそう言われたはずですが?」


「じゃあ殺さねぇ程度にやってやるよ。元々そいつは、ジャスティスクルセイダーズに指名手配されてる最上級の危険人物だ。見つけたら殺すか生け捕りにするよう言われてる。殺すのが駄目だってんなら、生け捕りにすりゃあいいじゃねぇか!! 俺がやってやるよ!!」


「それも駄目です。先生から言われていませんか? 奇跡の姉妹は、指名手配から監視対象になったのですよ。あなたは組織の意向に逆らうつもりですか?」


監視対象になったのは、ティルアが進言したからなのだが。以前言っていた試すというのは、監視対象にするか判断するという意味だったのだ。


「もう遅ぇってんだよ!! 今まで殺していいって言われてた相手を、いきなり殺すなって言われて、今さら従えるか!!」


「……ではどうしてもやりたいというのなら、私を倒して下さい。あなたに私が撃てるなら、の話ですが」


 殺意全開のジンに対して、ティルアは一歩も引かない。ジンはティルアの顔面に、右のデストロイカスタムを向ける。


「……わかったよ。お前を撃つわけにはいかねぇ」


 だが、それでもティルアが引かない事がわかり、仕方なくといった感じでデストロイカスタムを下ろした。同じように、メアリーも銃を下ろす。


「ったく、こいつはあの案件が原因だな? 本格的に何とかしなきゃなんねぇってか……あの野郎が余計な事さえしなけりゃ、こんなダンピールとっくにぶっ殺してたってのに……命拾いしたなメアリー」


「それはどうだろうね? 僕だってそこのお嬢さんの真摯な訴えと、他の白服どもの後ろ盾がなかったら、今のやり取りの間に返り討ちにしてたと思うよ?」


 そして、煽り合う二人。互いに一歩も譲らない。


「すみませんメアリー。あなたには何もしないよう、私からきつく言って聞かせますので」


「そうしてもらうと助かるよ。こっちもまだ、オルベイソルと戦争をするつもりはないからね」


 まだ。つまり、いつかはするという事。メアリーはこんな状況でも、異端狩りへの憎悪を捨てていないのだ。いや、ジンの出現によって戻ったと言うべきか。


「では失礼します。ジン、帰りますよ」


「……ケッ!」


 ティルアはネームレスから引き継いだ結界を解き、ジンと一緒に帰っていった。


「……どういう状況なのか、いまだによくわかってないんだけど……」


「安心して真子。あとでゆっくり話すから」


 ティルアの正体を知られてしまった以上、もう話すしかない。瑠阿は、ティルアについて詳しい話をする事にした。もしかしたらティルアは、こうなる事を狙っていたのかもしれない。


「……異端狩り、ジャスティスクルセイダーズ、オルベイソル。まったく、厄介な相手だよ」


 これから間違いなく訪れる波乱を想像して、メアリーは呟いた。




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