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Blood Red  作者: 井村六郎
Episode8
15/40

前編

 転校生としてやって来たティルアは、案の定他の生徒から注目の的になっていた。顔立ちも、スタイルもいい美少女だからだ。何も知らなければ、そう見える。


「何かご用ですか?」


 多数の生徒に囲まれていたティルアは、自分を睨み付けている瑠阿の視線に気付いた。無言だが、何か言いたげだ。


「……ついてきて」


 もちろん、言いたい事は腐るほどある。だが、それをここで言うわけにはいかない。だから、瑠阿はティルアについてくるよう言う。


「はい」


 その気持ちを察したのか、それとも自信があるのか、ティルアは生徒達を置いて瑠阿についてきた。


「どういうつもり?」


 着いた場所は屋上。ティルアが通るのを待ってからドアに魔法で鍵を掛けた。防音の魔法も掛けた。これで、誰もここには来れない。話を聞かれる心配も、ない。


「どういう、とは?」


「とぼけないで!」


 誰にも聞かれないのをいい事に、瑠阿は声を荒げてティルアに問い詰める。


「何であなたがここにいるの!? 学院に押しかけてきて、どういうつもり!?」


「私はあなた方の監視役ですよ」


「監視役、ですって……?」


「ええ。奇跡の姉妹は、我々ジャスティスクルセイダーズも探し求めていた相手です。それがようやく見つかったのですから、監視を置くのは当然の事でしょう? それにいざという時は、あなたを盾にすればいいですからね」


 ティルアは、ジャスティスクルセイダーズからメアリーを監視する役目を与えられて、ここに来た。しかし、それだけの理由で転校生などという回りくどい真似をする事はあり得ない。それは、メアリーにとって大切な存在である瑠阿を、人質として使う為だ。学生として潜入していれば、瑠阿に近付きやすい。


「今すぐメアリーを呼んだっていいのよ? あたしが呼んだらすぐ飛んでくるんだから!」


「彼女が駆けつけるのと、私があなたを粉々にするのは、どちらが速いんでしょうね?」


 メアリーが駆けつければ、ティルアに勝ち目はない。だが、瑠阿が相手なら話は別だ。セレモニーキャノンを使う必要もなく、素手で物言わぬ肉片に変えられる。十秒と掛かりはしない。


「あなたもまだ死にたくはないでしょうし、私も久々のハイスクールライフを楽しみたいのです。ここは一つ、仲良くしましょう」


 ティルアは、今のところ瑠阿達と争うつもりはないらしい。当然だ。彼女はあくまでも、監視役なのだから。


「はい、握手です」


 そう言って、瑠阿に右手を差し出す。彼女の言葉に嘘偽りの気配はなく、一切の殺気も感じない。仲良くしたいというのは、本音なのだろう。


 だが――――、


「お断りよ」


 ――――瑠阿はそう言って、ティルアの手を払いのけた。


「もう少し社交性のある方かと思っていましたが、意外と冷たいんですね」


「当たり前でしょ!? あなた達は異端狩りで、あたし達魔族の敵よ!? あたしはあなたの仲間に、お父さんを殺されたの! そんな連中と仲良くなんて、出来るわけないじゃない!!」


 瑠阿はティルアの言い草にカチンときて、自分が異端狩りを嫌う理由を語る。自分の親を殺した人間の仲間に、仲良くしようと言われたら、仲良くする者がいるだろうか? いるはずがない。もしいたとしたら、異常者だ。


「……そうだったのですか……無神経な事を言ってしまいましたね。ごめんなさい」


「え……」


 素直に謝ったティルアに、瑠阿は思わず面食らってしまう。


 この反応、普通の異端狩りの反応ではない。もしティルアが他の異端狩りと同じなら、罵倒されるか嘲笑われるかしている。それなのに、謝った。あり得ない現象が、目の前で起きている。


「……ふ、ふん! あなたなんかに謝られたって、どうにもならないじゃない! 他の異端狩りに比べれば良識があるみたいだけど、絶対に許さないんだから! 第一、お父さんはもう帰ってこないし!」


 全力で強がる瑠阿。しかしティルアは、そんな瑠阿を真っ直ぐに見つめていた。その目で見られるのが苦痛で、瑠阿はそっぽを向く。


「……もしかしたら、あの時あたし達を襲ってきた異端狩りは、魔族に強い恨みがあったのかもしれない。でもだからって、あんな惨い殺し方する事ないでしょ!?」


 やがて、瑠阿は語り出した。


 彼女が異端狩りに襲われたあの日、父、劉生は自ら囮となり、瑠阿と青羅を逃がした。その後、時間を置いて、二人は劉生がどうなったのか、様子を見に戻ったのだ。


 そしてそこで見つけた。無惨な死体となった劉生の姿を。


「胸に大きな穴が空いてて、心臓がなくなってたわ」


 あまりに惨たらしい死体だったので、幼かった瑠阿は吐いてしまった。そして、父をこのような死体に変えた異端狩りを、強く憎むようになった。


「……心臓が?」


 ティルアは妙に思う。異端狩りはサイコパスの集団だが、魔族の心臓を好んでえぐり出すような異端狩りの存在は、聞いた事がなかった。


「そうよ。お父さん、すごく苦しそうな顔してた。ねぇ、どうしてそんな事したの!?」


 瑠阿はティルアに掴み掛かり、問い詰める。ティルアは特に抵抗もせず、それを受けた。


「……残念ですとしか言いようがありません。ただ、それをしたのは私でも、ジンでもないのは確かです」


「……そうよね。もしそうだったら、あたしがあなた達の事を知らないはずないもの」


 劉生の敵の異端狩りは、ティルアとジンではない。それだけは、とりあえずはっきりした。瑠阿が本当に戦うべき相手は、別にいる。


「この前この町に来た、ジンって異端狩りは? あいつも来てるの?」


「彼は来ていません。今謹慎中ですし、そもそもこういう任務には向いていませんから」


 それは、なんとなくわかる気がした。見るからに隠密行動が苦手という感じがしたし、謹慎をくらっているのも、この前やりすぎたせいだろう。


「いいの? あの黒好きな白服を連れてこなくて。あたし、あなたが監視しに来てる事、メアリーに言うかもしれないわよ? あの人も異端狩りを恨んでるから、間違いなく黙ってないと思うわ」


 ティルアにとっての最高戦力であるジンを、同行させていない。これは、監視の目的をメアリーに知られた場合、致命的といえる。ティルアでは、メアリーに勝てないからだ。


「どうぞ、ご自由に。ですが、恐らく彼女は、自分に不都合でも起きない限り、私の存在を放っておくと思いますよ。私はあなた方から挑みでもしない限り、何もしません。嘘だと思うなら、聞いてみて下さい」


 しかし、ティルアはメアリーは何もしないだろうと言った。その自信はどこから来るのかわからなかったが、瑠阿は不快な気分だ。


「もういいですか? そろそろ授業が始まってしまいますよ」


「最後にもう一つだけ。あたしの友達に、真子に手出ししないで」


「真子というのは、あなたの席の隣に座っている方ですか?」


「そうよ」


「約束しましょう。これ以上あなたを不快にさせて、血生臭い争いに発展させてもいけませんし」


 どうやら、真子には何もしないらしい。というか今初めて存在を知ったようなので、本当に瑠阿とメアリー以外は眼中にないのだろう。瑠阿が手を離すと、ティルアは屋上の出口に向かって歩いて行く。


「そういえば、あなたの名前は瑠阿というのですね」


 こちらに背を向けたまま、ティルアは訊ねた。名乗った覚えも、紹介された覚えもないが、監視役なのだから、独自にいろいろと調べて知ったのだろう。


「それが何?」


「いえ。子供らしい、可愛い名前だと思いまして」


「……子供扱いしないでくれる? あたしだって一応高校生だし」


「言い忘れていましたが、私の実年齢は57です」


「……は!?」


 とんでもない言葉が飛び出した。見た感じ、ティルアの外見は瑠阿と同い年ぐらいにしか見えない。若作りしているといっても、限界がある。


「見えないでしょう? バイオパラディンに改造して頂いた際に、ここまで若返ったんですよ」


 いくら肉体を強化改造するといっても、改造後の姿がヨボヨボのおじいちゃんおばあちゃんでは、戦闘に支障が出る。だから改造する際、最も力に溢れていた頃へと、肉体を若返らせるのだ。


「私からすれば、あなたは充分子供ですよ。ふふふ」


 ティルアは笑いながら、今度こそ屋上から出ていった、唖然としている瑠阿だけがそこに残った。




 ☆




「放っておくよ」


 帰ってきた瑠阿は、メアリーにティルアの事を話し、今後の指示を仰ぐ事にした。その答えが、これである。


「なっ!? あなた正気なの!?」


 思わずメアリーの正気を疑う瑠阿。あれだけ異端狩りの存在を嫌い憎んでいたメアリーが、目の前の異端狩りに対して放置を選んだのだから、どうかしてしまったのではないかと疑われても、仕方のない事ではあるが。


「正気も正気だよ。むしろ、これがあいつに対する最良の手さ」


「最良の手? このままあいつにあたし達を監視させるっていうの?」


「そうだよ。こっちから手を出さない限りは、見てるだけを貫くって、そう言われたんだろう?」


「そうだけど……」


「なら、好きなだけ見させてやればいい。というか、こっちから手を出すとまずいんだ」


 メアリーだって、本当ならティルアを殺したいと思っている。だが、ちゃんと理由があって放置しているのだ。


「いいかい? 自分が監視役だって君にわざわざ知らせた事には、それなりに意味があるんだ。僕に知られても問題ない意味がね」


「それって何?」


「彼女は青服だ。それも、白服から直々に改造の許可を与えられている。白服しか受けられない、バイオパラディンの改造をだ。青服の中でも、かなり高い地位にいるのは間違いない。そんな人間が殺されたとわかったら、ジャスティスクルセイダーズは次に何をする?」


 そこまで言われて、瑠阿はようやく気付いた。ティルアはジャスティスクルセイダーズ内においても、無視出来ない存在。それが万が一にでも倒されれば、ジャスティスクルセイダーズはメアリーを最大の脅威と判断し、白服達を送り込んでくる。


 ジャスティスクルセイダーズは何らかの目的を持ち、その目的にメアリーを利用しようとしている。しかし利用出来ないなら、殺害対象に早変わりだ。いわばティルアは、ジャスティスクルセイダーズ側からの使者の役割も兼ねているのである。


「使者を殺せば、それはすなわち開戦の合図だ。君はこの町を戦場にしたいのかい?」


 メアリーと白服軍団の戦争。そんな事になれば、葵町は確実に壊滅する。ジンも出てくるだろうし、ジンより強い白服だっているだろう。そして、それも当然出てくる。


 現状ジャスティスクルセイダーズについては、わからない事だらけだ。白服達や、彼らを操る首領の戦闘力の把握、誰も巻き込まない戦場の確保など、最低限の用意をしてからでないと、ジャスティスクルセイダーズとの戦争は始められない。感情に任せて大惨事を引き起こす事を避けたいから、メアリーはティルアを放置する方向で行くのだ。


「……悔しいわ。すぐ近くにお父さんの敵の仲間がいるっていうのに、何も出来ないなんて……」


「それは僕だって同じさ。というわけで、今は別の事をして気を紛らわせよう」


「え?」


 メアリーが提案した直後、瑠阿の意識が飛んだ。



 そして意識を取り戻した時、瑠阿はメアリーの前に立っていた。黒いパンプスを履かされた状態で。


「…………!!」


 ただのパンプスではない。つい先日手に入れたフェリアの至宝、魅惑の宝靴だ。瑠阿はなぜ自分が意識を失っていたのか、思い出した。メアリーが魅惑の宝靴を取り出し、瑠阿はそれを履きたい衝動に駆られて、理性を失っていたのだ。


「ちょっとメアリー!! まだ早いわよ!! 晩ご飯だって終わってないし!!」


 メアリーに抗議しながら、宝靴を脱ごうとする瑠阿。しかし、どんなに力を入れて脱ごうとしても、脱げなかった。この魔性の婦人靴は、履いた女性の力を奪う。一度履いたら最後、力を吸い尽くすまではどんな事をしても脱げない。足を切り落とそうとしても、無駄だ。靴の力が足を保護し、傷一つ付けられない。


「だから、これは気晴らしだってば」


「どんな気晴らしのし方よ!? あっ……!」


 ただ力を吸い取るのではなく、快感を与えながら吸い取る。瑠阿は別に足が性感帯というわけではないのだが、足から快感を感じ始めていた。下半身から一気に力が抜けて、倒れ込む。


「や、やめて……この靴、あっ、脱がして……くうっ!」


 快感に耐えて、靴を脱ごうともがきながら、必死にメアリーに懇願する瑠阿。この靴を脱がせられるのは、靴の正当な所有者であるメアリーのみ。それなのにメアリーときたら、悶え苦しむ瑠阿を見て、すごく楽しそうな顔をしていた。

 

「そんなに気持ちよさそうな顔してるのに、邪魔しちゃ可哀想だよ。僕の事は気にしないで、たっぷり楽しめばいいじゃないか」


「た、楽しんでなんか、ない……!!」


 気持ち良くなっているのは本当だが、楽しんではいない。今も、どんどん強くなっていく快感を、どうにか抑えようと必死になっている。こんな靴にイカされるなんて嫌で、恥ずかしすぎた。


「と、とにかく脱がせて! も、もう、げ、げんか……!!」


「はいはい、わかりましたよ」


 流石に夕飯も済ませていないのに行為に及ぶのはまずいと思ったのか、メアリーは瑠阿の要求に従い、魅惑の宝靴に手を伸ばす。瑠阿の足首から先にがっちり食らいついて、何をしても離れなかった魅惑の宝靴が、嘘のようにするりと脱げた。


 同時に襲い来る快感も消え失せ、瑠阿はようやく安堵して、ぐったりと身体を横にする。メアリーに掴み掛かって魅惑の宝靴をひったくり、ズタズタに引き裂いてやりたかったが、一度吸い取られた力はすぐには回復しない。なので身体を起こす事は出来ず、忌々しい靴を睨み付けるだけに留めた。


 まぁ回復していたとしても、まだまだ力の弱い瑠阿に、フェリアの至宝を破壊する事は出来ないだろう。というかメアリーはこの靴を気に入っているようなので、破壊しようとしても指輪の力でやめさせられるのがオチだ。


「心配しなくても、いざとなれば僕が何とかするさ。自衛の為とか理由を付けてね」


 白服ともなれば、それぐらいの良識は持ち合わせているだろうと、メアリーは期待している。何せ、白服はジャスティスクルセイダーズの最高幹部。組織の中核となって、組織を回していかなければならない立場の人間だ。


 世界各地で異端狩りが蛮行を繰り返しているにも関わらず、彼らの国であるオルベイソルが世界中から袋叩きにされないのは、異端狩りが強いのもあるが、白服達がそうならないよう尽力しているのもある。


 メアリーの件は、青服を派遣するほどの重要案件であるらしいので、向こうも慎重になるはずだ。そうでなければ、オルベイソルはとっくに滅ぼされている。力が強いだけでは、国は成り立たないのだ。


「君だけは絶対に傷付けさせない。僕を信じて」


 瑠阿はまだ立てなかったが、メアリーの言葉を聞いて、真っ直ぐ彼女を見ていた。


 彼女に対しては、いろいろと思う事があるが、その言葉だけは信じる事が出来た。

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