後編
足フェチ注意
「どこにあるの……?」
フェリアの至宝、魅惑の宝靴を探して、葵町を走り回る瑠阿。
「瑠阿?」
「真子!」
と、瑠阿は真子を見つけた。
「どうしたのあんた? かなり急いでるみたいだけど」
「まだ無事みたいね。あんた、変な黒いパンプス見なかった?」
「ううん。見てない」
どうやら真子は、まだ宝靴の被害に遭っていないようだ。それはそうだろう。ただの人間である真子が宝靴を見てしまったら、ひとたまりもない。こんな平気な顔など、していられるはずがない。
「もし見たら絶対近付いちゃ駄目よ! 大変な事になるから!」
真子に忠告すると、瑠阿は再び探しに行く。
「……何か今日は早く帰った方がよさそう。黒いパンプスに注意ね……」
瑠阿の忠告を反芻する真子。ちょうど行く手には、靴屋がある。危険な予感を感じた真子は、迂回して帰る事にした。
「よく考えたら、メアリーにも見つけられないもの、どうやって探せばいいのよ……」
10分ほど探し回って、瑠阿はようやく気付いた。
と、
――コツ――
「ん?」
瑠阿の耳は音を捉えた。硬い靴で、アスファルトを踏みしめるような音を。
「!」
次に、音が聞こえた方向を見る。
あった。人混みの中を、パンプスだけが歩いているのを。
周囲の人間は、誰もそれに気付かない。その光景は、まさしく日常に潜む非日常だった。
(メアリー! 見つけたわ!)
瑠阿は隷従の指輪に念じて、メアリーに知らせる。あとは、見失わないように追い掛けるだけだ。
魅惑の宝靴は、だんだんと人通りの少ない道に入って行き、遂に路地裏に入っていった。罠かもしれないと、ゆっくり追い掛ける瑠阿。
そして、とうとう追いついた。路地裏の先に広い空間が広がっており、魅惑の宝靴はその中央で立ち止まっていたのだ。しかも、瑠阿の方を向いて。
「……!?」
それを見た瞬間に、魅惑の宝靴が光った。瑠阿はその光を、見てしまった。
(履きたい……)
次に、瑠阿の中に奇妙な感覚が沸き上がってきた。
(履きたい……!)
あの靴は危険なもの。絶対に履いてはいけないもの。メアリーとレヴェナから、そう言い聞かされたもの。話を聞いた時、背中に悪寒が走ったし、絶対に履かないと決意していた。それはわかっている。
(履きたい!)
わかっているのに、瑠阿は履きたくてたまらなくなっていた。
(あの綺麗な靴を履きたい! あの素敵なパンプスを履きたい! 履きたい履きたい履きたい履きたい履きたい! 履きたい!!)
近付いてはいけないと言われていたのに、瑠阿はそんな約束をすっかり忘れて、自分から靴に近付いてしまっていた。
(履きたい! 履きたい! 履きたい!)
やがて、宝靴に手が届く距離まで近付くと、瑠阿は履いていたストラップシューズを脱いで、後ろに放り投げた。こんな粗末な靴はいらない。今自分が欲しいのは、この魅力的な靴だけだと、そう思っているのだ。
瑠阿が宝靴を手に取り、足を通すと、ぴったり嵌まった。当然だ。この靴は誰からでも力を吸い取れるよう、接触した相手に合わせてサイズを変える機能があるのだから。
「うふふ……」
軽くつま先でアスファルトを、とんとんと鳴らして、感触を確かめた。黒のパンプスは、紺のニーソックス映えて、まるで自分の為に造られた靴であるかのように感じた瑠阿の口から、愉悦の声が漏れる。
酔いはその直後に覚めた。
「!?」
気付けば宝靴の光は消えており、瑠阿はなぜ自分がこれを履いてしまったのかという気持ちで、胸の内を満たした。すぐに脱がなければと、右手を右足に伸ばす。
だがもう遅かった。履いてからでは遅すぎるのだ。
「うっ! くぅ!」
脱げない。どんなに力を入れて引っ張っても、靴は脱げなかった。瑠阿の力の方が限界に達してしまい、手を離す。
「ぐっ! このっ!」
左のパンプスの踵で右のパンプスの縁を踏みつけ、強引に引き剥がそうとしてみるが、まるで瑠阿の脚と一体化してしまったかのように、剥がれない。
「ううっ! くっ!」
思い切り何度も、何度も何度も、ぶつけるようにつま先をアスファルトに叩き付け、破壊しようと試みるが、傷一つ付かない。
「こうなったら……!!」
自分の脚を失うのを覚悟した上で杖を取り出し、魔力を集中する。魔力弾をぶつけて、靴を破壊するつもりだ。
「あっ!?」
しかし、それは出来なかった。集中した魔力が、急速に霧散していく。いや、違う。魔力が杖を通して瑠阿の身体に戻り、脚を伝って靴に引き寄せられる。魔力を吸われているのだ。
「くあっ……!」
続いて、耐えがたい快楽が、靴に包まれている部分を中心に襲い掛かり、瑠阿の身体から力が抜けた。突然の事に驚いてしまい、瑠阿は地に倒れる。
「ああっ……!!」
吸われるのは魔力だけではないと今さら思い出し、ニーソごと脱ごうとするが、ニーソすらも脱げない。一度履いたら、力という力全てを吸い尽くすまで、この靴はありとあらゆる機能を働かせるのだ。
「うううう……!!」
それならせめて快感だけでもどうにかしようと、片足の太ももを両手で鷲掴みにして押さえようとするが、そんな事で快感が消えるはずもなく、むしろ逆に強まった気がする。
「あ、ああ……!!」
足がじんじんする。快感が足を上り、身体全体へと伝わる。気持ちいい。気持ち良すぎる。性的な行為は一切されていないのに、瑠阿は性的な快感を覚えていた。
(いや! 嫌よこんなの!)
喘ぎながら足だけをずりずりと動かし、最後の抵抗を試みるが、当然この魔性の靴は脱げず、抗えば抗うほどに快感が強まる。そもそも、既にほぼ全ての力を吸い取られてしまい、もうほとんど抵抗は出来なかった。
抵抗出来ないほど力を吸われたというのに、まだ靴は足から離れない。どうやら、力を吸うだけでなく、絶頂させるまでは獲物を解放しないようだ。あるいは、それが力を吸い尽くした合図になるのかもしれない。
「い、いぐっ……!!」
今にも絶頂してしまいそうな身体を、精神だけで押さえ込もうとする瑠阿。その精神力すらも、弱まっていくのを感じる。靴に吸われているのだ。
恐怖と快楽と屈辱と絶望がない混ぜになり、もう何がなんだかわからなくなっていた。わかっているのは、あと少しで全ての力を奪われ、この薄汚い路地裏で、淫らな鳴き声を上げてしまう事だけだった。
「助け、て……!!」
必死に助けを求める瑠阿。しかし、この靴には既に主がいる。その主以外の言う事は、絶対に聞かない。
「瑠阿!!」
もう間もなく絶頂してしまう。そんな時に、ようやくメアリーは追いついた。すると、突然靴が、独自の意思を持つかのように瑠阿の脚から離れ、逃げ出したのだ。メアリーは素早く金に輝く腕輪を取り出すと、それを右手首に装着し、逃げていく靴に向けた。
メアリーの手から金色の光弾が発射され、靴に命中する。靴はそれに全く構う事なく、逃げていった。
「瑠阿……」
ようやく快感から解放され、どっと疲れた瑠阿は、ぐったりと横たわった。そんな彼女の片手を握り、メアリーは目を閉じる。すると、瑠阿の身体に動ける程度の最低限の活力が蘇り、瑠阿はゆっくり起き上がった。
「僕の魔力を少し分けてあげた。本当は君が全快するまであげたいところだけど、この後控えてる戦いに備えなきゃいけないからね」
「……大丈夫。何とか、動けるから」
瑠阿の息は、まだ荒い。それにしても、ひどい目にあった。
「はい。君の靴だよ、お姫様」
メアリーは投げ捨ててあった靴を拾うと、瑠阿の脚に履かせた。
「……茶化さないでよ。もう靴なんてこりごりだわ」
「ごめんごめん」
「でもあたしに構ってよかったの? 靴、逃げちゃったわよ」
「心配ない。これを使ったから」
メアリーは腕輪を見せる。瑠阿は腕輪から、とても強い力を感じた。魔道具の類いだ。
「これ、もしかして、フェリア様の?」
「猟犬の鼻。簡単に言うと、発信機を付ける為の魔道具さ」
発信機といっても、機械的なものではなく、概念的なものだ。しかしそれゆえに、どんな強力な隠蔽魔法を使っても、発信機からの信号を消す事は出来ない。まさに獲物を狙う猟犬のように、対象を追い掛ける。これから逃れようと思ったら、発信機を付けられたものを捨てるしかないが、あの靴の持ち主はそんな事を絶対にしない。
「また狙われると大変だから、一緒に来て。でも、戦いは僕に全部任せてくれていいからね」
「……うん」
またあの靴に魅せられて、抗える自信がない。瑠阿は大人しく、メアリーに付いていった。
☆
魅惑の宝靴の反応は、廃墟の中からしていた。メアリーと瑠阿が中に入ると、中央にローブを着た女性がいる。二人が来るとわかっていたのか、よほどの自信があるのか、隠れる事もなく堂々と立っていた。
「いらっしゃい。可愛らしいお客さん」
「挨拶は抜きだ。あなたが持っている魔道具を、僕達に渡してもらうよ。大人しく渡せば、怪我はしなくて済む」
「あらあら、元気のいい事」
メアリーの挑発に乗らず、女性はクスクスと笑う。
「でも魔道具ってどれの事かしら?」
そして、身に纏っていたローブを脱ぎ捨てた。
「いっぱいあるから、どれを渡せばいいかわからないわ」
女性はネックレスやペンダント、指輪やティアラ、ピアスなど、多数の装飾品を身に付けており、ゴチャゴチャしすぎていて、美しい外見がいろいろと台無しだった。だが装飾品も、服や下着に至るまで、全てが魔道具だ。
「私はエリザベート・エグザミア。名前くらいは知っているんじゃないかしら?」
「エリザベート・エグザミア? 驚いたな……魔界の強魔六婦人の一人じゃないか」
魔界。それは、魔族達の世界。人間が魔界と呼ぶ異世界は、確かに存在する。そしてその魔界には、強魔六婦人と呼ばれる六人の魔女が、今勢力争いをしているのだ。
どの魔女も強力で、一癖も二癖もあるが、エリザベートはその中で病的な魔道具コレクターとして知られている。彼女からすれば、フェリアの至宝は喉から手が出るほどの、幻のお宝だろう。
「僕達が探しているのは、魅惑の宝靴だ」
「ああ、これの事。でも、残念ながらあげられないわね」
エリザベートは魅惑の宝靴を見せる。やはり、彼女が持っていた。そしてやはり、渡すつもりはない。
「どうして? わざわざ魔界から出てきてまで探していた物だから?」
フェリアは、魔道具を魔界に隠してはいない。魔界は魔族の世界。基本的に魔道具を使えない人間と違って、魔族は自然に魔道具を使えるのだ。そんな連中の巣窟に隠すほど、フェリアは愚かではない。
「それもあるわ。でもね、あなただって知っているでしょう? あなた達が強魔六婦人と名前を付けた私達は、勢力争いをしているって。そして私達の争いは、長らく膠着状態にある」
「だから魅惑の宝靴でパワーアップして、膠着状態を崩そうって考えか」
「その通り。魔界で最も優れた魔女は、ありとあらゆる魔道具を集め、自由に使いこなす事が出来る私だという事を、頭の悪い他の魔女達に教えてやりたいの。その為には、一刻も早く力を付けなきゃね」
そう言うと、エリザベートは魅惑の宝靴に魔力を込めて、床に置いた。靴が光りながら、メアリー達の所まで歩いて行く。
「さ、あなた達の力を頂きましょうか」
「う……あ……」
ニヤニヤと笑っているエリザベートの前で、瑠阿が呻きながら、靴に近付いていく。
(ま、また……は、履きたい……!!)
ついさっきあの靴のせいで大変な目に遭ったというのに、そんな記憶は彼方へ消え失せ、瑠阿はまたあの靴を求めてしまっていた。
しかし、そんな瑠阿の手を、メアリーが掴む。掴んで魔力を流すと、瑠阿の中の靴への欲求が、霜露のように綺麗さっぱり、消えてなくなった。
「えっ……」
いつの間にかメアリーが瑠阿の先へ行き、こちらに向かって歩いてくる魅惑の宝靴の前に立つ。
「おかえり」
メアリーは、まるで帰ってきた我が子を迎えて抱き締める母親のように、微笑みながら魅惑の宝靴を回収した。
「馬鹿な!! なぜ!?」
エリザベートの動揺たるや凄まじい。今までこの靴で狙った相手は、全員餌食になった。無力な一般人はもちろん、それなりに力のある魔女もだ。この靴の光を見た者は魅了され、例外なく脚を差し出し、後悔しながら喘ぎ狂うはずなのだ。それなのに、メアリーは魅了された様子がない。至って平静を保っている。
「僕達姉妹が少しでも安全に回収出来るように、ブラッドレッドの血族には絶対に効果が出ないよう、母さんが設定しているんだ」
「ブラッドレッドの血族!? ではあなたは……!!」
「そう。フェリア・ブラッドレッドの娘、メルアーデ・ブラッドレッドさ。メアリーって呼んでね」
メアリーは笑顔で名乗る。エリザベートは動揺で顔を青ざめさせていたが、すぐ何かを思い付き、元のいやらしい顔を取り戻す。
「なるほど、製作者の娘だったのね。それじゃあ、効かないはずだわ。でも、私はエリザベート・エグザミア。強魔六婦人に数えられし、魔界で最も優れた魔女の一人。人間界で日和ってきた魔女と、魔界で鎬を削ってきた魔女では、戦ったらどっちが勝つかしらね?」
「何を思い付いたかと思えば、そんな事か」
メアリーは強力な魔女だ。生かしておけば、必ず自分の邪魔になる。その力を奪えないのは残念だが、ライバルを一人蹴落とせると思えば、エリザベートにとっては安いものだった。つまり、直接戦う道を選んだのだ。
「ど、どうするのメアリー!? 相手は強魔六婦人の一人よ!? 勝てるの!?」
瑠阿は心配している。メアリーを信用してはいるが、相手は魔界最強の魔女の一人だ。
「そうだな……力としては、五分五分ってところか」
「五分五分ですって!? あなたには私が身に付けている魔道具の数々が見えないの!?」
メアリーの分析結果が不満だったようで、エリザベートは声を荒げる。実力的には、二人の力は互角だ。しかし、エリザベートには長い時を掛けて集めた、大量の魔道具がある。今身に付けている物以外にも魔道具を保有しており、そしてそれらはすぐにこの場に呼び出して使う事が出来る。どう見ても、戦力差は明らかだった。
「そっちこそ見えてないの? 僕が今、何を持っているのか」
何も知らない者が見ればだ。メアリーが今持っているのは、フェリアの至宝の一つ、魅惑の宝靴。そしてメアリーは、この靴の本来の持ち主の娘。エリザベートがその意味に気付いた時には、全てが遅かった。
「あ……」
メアリーが魔力を込めると、靴が光る。光を見たエリザベートが、幽鬼のような足取りで、手を伸ばしながらメアリーに近付く。
「その靴をちょうだい!!」
「はいどうぞ」
鬼気迫る形相で飛びついてきたエリザベートに、メアリーはあっさりと靴を渡した。エリザベートは引きちぎらんばかりの勢いで、自分が履いていたショートブーツを脱ぎ捨て、魅惑の宝靴を履く。
そして、酔いが覚める。
「し、しまった!!」
エリザベートはすぐ靴を脱ごうとするが、脱げない。何をしても、どんな事をしても靴が脱げない。
「もう気付いてるだろうけど言わせてもらうね」
力を吸われ始め、立っていられなくなったエリザベートに、メアリーは悠長にも説明する。
「例え既に持ち主が決まっていようと、僕達ブラッドレッドの血族はその靴の力を無効化し、一方的に所有権を上書き出来る。今その靴の持ち主はあなたではなく、僕だ」
「お願い!! この靴を脱がして!! 力を奪うのを……私を感じさせるのをやめさせて!!」
脚を切り落とそうとしても、脚には傷一つ付かず、魔道具を使って無効化しようとしても、無効化出来ない。万策尽きたエリザベートは、快感に精神を蝕まれながら、メアリーに靴を脱がせるよう懇願する。
確かに、魅惑の宝靴の正当な所有者となったメアリーなら、効果を発動している途中であっても、脱がせる事が出来る。しかし、今回はしない。
「あなたは僕のフィアンセを、僕の許可なく辱めた。その報いを受けてもらう」
メアリーは怒っているのだ。勝手に母の形見を使われた挙げ句、大切な存在である瑠阿を標的にした。こんな事、許せるはずがない。
「お願い……許して……!!」
「かといって、同族殺しをするのは忍びない。だから――」
快感に耐えながら嘆願するエリザベートを無視して、メアリーは靴に片手を当てると、
「――これで許してあげるよ」
魔力を流し込んで、与えられる快感を百倍に増幅した。
「ひああああああああああああああああ!!!!!」
廃墟に、魔女の淫らな鳴き声がこだました。
☆
メアリーは魔界に行った事があるので、ポータルカードの行き先に魔界を登録してある。魅惑の宝靴を改めて回収したメアリーは、ポータルカードで魔界行きの扉を開き、その向こう側にエリザベートを投げ捨てた。魔女の力は時間とともに回復するものだが、それでも今後、強魔六婦人の勢力図は変化するかもしれない。
「おかえりなさい。フェリアの至宝は取り返せた?」
「はい。何とか」
アウトローホールに戻ってきて、瑠阿はメアリーと一緒に経過を報告した。
「それは大変だったわね」
「笑い事じゃないですよ……」
瑠阿はげんなりしていた。思い知ったのだ。フェリアの至宝の力を。魔界最強の魔女の一人が、手も足も出なかった。とても強い力を持っていたはずなのに、メアリーが持っていて使ったというだけで、何も出来ないまま敗れてしまった。
これが、世界最高峰の魔道具職人、フェリア・ブラッドレッドの作品の力。これなら、誰もが欲しがるというのも頷ける。
「それにしても、フェリア様があんな強力な魔道具を造ってまで嫌がらせをしたかった相手って、一体誰なのかしら?」
「それは聞いてないなぁ。ま、すごく嫌な人で、すごく仲が悪かった事は間違いないでしょ」
メアリーも、フェリアの全てを知っているわけではない。プライバシーの問題もあるし、自分の娘が相手でも話したくない事くらい、普通にあるだろう。
「私ですよ」
「「……え?」」
レヴェナからそう言われて、二人は同時に聞き返してしまった。
「だから、私です。魔法の腕比べをした時に、誤ってフェリアの髪の一部を焦がしてしまったのです。その恨みを買ったんですよ。おかげでフェリアの目の前で、あられもない姿を見せる事になりました」
「ああ、それであの時母さんの髪の毛の先がカールしてたのか。あんなところの先っぽだけカールしてたから、おかしいとは思ってたんですよ」
「あなたも、あの靴には因縁があるんでしょう?」
「……あー、はい」
「因縁? それってまさか……」
「……そうだよ。僕があの靴の記念すべき犠牲者第一号」
メアリーは、まだ中学生になったばかりの時、入ってはいけないと言われていたフェリアの部屋に入ってしまった。フェリアは自室を、魔道具作成の工房として使っていたのだ。そこに置いてあったのが、魅惑の宝靴。
フェリアはあの靴を隠れて造っていた為、製作が遅れており、靴の力の無効化処理が完全ではなかった。そのせいでメアリーに靴の力が効いてしまい、喘ぎ狂っていたところを間一髪でフェリアに救出された。お小言は喰らったが。
「もう母さんの許可なく部屋に入るのはやめようって誓ったよ」
遠い目をして語るメアリーの話を聞いて、瑠阿は足回りに気を付けようと堅く誓った。
☆
月曜日。
「おはよう瑠阿。って、どうしたの? 機嫌悪そうだけど」
「……何でもない」
土曜日の夜、そして昨晩と、瑠阿は連続してメアリーに、魅惑の宝靴を使われて絶頂しながら吸血されたのだ。その事に怒っている。
「まあいいわ。それより、今日転校生が来るらしいよ」
「転校生?」
妙だと思った。今はかなり中途半端な時期であり、こんな時期に転校生とは珍しい。
「全員席に着いて下さい。今日は転校生がいますよ」
間もなくして担任の教師が入ってきて、朝のホームルームが始まる。
「では、入って来て下さい」
教師が声を掛け、扉が開いて転校生が入ってくる。
その転校生を見て、瑠阿は血の気が引くのを感じた。転校生は黒板に名前を書き、教師が紹介する。
「外国から転校してきた、ティルア・ペンドラゴンさんです」
その転校生は、あの青服の異端狩り、ティルア・ペンドラゴンだった。
「よろしくお願いします」
ティルアは頭を下げる。その直後、瑠阿の頭の中に、声が響いた。
(言いましたよね? すぐに再会出来ますよって)
気付けば、ティルアは瑠阿の方を向いていた。