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Blood Red  作者: 井村六郎
Episode7
13/40

前編

「はぁ……はぁ……」


 一人の女性が、夜の町を歩いて行く。服装からして、OLだろうか。


「はぁ……はぁ……何なのよ、これ……!!」


 女性は壁に両手を着き、足を引きずるようにして歩いていた。


「誰か……助けて……」


 女性は顔を紅潮させ、助けを求めて歩いていた。本当は、歩くだけでもつらいというのに。


 そして、限界は来た。


「あ、ああああああああああん!!」


 女性は突然、官能的な悲鳴をあげて、その場に倒れた。


 気絶した。だが、普通の気絶とは違う。身体が規則的にビクビクと震えており、顔はとても幸せそうだったのだ。


 と、女性の脚から、黒い光沢を放つエナメルを塗られたパンプスが、ひとりでに脱げた。脱げたパンプスは、誰も履いていないというのに、まるで誰かが履いているかのようにして歩き出し、夜の町に消えていった。




 ☆




 今日の瑠阿は、土曜日で休みだ。


「瑠阿。今日空いてる?」


 と、メアリーが瑠阿に話し掛けてきた。


「一応予定はないけど、何?」


「そろそろだと思ってね。君を連れて行きたい所があるんだ」


「そろそろ? 連れて行きたい?」


 話が上手く飲み込めない瑠阿。そんな彼女の前に、メアリーは中央に矢印の書かれた、金に輝くカードを取り出した。

「それ、ポータルカードじゃない!! しかもゴールド!?」


 これはポータルカードという魔道具だ。自分が一度行った場所を、登録する事が出来るカードである。一度登録した場所へは、いつでも、どこにいても、すぐそこへ行く事が出来る。


 登録の際に魔力が必要である事と、行った事のない場所には行けないという欠点があるが、人目につかずに離れた場所を自由に行き来出来るこのカードは、魔族の存在が長らく認知されなかった理由の一つだ。


「ゴールドは初めてかな?」


「初めても初めてよ。母さんだって、ブロンズカードしか持ってないのに」


 また、クレジットカードのようにランクとポイントがあり、ブロンズカードからブラックカードまである。ポイントが溜まれば上位のカードにランクアップ出来、高いランクのカードほど多くの場所を登録出来る。ゴールドまであれば、かなり多用している感じだ。


「君をある人に会わせたい。今から出掛ける支度をして欲しいんだけど、いいかな?」


「……わかったわ」


 メアリーが会わせたいと思うなど、よほどの人物だ。礼儀正しく、瑠阿は制服に着替える。


「じゃあ、行こうか」


 二人は靴を履いて、玄関に立つ。


 ポータルカードの使い方は簡単だ。行きたい場所を思い浮かべて、カードの矢印部分をスラッシュする。メアリーがカードを使うと、目の前に扉が出現した。メアリーが先導して扉を開け、二人がくぐり抜けると、扉は消えた。




 ☆




「ここは……?」


 二人が辿り着いた場所は、どこかのバーのようだった。店の中は薄暗く、時間帯はまだ朝なので客は数人しかいない。そのいずれもが、魔族だった。魔族達は物珍しそうに瑠阿を見ると、すぐに興味を失って再び酒に興じ始める。


「いらっしゃ……あら、メアリー。あなたがガールフレンドを連れてくるなんて珍しいわね」


「こんにちは、マスター」


 メアリーを出迎えたのは、額に目のような刺青を刻んでいる、褐色の肌の女性だった。


「瑠阿、紹介するよ。ここはバー、アウトローホール。そしてこの人はここのマスター、レヴェナ・ローリッジさんだ」


「レヴェナ・ローリッジって、フェリア様のライバルの!?」


 レヴェナはかつて、フェリアと互いに腕を競い合っていたという、伝説の魔女だ。フェリアが死亡する二年ほど前に消息を断っていたと聞いていたが、まさかバーのマスターをしているとは思わなかった。


「ライバルなどという高尚な間柄ではありませんよ。ただの腐れ縁です」


「マスター。この子がいつも言ってた瑠阿だよ」


「た、玉宮瑠阿です!」


「レヴェナです。どうぞよろしくお願いします」


 瑠阿が緊張して挨拶すると、レヴェナは丁寧に会釈した。


 彼女は、魔族の歴史の表舞台から姿を消していたが、フェリアとアグレオンにだけは自分の所在を教えていた。そしてフェリアは、何かあったら彼女を頼るよう、メアリーに言っていたのだ。ポータルカードも、元々はフェリアの持ち物である。


 ポータルカードでレヴェナの元に辿り着き、フェリアとアグレオンが死んだ事を伝えたメアリーは、レヴェナから戦う術を学んだのだ。血の服も、血に防御策を施すよう促したのも、レヴェナである。


 つまり、彼女はメアリーの戦いの師なのだ。


「魔力も、魔女としての技量も、魔族としての才能も、全て姉さんに及ばない僕は、強い人から学ぶしかない。母さんはその辺りの事を、しっかりわかってたんだ」


「……そこまでお姉さんと比べる事はないわ。あなたは強い。この前言っていたでしょ? 白服と戦って、倒す寸前まで追い詰めたって」


「それでも、姉さんには及ばない。姉さんはあんな奴より、ずっと強いんだ。昔から、僕は姉さんに勝った事なんて一度もない」


(あのジンっていう異端狩りだって、相当強かったはずなのに、どれだけ強いの? メアリーのお姉さんって)


 一時とはいえ、メアリーを倒す寸前まで追い詰めた驚異の白服、ジン・アルバトリア。それすら上回るらしい、メアリーの姉。メアリーの狼狽えようからして、ジンに苦戦している程度では、姉には敵わないのだろう。まだ会った事のないメアリーの姉を想像して、瑠阿は戦慄した。


「まあ、焦らない事よ。魔道の探求は奥が深いし、異端狩りとの戦いも、長い目で見ていかないと」


「……そうですね」


 メアリーは納得した。自分よりも長生きしている魔女の言葉だと、説得力がある。


「それより、ここには愚痴を言いに来たんじゃないんでしょ?」


「そうでした。わかったんですよね? 母さんの魔道具の在処」


「ええ。フェリアの至宝と思われる魔道具が起こした事件の情報、仕入れておいたわ」


 二人の会話を聞いて、そういえばと瑠阿は思った。ずっと疑問に思っていたのだ。瑠阿が学業に励んでいる昼間、メアリーは何をしているのか。


 フェリアは、自分の魔道具を探して使うよう姉妹に言ったが、正確な場所までは教えていない。万が一姉妹が異端狩りに捕まって、魔道具の所在を知られてしまう事を恐れたからだ。強力な魔道具であるフェリアの至宝は、異端狩りも探し求めているのである。


 レヴェナは情報屋もやっており、フェリアの至宝についての情報を集めては、メアリーに教えている。メアリーはその情報をもらって、探しに行っていたのだ。


「瑠阿。今日ここに君を連れてきたのは、君に僕の仕事を手伝ってもらいたいからなんだ」


「あたしに?」


 世界中のどこかに存在するフェリアの至宝。何としても、異端狩りより先に見つけなければならない。だが、メアリー一人では、とても手が足りないのだ。そこで、だんだんと力を付けてきた瑠阿に、協力してもらいたいのである。


「む、無理よそんなの!」


「無理じゃない。最初から無理な人に、こんなお願いはしない」


 瑠阿は断ったが、メアリーは出来ると信じている。彼女もダンピールとして長く生き、たくさんの人を見てきた。人を見る目は、それなりに養っているのだ。


「お願い。君なら出来る。いや、やって欲しいんだ」


 真面目に、真っ直ぐに、瑠阿を見つめるメアリー。


「……」


 瑠阿は考える。今メアリーは、隷従の指輪を使っていない。その気になれば、隷従の指輪で無理矢理協力させる事だって出来るのだ。なのに、それをしていない。それは、メアリーが心から望んでいる事で、瑠阿自信の意思で決めて欲しいと思っている事だからだ。


「わかった。手伝う」


「ありがとう!」


 そんな風に頼まれては断れず、瑠阿は協力する事にした。メアリーは喜ぶ。


「それで、どんな魔道具が、どこにあるんですか?」


 その上で、メアリーはレヴェナに訊いた。話が終わったとわかったレヴェナが、自分が仕入れた魔道具の情報を教える。


「一番近いと思われる魔道具は、魅惑の宝靴よ」


 魔道具の名前を聞いた瞬間、メアリーの表情が固まった。数秒後、メアリーが困ったような表情を浮かべる。


「魅惑の宝靴かぁ……よりにもよってそれかぁ……」


「え、それどんな魔道具か知ってるの?」


「うん。すごーくよく知ってる」


 どうやらメアリーは、その魔道具の詳細を知っているそうだ。


「見た目は黒いパンプスで、女性にだけ通じる魅了の魔法が掛かってる。一目でも見てしまったら、履きたくてたまらなくなっちゃうんだ。魔法に騙されて一度でも履いてしまったら最後、快楽を与えられながら力を吸い取られてしまう。魔女が履いた場合は、魔力も一緒にね。そして、全ての力を吸い尽くすまでは、絶対に脱げないんだ。しかも、靴を履いた瞬間に、魅了の魔法の効果が消える。不用心にも履いてしまった事を後悔しながらもがき続け、どうにも出来ないまま力を吸い取られながら、あられもない声で喘いじゃうんだ」


「……聞いてるだけで寒気がしたんだけど。フェリア様は何を思ってそんな靴を作ったの?」


「なんでも、仲が悪い魔女がいたみたいでね、その魔女への嫌がらせに作ってプレゼントするって言ってたよ」


「……何かすごく意外。フェリア様って、もっと素晴らしい人で、そんな事する人だと思ってなかったのに」


 戦闘目的には、はっきり言って使い物にならないが、嫌がらせ目的としては、これ以上ないといえるほど力を発揮するだろう。


 そんな嫌がらせ目的で魔道具を造る人だとは思っていなかったので、瑠阿の中でフェリアへの株が下がった。


「それは高望みしすぎだよ。母さんだって、魔法が使えるだけのただの人間だよ?」


「ただの人間といっても、私のように魔法や魔法薬で、寿命や若さを伸ばしている魔女でしたけどね。それ以外は、至って普通の魔女でした」


 レヴェナが割り込んだ。かれこれ彼女も、五〇〇年は生きている魔女だが、見た目は三十代にしか見えない。フェリアも生きていれば、同じ年齢である。まぁそれを言えば、青羅だって七十歳なのに、三十代の外見なのだが。


「そうそう。それに、瑠阿は魔女の性質についてよく知っているはずだ。とても陰湿で執念深く、一度でも恨んだ相手には必ず報復する」


 それについては、瑠阿もよく心得ている。瑠阿とメアリーの復讐心も、その性質によるものだ。そう考えると、フェリアは魔女としての自分にとても忠実だ。何もおかしくはない。


「でも、あれは放ってはおけない。マスター、どこにあの靴があるのか教えて下さい」


 メアリーの表情は、いつになく真面目だ。まぁ母の造った魔道具が出回っているとなれば、真剣にもなるのだろうが。


「日本の葵町よ。あなたが滞在している所」


 その答えに、二人は衝撃を受けた。葵町に、フェリアの至宝の一つがある。全く気付かなかった。灯台もと暗しとはこの事だ。


 レヴェナが仕入れた情報によると、女性が意識を失って倒れている事件が続発しているらしい。被害に遭った女性は、いずれも靴を履いていない状態で発見されており、また、脱げない靴をわけもわからず履いてしまったと証言している。


「間違いないね」


「気を付けて欲しいのは、靴を誰かが手に入れて使っているという事よ」


 靴だけが人を襲うというのはあり得ない。魅惑の宝靴に、そんな機能はない。つまり、誰かが魅惑の宝靴を発見し、自分の魔道具として使っているという事だ。


「そんな魔道具手に入れて、使い道なんてあるの?」


「あの靴には、吸い取った女性の力を持ち主に還元する機能があるんだよ」


 瑠阿は、魅惑の宝靴は戦闘の役には立たないと思っていた。その通りだ。直接的には役に立たない。だがよく考えれば、フェリアの至宝が単なる悪戯道具で終わるはずがないのだ。長期的に使えば、戦いの役に立つ。


 人間の女性から奪える力など微々たるものだが、数を集めれば馬鹿にはならないし、運が良ければ強力な魔女の力を奪う事も出来る。やはり、強力な魔道具だった。こんな便利な魔道具、使わない者はいない。


「母さんは一応友達がいるからね。その人達も使えるように、靴に血を注ぎ込めば、自分の主として認定してもらえるよう造ってあるんだ」


 しかし、もしそうでない者が手に入れてしまったら、メアリーが回収しなければならない。


「こうしちゃいられないわ! もし真子が靴に魅入られたりなんかしたら……」


「僕に血を吸われた瑠阿みたいになるよ」


「思い出させないで! さぁ、早く行きましょう!」


「そうだね。マスター、ありがとう!」


「気を付けてね」


 二人はレヴェナに別れを告げて、アウトローホールをあとにした。




 ☆




 さて、葵町に戻ったメアリーと瑠阿。メアリーは探知の魔法を、町全体に掛ける。だが、見つからない。


「隠蔽の魔法を使ってるのか……僕の探知にも引っ掛からないとなると、結構強敵だぞ……」


 メアリーも魔女としてはまだ修行中だが、かなりの実力者だ。そのメアリーでも破れない隠蔽魔法となると、強力な魔女か、あるいはそれだけのパワーアップを果たしたかのどちらかだ。


「こうなったら、手分けして探すしかないわ!」


「……危険だけど、事は一刻を争う。瑠阿。靴の持ち主や、靴単体を見つけても、絶対に近付かないで。まず僕に知らせる事を考えるんだ」


 そして、相手を見失わないように追い掛ける。もし感づかれたら、自分が到着するまで時間を稼ぐよう、メアリーは言った。


「わかったわ!」


 約束して、二人は分かれる。



 一方、どこかの廃墟。


「おやおや……」


 怪しげなローブに身を包んだ女性が、テーブルの上に水晶玉を乗せて見ていた。


「魔女が二人、私を追い掛けているね。さて、どちらにしようか……」


 水晶玉は、メアリーと瑠阿を交互に映す。


「……じゃあここは堅実に、弱い方から片付けようか」


 女性はローブの中から、一組の黒いパンプスを取り出した。


「この幼い魔女を捕まえて、いつものように食ってしまいなさい。お願いね」


 女性がパンプスに向かって命じると、パンプスは一瞬だけ光り、ひとりでに歩いて、廃墟から出て行った。


「私が命令した以上、もう逃げられないよ。何せあれは、伝説の魔道具職人、フェリア・ブラッドレッドの至宝の一つなんだからね……」


 命令は既に下した。あとは、あの靴が獲物を狩って戻ってくるのを待つだけ。女性は薄暗い廃墟の中で、くっくと笑っていた。

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