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Blood Red  作者: 井村六郎
Episode6
12/40

後編

 メアリーの口から語られた、衝撃の事実。メアリーは、吸血鬼アグレオンと、魔女フェリアの間に生まれた、娘だった。

「う、嘘……まさかメアリーが、フェリア様の、ご息女だったなんて……」

 瑠阿は抵抗する気などすっかり消え失せ、メアリーに畏怖の念を抱いて震えている。

「なるほど、彼女が……」

 ティルアは瑠阿から手を離す。もう、拘束する必要がないと思ったからだ。

「メルアーデだと!?」

 これには、流石のジンも驚いた。驚いて、その顔を狂喜に歪めた。


「てめぇ、『奇跡の姉妹』の片割れか!!」




 ☆





 アグレオンとフェリアの間には、双子の姉妹が生まれたという。ダンピールは、生まれて一年の間はとても身体が弱く、体調管理に気を付けないとすぐ死んでしまう。それを二人も同時に育てるとなると、もう絶望的だ。

 だが、アグレオンもフェリアも諦めなかった。自分達の娘として生まれてきてくれた、愛しい二人の女の子。絶対に独り立ちさせてみせると、尽力した。

 そして、見事二人は一年を勝ち越えた。姉妹のダンピールを育てるなど、まさに奇跡。双子の存在は、奇跡の姉妹と呼ばれ、多くの魔族に知られている。魔族を追う者達である、異端狩りにも。

「メルアーデっつーと、確か妹の方だな。お前をいたぶれば、姉貴の方も出てくる。そうすりゃ、俺は奇跡の姉妹を殺した異端狩りになれるってわけだ!」

「僕をいたぶったところで、姉さんは来ないよ。あの人、僕の事嫌いだから。それに僕は、ここで死ぬつもりはない!」

 姉妹とはいえ、二人の仲はあまり良好ではなかった。妹は母のような魔道具職人に憧れ、姉は父のような強大な魔族に憧れたのだ。

 目指すものが違った二人の間には、徐々に確執が生まれ、そしてある事件を境に、完全に袂を分かつ事になった。それが、異端狩りによる、ブラッドレッド家の襲撃である。メアリーはこの場にいる者達に、当時の真相について語った。

 アグレオンとフェリアは、人間と魔族の抗争を避けようとしていた。その為に、魔族の存在に真っ向から対立している、異端狩りと交渉しようと考えていたのだ。

 そんな矢先、自分達のところに異端狩りが現れた。だが二人は、魔道具によって事前に危機を察知しており、直前で姉妹を逃がした。

 そして、これ以上無益な魔族殺しをやめさせる為、自分達の命を異端狩り達に差し出したのだ。殺すのなら、自分達で最後にして欲しいと。

 最期の最期まで、二人が異端狩りの攻撃に対して抵抗する事はなかったという。姉妹は逃げるふりをして戻ってきており、隠れて二人の最期を見ていた。あまりに凄惨な光景に、メアリーは何度も悲鳴を上げそうになったが、姉が口を塞いで黙らせてくれたおかげで、異端狩り達が屋敷を去るまで気付かれる事はなかった。

「フェリア様の死に、そんな事情があったなんて……」

 瑠阿は呟く。二人の死の真相については、長らく不明なままだったが、今ようやく知る事が出来た。

「それなのにお前達は、父さんと母さんの気持ちを無視した!!」

 だが、二人が命を散らしてなお、異端狩りが魔族殺しをやめる事はなかった。それどころか、人間にまで手を上げるなど、彼らの活動は年々過激化してきている。アグレオンとフェリアの、全てを犠牲にした訴えを、異端狩り達は踏みにじったのだ。

 どんなに必死な訴えも、大切な心も、全て力でねじ伏せ、黙殺する。異端狩りが、権力を持つテロリストと呼ばれているゆえんである。

 だが、それだけで終わる二人ではなかった。最期の別れの直前に、アグレオンとフェリアは姉妹に遺言を遺していたのだ。


『もし私達が死んでも、異端狩り達が過激な魔族殺しをやめないようなら、お前達の手で彼らを滅ぼせ。いずれこの世界が平和を迎えるのに、彼らの存在は必ず障害になる。魔族だけでなく、人間達の為にも、お前達がやるんだ』


『あなた達の助けになるよう、世界中に私が造った魔道具を隠しておいたわ。困ったら探して使いなさい』


 この遺言に従い、姉妹はフェリアの魔道具を集めながら、異端狩りと戦い続けている。

「父さんの言っていた事の意味がよくわかった。お前達は危険すぎる!」

 守るべき者を守る為に存在するのが異端狩り。だが彼らは、その守るべき者達を危険に晒している。存在していても意味がないどころか、かえって邪魔になっているのだ。

「何が正義の聖戦団だ!! お前達に正義なんかない!!」

 人間に危害を加える気など一切なかったのに、穏やかに暮らしていただけだったのに、その平和を奪って、何が正義か。メアリーは慟哭にも近い声色で、ジン達に訴えていた。

「お前の家庭事情なんか知るか。俺は昔から、どういうわけか魔族が大嫌いなんだよ。とくに吸血鬼や、お前みたいなダンピールがな! お前も姉貴も、一族と一緒に死んでりゃよかったのさ!」

 しかしジンは、個人感情だけでその悲痛な訴えを一蹴した。

 それが、メアリーの逆鱗に触れる行為だと知らずに。

「それがお前の理屈か。わかったよ、ああわかったさ! 望み通り殺してやる!!」

 メアリーはヘルファイアとナイトメアを消した。

「俺に勝てると思ってんのか!! こんだけボコられてよぉ!!」

 ジンは自分が立っている位置から、魔力を込めた拳を放った。メアリーの姿が霧に変化して消え去り、拳から飛び出した衝撃波が何もない空間を駆け抜ける。拳圧は、百メートル先にあるコンビニを吹き飛ばした。

「聖装束に魔力が戻っている……本気を出したようですね、ジン」

 ティルアは分析した。メアリーの威圧感を警戒したジンは、スリルを楽しむ事をやめて、聖装束の加護を戻した。自身の化け物じみた膂力と、莫大な魔力、そして、白服と同等の、最高性能の聖装束による補助が加わり、先程とは比較にならないほどの戦闘力となっている。

「そこか!!」

 メアリーが自分の背後で実体化した事に気付いたジンは、今度こそ木っ端微塵にしてやろうと振り向きながら、また同じ威力の拳を放つ。

 だが、それより早くメアリーが、ジンの胸板に拳を叩き込んだ。

「ぐおあっ!!」

 ダメージを受けてよろめくジン。だが、妙だった。メアリーの拳から受けた衝撃は、それほど大きくない。しかし、受ける痛みがとても大きいのだ。

 ダメージを受けた事自体は、障壁貫通魔法で説明出来る。彼女の強大な魔力なら、あり得る話だ。が、痛みまでは説明出来ない。

 見ると、メアリーは両手と両足に、鈍い鉛色の、ブレード付きの

 籠手と具足を装備していた。

「てめぇ、それは!?」

「フェリアの至宝の一つ、タイラントペイン。僕が銃しか使えないとでも思ったのか!?」

 メアリーはジンに殴る蹴るの攻撃を加える。

 これはフェリアが造った魔道具の一つで、名はタイラントペイン。これで殴られて少しでも痛みを感じた者に、その痛みを何倍にも増幅して与える。傷を負えば、僅かな切り傷でも、最大で切断レベルまで広げる。

 痛みは防衛本能であり、どんな相手も怯ませる。その痛みを増幅させながら何発も与えれば、隙が生まれ戦いやすくなる。まさに、苦痛を与える暴君。

「がっ!! くそっ!!」

 ジンも反撃しているが、彼の戦い方は力任せに殴るばかりで、一発一発の威力は高いが、軌道を読みやすい。先程ジンの攻撃を一方的に受けた事で、メアリーはそれを見切っており、かすりもしない。

 その代わりに、メアリーは打撃で苦痛を与え続けていく。ブレードで大きな裂傷を付けていく。

 自分の両親が味わった苦痛と屈辱は、一体どれほどのものだっただろうか。それを考える度に、彼女はハラワタが煮えくり返りそうになる。

 だからジンのような不遜な異端狩りに、たっぷりと思い知らせてやりたいのだ。タイラントペインの存在は、まるで彼女に両親の恨みを晴らせとでも言っているかのようだった。

 ジンの改造は、あくまでも肉体を強化する為のものであり、痛覚をなくすものではない。だから、いくら高い再生能力を持っていても、意味がなかった。再生を上回る速度で、ダメージが広がる。

 霊力で再生そのものを封じてやってもよかったが、それでは気が済まない。

「てめぇ、そんな小道具でちまちまやりやがって……!!」

「なら純粋な力の差を教えてやる!! マイティーチェンジ!!」

 ジンはメアリーが自分より優位に立っているのは、道具のせいだと思っているようだったと思ったメアリーは、切り札であるマイティーチェンジを使う。

「何!?」

「ハァッ!!」

「ぐはっ!! がぁッ!!」

 タイラントペインを消して、純粋な腕力でジンの顔面を殴る。

「クソが!! 調子に乗んな!!」

 ジンも魔力を込めた拳で殴り返したが、片手で止められて引き寄せられ、膝蹴りを喰らって、盛大に血を吐く。続いて、魔力が込められた拳を顔面に叩き込まれ、大きく吹き飛んだ。

「これで終わりだ。死ね、異端狩り!!」

 ジンは起き上がってこない。とどめを刺す為、メアリーは魔剣ディルザードを召喚。魔力を込めて、ジンに向かって振り下ろした。

 彼の拳が巻き起こした衝撃波の数倍の威力と規模の衝撃波が、脳震盪を起こして痙攣しているジンを襲う。


「そこまでです」


 しかし、衝撃波が命中する直前でティルアが割り込み、両手を出して魔道障壁を展開した。ジンには及ばないが、彼女も高い魔力を保有しており、障壁の強度はかなりのものだ。

 それでも完全に防ぎきる事は出来ず、亀裂が入る。そして、衝撃波が止まると同時に限界に達し、砕け散った。

「……えっ!?」

 そこで初めて、瑠阿は自分の後ろにいたはずのティルアがいない事に気付いた。気付いて、慌ててメアリーのそばまで来た。

「あなたの実力はよくわかりました。あなたが、私が探し求めていた人材だという事も」

 メアリーは、ティルアが次の相手になると思っていたが、どうやら違うらしい。

「どういう意味だ?」

「今はまだ話せませんが、いずれ必ず話します」

 自分の目的を果たしたらしいティルアは、ジンの顔に手をかざす。すると、ジンの痙攣が止まり、呻き声が聞こえなくなった。メアリーにはわかる。ジンを眠らせたのだ。

 続いてジンを肩に担ぐと、右手をかざす。手元が光り、アタッシュケース状態のセレモニーキャノンが現れた。それだけでなく、破壊されたデストロイカスタムも、消えている。

「なので今回は失礼します」

 撤退の準備。自分達が負けたという痕跡を、この場に残さないようにする作業を、ティルアは素早く終わらせた。

「逃げられると思ってるのか!?」

 だが、メアリーは二人を逃がすつもりなどない。ディルザードから、巨大な魔力の刃を飛ばす。直線3キロにあるもの全てを、跡形もなく消し飛ばす破壊の閃斬波。

 いくらティルアでも、これを防げる障壁は張れない。だから、逃げた。刃が当たる直前で、消えた。メアリーはそれが、瞬間移動の類いだと見抜く。

 すぐ探知の術を使い、探そうとするが、遠くに逃げたのか、高精度な存在隠蔽の術でも使っているのか、引っ掛からなかった。

 メアリーと瑠阿の頭の中に、ティルアの声が響く。

(そう焦らないで下さい。すぐに再会出来ますよ)

 それから、結界が解ける。ジンが騒ぎを起こしたせいで、まだ人々は戻ってきていないが。

「厄介な連中に目を付けられたみたいだ」

 マイティーチェンジを解除し、ディルザードを消して、元に戻るメアリー。ジンの戦闘力も危険だが、ティルアもかなりやる。メアリーが戦った青服の中でも、彼女の能力はずば抜けていた。恐らく、白服に最も近い実力者だ。昇格も近いだろう。

「瑠阿、大丈夫だった?」

 そんな最強の青服の相手をして、怪我はなかったかと心配したメアリー。

「わっ! メ、メルアーデ様!」

 だが瑠阿はピンピンしているようで、勢いよく頭を下げてきた。

「……何、それ?」

「フェ、フェリア様のご息女の方だとはつゆ知らず、数々のご無礼お許し下さい!」

 ちょっと引いているメアリーに、必死で頭を下げる瑠阿。

「ちょっと瑠阿?」

「どんな罰でもお受けします! な、何なりとあたしに罰を!」

「瑠阿! 僕は確かにフェリアの娘だけど、それを鼻に掛けるつもりはないんだよ」

 罰則を求める瑠阿をなだめるメアリー。これが、自分の両親の事を話したくなかった理由の一つである。フェリアの事を話せば、フェリアに憧れている瑠阿は、間違いなくこうなる。それがわかっていてこんな態度を取って欲しくなかったから、言い出せなかったのだ。

「今まで通りでいいんだよ。今まで通りに、もっとツンツン、僕に接してきて?」

「……本当に?」

「本当に」

「怒ってない?」

「怒ってない」

 念を押す瑠阿に、メアリーは同じく念を押す。怒るはずがない。瑠阿はメアリーの好きな人だから。

「さ、帰ろう。ちょっと遅くなっちゃったから、お母さんが心配してるよ」

「……うん」

 戦いは終わった。メアリーは瑠阿の手を握り、帰宅した。




 ☆




 帰宅後、瑠阿はメアリーの素性を青羅にも話した。アグレオンとフェリアの、最期の姿も。

「……異端狩りごときに不覚を取られる方だとは思っていなかったけど、まさか自ら命を差し出していたとは……」

 フェリアが異端狩りに殺されたという話は、知っていた。だが、常に強力な魔道具で身を守っている魔女である。人質を取られるなど、よほどの何かがなければ、負けるとは思っていなかった。想像以上に壮絶な理由を聞いて、青羅は複雑そうな顔をしている。

「メルアーデ様」

「メアリーでいいですよ。そっちの方が気に入ってるんで」

「……では、メアリーさん。私達は全員、あなたの味方です。お辛いかもしれませんが、私達を新しい家族だと思って下さって構いません。どうぞ末永く、この狭い家にご滞在なさって下さい」

 今のメアリーに必要なものは、家族の温もり。そう思った青羅は、メアリーの長期滞在を許可した。

「お気遣い、痛み入ります」

 これにはメアリーも、ありがたく頭を下げた。



 その後、少し激しい散歩の汗を風呂で流し、メアリーと瑠阿はベッドに入る。

「さっきはごめんなさい。変態なんて言って」

「いいよ。言ったでしょ? 否定出来ないって」

 瑠阿はようやく、夕食の時をやり取りを謝った。それから、メアリーに尋ねる。

「ねぇメアリー。どうしてあたしなの?」

「ん?」

「どうして、あたしの事をそんなに好きになってくれたの?」

 メアリーの愛情表現は、些か過激すぎる。こんな事、相手を本当に好きでもなければ出来ないはずだ。まさか吸血する時、いつもこんな事をしているわけではあるまい、と。ならば、どうして好きになってくれたのかと、気になった。

 すると、メアリーは起き上がった。瑠阿も起き上がって何をするのかと見ている。

「これのおかげさ」

「……トランプ?」

 メアリーは何もない空間から、トランプを出した。魔力を感じるので、ただのトランプではない。

「ラブデスティニー。母さんが僕の為に造ってくれた、特製の魔道具」

 このラブデスティニーという魔道具は、絵柄も数字も枚数も、ジョーカーが入っていない以外は一般的なトランプと同じだが、優れた占いの機能がある。占いといっても、恋愛関係限定だが。このトランプは、自分に一番好みで、自分を好きになってくれる相手が誰か、どこに行けば会えるかを占ってくれる。

「ハートは女性、スペードは男性、ダイヤとクラブは性格を、数字は年齢を表している」

 相手の占い方は、まずシャッフルしてから、カードを二枚取る。ハートが出れば女性、スペードが出れば男性だ。ダイヤが出ればきつめの性格で、クラブが出れば丸めの性格。流石に魔女が造った物だけあって、二枚引くと必ず別の柄が出る。絶対に、同じ柄が出る事はない。

 次に、相手の年齢だが、大体は二枚のカードに書かれている数字の合計が、年齢になるらしい。妙に数字が大きかった場合は、もう二枚引くと正確な年齢が出るそうだ。ただ、相手が魔族だと高齢の者も多く、このカードでは年齢がわからない事もあるらしい。例えば、二枚とも13だった状態でもう二枚引いて、その二枚も13だった時などは、数え切れない、という事になる。

 最後に、相手に会える場所だが、これは魔力を込めながらカードを引くと、方角を教えてくれる。ハートが西、スペードが東、ダイヤが北、クラブが南。そして数字が、距離だ。距離は10メートル単位で、例えばハートの7が出れば、西へ70メートル進む、といった感じである。

「実は、僕もそろそろ身を固めたいな~って思っててね」

「み、身を固めたいって……」

 つまり、メアリーは自分のお嫁さん探しがしたくなって、このラブデスティニーを使ったのである。とはいえ、メアリーも本格的にこれを使ったのは初めてで、本当に見つかるかどうかは半信半疑だった。

「そしたら、いかにも僕好みの女の子とバッタリ遭遇! 母さんに心から感謝したね。というわけで、君は僕のお嫁さんに大抜擢。お近づきになりたいって思ったわけさ」

 瑠阿の鼻先に、ビシッと右手の人差し指を突きつけながら言う。メアリーは、最初から瑠阿を自分の伴侶として迎える為に、近付いてきていたのだ。

「お、お嫁さんって……!」

「瑠阿は、僕のお嫁さんになるの、嫌?」

 そう問い掛けられて、瑠阿は即答出来なかった。嫌だと即答するには、あまりにもいろいろな事がありすぎた。

「……そんなの、早過ぎるわよ!」

「そうだよね。魔女だけど、君はまだ高校生だもの」

 その辺りの意思は、メアリーも汲んだ。高校生といえば、まだまだ色恋沙汰に対してわからない事だらけの歳だ。

「答えは急がないよ。ただ、今まで通りここには住ませてもらう。僕の技術を君に伝えておけば、何かあったとしても安心して君に後を任せられるからね」

「な、何か……?」

「もちろん、死ぬつもりはない。異端狩りを、ジャスティスクルセイダーズを、この世界から葬り去るまでは」

 メアリーだって、後の事をちゃんと考えている。伴侶を欲しいと言ったのには、そういう意味もあるのだ。しかし、彼女には両親の遺言を受け継ぎ、異端狩りを滅ぼすという使命がある。それを果たすまでは、絶対に死ぬ事は出来ない。

「君が立派な魔女として独り立ち出来るまで、僕が全力で君を守る。大丈夫さ、君は確実に強くなってるよ」

 ティルア相手に生き延びた事を、メアリーは高く評価していた。強力な魔族でも殺されてしまう青服と戦って、未熟と呼ばれているはずの瑠阿が生き延びた。日頃の研鑽の成果だ。こんなに嬉しい事はない。

「じゃあ、そろそろいいかな?」

 メアリーは尋ねた。吸血の時間だ。瑠阿は全身の力を抜いて、両手を広げる。

「あれ? 今夜は抵抗しないの?」

「……ああは言われたけど、あなたがフェリア様のご息女である事に変わりはないわ。だから、敬意を払いたいの」

「瑠阿……」

「その代わり! 今日だけだからね!」

 今夜だけ、今夜だけ瑠阿は、メアリーの従順な下僕だ。そんな不器用な愛情表現を微笑ましく思いながらも、メアリーは瑠阿の身体をたっぷりと貪った。




 ☆




「うがああああああああああああ!!!」

 バレーア大聖堂の地下。本来手に負えないくらい強力で凶暴な魔族を幽閉しておく場所に、ジンは幽閉されていた。

「メタイト様! ティルア様!」

 地下牢に訪れたメタイトとティルアを、牢番の黒服達が迎える。

 ジンは起きたら絶対に暴れると思って、ティルアがここに閉じ込めた。で、目覚めたジンは、自分を吊り下げている鎖を引きちぎらんばかりの勢いで暴れている。

「何ボサッとしてやがんだお前らは!! 突っ立ってねぇでさっさと俺を改造しろ!! もっと俺を強くしやがれぇぇぇぇぇ!!!」

「先程からずっとあの状態で、我々では抑えられないのです」

「ありがとうございます」

 自分の命令を聞いて牢番をしていてくれた黒服達に、ティルアが礼を言う。

「俺を再改造しろ!! 俺をあの女より強いバイオパラディンにしやがれ!!」

 メタイトはティルアより先に、ドアを開けて中に入り、暴れ続けるジンの頬に平手打ちを喰らわせた。乾いた音が響き、一瞬の静寂が訪れる。

「これで少しは頭が冷えましたか?」

「……メタイト先生」

 相手が誰なのかわかって、ひとまず冷静になるジン。

「ちょうどいい所に来てくれたな。ティルアから全部聞いたろ? あんたからも頼んでくれよ、俺を再改造しろって」

 しかし、目的は忘れず、メタイトにも自分の異端殺しに協力するよう頼む。

「却下です。あなた一人の為に、改造費を使うわけにはいきません。それに、今のあなたをここまで叩きのめせるほどの相手です。迂闊に手を出せば、こちらの方が被害が大きくなりますよ。よって、療養を兼ねてしばらく謹慎なさい」

「何だと!? あんた危険な異端が野放しになってるってのに、見てないふりするつもりかよ!!」

「我々は白服です。白服ともなれば、異端を殺す事のみならず、ジャスティスクルセイダーズ全体を考えて動く必要があるのですよ。あなたもいい加減に自覚なさい」

 そう言うと、メタイトはジンの顔に手をかざした。

「ちくしょう……」

 睡眠の術を掛けられ、ジンが再び眠りにつく。しかし今度は、目覚めた後にまた暴れ出したりしないよう、鎮静の術も一緒に使っている。ティルアも一応使える術だが、ジンほど気性が荒い相手だと通じないので、彼女より、そしてジンよりも強いメタイトに鎮めてもらったのだ。

「お見事です。ありがとうございます」

「構いませんよ。それにしても、奇跡の姉妹の妹、想像以上ですね」

 白服の中でも指折りの戦闘力を持つジンを、戦闘不能に追い込む力を持つメアリー。その実力は、異端狩りにとって脅威と言えた。

「しかし、故に利用価値がある。彼女の力を借りれば、厄介な案件が片付くかもしれません。ティルア」

「はい」

「手続きは私の方で根回しをしておきます。彼女らの監視、よろしくお願いしますよ」

「はい、先生」

 メタイトは、ティルアにメアリー達の処分を任せ、この場を去る。

「……ごめんなさい、ジン」

 ティルアもまた、眠っているジンに語りかけ、地下牢に背を向けた。


(彼女の存在は、あなたの為にも必要なんです)




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