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Blood Red  作者: 井村六郎
Episode6
11/40

前編

「あっ!」

 夕食の時間、瑠阿が片付ける為に、食器を重ねて持って歩いていると、つまずいてしまい、青羅の方へと倒れ込んだ。青羅も気付くが、もう遅い。

 しかし、メアリーが片手をかざすと、倒れる瑠阿、驚く青羅、舞う食器の動きが、とても遅くなった。運動エネルギーを減退させ、あらゆるものの速度を緩める、移動遅延の魔法、スリーピングムーブを使ったのだ。

 こうなってしまうと、あとは簡単。メアリーは椅子からゆっくりと立ち上がり、食器を一枚一枚、スリーピングムーブを解除しながら丁寧に掴み取ってキッチンへ行き、流しに置いて水を張る。

 またゆっくり戻ってきたメアリーは、瑠阿と青羅の間に立ち、指を鳴らす。スリーピングムーブが完全に解除され、瑠阿は倒れ込んだ速度のまま、メアリーに抱き付く形になった。

 あくまでも運動エネルギーを小さくするだけで、なくしたり向きを変更するわけではない。だから解除すれば、当然こうなる。

「大丈夫?」

「……!」

 ちゃっかり自分を抱き付かせた事に気付いた瑠阿は、慌ててメアリーから離れ、

「この変態!!」

 そして罵倒した。

「瑠阿! メアリーさんに向かってなんて事を言うの! 助けて頂いたんだから、お礼を言うのが普通でしょうが!」

「ふん!」

 青羅は怒るが、瑠阿は謝りもせず、膨れてそっぽを向く。

「……ごめんなさいメアリーさん」

「いえいえ、否定出来ませんから」

 仕方なく青羅が謝り、メアリーはさらっととんでもない事を言いながら、手をひらひらと左右に振った。確かに、普段瑠阿に対して行っている吸血のシチュエーションを考えたら、否定は出来ない。

「それにしてもすごいですね。スリーピングムーブが使えるなんて」

 スリーピングムーブはそれなりに高度な魔法で、一応青羅も使えるが、かなりの集中力を必要とする。維持している間は、最低限の挙動を取るのが精一杯で、とても今のような余裕を持った行動など出来ない。

「母から習いました。僕がつまずいて転びそうになった時、いつもこの魔法で助けてくれたんです。子供の頃の僕は無鉄砲でやんちゃで、何かと危なっかしかったですから」

「まぁお母様から……とてもお強い方だったんですね」

「そうでもないですよ? 魔女としての実力は、普通の魔女よりちょっと高い程度で、後は魔道具で補ってました」

「そうなんですか?」

 青羅はメアリーの事を、てっきり強力な魔女の家系だと思っていたので、その答えはかなり意外だった。

 ふと、瑠阿は思う。そういえば、メアリーは自分の両親の事を、あまり語らない。まぁ、殺された両親の事を、喜んで語りたがる者など、魔族であってもそうはいないだろう。こちらから聞いてないから離さないだけなのかもしれないが。

 とにかくわかっているのは、メアリーが自分の両親の事を、とても誇りに思っているという事だけだ。




 ☆




 葵町の警察署。

「だからよぉ、この町で何かおかしな事件とか起きてねぇかって訊いてんだよ。何回同じ事言わせるつもりだてめーは」

 今ここに、一人の男が来ていた。とても態度の悪い男で、先程からこの町で起きている不可解な事件はないかと聞き続けている。

「ですから、署長にアポをお取りになって、後日いらっしゃって下さいと申し上げているではありませんか。いくらあなたが異端狩りとはいえ、それは守って頂けなければ困ります」

 受付の女性は、男に引き取ってもらおうとしている。

 女性は、彼が異端狩りだと気付いていた。彼自身がそう名乗ったし、四方に星のエンブレムが施された十字架という、異端狩りの紋章を付けていたので、わかった。

「そんなもん待てるかよ!! この町にとんでもなく強い魔族がいるってのに!!」

「そう言われましても、そのような報告は入っておりませんし、署長はお帰りになられました。お引き取り下さい」

 男は引き下がらず、女性は困り果てていた。

「……もういい。こうなったら自分で調べる」

 ようやく引き下がってくれたと、安堵する女性。

 だがその直後、男がどこに隠し持っていたのか、大口径の拳銃を抜いた。

「え?」

「その前に、こいつはこの俺に無駄な時間を取らせた罰だ。死ね」

 男は驚愕する女性に拳銃を向け、引き金を何の躊躇いもなく引いた。

 防弾ガラス越しに女性の頭が吹き飛び、即死する。周囲から悲鳴が上がり、周りの警官が取り押さえようと動き出した。

「あーもう!! うるせぇうるせぇうるせぇうるせぇ!! うるせぇんだよ日本人のサルどもが!!」

 その対応の激怒した男は、拳銃をもう一丁出すと、周囲に向かって無茶苦茶に発砲しだした。




 ☆




 食事を終えた瑠阿とメアリーは、夜の町を散歩していた。メアリーの希望だ。

「どう? こういうのもたまには楽しいでしょ」

「……まぁね」

 夜は魔族の時間。高校生活に合わせているが、どちらかというと瑠阿はこちらの方が過ごしやすい。メアリーにしてはいい提案をすると、瑠阿は思った。

「何か欲しいものがあったら買ってあげる。何がいい?」

「え……」

 そんな事を急に言われても、パッと出てこない。

「……今特に欲しいものはないから、代わりに聞きたい事、訊いていい?」

「いいよ。何が訊きたい? ひょっとして僕のスリーサイズ?」

「そんな事訊きたくないわよ!」

 軽い冗談を交えながらも、というか訊いたら普通に答えそうな気がするが、メアリーは快く承諾した。

「……あなたの両親の事」

「……」

 メアリーが真顔になった。先程までのふざけた空気が、綺麗さっぱり消え去り、代わりに圧迫されるような空気が押し寄せてくる。

「やっぱり、訊かれたくないわよね……」

 予想通り、メアリーは両親について、話したくないと思っている。日頃過剰なまでにスキンシップを取ってくるメアリーだが、そこを許せるほど瑠阿を信用しているわけではないらしい。

「あんまりね」

「あたしの事、信用出来ない?」

「そんな事言ってないでしょ」

「じゃあ教えて」

「……わかった。いいって言った手前、断れないし。でもその前に訊かせて欲しい。どうして僕の家族の事が知りたいの?」

 メアリーから訊かれて、さて瑠阿は困った。正直、ただ知りたいとしか思っていなかったから、こんな質問をされるのは予想外だった。

「よく考えたら、あたし、メアリーの事、何も知らないなって思って」

 我ながら苦しい言い訳だと思う瑠阿。しかし、こうなるとメアリーの家族の事、彼女の過去についてが、知りたくて仕方なくなってきたのだ。

「それでまず家族からってわけか」

「あたしの家族については、もう話したし、メアリーの事訊いても、いいでしょ?」

「確かに理に適っているね。よし、わかった。で、何から知りたい?」

 どうにか合格をもらえた。これで、メアリーの家族について訊く事が出来る。

「じゃあ、お父さんとお母さんの名前から」

「いいよ。父さんの名前は――」

 遂にメアリーの口から、過去を聞く事が出来る。


 そう思った時、三発の銃声が鳴り響いた。


 二人は驚いて、銃声が聞こえた方を振り向く。

 距離は二人のすぐ近くで、三人の警官が、頭を失って倒れた。

「ったく、自分で探すからいいって言ったのに、まだ邪魔してきやがるとは……マジで日本の警察ってのは救いようがねぇな!」

 警官の死体を、凄まじい力で踏み潰しながら、一人の男が歩いてくる。

「な、何、あいつ……」

 周囲の人々が悲鳴を上げて逃げていく中、瑠阿とメアリーは男を見ていた。

 異端狩りの紋章が見えたので、異端狩りである事は間違いない。だが、その姿がいささか不可解だった。黒服である事は間違いないのだが、半袖という動きやすい装いの、改造制服だったのだ。

 基本的に異端狩りは、聖装束を改造する事を許されていない。しかしこの異端狩りは、現に改造している。この男は何か、普通の異端狩りとは違う。力のないただの警官を撃ち殺したところからも、殺意が段違いだ。警戒を怠らない二人。

 一方、異端狩りの方は、今二人の存在に気付いたようだ。けだるげだった表情が一変、今までの異端狩りのように、獲物を見つけた狂気的な笑顔になった。

 メアリーを狙って拳銃を向ける。メアリーもまた、ヘルファイアとナイトメアを抜き、二人は同時に発砲した。弾丸は空中で激突し、火花を散らして弾け飛ぶ。

「へぇ……こいつを防ぐとは、魔族にしちゃいい銃持ってんじゃねーか!」

 自分の銃と同じ威力の銃を見て、異端狩りは興奮している。

「メアリーの銃と、互角!?」

「聖兵装デストロイスター。でも僕の知ってる威力じゃないな」

 異端狩りが使っている拳銃の名は、デストロイスター。以前異端狩りが使っていたブラックスピアと同じ、黒服用の量産型聖兵装だ。

 しかし、取り回しがいい分、上級の異端狩りも護身用に持っているくらい人気だが、威力はブラックスピアより落ちる。口径も六十五と、ヘルファイアとナイトメアよりわずかに小さい。それなのに、メアリーと互角。魔法で威力を上げているのかと思ったが、そんな気配はなかった。

「こいつは俺用にカスタマイズしてあるのさ。口径は七十口径にパワーアップしてある。名付けて、デストロイカスタム!」

「聖装束に続いて聖兵装まで改造? そんな異端狩り聞いた事ないんだけど」

 聖兵装の改造も、同じく許されてはいない。にも関わらず、改造品を持っているとは、この異端狩り、かなりの権限を持っている。だが、下っ端団員でしかない黒服に、そんな権限が与えられるはずがない。


「青服以上の異端狩りは、聖装束と聖兵装を改造する権限を与えられているんですよ」


 その時、三人の間に、アタッシュケースを持った青いミニスカートの聖装束の少女が現れた。

「あ、青服!? な、なんでこんなやつがここに!?」

 瑠阿は激しく動揺した。

 この少女にも、異端狩りの紋章がある。だが青服といえば、最上級団員の一つ下の階級だ。白服と同様に、よほどひどい戦況でもない限り、滅多に戦場に姿を現す事はない。

「ちっ、来やがったか」

「当たり前です。あなたは私が見ていないと、いつもやり過ぎますから」

苦い顔をした男に叱責を飛ばすと、メアリー達に向き直った。

「私はティルア・ペンドラゴン。こちらはジン・アルバトリア。お察しの通り、ジャスティスクルセイダーズ所属の異端狩りです」

「自己紹介どうも。あんたが青服なのはわかるよ。けど、そっちはどう見ても黒服にしか見えないんだよね」

 ティルアと名乗った青服の異端狩りから、服と武器の改造許可がある事はわかった彼女も制服を、ミニスカに改造している。というか、メアリーも改造許可の話自体は知っていた。

 だが、肝心の、ジンというらしい黒服の異端狩りが、青服と同じ権限を持っている事については、まだ説明を受けていない。

「黒が好きだからだよ。だから権利だけもらって、服は自分で選んだ」

「何とも、都合のいい話だね。それにあんた、破天荒で変わり者だ」

「ああ。俺は組織とか型にはめられるのが大嫌いなもんでよ」

「その割には、ジャスティスクルセイダーズっていう組織に入ってるみたいだけど?」

「利用してるだけだ。異端狩りになってジャスティスクルセイダーズに入れば、異端殺しもかなり楽になるからな」

 メアリーの煽りに対して、一歩も引かないジン。瑠阿はこの異端狩りに対して、明らかに今までの異端狩りとは違う何かを感じていた。

 二人のやり取りを無視して、瑠阿はティルアに訊ねた。

「じゃあ、そのジンとかいう異端狩りも、あんたと同じ青服なの?」

「いいえ。ジンは白服です」

「は!?」

 信じられない答えが返ってきた。瑠阿はてっきり、ジンも青服だと思っていたのだが、まさかの白服。

 ティルアの話が本当なら、最も清らかな異端狩りの証である白服を自ら捨て去り、色の好みというしょうもない理由で、最も穢れている団員の服を着ている、という事になる。

「な、何なのあんた!? いろいろとおかしいわよ!?」

「お前は魔女か? お前こそ魔族のくせに、ずいぶん弱い魔力だな。こんな弱い魔女、初めて見たぜ。そんなに弱いのに、生きてて恥ずかしくねぇのかよ? 死ねば?」

「なっ……!!」

 おかしい発言をしたら、ジンに弱いと言われた。しかも、生き物としての尊厳を穢された。

「この子を馬鹿にするのは許さないよ。この子はまだまだ修行中の身なんだ」

 メアリーがカバーする。

「お前も魔女だな。それも、吸血鬼の気配が混ざってやがる。だが気配の強さに反して、大きさが小さい。という事は、ダンピールか」

「へぇ……気配でダンピールだって見破られたのは初めてだよ」

「ジンは昔から、吸血鬼とダンピールだけは見分けられるんです」

 ティルアが説明した。ジンは人間に擬態している吸血鬼やダンピールを、初見で見抜く事が出来る。この技能を持っているのはジンと、ジャスティスクルセイダーズの最高責任者だけだ。

「そして俺は、多くの吸血鬼やダンピールを殺してきた。お前も今からその中に加わる」

 ティルアの前に移動し、二丁のデストロイカスタムを構え、メアリーに向けるジン。

「それはどうかな? 今夜死ぬ事になるのはあんただと思うよ」

 メアリーも同じく、ヘルファイアとナイトメアをジンに向けた。

「……我々は名乗ったのですから、あなた方も名乗ったらどうですか?」

 ティルアは溜め息を吐き、メアリー達に名乗るよう勧める。

「それは僕が決める事だ」

 瑠阿が名乗ろうとした時、メアリーがそう言って制した。

「あなた、教養がないのですね。名のある吸血鬼のご息女だと思いましたのに」

「僕は無駄な事が嫌いなんだ。今から死ぬ連中に名乗るなんて、そんな無駄な事はしないよ」

「じゃあお前の事は名無しって呼んでやるよ。名無しのダンピール」

「……そう言われるとすごくムカつくね。僕の事は、メアリーでいいよ」

 自分以上に相手に対して舐めた態度を取るジンに、メアリーはあっさり名乗った。

「じゃあメアリー」

 ようやく知る事が出来た名前を口にし、

「死ね」

 ジンは引き金に力を入れた。

「おっと」

 ティルアが指を鳴らし、直後に銃撃戦が始まる。二人は横に走りながら撃ち合い、互いの弾丸を相殺し合う。

「ジンはジャスティスクルセイダーズの中でも――いえ、全ての異端狩りの中でも、珍しいくらい血の気が多いんです。私が結界を張らないと、いつもすごい被害を出してしまう」

 ティルアは、残された瑠阿に話す。さっき指を鳴らした時、結界を張った。暴虐の化身とも言えるジンの戦いに、少しでも氏民を巻き込まないようにする為に。

「さて、向こうは向こうで楽しくやってるみたいですし、私達もやりましょうか」

「……やっぱりそうなるわよね」

「暇ですから」

 ティルアも異端狩りだ。どんなに弱いといっても、目の前にいる魔族を見逃すわけにはいかないだろう。仕掛けてくると、瑠阿は予想していた。

「心配しないで下さい。やるといっても、ほんの手合わせ程度です。私は今日、あなた方を殺しに来たわけではなく、試しに来たので」

「えっ?」

 ティルアは、自分の胸に片手を当てる。

(おっきいな。聖装束の上からでもわかる……じゃなくて!)

 見た感じ、ティルアは自分とそう歳が変わらない。にも関わらず、まるで成人女性のようなグラマラスな体型をしている。メアリーから日頃いけない事をされているせいで、すっかり胸フェチにされてしまった瑠阿は、自分の中から顔を出した邪な感情を慌てて振り払う。

 問題はそこではない。ティルアが手を当てると、聖装束から感じられる強大な加護の力が、消えたのだ。

「聖装束の加護を切りました。これで、少し破れにくいだけのただの服です」

「……何のつもり?」

「見ての通りハンデですよ。力の弱いあなたでも、今の私が相手なら傷を付けられます」

 魔道障壁さえなければ、聖装束には防弾チョッキ程度の防御力しかなくなる。それぐらいなら、瑠阿でもダメージを通せる。

「ただし――」

 だが、話にはまだ続きがあった。ティルアがアタッシュケースに手を置いて魔力を通すと、何と巨大なガトリングに変形したのだ。質量保存の法則を完全に無視した変形に、瑠阿は驚く。

「攻撃はさせてもらいますよ」

「な、何よそれ!?」

「私専用の聖兵装、セレモニーキャノンです」

 青服以上の異端狩りには、武器の改造だけでなく、専用の武器を製作する事も許される。これはティルア専用の聖兵装、セレモニーキャノン。六連装190口径の、重機関砲だ。使用弾頭は190口径対物対魔弾で、これ一丁あれば、ドラゴンだって一瞬で蜂の巣に出来る。

「私、大艦巨砲主義でして、銃は大きいものを選ぶんです」

「そんな事聞いてない!! っていうか、そんな大きな銃使われたら、いくらハンデがあったって何の意味もないし!!」

「大丈夫です。出来る限り当てないように頑張ります」

「頑張りどころがおかしい!!」

「ほら、いきますよ。私が頑張るんですから、あなたも頑張って下さい」

 瑠阿の話など全く聞かず、瑠阿はセレモニーキャノンを撃ってきた。巨大な弾丸が、マッハを越えて飛んでくる。

 慌ててかわす瑠阿。機関銃の類いは照準を合わせるのが難しく、相当使い慣れていないとたった一人の相手に当てる事は難しい。使い手も当てる気がないと言っているし、狙いが滅茶苦茶で、かわす事自体は難しくなさそうだった。

 だが、


(攻撃出来ない!!)


 銃撃があまりにも激しすぎる。一発一発が、音速を越えているのだ。弾丸自体はかわせても、遅れてやってくる衝撃波が強烈であおられてしまい、狙いを付けるどころか、杖を出して向ける事自体出来なかった。まるで、嵐の中で戦っているような錯覚に陥る。

「~♪」

 撃っている当の本人は、反動などまるで感じていないようで、鼻歌交じりに撃ってくる。その辺りは、魔法を使って補強しているのだろう。防御しないというだけで、それ以外に魔法を使わないとは言っていない。

 防御を捨てたノーガード戦法。だからこちらはたった一回、全力の攻撃をするだけでいいのに、それが出来ない。

(っていうか、本当にあたしを殺さない気なの!? 全然そんな感じしないんだけど!?)

 先程も言ったように、衝撃波がすごい。このままでは、直接当たって撃ち殺されなくても、衝撃波でちぎり殺されてしまう。

 こんなどう考えても殺す気満々な攻撃を続けているというのに、ティルアからは全く殺気を感じない。だから、本当に殺す気はないのだろう。そのせいで、逆に攻撃を読めないのだが。

 このティルアという異端狩り、話している感じからしても、とても穏やかで、ジンとはまた違った異質さがある女だ。もしかしたら、彼女は魔族に対して一定の理解があるのかもしれない。

「今まで戦った魔族は、これを撃つだけで死んでしまいましたが、それらは全て知能のない魔族でした。しかし、あなたは知能のある魔女。この程度では死ぬとは、とても思えません」

「!」

 一度射撃を止めたティルアの言葉を聞いて、瑠阿はなぜ殺気がないのかわかった。

(こいつ、この攻撃であたしが死ぬと思ってないんだ!)

 殺す気がないのに、死にかねない攻撃を繰り出しているという矛盾。なぜこんな現象が起きているのか、わかってしまった。

 彼女からすれば、これはほんの小手調べ程度の攻撃で、本当に殺すつもりがない。そう思いながら、即死級の攻撃を繰り出す事で、殺気を一切出さずに、手の内を読ませずに、相手を殺す事が出来る。

 今まで彼女は、この戦闘方法を用いて、魔族を殺してきたのだ。

(やっぱりまともな異端狩りなんていないんだわ……)

 蓋を開けてみれば、今まで戦った異端狩りより遙かに性質の悪い異常者だ。

(何とか隙を作らないと……!)

 このまま攻撃したところで、弾丸の嵐に押しつぶされるだけ。戦況を変えるには、何かきっかけが必要だった。



 一方、メアリーとジンの戦いもヒートアップしていた。

「お前!! やるじゃねぇか!! こんなに楽しいのは久しぶりだぜ!!」

 ジンはメアリーの足を狙って撃つ。メアリーはそれをかわし、彼女がさっきまでいた足場に大穴が空いていく。

「楽しむのは勝手だけどさ、狙うならちゃんと狙いなよ」

 かわして、ジンの顔面と心臓を狙って撃つ。ジンはそれを見て笑い、最小限の動きでかわした。

 狙いは完璧だった。今ので確実に殺すつもりだったので、外すはずがない。ジンは間違いなく、発砲されるのを見てからかわしたのだ。

「狙いはいいぜ。ただ遅すぎるんだよなぁ!!」

 ジンはこちらに向かって、走りながら撃ってくる。メアリーも同じく走りながら撃ち、自分に当たる弾だけを撃ち落とし、ジンの急所を狙う。だが、メアリーの攻撃は全てかわされた。

(魔力で強化してるわけじゃない。それどころか、こいつ聖装束の加護を切ってる!)

 ジンもティルア同様、聖装束の加護を切っていた。つまり、聖装束による補助を受ける事無く、これだけの戦いを見せている。かといって、魔力で能力を上げている気配もない。素の能力で、メアリーに拮抗している。

「白服は伊達じゃないって事か!」

 そう言いながら、四発撃つ。実力が全ての戦闘狂の集団、ジャスティスクルセイダーズ。自ら捨てたとはいえ、その最高幹部の称号を与えられるだけの裏付けは、ちゃんと持っているのだ。

「こいつはどうかな!?」

 ジンは四発ともかわして、二発撃つ。それをかわすメアリー。だが、地面に着弾した瞬間に、弾丸が爆発した。

 とても大きな爆発で、近くにあったビル二棟を巻き込み倒壊させる。撃つ瞬間に、弾丸に爆破の術を仕掛けたのだ。込められた魔力も、尋常ではない。

「なんて荒っぽい戦い方をするんだ。結界を張ってなかったら大惨事だよ」

 爆発をしのぎきったメアリーは、無傷の姿を見せる。

「周りを気にして戦ってたら、満足出来る異端殺しなんか出来ねぇよ!!」

 メアリーが無事だった事に興奮するジン。

「じゃあ教えてあげるよ。あんたはもう少し周りを見た方がいい」

 そのジンのデストロイカスタムを、真横から飛んできた弾丸が破壊した。

「あ!?」

 ジンは驚く。

 先程メアリーが四発撃った時、その内二発だけ魔法を掛けて軌道を操った。操られた弾丸は、建物の間を飛び回り、気付かれないよう大きく迂回して、デストロイカスタムに命中したのだ。

「言ったろ? 周りを見た方がいいって」

 ジンが壊されたデストロイカスタムに目を奪われている間に、メアリーは一瞬で接近し、お返しとばかりに爆破の術が掛けられた弾丸を、至近距離からお見舞いした。

 この術はジンが使ったものとは違って、メアリー流のアレンジが加えてあり、爆発の威力と衝撃が一方に向くよう指向性を持っている。一方向に集中した爆発を、ジンはまともに喰らった。




「あ」

 ティルアはデストロイカスタムが破壊された事、そしてジンがメアリーから攻撃を喰らった事に気付く。

(チャンス!!)

 ティルアの注意が僅かに逸れた。今こそ、彼女を仕留める最大のチャンスだ。そう思った瑠阿は、杖を出して物陰から飛び出す。

「!」

 それに気付いたティルアが、瑠阿を狙ってセレモニーキャノンを発射する。当てるつもりはない。だが衝撃波が牽制となり、瑠阿は足を止めて踵を返し、また物陰に隠れるだろうと思っていた。

 だが、瑠阿は弾丸の嵐を喰らってしまった。

「あ、ごめんなさい」

 しまったと思ったティルアは謝った。だが、その謝り方が軽い。殺すつもりはなかったが、死んだら死んだで仕方ないとも思っていたからだ。試すつもりで来たので、耐えられなければそれもやむなしと思っていたのである。

 もちろん、喰らうはずがない。今ティルアが撃ち殺したのは、隠れている間に近くの瓦礫を組み上げて作った人形。本人は迷彩の魔法を使って気付かれないように近付き、ティルアの背後に回り込んでいた。

「!?」

「もらったぁ!!」

 瑠阿は迷彩を解き、その魔力を攻撃に回して、こちらに気付いて振り向いたティルアの腹に、魔力弾を叩き込んだ。

 爆発の衝撃によって、バウンドしながらアスファルトを転がるティルア。

 いつもメアリーや青羅と修行しているおかげで、瑠阿の基礎魔力はかなり上がっている。それでもジン達が弱く感じたのは、瑠阿が魔力をコントロールする術を学んだからだ。

 魔力は何もしなくても減ってしまう。その辺りは栄養やら生命力やらと同じだ。魔力を小さくする事で、平常時の魔力の消費を抑える。さらに魔力を一気に引き上げる術も学んでおり、瞬間的に引き出せる魔力はかなりのものだ。いくら鍛え抜かれた肉体を持つ異端狩りとはいえ、防護服の防護を切った上でこれを喰らって、無事ではいられない。

「あたしは、強くなってる!」

 メアリーの戦いを見て学習し、自分なりの戦術も組み上げた。それらが重なり、強敵を打倒したのだ。

 相手が油断していたとはいえ、自分一人の力で、青服の異端狩りを倒した。これは瑠阿が研鑽の実感を、自分の強さへの自信を得るには、充分な成果だった。

「向こうも終わったみたいね」

 遠くにメアリーの姿が見える。ジンの姿は見えないが、メアリーに勝てるわけがない。そう確信していた。



 だからこそ、煙が晴れた時の光景に、目を疑った。



「……ウソでしょ!?」

 ジンは生きていたのだ。全身ズタボロにされてしまっているが、しっかりと二本の足で立ち、生きている。

「驚いたな。これで生きてるなんて」

 メアリーにとっても完全に予想外だったようで、声に動揺の色が見える。

「でも、これで終わりだよ」

 しかし、ダメージは間違いなく受けている。その証拠に、ジンは微動だにしない。立っているだけだ。ダメージが大きすぎて、動けないのだ。

 驚異の回避力を誇るジンだが、こうなってしまえば楽に仕留められる。メアリーはジンにヘルファイアを向け、引き金を引――


「てめぇ……」


 ――けなかった。


「よくも俺のオモチャを壊しやがったなぁぁぁぁぁぁ!!!?」


 突然ものすごい速度でジンが動き、メアリーの顎をアッパーカットで打ち抜いたのだ。この瞬間に理解した。ダメージで動けなかったのではなく、怒りで動きが止まっていただけだったのだと。

「……ぐあっ……!!」

 血を吐きながらも、どうにか宙返りして着地し、ジンを睨み付けながら、片手で顎を押さえる。顎骨を砕かれた。ダンピールであり、人間とは比較にならない耐久力を持つメアリーの骨を、ただの拳であっさりと砕いた。

「アレ一つ改造すんのにどんだけ時間掛かると思ってんだ!!」

「がっ!!」

 また一瞬で距離を詰め、ジンはメアリーの顔面を蹴り飛ばす。

「それを二つも改造しなきゃならねぇんだぞ!?」

「ぐっ!!」

 よろめきながら立ち上がったメアリーに、ずんずんと歩いて近付き、また顔面を殴る。血の服のガードがない、メアリーの顔面を。

「そんな事に時間を割いてる暇があったら、こっちは一匹でも多く魔族を殺してぇんだよ!!」

「うあっ!! ぐっ!!」

 何度も何度も、顔面を殴られる。殴られていて気付かなかった。ジンの全身の傷が、徐々に治っていっている事に。

「それに、あれであと千匹魔族を殺すつもりだったんだ!! てめぇ俺の労力を……」

 それからジンは、拳に魔力を込め、

「返しやがれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 メアリーの腹を殴り飛ばした。

「ごはっ……!!」

 何かが砕ける音がして、メアリーが吐血した。硬質化したメアリーの服が、砕かれたのだ。戦車すら容易く貫通するライフルの射撃を、何発喰らっても傷一つ付かないメアリーの服が、魔力で強化されただけの拳に砕かれた。

「そんな!! 一体どうなってるの!? とんでもない馬鹿力だし、怪我も治ってるし!!」

 瑠阿は信じられなかった。ジンの魔力は、確かにとてつもなく強い。だが今起こっている事は、それだけではとても説明出来ない事だ。

「ジンはジャスティスクルセイダーズの技術で、生体改造を施されたバイオパラディンです」

「!?」

 と、ティルアが起き上がった。身体のあちこちから、バキバキゴキゴキと、グロテスクな音を響かせている。

「人間を遙かに上回る耐久力と運動能力、再生能力を付与されているのです。そして、この私も、ジンと同じ領域に立つ為に、彼の権限で改造して頂いたのです」

 バイオパラディンとは、生物学と科学技術、魔法を組み合わせて、身体に改造を施された異端狩りの事だ。

 これにより異端狩りは、人間では敵わない強力な魔族が相手でも、対等に渡り合う事が出来る。また、何らかの異常によって聖装束の加護が機能しなくなった時も、長時間戦う事が可能だ。

 しかし、手間とコストが掛かる為、全ての異端狩りに改造を施す事は出来ない。現状改造を受けられるのは白服と、白服から推薦された者のみだ。そして、ジンはそれを受けている。ジンから推薦されたティルアも、また同じだ。

「少し油断しすぎました。他の団員が私と同じ戦い方をしていたら、死んでいましたね」

「ば、化け物……!!」

 せっかく与えたダメージを全回復され、瑠阿は戦慄した。異端狩りについてはわからない事がまだたくさんあるが、そんな技術まで保有しているとは思っていなかった。

「そう言われても仕方ありません。ですが、これはある意味仕方ない事なのですよ。童話に出てくる勇者の力を見て、あなたはどう思いました? 同じ人間だと思いますか?」

 ティルアは突然、勇者と呼ばれる者について話をした。

 その身一つで巨大な鬼も、世界を震撼させる悪魔も、打ち倒す救世主。しかし、その姿は人間のものと言えるだろうか。ティルアは、そうは思わなかった。

「私から見れば、勇者も魔族も同じ化け物です。ああ、それを否定しているわけではありませんよ? 人が化け物と戦う上で、化け物と同等の存在になるのは、ある種必然であると言いたいだけです」

 だから、自分が化け物と呼ばれるようになるのは、仕方ない事だと、そう言った。それは、普通と違う人間全てを異端と判断しているようにも、それらの存在を肯定しているようにも聞こえた。

(やっぱりあたし、この人がわからない)

 瑠阿には、ティルアが何を考えているのか、さっぱりわからなかった。

 それはそれとして、

(メアリーが殺されちゃう!)

 メアリーはジンに圧倒されている。このままでは、ダンピールであっても殺されてしまう。瑠阿はメアリーの所まで走ろうとした。

 だがその時、瑠阿の意図に気付いたティルアが、セレモニーキャノンを投げ捨てて瑠阿の背後に回り込み、両腕を捕らえて後ろ手にねじ上げた。

「あっ……!」

「行ってはいけません」

 万力のような力で締め上げられ、瑠阿は苦痛の声を上げてから抵抗する。

「離して!」

 だが、どんなにもがいても、ティルアの手はびくともしなかった。

(振りほどけない!!)

 瑠阿は、ティルアが手加減していた事と、改造を受けていた事を思い出す。瑠阿の力では、勝てそうにない。

「あなたの為を思って言っているんです。ジンは私と違って、異端に容赦をしません。これ以上近付いて、少しでも彼の視界に入ろうものなら、その瞬間に彼は殺意の矛先をあなたへと向けるでしょう」

 それを聞いて、瑠阿は抵抗を反射的にやめた。よく考えれば、メアリーすら圧倒するジンに対して、瑠阿が出来る事など何もない。近付けば痛みを感じる暇も無く、一瞬で殺されるだろう。

 しかし、

(何かしなくちゃ!)

 それでも、メアリーが有利になる事を何かしようと思って、瑠阿はジンとティルアについての情報を教える事にした。

「メアリー!! 気を付けて!! こいつら、身体を改造されてる!!」

「改造? そんなものに手を出したのか?」

 メアリーは受けたダメージを最低限再生させ、どうにか喋れるようになった。ダンピールでも、やはり再生力は高い。

「ティルアのやつ、教えやがったな……ああそうだよ。もっとも、改造されてんのは白服と、一部の団員だけだから、知ってるやつは少ないと思うがな」

「初耳だよ。そうまでして僕達を殺したいのか?」

 メアリーも、白服がいるとだけ知っており、実際に戦ったのは今回が初めてだった為、知らなかった。戦って倒した事があるのは、青服までだ。それも三人しか倒しておらず、三人とも改造はされていなかった。

 それにしても、改造手術というのは驚きだった。どんな魔族も殺せるように、魔族と同質の存在に自分を改造する。異常だ。メアリーから見れば、彼らこそ紛れもない異端者だった。

「ああ、殺したいね。殺したくて殺したくて、たまんねぇ!!」

 またジンが驚くべき速度で近付き、メアリーの左手首を掴んだ。メアリーは即座にヘルファイアで反撃しようとしたが、右手首も掴まれ、抵抗出来ない力で持ち上げられる。あまりの握力に力を失い、メアリーは両手の銃を落とす。

「やっぱり今夜死ぬのはお前だったな!!」

 ジンはメアリーの両手首を持ち上げて、トマトのように、握り潰した。

「うあああああああああああああ!!!」

 骨まで粉々に握り潰され、両手首を引きちぎられ、メアリーは苦悶の絶叫を上げて崩れ落ちた。

「メアリー!!」

 瑠阿もまた、声を上げた。ここまで追い詰められた彼女の姿は、初めて見る。あまりにも痛々しい姿に、日頃から少しは痛い目を見てもらいたいと思っていた瑠阿は、とても悲しくなった。悲しくて悲しくて、泣き出してしまいそうだった。

「終わりだ。久々に楽しめたぜ!!」

 メアリーの両手首を放り投げたジンは、魔族の手首を握り潰し、引きちぎった感触を楽しむように、何度か手を開いたり握ったりした後、右拳を握り絞め、メアリーの頭蓋を砕かんと振り下ろした。



 だがその時、メアリーがジンを睨み付けた。



 その瞬間にメアリーの全身から威圧感が噴き出し、ジンは思わず拳を止めてしまう。


「う、お……!?」


 それだけではない。下がった。無意識の内に、ジンはメアリーから三歩、下がってしまっていた。


(お、俺が下がった!? ま、まさかこの俺が、怯えてるってのか!?)

 自分が優位に立っているはず。自分がこのダンピールの魔女に勝利する事は、決して揺らがないはず。それなのに、自分は怯えている。

「調子に乗るなよ、異端狩り風情が!!」

 怒りと威圧感を振りまきながら、さらにジンを下がらせる。間もなくして、地面に転がっていた手首が動き出し、同じく落ちていた銃を拾うと、メアリーの手首にくっついた。血を操って、ちぎれた両手首を回収したのだ。さらに魔力を増幅し、再生力を引き上げる事で、完全回復するメアリー。壊れた服も再生して、綺麗な姿を取り戻した。

「てめぇ……一体何モンだ!!」

 この覇気のような威圧感に、強大な魔力。ただのダンピールではない。そんな確信があったジンは、その答えをメアリーに問う。

「僕は――」

 メアリーは望み通り、質問に答えてやった。


「――僕の名前は、メルアーデ・ブラッドレッド!! お前達異端狩りに殺された、吸血鬼アグレオン・ブラッドレッドと、魔女フェリア・ブラッドレッドの娘だ!!」


 

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