後編
「あなたでしたか、彼女と繋がりを持っている魔族は」
瑠阿は異端狩りに対して、勢いよく啖呵を切った。だが肝心の異端狩りは、その啖呵に些かも堪えた様子がない。
「しかし妙ですね。あなたの魔力はとても弱い。その程度の力では、一般人相手ならともかく、異端狩りのイゴールまでどうこう出来るとは思えません」
ひどく落ち着いた様子で、瑠阿の能力を分析している。
「一体どのような手管を使ってイゴールを倒したのですか? 黒服とはいえ、あなた程度の弱い魔女が倒せる相手ではないのですよ」
「異端狩りっていうのは、どうしてどいつもこいつも同じ事しか言わないのかしらね? しかも! 決まってこっちの気を逆撫でするような事ばっかり!!」
弱い弱いと言われ続けて、いい加減瑠阿は頭にきている。自覚している事だからなおさらだ。
「もしかして、自分が弱いと言われた事に怒っているのですか? 相手の実力に対して、正当な評価を下すのは当然の事ですよ? 言われるのが嫌なら、もっと強くなればいいじゃないですか」
言い返された事が正論なので、反論出来ない。だからもっと頭にきて、瑠阿は異端狩りを睨み付ける。
「もっとも、こちらにあなたを成長させるつもりはありません。どんなに弱い魔族であろうと、魔族である以上は駆除しなければならないので」
当たり前だ。彼女は仕事で来たのであり、瑠阿の教師をするつもりなどない。殺すつもりで来たのだ。
異端狩りが瑠阿の殺害を宣言すると、今瑠阿が打ち砕いた液体がのたうち、再生した。
「何なのよあれ……」
「あれは魔道スライムね」
怯える真子に、瑠阿は教えた。
スライムが一般的にどういう存在かについては、説明する必要はないだろう。古今東西によく知られた、液状の不定形生物だ。
ここからが専門知識。この世界のスライムには、二種類ある。片方は自然界の生物として存在する、モンスターのスライム。もう片方は、何らかの魔法的な術式によって誕生した、人工物としてのスライムだ。
後者は力のある術者が生み出し、使い魔として使役する為、魔女達からは魔道スライムと呼ばれている。どうやらこの異端狩りは、自分が直接戦うタイプではなく、魔道スライムに指示を出して戦うタイプらしい。
「このタイプが相手なら、あたしでもチャンスがあるかも……」
「ほんと!?」
「やってみないとわからないけどね」
真子に対してやった行いから見ても、魔道スライムが戦力の要である事は間違いない。つまり、異端狩り自体の能力は、そこまで高くない可能性があるのだ。
自由自在に形を変える厄介な相手だが、それを掻い潜って異端狩りだけを狙い続ければ、勝てるかもしれない。
というより、それしか勝つ方法がない。通常のスライムは核を破壊すれば倒せるが、魔道スライムは多くの場合、核を作らず術式で動かしている。この場合、例え破壊しようと術者が生きている限り、何度でも再生されてしまうのだ。
「真子は下がってて!」
「う、うん!」
瑠阿は真子を下がらせ、異端狩りと対峙する。
「本当に私と戦うつもりですか? 逃げに徹すれば、あなたでも生き延びられる可能性があるというのに」
「あたしの友達を痛め付けられたのに、尻尾を巻いて逃げられるわけないでしょ!?」
瑠阿は杖を振りかざし、魔力弾を飛ばす。異端狩りは魔道スライムを操り、壁にした。魔力弾はスライムを破壊したが、異端狩りには全く傷を負わせていない。
「……!!」
魔力弾を連射する瑠阿。しかし、いくら撃ってもスライムが伸びてきて、防いでしまう。
「仲間想いの方なんですね。しかし、それ故に愚かです」
異端狩りは魔道スライムを操る。液体の触手が、瑠阿を捕らえようと襲い掛かってきた。
「くっ!」
瑠阿は杖に魔力を纏わせ、触手に向かって叩きつける。同時に纏わせた魔力を炸裂させ、触手を破壊した。
「それくらいの事は出来ますか……まだまだこれからですよ!」
異端狩りは瑠阿の魔法の腕に感心した後、今度は四本のスライムの触手を伸ばしてきた。
「はっ!」
再度杖に魔力を纏わせ、瑠阿は駆け出す。遠距離攻撃は、当たらない。近距離まで近付き、魔力の爆発を喰らわせる。
右からくる触手をかわし、左からくる触手をかわし、下から掬い上げるように向かってきた触手を飛び越える。
その後、五本目の触手が飛んできた。瑠阿が回避に夢中になっていたので、不意討ちのつもりで放ったのだ。
瑠阿はその触手に杖を叩きつけ、破壊する。
(メアリーとの特訓の成果ね!)
瑠阿はメアリーと、対異端狩り戦の特訓をしていたのだ。といっても、倒す為の特訓ではなく、メアリーが辿り着くまでの時間稼ぎをする為の、一対多数の特訓である。
異端狩りは、いつもいつも一人でいるとは限らない。というか、仲間と徒党を組んで弱い魔族を袋叩きにするという外道な戦法も、平気でやってくる。
だから、敵の攻撃を落ち着いて見切り、可能な限り回避。避けきれない攻撃だけを迎撃するという戦い方を、徹底的に学んだ。
「ほう……」
瑠阿の身のこなしを見て、流石は魔女、と思う異端狩り。その上で、さらに速く、さらに多く、触手を放つ。
(力眼の魔法!)
自分の反射神経だけでは見切れないと判断し、瑠阿は魔法を使う。
力眼の魔法は、視力を強化する魔法だ。動体視力を高め、通常は視認出来ない霊体や透明なものも、視認出来るようにする。
弾丸のような触手の速度が、瑠阿視点でどうにか目で追える速度まで低下した。
先程と同じ方法で触手をかわし、危険な攻撃だけ防ぐ。異端狩り本体まで、もう少しだ。
「詰みです」
もう少しというところで、瑠阿の手前の地面に擬態していた魔道スライムが、瑠阿を包み込むように襲い掛かってきた。これは、魔力の爆破程度では弾き飛ばせない。
「負けるか!!」
それぐらいの事は想定内。瑠阿はスカートのポケットから、固め薬を出して、スライムに振りかけた。
今まさに瑠阿を包囲して捕まえようとしていたスライムに、あらゆる物を凝固させる薬が混ざる。スライムの動きが鈍くなり、止まった。固まっている。
「はっ!」
これなら吹き飛ばせる。瑠阿は杖を叩き付け、スライムを粉砕した。
「そこだぁっ!!」
とうとう、射程距離に異端狩りを捉えた。
魔力を杖に込める。しかし、使うのは爆破攻撃ではない。
(あたしじゃ魔道障壁は破れない。だから!!)
使うのは、目眩ましのフラッシュバーン。攻撃すると見せかけて放てば、確実に決まる。
「はぁっ!!」
瑠阿は異端狩りの顔面に杖を叩きつけ、閃光を炸裂させた。
だがその瞬間、異端狩りが砕け散った。
「!?」
フラッシュバーンに攻撃力はない。ただ強い光を浴びせて、目眩ましをするだけだ。砕けるはずはない。
理由はすぐにわかった。砕けた異端狩りの肉片が、液体に変わったのだ。
瑠阿が攻撃した相手は、異端狩りではない。
「しまっ……!!」
気付いた時には、瑠阿は手足を触手に絡め取られていた。
「惜しかったですね」
何もない空間で液体が弾け、その中から異端狩りが現れる。
今倒したのは、異端狩りが魔道スライムを擬態させて作った、分身。本物は自分の身体にスライムを纏わせ、それを周囲の景色に擬態させる事で、隠れていたのだ。
先程の擬態と不意討ちの時点で、これが出来る事に気付くべきだった。ヒントはあったのだ。絶対に見落としてはならない事を見落としていた事に、瑠阿は自分の未熟さを痛感する。
「あなたの実力は私の想像以上です。しかし、その戦い方は小細工の域を出ない。やはりあなたの力では、イゴールを倒す事は不可能です」
瑠阿を無力化し、異端狩りは瑠阿に近付く。
「まだ仲間がいますね? それも、我々異端狩りに対抗出来るほどの実力者が」
(気付かれた!)
よく考えてみれば、すぐわかる事ではあるのだが、確認の為に瑠阿と戦ったのだろう。
「今すぐ呼んで下さい。さもなくば、あなたにも痛い目に遭ってもらいますよ」
瑠阿の首に触手が絡み付き、締め上げる。
「瑠阿!! あっ!?」
真子も、いつの間にか接近していたスライムに捕らえられ、同じように首を締められた。
「真子……!!」
「さあ言うのです。お友達がどうなってもいいのですか!?」
異端狩りは真子を人質に、瑠阿に迫る。しかし答えたところで、二人とも殺されるのがオチだ。
「瑠阿、言っちゃ駄目……!!」
それがわかっている真子は、瑠阿に言わないよう言うが、触手は首を締める力を強めた。
「黙りなさい。さあどうするんですか? 言えば助かりますよ」
嘘だ。そんなつもり、絶対にない。答えても答えなくても、絶対に殺す。
(メアリー!!)
どうにもならない。何も出来ない。瑠阿に出来たのは、心の中でメアリーを呼ぶ事だけだった。
「何してるのかな?」
その時、メアリーの声が聞こえて、直後の複数の銃声が聞こえた。
そのまた直後、スライムが砕け散り、瑠阿と真子が引き寄せられた。メアリーの手元まで。
「メアリー!!」
「メアリーさん!!」
「二人とも、よく頑張ったね」
メアリーは自分が来るまで必死で耐えていた二人に、称賛の言葉を贈る。
「僕が来たからにはもう大丈夫だよ。さ、離れてて」
それから二人を離し、異端狩りの前まで歩いていった。
「言う通りにしましょう。あたし達は邪魔よ」
「……うん」
瑠阿に手を引かれ、真子は戦いの邪魔にならない程度に離れる。
☆
異端狩りは、メアリーを見て緊張していた。
(強い! これほどとは……)
気配だけでわかる。瑠阿とは比較にならないほど、強い。
「なるほど。あなたが、イゴールを倒したのですね。その圧倒的な魔力……これならイゴールを倒せたのも頷けます」
その強い気配と殺気を前にして、異端狩りの額に冷や汗が流れた。
「しかし、私には勝てませんよ」
そう言って、異端狩りはスライムを纏う。
「始める前に言っておくけど、僕は女の子が大好きだ」
「は?」
突然自分の性癖を語り始めるメアリー。
「女の子を見つけると、どうやって口説こうか、血を吸う前にどんなプレイをしようか、いつも考える。でも、それは異端狩りを除いてだ」
異端狩り相手に欲情したりは絶対にしない。憎い家族の敵に、そんな感情を抱く事はない。それくらいの分別はついている。
「そういうわけだから安心してね、瑠阿」
「別に心配なんかしてないわよ!!」
どうも今の言葉は、異端狩りよりも瑠阿に向けて言った言葉らしい。
「……私を馬鹿にしているのですか?」
これは流石に屈辱だったらしく、青筋をひくつかせる異端狩り。
「馬鹿にしてるよ。あんたが異端狩りだってわかったその時から」
対するメアリーはニヤニヤしながら、いかにも馬鹿にしてますといった感じに言った。
「付け上がるな魔族風情が!!」
とうとう怒った異端狩りは、纏わせたスライムから触手を伸ばす。
しかし、メアリーの姿は消え去り、触手は空ぶった。直後、後ろから銃声がして、スライムが硬化して弾丸を防ぐ。
「ほら本性を現した。異端狩りって血の気の多いやつばっかりだから、ほんの少し挑発しただけで、すぐ素に戻っちゃうんだよ」
見れば、後ろにメアリーがいて、ヘルファイアをこちらに向けている。
「異端風情め!! 貴様はこのミルユ・ソイルが始末する!!」
その余裕を見た名乗ったミルユは、スライムにメアリーを襲わせた。
右左、右左と、絶え間なく襲い掛かる、液状の触手。
「な、何あのスピード!?」
瑠阿は驚いた。触手の攻撃速度が、先程自分にやった時とは比べ物にならないほど、速かったからだ。
触手が動いている、程度の事しかわからず、詳細な動きが全く見えない。力眼の魔法を使っても、見切るのは無理だろう。瑠阿と戦った時は、本気ではなかったという事か。
「でも……!!」
真子は興奮している。触手は一本も、メアリーに攻撃出来ていない。全てかわされ、時々蹴りを喰らって弾き飛ばされる。
(何故!? どうして捕らえられない!?)
触手の粘着力は凄まじく、ほんの少しでも触れれば、その瞬間にくっつけて絡め取ってしまえる。
だがメアリーは触れるどころか、蹴っているというのに、全然くっつかず、捕まえられない。
答えは簡単。触手がくっつくより先に足を離しているから。
それだけの速度で蹴られれば、ソニックブームが発生する。つまり、触手は蹴りそれ自体ではなく、脚圧で吹き飛ばされている状態なのだ。
「遅いなぁ。所詮は黒服の雑魚か」
スライムに攻撃する事に飽きたメアリーは、早々に決着をつける事にする。
ヘルファイアとナイトメアを構え、ミルユ目掛けて乱射した。
「くっ!」
魔道スライムには、ミルユに攻撃が飛んできた時、自動的に防御するよう術式が組み込まれている。メアリーの攻撃に対しても、当然反応した。
だが、ヘルファイアもナイトメアも、一発の威力が桁外れだ。もちろん、攻撃の威力に応じて、魔道スライムの防御も厚く、硬くなる。
しかし、それでも相手が悪かった。
「がっ!! ぐああっ!!」
一瞬で何発も飛んでくる高威力の弾丸を、何発も受けきるはとても出来ず、壁の修復も補強も間に合わないまま、ミルユは全身から血を噴き出して倒れた。魔道スライムも、砕け散る。
今回は障壁突破と威力強化も両方使っている。いかに聖装束といえど、耐えられる道理はなかった。
(……おかしい)
メアリーは思った。今の攻撃で、ミルユは即死したはずだ。にも関わらず、まだ魔道スライムにずいぶん魔力が残っている。主が倒れれば、魔道スライムに込められた魔力も、全て霧散してしまうはずなのに。
その時、砕けて水に戻ったはずの魔道スライムが息を吹き返した。
「!?」
「何なの!? 魔道スライムが……」
目を見開いて驚くメアリーと瑠阿。
魔道スライムはミルユの遺体を取り込んで消化すると、ミルユの形に変化した。
「……まさかここまでやる必要があるとは思いませんでした」
変化した魔道スライムは、ミルユの声で喋った。
「驚いたな。自分の魂を魔道スライムに移したのか」
なぜこんな現象が起きたのか、メアリーは分析する。
「これって、憑依魔法!?」
「え、それもしかして難しい魔法だったりする?」
「難しいなんてものじゃないわ。魂に関わる魔法は、全部超高等魔法よ!」
瑠阿は真子に、ミルユがやった事がどれだけ強力な魔法かを説明した。
「私は魔道スライム限定で、死後、自分の魂を憑依させ、魔道スライムそのものに変わる事が出来ます」
憑依魔法は先程瑠阿が言ったように、超高等魔法で、習得出来る者が限られている。
だがミルユは、得意な魔道スライムの扱いを活かす為、魔道スライムにだけ、憑依出来る憑依魔法を習得したのだ。
「ここから身体を、また元の人間に再構築、固定するまで、どれだけの魔力と時間が必要になるやら……まぁ、あなたを倒せると思えば、その苦労には目を瞑りましょう」
魔道スライム化したミルユは、メアリーに襲い掛かった。飛び掛かりながら、腕を液状の触手に変えて伸ばす。
魔道スライムになったといっても、メアリーにとっては能力が少し上がった程度だ。普通にかわして、弾丸を叩き込む。
放たれた三発の弾丸は、狂いなくミルユにぶち込まれた。だが、ミルユはすぐに身体を修復し、また腕を伸ばしてきた。
「!」
それを見て両腕を破壊するが、再生する。
「無駄ですよ! 今の私は不定形の魔道スライム! いかなる攻撃も受け付けません!」
メアリーがいくら攻撃しても、液状不定形な魔道スライムの身体は再生し、ダメージが入らない。殺す事が、出来ない。
「魔法にも物理攻撃にも強く、いくらでも再生する。私こそが完全にして、完璧な生命体なのです!」
全身から硬化したスライムの矢を飛ばし、勝ち誇るミルユ。確かに、こんな存在を殺す方法は、存在しない。
「つまりあんた不死って事?」
と、メアリーはミルユに質問した。
「当然です! 私は誰にも殺せない!」
明快に解答するミルユ。
「そっか。不死でよかった」
「は?」
答えを聞いたメアリーは笑う。笑って、ナイトメアの銃口をミルユに向けた。
その瞬間、メアリーの身体から、白く輝くオーラが溢れたかと思うと、それはナイトメアの銃口に吸い込まれた。
その上で、メアリーはナイトメアを発砲する。弾丸は気持ちがいいくらい正確に、ミルユの胸の中心を撃ち抜く。
それを見て、ミルユは再び嘲笑う。何をしたのかはわからないが、何をしようと自分は死なない。
「無駄だというのがまだわからないのですか!? どんな攻撃を繰り出そうと、私は絶対に……っ!?」
しかし、変化はすぐに現れた。魔道スライムの身体が、撃たれた箇所から急速に制御出来なくなっていく。それだけでなく、意識が遠退き始めた。
「い、一体、何を……!?」
「言い忘れてたんだけどさ、僕、ダンピールなんだよね」
「だ、ダンピール!? そうか……そういう、事か……!!」
メアリーが何者かを理解し、自分に起きている現象を理解し、理解してミルユは、崩れ落ちた。
「ど、どうなったの?」
「……死んだわ」
「えっ?」
崩れたミルユからは、一切の魔力を感じない。これが意味する事は、ミルユが死んだという事だ。
戦いが終わったと判断し、瑠阿と真子は駆け寄る。
「メアリーさん! 今、何をしたんですか?」
「ダンピールの霊力を使ったんだ」
「やっぱり……」
瑠阿は、メアリーがやった事を理解していた。
ダンピールは、吸血鬼の力を中途半端にしか使えない。しかしその代わりに、血に特殊な霊力が宿る。
メアリーは、この霊力を弾丸に込めて放ったのだ。ダンピールの霊力は、死なない者を殺す事が出来る。
不死殺しの霊力。再生を繰り返す者ならその再生を妨害し、死なないなら強制的に命を断つ。その霊力を喰らってしまったミルユは、憑依の魔法を破壊され、息絶えたのだ。
「すごい……強い上に死なない相手もやっつけちゃえるって、流石ですメアリーさん!」
「ダンピールの特権だよ。といっても、これは僕を育ててくれた父さんと母さんの愛情のおかげなんだけど」
真子はメアリーを褒める。
「ところで二人とも、ひどい事されなかった?」
「そりゃもうされましたよ。水責めされまくって、私も瑠阿も危うく殺されるところだったんですから」
「水責めかぁ……僕はてっきり恥ずかしい事をされたのかと……」
「そんなわけないでしょ!!」
瑠阿は怒った。本当に危なかったのだ。
「ごめんごめん。遅れたお詫びに、今日は今から君たちのお願いを何でも聞いてあげるよ」
「ホントですか? じゃあいろいろお願いしちゃいますね!」
「瑠阿も、今日はいっぱい甘えていいからね」
「……子供扱いするな。ばか」
結界が解けて、元の景色に戻った街を、瑠阿は歩く。
(どうしてあたしは、素直にお礼が言えないのかしら)
命の恩人に対して、今の言葉はないと、自己嫌悪に陥りながら。
「待ってよ、瑠阿!」
「瑠阿!」
そんな彼女を、二人は追い掛ける。
その後、瑠阿は憂さ晴らしをするかのように、ケーキを食べまくったという。
☆
ここは、異端狩りの国、オルベイソル。そして、異端狩りが拠点とする、バレーア大聖堂。
この廊下を、青い装束に身を包んだ女性が歩いていた。
「メタイト先生」
やがて、白い装束を纏った初老の男性に、声を掛ける。
「おや、ティルアではありませんか」
「一時間ほど前からジンの姿が見えないのですが、何かご存知ですか?」
ティルアと呼ばれた異端狩りは、ある異端狩りを探していた。
「イゴールとミルユが何者かに倒されたと話したら、喜んで出かけていきました」
「あの二人が……」
ティルアは二人の事を知っている。もうすぐ赤服への昇進試験を受けるところだった。
「あの二人が倒されるとは……待って下さい。今、ジンが出かけていったと言いませんでしたか?」
はた、とティルアは、メタイトに聞き返す。
「ええ、出かけていきましたよ」
「どうしてそれを早く言って下さらないのですか。私がいないと収まりがつかないと知っておられるはずなのに」
「私もあなたを探していたのです」
どうやら、二人はニアミスしていたらしい。
「すぐに発ちます。行き先は?」
こうなったらもう、一刻の猶予もない。すぐに彼に追いつかなければ。
「日本の葵町です」
「ありがとうございます」
ティルアはメタイトに礼を言うと、すぐにジンを追い掛けた。