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初投稿です。よろしくお願いします。

「お父さんと結婚する!」


 そんな娘に対して、俺は苦笑を浮かべるしかない。本来ならば、それは出来ないことなのだと嗜めるべきところだが、頬が緩んでしまうのを俺は止めることはできなかった。これで叱ってもしまらない。普通の男親であれば一人娘から、そんなうれしいことをいわれて、嬉しくないわけがないのだった。


 俺と娘の関係は、世間一般でいうところの普通とは、ちょっとかけ離れている。俺としてはそれほど気にすることではないと、前までは思っていたが、今はその考えも少し変わりつつある。無論、娘への愛情が冷めたとか、娘以外に愛する人ができたとか、そういった話ではない。血が繋がっていないのだ。しかし、今も変わらず、その愛情だけはあの頃と何一つ変わってはいない。孤児を男手1つで育て上げ、結婚もしない俺に対して、周りの人たちは同情したような風を装って慰めの言葉をくれるけれど、その同情は見当違いというものだ。


 だからこそ、俺と本気で結婚をすることを望んでいる娘に対して、しっかりとけじめをつけるべきであった。


 俺、ジェイムス=f=ジーベントと、娘のキャロル=ジーベントとの出会いを少し説明しよう。それは、12年前。戦後の治安維持活動を行っている時だった。

 隣国との長い戦争がこちらの国にとって、有利な結果で決着を迎えた。人々はそれを喜び、俺たち騎士団と共に戦った一般兵たちは、国の英雄として迎えられた。だが、喜んでいられる時間はそう長くは無かった。


 長きに渡り、戦争を行ってきた互いの国は、いつしか総力戦となり、どちらかが倒れるまで引くに引けない状況になった。国は、戦時中という理由で、国内の人、金、食料、衣類、剣、鎧、最低限を残して、国に徴収された。


 人々の暮らしは、極限状態の中で、行われていた。最低限は保障されたが、だとしても、治安は悪くなったし、飢餓も出た。行き場のない、不満や憤り、不安、恐怖は、立場の弱い人たちを、さらに追い詰めることになった。力の強い者が、物資を独り占めしたのだ。その結果、弱い者たちに物資が行き渡らない状況になり、餓死者、浮浪者、孤児が街の至る所で横たわり、命が尽きるのをただ待つばかりであった。そんな中、ようやく戦争は終わりを迎えた。


 国は、確実に疲弊していた。戦後、もはやその人たちの全てを救うことは、不可能だった。


 俺たち騎士団は、戦地から帰る道すがら、その光景を見ていた。戦争には勝利したが、それを素直に喜べる奴は誰一人として存在しなかった。俺たちは、それでも目の前の不条理に抗った。ある者は、自らの食料を飢える人たちに分け与えた。だが、その僅かな量では、命尽きるまでの時間を少し長くしただけであった。ある者は、人々を慰めて回った。だが、死に行く人たちに、投げかける言葉は持ち合わせていなかった。ある者は、せめて苦しむ時間が短くなればと、自らの剣で飢える者たちを殺していった。だが、そんな自分を責めた彼は、自ら命を絶った。涙を流す者がいた。救いを求める者がいた。祈りを捧げる者がいた。だが、誰一人として、運命を変えることはできなかった。


 戦争の2次災害ともいうべきその光景は、もはや表現する言語を持たない程、悲惨なものであった。戦争が終わり、平和が訪れると妄信していたあの頃、声にならない者たちの声が無為に消えていくのを見て、心が音を立てて折れるのを聞いた。


 その絶望の中、瓦礫の中で笑う赤ん坊を見つけたときに、希望をそこに見たのはきっと、俺だけではなかったはずだ。


 俺は、その赤ん坊にキャロルという名前を付けて、大切に育てた。


 それが、俺と娘の出会いだった。



「お父さん」


 朝食時。今日も代わり映えのしないパンとスープが机には並んでいる。その机を挟んで向かい側に座っている自分の娘であるキャロルが自分のことをそう呼んだ。


 その声は、いつもより幾分か嬉しそうな色を纏っていた。


 俺は、どうしてそのように自分の娘が嬉しそうなのか検討が付き、これより先をなるべく聞きたくなくて「なんだ?」と少し、ぶっきらぼうに返す。


「えっとね。私もうすぐ13歳でしょ」


 やはりか。と思った。


「そうだな」

「だから私、もうすぐ成人なのよ」

「そうか…」


 万感の思いを込めて呟く。これまでの12年間、たくさんのことがあった。初めて、お父さんと呼んでくれたのはいつだっけか。そう考えることで現実から目を逸らす。最近、遠く思いをはせることが多くなった。


 年かな。と思う事にした。


 キャロルはというと、頬に手を添えほんのりと赤く染まった顔を隠すようにしながら、上目遣いでこちらを見ている。


 かわいい。自分でも娘びいきが過ぎると思うが、それは紛れもない事実だから仕方がない。


 キャロルは、その先を言うか、言うまいか、迷っているようであった。だが、言葉にできないため、こちらをチラチラと見て、何かをこちらへ伝えようとしている。でも、その内容を頭の中で考えてしまい、自分が恥ずかしくなって、こちらの顔を直視することができないのだろう。


 そこまで、娘の内心が読めた。12年間もの父親生活は伊達ではないのだ。


 だからこそ、ここは父親らしくきっぱりと否定してあげなければならないのだ。


 だとしても、どのように伝えるのが正解なのか。


 これまで、1回も試みなかったわけではない。何回も父と娘は結婚できないのだと、諭してきた。だが、どこでどう子育てを間違えたのか、そんなことは関係ないのだと、娘は主張した。なぜなら血のつながりはないのだから、と。


 しかし、それは認められない。世間体もよろしくないし、なによりキャロルは俺の娘だ。たとえ血がつながっていなくとも、娘なのだ。そして俺は父親なのだ。娘をそういう目で見ることは、どうしてもできない。


 だから、俺は拒絶し続けるしかないのだが、それも実際、困難なことであった。


 たとえば、「絶対に不可能だ」と、否定してみよう。そうした場合、娘は涙を流し、俺の情に訴えかけてくる。「こんなに好きなのに」と。そうすると、もう俺には打つ手がなくなる。娘を泣かせてしまったことに対して、罪悪感で何も言えなくなる。


 また、「親子でそういうのは駄目だ」と、諭してみよう。そうした場合、「血がつながっていないから大丈夫だ」と、むしろ喜色満面の笑顔で、逆に俺を諭そうとしてくる。この点、娘は最強の武器を持っているのだ。年齢とか、世間体とか、父親と娘という禁断の関係とか、愛の前では些細なことで、互いに愛し合っていれば問題など考えるに値しないことなのだと、つまりそういうことだった。


 だから、ここは慎重にならなければならない。


「な、なぁ、キャロル」

「なぁに?お父さん」


 俺は、次の言葉をいうことができなかった。


 キャロルは、先ほどとは打って変わって、とても不安そうな顔をしていたのだ。時々見せるその表情から、俺は何も感じ取ってやれないのだった。

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