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EP5 「目覚め」

目の前の士朗は涼の反応を見て楽しんでいるようであり、涼を追い詰めまいと更に言葉を紡ぐ。

「君は疑問に思わなかったのかい?この娘の特異体質の存在がなぜ知られているのか。とか。普通得体のしれない怪物が人間と融合するとは想像しないだろう?」

 士朗はゆっくりと涼に近づき、どうすればいいか迷っている涼を指した。

「元々特異体質は理論上の存在でしか無かった。被験体は3人しかいなかったからね」

「3人?」

「そう3人だ。野澤誠、真澄、その娘の香澄の3人だ。けど適合できたのはたった1人。それも予想を遥かに下回る劣化品として完成した」

 士朗が上げた名前を聞いて涼の中に疑問が浮かんだ。涼の名前が入っていないのだ。

「じゃあ、俺は、俺はなんだってんだよ。その話が違うじゃねえか!」

「おや?君は何も聞いていないのかい?その適合した野澤香澄というのは君だよ?君は彼女の細胞から作られたクローン。別に死んでも問題ない存在として作ったんだよ。大國君がさ」

 気がつけば、涼の体は既に動き始めていた。怪物へと変異した愛が士朗へと向けられたすべての攻撃を受け止め、体中に巻きつけられた鎖で涼を拘束しようと、それでも涼は獣のごとく暴れた。涼は自分がそんな非現実的な存在であることを否定したかった。自分は基本的には普通の人間なのだと思いたかった。

「しっかしよく出来てるねえ。未だ脱皮も出来ない出来損ないなのに、こうして怒って襲い掛かってくる。まるで人間みたいだ」

 涼は鎖に縛られた体で士朗に体当たりをしようとするも、愛がそれより先に涼を蹴り飛ばして御する。最早涼にできることは殆ど残されておらず、士朗の長い話を聞くほかなかった。

「僕はね。世界のすべてを解き明かしたいんだ。人間の限界を確かめたいと言ってもいいだろうね。でもそれを今するにはいろんな法律やら条約やらが邪魔すぎる。だから、僕は僕が生きやすいように世界を作り変えるつもりなんだ。君も僕の仲間になってくれれば悪いようにはしないさ。どうだい?僕と手を組まないかい?」

「悪いが、お前の話には付き合えないな」

「そうか。なら交渉決裂というやつだね。君はこの場で殺すことにしよう。レジスタンスの希望の星にでもなられたら困る」

 士朗が合図をすると石像のように動かなくなっていた愛がいきなり動き出し、涼を投げ飛ばした。そして涼の拘束を解いて自分の体に鎖を縛り付け、涼が起き上がらないうちに愛は涼に飛び蹴りを叩き込んだ。

「こう見えて僕は寛大だ。いつでも仲間になりたくなったら言ってくれたまえ。歓迎するよ」

 涼は士朗の言葉を聞き届ける前に愛に蹴り上げられ、愛はかなり計算された動きで機械のように涼に攻撃を仕掛ける。涼はなんとか反撃をしようと愛の体を殴りつけるが、愛の体はまるで鉄で固められたかのように固く、怯む様子すら見えない。

「あ、そうそう。いい忘れていたよ。彼女は君と違って成体だからね。当然外殻の硬さだって段違いだ」

 士朗は観客気取りなのかまるで涼をおちょくるように言う。愛は完全な人形へと成り果ててしまったのか、士朗が喋っている間は全く動かない。そして、士朗が喋るのをやめた途端、動き出して涼への攻撃を再開する。ただのパンチやキックだけではない。時折体に巻きつけた鎖をムチのように振るうため、ただ距離を取るだけでは対処できない。

「どうだい?僕の仲間になる決心はついたかい?」

 愛はボロボロになった涼の首を掴み、士朗へ突き出す。

「俺の答えは、変わらないね。世界征服の手伝いなんてできない」

「頑固だねえ。そんなんじゃモテないよ?ある程度は相手に合わせなきゃ」

 愛は涼の体をソフトボールのように投げ飛ばす。涼の体は壁にめり込み、少し意識が朦朧とし始める。

「そうだ。折角の機会だ。君に一つ聞いておこう。どうしてそんなに君は僕の仲間になることを拒む?強い権力になるやつについた方が合理的だろう?」

 壁にのめり込んだ涼に士朗が近づきながら問いかける。涼の意識は今にも途切れてしまいそうなのだが、それでも涼は頭を働かせて言葉を紡ぐ。士朗の理想を否定しようと言葉を放つ。

「お前だけが……居心地がいい……世界なんて……絶対、間違ってる……からだ……」

「そうかい。ま、何が正しくて間違ってるかなんて僕が作りなおすから、コイツはちょっとイジる程度で使えそうだ。じゃあ、あとはやっといてくれるかな。死体が原形を留めてさえくれればいいからさ」

 士朗は涼に背を向けて歩き出す。涼は必死になって起き上がろうとしたが、そうなる前に涼の意識は暗闇の中へと消えていった。



 暗闇の中、涼は僅かな光を感じた。暗い水底に沈んでいるような感覚の中、涼は必死にもがく。その光を目指してもがく。水の中を泳ぐようにしてその光を目指し、涼はやっと思いでその光の所に届いた。

 目の前に広がっていたのは、少し白いモヤがかかった海岸だった。それも、テントやパラソルなどが見えている。しかし、波の音などは全く聞こえず、ただただ無音の世界が広がっている。

「海水浴場……?」

 涼が海の方へ目をやると、まるでアニメのモブのように白で塗りつぶされた人影が海を泳いでいたり、砂浜を走り回ったりしている。

 その中、たった2人だけ鮮明に見える人間が涼の目を引いた。それは小学生ぐらいの少女と、それを追いかける中高生ぐらいの少女だった。

 涼はそれが誰だかわかるのに時間がかかったが、中高生ぐらいの少女の顔がどこかさくらと重なり、愛とさくらの姉妹だと分かった。涼は試しに幼い愛に触れようと近寄るも、愛の体は涼の体を突き抜けて行き、直後にさくらも涼の体を突き抜けていく。まるで涼が最初からそこに存在しないもののであるかのように2人は振る舞い、涼が何度触れようとしても通り抜けてしまう。

 涼は他にすることがないので、しばらくその2人を眺めている事にした。2人はただ延々と海水浴を楽しみ、ついには2人で競泳ごっこを始めたりしていた。

 愛は持ち前の才能でもあったのか、さくらを悠々と追い抜き、最終的に愛がぶっちぎりでさくらに勝利していた。そして海から上がった愛はさくらに頭を撫でられ、何か褒められているようだった。

「うん!わたし、大きくなったらすいえーの選手になる!」

 愛が満面の笑みで放ったその一言だけが、音の無い世界に響く。涼はてっきり音のない世界だと思っていたが、意表を突かれた。

 しかし、その直後、世界に静止が起こった。まるで一時停止を押したかのように世界が止まり、周囲のすべてが静止する。そして空の端が何かに食い破られたかのように削れ始め、それだけじゃなく、砂浜の端も同様に削れていく。まるで黒い絵の具が攻めてくるかのようにも見えるその現象は、はっきり言って異様だった。そして、涼の目の前に馬の怪物が現れた。愛が変異した物と非常に似た外見のソレは体中に鎖が巻きつけられていない代わりに、三角形の意匠が所々に見受けられ、外見もどこか木製のように感じられなくもない。

「怪物はどこの世界も同じってわけか……」

 涼の体は怪物へと変貌し、馬の怪物へと殴りかかる。目の前の化物は愛が変異したモノと似ているが、強さだけは愛とは全く似ていなかった。どちらかと言うと目の前のモノは野生の獣といった色が強く、あまり脅威には感じられなかった。

 涼と怪物の戦いは涼が優位な方向に傾いていた。しかし、世界を黒く蝕まれていく速度がどんどん早くなっていき、どこか涼の中にも焦りが生まれる。一方の怪物は焦る涼の隙を突いて一方的に攻撃を仕掛けていく。

 涼はなるべく早く怪物を倒してしまおうと焦るも、目の前の怪物はすり抜けるように攻撃をかわしていく。攻撃が当たらないせいで余計に涼は焦り、次第に怪物に圧されていく。がむしゃらな動きは完全に見切られ、今度は涼が地面を付いた。

 既に空は真っ黒に塗りつぶされ、視界の端で水平線から海が食い破られていくのが見える。その時、涼の脳内に次々と映像が流れ込んできた。

 ドーナツ屋でドーナツを食べる映像。

 星空の下で涼と話している映像。

 そして、怪物に襲われて涼に治療されている映像。

 流れ込んでくる映像はどれもこれも主観視点のものばかりで、涼も知っている光景の映像も多い。しかし、その中で、1人だけ欠けている人間がいた。愛である。愛の姿だけが映っていないのである。どれもこれも愛の姿だけが存在しない。

(そうか。ここは……愛ちゃんの心の世界だったのか……)

 涼の頭が導き出した答えはそれだった。流れ込んできた映像は全て愛の記憶だったのだ。それしか答えが見つからなかった。映像の中の人物はすべてコチラへ目線を向けるが、どの状況においても誰かがカメラで撮影をしていた記憶は一切ない。それに、この変な世界も愛の記憶から再現された世界と言えばしっくり来るような気がする。

「どういうわけでこうなったか知らないけど、これは好都合だな……」

 涼はゆっくりと立ち上がり、目の前の怪物を見据える。怪物の動きは何故か遅くなっており、ぜんまい仕掛けのおもちゃのようなぎこちない動きになっている。涼はこれを好機と見て腰を落として構えを取り、怪物にムカって駆け出す。そして怪物が眼前で跳び、そのまま飛び蹴りを食らわせる。

 動きが鈍くなっていた怪物に抵抗する術はなく、涼の飛び蹴りを食らい、粉々に砕け散った。これまで相手にしてきた怪物とは違い、コアは排出されず、中に入っていた“モノ”が露出した。それと同時に世界が食い破られていくのが止まり、逆再生をするように戻っていった。

 そして倒された怪物の残骸が起き上がり、中に入っていた“モノ”が涼に歩み寄ってくる。涼は警戒の必要はもうないと思い、変異していた体を元に戻す。

「やっぱお前だったのか」

 怪物の中に押し込められていたのは愛だった。しかし涼が知っている愛よりも一回り成長しているように見え、どこか落ち着いているようにも見える。

「ありがとうございます。私を助けてくれて」

「別にどうってことないよ。俺はただいつも通り、目の前の怪物倒しただけだし」

 涼はそっけない態度を装ったが、愛はそれを否定するかのように首を振った。

「ここは、私の心の奥底の一部。私の夢を司っている部分です。あと少し、遅かったら、私の心は完全に怪物になってしまう所でした」

「夢、ねえ……」

 愛は感謝の言葉を述べているが、涼の中に、『夢』という言葉が引っかかる。

「よければ、あなたの夢、教えてくれますか?」

「ねえよ」

 涼は迷う時間もなしに即答したため、愛は多少戸惑っているようだった。

「え?」

「夢なんてねえよ。俺はこんな体だし、夢とか全く考えたことねえよ。怪物は怪物らしく同族殺しに励んでたほうが無難だしな」

 愛は機械的な口調で自嘲する涼を否定しようとするも、涼は間髪入れずに「でも」と話を切り替える。

「1つだけ分かったことがある。俺みたいな怪物が夢を見ることが難しくても、夢を守ることぐらいはできるってな。怪物を倒せば少なくともソイツの安全は保証されるわけだし」

 涼の表情は少し明るいものであり、自暴自棄のようなものは一切見られない。そして、涼の足が少しずつ1と0に分解され始め、涼が消滅し始めていた。

「時間はかかるかもしれませんが、必ず私の心は元に戻るはずです。ですので、後は体のほうをお願いします」

「ああ、分かってる。約束する」

 涼の消滅の速度は徐々に早くなっており、最早胸の所までが消滅し始めていた。愛は涼の言葉を聞き届けると、少しだけ笑顔を作り、涼がそれを見届けると同時に涼は完全に消滅した。



 水面に浮かび上がるかのような感覚の中、涼の意識は覚醒していった。涼が目を覚ますと、そこはだだっ広いコロシアムのような場所であり、自分が十字架に磔になっているのに気づいた。

「驚いた。まだ生きていたとはね」

 観客席にて士朗が呟いた。その手にはポップコーンがあり、手元にストローの刺さったドリンクが用意されている。

 そして目の前には怪物へと成り果てた愛が立っている。その手には巨大な鉈が握られ、涼を処刑せんとしているようだった。

 涼は全身に力を込め、鎖を引きちぎる。それと同時に体中が変異し、醜い怪物の姿へと変貌を遂げる。涼の体は悲鳴を上げ、既に肩で息をしているかのような状況である。

「やっぱり叩きのめした程度じゃそう簡単に死んでくれないか。専用の鉈を用意して正解だったよ」

 士朗はドリンクを一口飲むと愛に目をやり、命令を送る。愛は少し鈍い動きで鉈を構えゆっくりと歩いてくる。涼は愛に向かって駆け出し、持っていた鉈を抑えこみ、持ち手を蹴り上げて鉈をはたき落とす。涼はそのまま愛の首に手を伸ばし、全力で掴みかかる。涼は怪物と化した愛の外殻とは別に、柔らかい人肌のようなものの感触を感じ取った。

 涼は全力でそれを掴み、掴んだものを引きずり出す。一瞬だけ怪物の体が引っ張られるような感覚があったが、すぐに中身が引きずり出された。

 涼が掴んでいたもの、それは愛の体だった。愛は気を失っているようでぐったりとしていた。涼は少し離れた所に愛を寝かせた。

 一方の中身を取られた怪物は、もがき苦しみながら愛が寝かされている方向へと向かう。どこかおぼつかない足取りで全身から黒い煙のようなものを吹き出しながら怪物は進んでいき、涼は怪物の懐に踏み込んで殴り飛ばした。

 全身から黒い煙を勢い良く吹き出しながら転がり、その外殻が剥がれていく。内面は愛の心の中で戦った個体と酷似していて、それに中身の愛を抜き取られてかなり弱体化しているようだった。

「おーすごいすごい。まさかそんな手品ができるなんて」

 観客席の方から士朗が手を叩いて賞賛しているのが見える。涼は士朗を無視して懐に踏み込み、全力で殴り飛ばす。不安定だった怪物の体は涼の一撃で崩れ去り、コアが士朗の手元まで飛んでいった。

「あー残念。しかし試作品でも潜在能力次第では使えるという事が分かったから収穫はあったね」

 怪物のコアはそのまま士朗の体内へと溶け込んでいき、士朗は観客席の上から勢い良く飛び降りた。観客席から涼がいる場所までは2~3メートルぐらいはありそうなのにも関わらず、士朗は飛び降りても涼しい顔をしていた。

「ありがとう。貴重なデータが取れることが証明されたよ。じゃあ、ご褒美といこうかな」

 士朗が指を鳴らすと士朗の全身が変異した。燃え上がる炎のように両肩と頭頂部からトゲが生えたヤマアラシの怪物へと士朗は変異し、自分の姿を見せびらかすかのようなポーズをとった。

「どうだい?僕と僕の子供コラボは?」

 士朗は軽く回ったりして涼にその姿を見せつける。愛が変異した怪物と同じく、全身に鎖が巻きつけられているせいでかなりの音が鳴る。

「どうやら気に入らないみたいだね。僕は気に入ってるんだけどなあ……」

 士朗は完全に油断しているように見え、涼はすかさず懐に飛び込み、一発殴りつけようと構えをとった。

「おっといけない」

 しかし士朗の体表面からいきなり何本ものトゲが飛び出し、涼はその直撃を受けた。涼は士朗から距離を取るも、何本かがまだ涼に刺さったままで涼の体の一部が痛む。

「素晴らしいだろう?中々いい感じに改造出来たと自負しているよ」

 士朗はゆっくりと涼の下へ歩み寄る。涼は士朗に近寄るのは得策ではないと分かったため、士朗から逃げまわる格好となってしまう。

「君は僕の理想が気に入らないんだろう?ならそんなコソコソ逃げまわってないでかかっておいでよ」

 士朗は余裕の姿勢を崩さず、ゆっくりと涼へと歩み寄ってくる。涼も逃げまわってこそいるものの、愛を戦闘に巻き込まないようにするとどうしても動ける範囲が限定されている上に、体が悲鳴を上げて頭も少し回らなくなる。

「これで分かっただろう?所詮君なんてその程度のもの。確かに君は中々優秀と言えるだろうね。実際に良い感じに成長してる。でも結局創造主たる僕には絶対に逆らえない」

 涼は反論しようとするも、全身の痛みのせいで口が上手く動かせない。オマケに全身に走る痛みのせいで涼の外殻にはヒビが入り始めており、今にも倒れてしまいそうだった。

「ましてや、君は成体ですらない。ただ気に入らないからっていう理由だけで僕に刃向かうなんて無意味だ。止めた方がいいだろうねえ」

 涼は一度逃げるのをやめて士朗と対面する。中々回らない頭で必死に士朗への対策を考える。しかし、あと一歩という所で答えが出ない。

「結局、君は誰かに命令されて戦ってるのがお似合いなんだよ。人間モドキが人間ごっこをして楽しいかい?」

 涼の外殻は少しずつ崩れ始めていて、今にも涼が死んでしまいそうだった。

「うーん。ますます君を殺してしまうのが惜しくなった。どっちがいい?自分の意志で僕に従って僕の手伝いをするのと、人形として僕の手伝いをするか。好きな方を選びなよ。大丈夫。僕が全部作ってあげよう。何が正しくて、何が悪いのか。そうすれば君も気持ちが良いだろう?」

「い……や……だ……」

 涼の外殻はとうとう限界を迎え、崩壊が始まった。しかしそれでも涼は士朗に従うことを拒んだ。

「あっそう。じゃあ君とはバイバイだね」

 士朗は全速力で走り出し、涼にとどめを刺さんと全身からトゲを発生させて涼を串刺しにしようとする。涼の外殻はそれより早く完全に崩壊し、中から白い光が飛び出し、士朗に肉薄する。士朗は間一髪で避け、涼を方を向き直るも、そこには涼の外殻の残骸があるだけで誰もいなかった。

 士朗は急いで光が飛んでいった方を向く。そこには見覚えのない白金色の怪物が立っていた。そのシルエットはかなり細くなっていて、ほぼ人間と言っても差し支えないシルエットになっていた。2本の角と、背中からマントのように垂れ下がった3対の羽が異様に目を引く。

「ああ、そうだよ。俺は今まで何も考えず、姉ちゃんの言いなりで戦ってきただけだったよ。それが正しいと思ってたし、俺にしか出来ないと思ってたからな」

 その怪物は涼の声を発しながら振り返り、構える。シルエットが大幅に変わり、最初は全く分からなかったが、目の前の怪物こそが成体へと変わった涼だと分かった。

「でも今決めた。俺は、誰もが自由に夢を見られるような平和な世界の為に戦う。誰かが人の夢を踏みにじるような世界なんて絶対にさせない」

 最初は成体へと変化した涼を見て興味津々だった士朗だが、直後に涼の決心を聞いてため息をついた。

「全く、結局変わったのは外見だけか。中身はフォーマットしたほうがいいねこれは。来なよ。どの辺がどう変わったのか見せてくれ」

 士朗は挑発するような構えを取り、涼を待ち受ける。涼もそれに応えるかのように士朗に挑む。涼は士朗に殴りかかり、士朗も右腕でそれを受ける。士朗はカウンターとして右腕から針を出して涼の右腕を破壊しようとしたが、何故か針が飛び出ることはなく、涼は受け止められた衝撃を利用して士朗を蹴り飛ばした。士朗はその衝撃を逃しきれずに床を転がった。

「なるほど。そういうことか……。面白い能力だね」

 涼に殴られた士朗の右腕は紫色に変色していて、少しだけ動きが鈍いようにも見える。

「すばらしい。とりあえずそっちの子が取られちゃった今、新しい戦力が欲しいね。君でいいか。いい調教師に出来そうだ」

 士朗は左腕から何本もの針を生やし、涼に突撃する。涼は無効化できるとは思っていても、ダメージは最小限度に抑えたいので下手に攻撃せずに回避に徹している。

「君は進化した事で特殊能力を無効化できるようだね。だけど、結局撃破には至らないから、結局は血なまぐさい殴り合いで負けたら意味が無い」

 涼が攻撃を避けている内に紫色になっていた右腕も元の色を取り戻し、右腕からも針が生えて攻撃の頻度が倍増してしまった。

「オマケに効果も一時的。多分神経系に異常をもたらす一種のウイルスを塗りたくる能力なんだろうね。抗体ができることを考えれば、当然その力だって弱くなる。短期決戦タイプだね」

 涼の弱点を完全に指摘し、涼が回避をするタイミングがズレ始めて涼が僅かにかすり傷を負い始める。涼だって今自分の能力を知り尽くしているわけではない。しかし、士朗に弱点を指摘されて、思考が僅かに鈍り回避が間に合わなくなってくる。

 涼は回避に回るのは不利と判断し、敢えて士朗の攻撃を胴体で受ける。そして脇腹に抱え込むように士朗の腕を押さえ込み、顔面を何度も殴りつける。しかし少々無謀な戦法であったためか、士朗に隙を突かれて逃げられてしまう。追撃しようにもこれ以上体が上手く動かなかった。

「痛てて……。にしても無謀な戦い方をするね。野蛮極まりないよ」

 士朗は殴られた顔を押さえ、少しは堪えているようだった。涼は次の一撃で決めなければならないと思い、全身の力を比較的無事な足へ向ける。そして跳び上がり、背中の3対の背中を広げて全身に走る痛みをこらえつつ士朗を見下ろす。

「次の一撃で決めるつもりか。いいだろう。僕もお相手しようじゃないか」

 士朗も全身から針を生やし、涼へのカウンターの準備を整える。涼も生半可な力では返り討ちにされて負けると悟り、覚悟を決める。しかし、次の瞬間、涼の全身から紫色の鱗粉が散布され、周囲を一瞬だけ紫色の煙が覆う。視界を遮るような効果は無かったものの、士朗の全身に生えていた針が消え、全身が紫色に染まっていた。

「こんな広範囲での散布か……。中々良いじゃないか。是非とも欲しいね」

 涼は空中で身を翻し、飛び蹴りを放つ。能力を封じられ、ただの的と化した士朗は涼の一撃を受けて吹っ飛び、壁ギリギリまで後ずさった。

「いいねえ……。本当……素晴らしいよ……。僕も……君みたいな……部下が……欲し……かっ……た……」

 士朗は涼への反撃を行おうとしていたが、間もなく全身から炎が上がり、真っ黒な灰となって崩れ去った。士朗が崩れ去った残骸からコアがゆらゆらと浮かび上がったものの、間もなく派手な爆発音を立てて崩れ去った。

「終わった……か」

 涼は変異していた体を元に戻し、その場に座り込む。どういうわけか傷は残っていないものの、痛みと疲労感だけは涼の体に確かに刻まれていた。

 涼はその場に仰向けになり、全てが終わったことを実感する。そして少し眠ろうとしていた時、いきなり壁が派手な音と共に破壊されて中から巨大な足音ともに巨大な影が姿を現した。

「大丈夫ー?電話しても出ないから迎えに来たわよー?」

 壁の崩壊に伴って発生した硝煙のせいでよく姿が見えなかったが、煙の向こうから日和の声が聞こえてきて涼は少し安心した。

「迎えに来てくれて助かったよ。ここがどこだか---」

 涼はそこまで言いかけて思考が停止した。この研究所跡地の構造を知らない涼がここから帰るのはほぼ無理だったと言っても過言ではないだろう。しかし、涼の目の前に立っている日和が乗っているものを見て、現実を見たくなくなった。なぜなら、日和が乗っているのは3メートル弱はあるであろう巨大ロボットだったからだ。どことなくバイクに似た意匠を持つものの、かなり非現実的な光景だった。

「なにそれ?」

「ん?良いでしょう?私の自信作!コツコツ余った予算と材料かき集めて作ったんだよね。こういう廃墟みたいな中の救助活動にも使えるし、いざって時の殴りこみにも使えるよ」

 目の前で繰り広げられている無茶苦茶な光景に理解するのを拒みそうだった。体に溜まっていた疲労感や痛みも一瞬の内に吹っ飛んでしまいそうだった。

「とりあえず、愛ちゃんを乗せってってくれる?案内してくれれば俺も着いてくからさ」

「いやいや別にそんなこと言わなくて大丈夫よ?」

 日和が手元のボタンを操作すると、一瞬にしてロボットの下半身が側車に、上半身がバイクへと変形して再度合体をする。すると、涼にも見覚えのある、日和が乗り回していたサイドカーが完成した。

「それ、変形したんだ……」

「まあね。街中じゃ変形させられないし。これに乗ってきて正解だったわ。ま、愛ちゃんと一緒に乗ってちょうだい。あなたのメンテナンスできるの私だけなんだし、下手な所で倒れられると困るのよね」

 涼は愛を抱えて側車に乗り込む。日和は一度Uターンをして来た道を引き返す。来る途中で派手に道を開けたのか、道中はサイドカーがかなり揺れたものの、特に問題なく外へと出ることが出来た。ただし、涼達がいたのが地下の奥深くだったので、かなり揺れて涼はあと一歩で酔いそうだった。

 外に出ると日和がすかさず救急車を呼び、愛を駆けつけた救急車の中へと乗せて救急車を見送った。

「で、姉ちゃんはどうしたの?」

「一応家で寝てもらってるわ。一応怪我はなかったみたいだし」

 涼は日和の報告を聞いて少し安堵をした。そして自分が乗ってきたバイクに乗り込み、エンジンを掛ける。

「乗ってかなくていいの?これなら牽引できるぐらいのパワーはあるけど」

「いや。乗り慣れたバイクで帰りたいからいいや。ここにバイクを放置するのはマズイだろうし……」

 涼はでてきた門を見る。来た時は綺麗だったものの、日和が派手に入っていったせいで倒壊寸前の廃屋かと見間違うかのレベルにまで悲惨なことになっていた。

「あっそう。じゃあ帰りましょうか」

 涼も日和もアクセルを踏み、涼が先行をする形で家への帰途についた。

 こうして、無意識から生まれた怪物の騒ぎは終焉を迎えたのだった。

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