EP2 「怪物」
翌朝、目が覚めて元々着ていたブラウスとスカートに着替え、下のリビングに降りる。愛が普段起きる時間と大差ない次巻だが、既に他の面々は起きていて、朝食の支度ができていた。
「あら、おはよう」
リビングのテレビを見ていた日和が愛の気配に気づいて振り返った。愛はそのまま挨拶を返そうかとしたが、テレビに映されている光景を見て硬直してしまった。
画面に映っているは絵面だけなら、ーロー物とカゴライズできるものである。ヒーローショーなんかにいそうなヒーローが映っているのだから間違いない。
しかし、そのヒーローが殺し合いをしているものを、果たしてヒーロー物としてカテゴライズしていいのか愛には分からなかった。
「え、えっと……」
愛は言葉を詰まらせつつ、こんなものを見ている人物を探す。
今この家にいるメンバーの中で、こういったものを見たことがありそうなのは涼しかいない。シーンが切り替わって画面に映ったパソコンの形からして、明らかに最近のものではない。一番考えられるのは涼が思い出に浸りながら見ていると愛は最初に考えた。
しかし、肝心の涼はそんなテレビなどそっちのけで手元のゲーム機で遊んでいる。テレビの方に興味を向けている様子はない。香澄はこの場にいないので除外し、愛の頭はテレビを見ているのは日和、という結論を出した。
(いや……でも……。まさか、日和さんがこんなものを見るわけが……)
「ちょっと日和。朝からそんなん見ないでよ。お客さんだっているんだし」
香澄が朝食の支度を終えて姿を現した。そして、香澄の発言で、テレビを見ていた人物がすぐに分かってしまった。
「良いじゃない別に。うちのテレビ、小さいからここの家のテレビって重宝するのよね」
日和はリモコンを操作してテレビを朝のニュース番組に切り替えると、食卓についた。涼もゲームを中断して食卓につき、先に席についていた香澄に促されて愛も座る。
「さて、いただきましょうか」
朝食の準備が完了し、食事をとろうとしていた時、それを遮るかのように突然のチャイムが鳴った。
「はーい」
香澄が持っていたはしを一度机に置いて、玄関の方へ向かう。そしてしばらくして、香澄と共にさくらがやって来た。長めの髪を後ろで1つに結い、十字架がデザインされた紫色のワンピースを着ていて、盆休みに実家に戻ってきた時とあまり変わっていないように見えた。
「はじめまして、愛の姉の城戸さくらです」
さくらは軽く会釈をした。日和はそんなさくらを無視して既に朝食を完食しかけていて、涼は少しぎこちない会釈を返した。
香澄はその直後に朝食を手早く食べ終え、さくらにお茶を差し出した。涼もいつの間にか朝食を食べ終えていたので、愛だけが取り残される事となってしまった。お茶を飲んでいるさくらがいるとはいえ、愛は変な疎外感を感じた。
愛は食事を食べ終えて食器を香澄のいる台所へ運び終えると、日和に手招きをされた。
「なんですか?」
「私、ちょっと涼を連れて出かけてくるから、なるべくこの家から出ないようにしてね。怪物がこの家に襲ってくることはまずないから」
日和はさくらに聞かれないように愛に耳打ちをしてきた。愛は怪物の専門家である日和の言うことにとりあえず従っておこうと思い、黙って頷いた。
「じゃ、行ってくるわね。外に涼を待たせすぎるのはわるいしね」
日和は軽く手を振って家を出て行った。大和撫子という言葉が似合うに相応しい容姿を持ちなのに、中身があんな人物だとは愛は全く予想できなかった。
気が付くと香澄は台所におらず、一階の廊下に変な静けさが残された。愛はさくらがいる居間へと戻り、さくらが座っている向かいに座った。さくらはどこか落ち着かない様子で、周囲をジロジロと見渡している。
「ねえ、愛。この家、妙に広いと思わない?」
さくらはこの家の違和感の気づいたようで、それもかなり怪しんでいるように見えた。そして、庭先に何かを見つけたのか、立ち上がって家庭菜園へ出る大窓を開けてベランダに出る。
さくらはベランダに植わっている一本の木に手を当ててじっくりと観察し始めた。ちょうど木は家庭菜園の隅に存在し、特段愛が見たところで何か異変があるようには見えない。
「この木、柿の木ね。まだ青くて小さいけど、実が成ってるわ」
愛は立ち上がって窓のさんに立つ。そしてさくらが柿の木だと言い張る木を見つめると、明らかに葉ではない緑色のものが微かに見えた。
「それで、柿の木がどうしたの?別に庭にあって変なものじゃないと思うけど……」
「柿の木ってのはね、実をつけるまでに時間がかかるの。それにここまでのものにするのには結構手間もかかる。私今園芸部の顧問やってるんだけど、柿の木は面倒だからって却下されたの」
さくらは柿の木から離れると、リビングに戻り、大窓を閉めた。そして、暗い表情で居間のソファに腰かけた。
「ねえ、愛。香澄さんから何か聞いてない?ご両親の話とか」
「ううん。何も聞いてないよ」
「そう……」
さくらは何かに感づいたようで、黙って家の中へ戻ると椅子に座った。さくらはこの家の違和感の正体に多少は気づいているようで、悩んでいるようにも見えた。
「どうしたの?」
「いえ。きっと、あの2人があんまり踏み込んでほしくないことでしょうから、愛もあまり詮索しないようにね」
さくらはそれっきりこの家についての詮索をすることはせず、持ってきた本を読んだりして時間を潰していた。愛はどこかもやもやしたものを抱えながら、居間を後にして家の中をウロウロしていた。そして、自然と昨日香澄に入るのを止められた部屋で足が止まる。
愛は誰も居ないことをいいことに、扉を開けて中に入ってしまおうかと考えた。しかし、扉には閂かんぬきが取り付けられて、とても開きそうには見えない。応急措置的に取り付けられているそれは、バットか何かがあれば簡単に壊せそうなものであるが、そうすれば確実に入ったことがバレてしまう。
「何やってるの?」
愛がこれからどうするかを考えていたとき、またしても声をかけられた。声の主は帰ってきた日和で、愛の行動に多少なりとも警戒しているようだった。
「そこの部屋に何の用かしら?」
「え、ええっと……」
愛は返答に困った。適当にごまかしてこの場を乗り切ろうとしたが、目の前の日和は生半可な嘘が通用するように見えない。一見ただの変人のように見えて、こちらのことをよく観察しているのだ。
「ま、答えたくないんなら、それでいいわ。そこの部屋は地下倉庫への入り口になってるから、足滑らせて落ちたら大変よ」
日和は愛の反応を見てすぐに質問を打ち切った。そして、日和は愛の手を取り、愛に貸し与えられた部屋を通り過ぎ、その隣の客室に入る。
「で、ちょっと協力してもらえるかしら?」
「はい?」
「あなたにしか頼めないことがあるの。別にいいわよね?」
「ええ、まあ……」
ここは日和が使っている部屋のようで、彼女の私物と思われるものが所狭しと並べられていた。今朝見ていたテレビの内容から、日和の嗜好というものは察していたが、こうも部屋中にヒーロー系のアイテムが並べられていると気が滅入る。故に、それらのカテゴリーに該当しないあるものが愛の目に留まった。
「あの、これは?」
愛が手に取ったもの、それは写真立てだった。それに入れられている写真は日和と、セーラー服を着た今よりちょっと幼い香澄、そして愛の知らない女性を中心に写ったものだった。香澄を除く全員が白衣、ないしは作業着を着ていて、どういう集まりなのかが理解できなかった。
「ん?あーそれ?前の職場で撮ったやつ。香澄とはそこからの付き合いなのよね。それは私たちが辞める直前に撮ったやつ」
日和は何か写真撮影でもするかのような準備をしていて、愛が写真に目を向けた事に多少驚いているようだった。
「まあ、そこに写ってるのは昔の同僚ね。ちょっとした研究所みたいな所に勤めてたのよね」
日和は愛から写真を取り上げ、元々置いてあった棚へと戻す。
「さてと、じゃあ早速行きましょうか」
日和は足元のキャリーバッグからコスプレ用と思われる衣装を取り出し、愛に見せる。
「この衣装を着て、写真を取らせて欲しいんだけど、いいかな?協力してくれたら、あの部屋に近づいたこと黙ってあげてもいいわ」
「はい。別にいいですけど」
愛としては、あまり香澄に告げ口されてあまり不都合を感じないのだが、特に断る理由もない。日和の持っている衣装も特段おかしなものには見えないので、日和の頼みごとを引き受けることにした。しかし……。
「違う違う。そのポーズはそうじゃなくて、こう!」
愛は、日和の趣味を大きく誤解していた。愛はよくテレビでヒーロー番組の主役を経験したイケメン俳優を目にしていたので、きっとそれが目当てでヒーロー番組を好んで見ているのだと思っていた。しかし実際は違った。日和は筋金入りの特撮オタクだったのだ。部屋に持ち込んだ目玉のオモチャを飾っておく時点で何となく片鱗を見せていたが、まさかここまでの熱意があるとは思わなかった。
「えっと、こう、ですか?」
愛は今、一般的なリクルートスーツを着せられている。サイズ自体は愛にピッタリなのだが、問題は腰。ジューサーみたいなデザインのバックルのベルトを巻かされ、右手には錠前のオモチャ。今やらされているのはそのヒーローの変身ポーズのようで、愛の演技に気に入らないのか、日和何度も口出しをしてきた。
「そうそうじゃあ、そのまま動かないでねー……。はいオッケー。これでおしまい。悪かったわね。長い時間拘束しちゃって」
「はぁ……」
日和はデジカメのウインドウを見て、撮った写真の出来栄えに問題がないことを確認すると、機材を片付け始め、愛が元々着ていた制服を投げ渡した。
愛も腰につけたベルトを外して制服に着替える。そして愛は、入り口からは死角になっている棚の中に、大量のDVDが収められているのを見てしまい、愛の口からため息が漏れた。
「あ、そうそう。撮った写真は別にネットに上げようとか考えてないから安心してね。ちょっとした自己満足みたいなものよ」
日和は目的を達成して心底嬉しそうだったが、愛は色々と細かい事を支持されすぎたせいで疲れてしまった。愛は疲れた足取りで何とか部屋を出て下へ降りる。もうこれ以上彼女に付き合わされるのはもうゴメンだった。
下のリビングでは、涼とさくらの話が結構弾んでいるらしく、2人の楽しそうな声が聞こえる。愛はそのまま玄関へと向かい、靴を履いて外へと出る。目指すは自分の家。別段欲しいものがあるとかではないが、軽いリバビリのつもりだった。愛は外に出て、自分の家へと歩き出す。ねんざも完全に癒えているとは言いがたいが、走らなければ特別問題はなさそうだった。
「ふぅ……」
涼のバイクに乗って移動していたせいで、あまり気付かなかったが、意外と涼の家からトラックに引かれかけた交差点までは意外と遠かった。走れないせいで実際の距離以上に遠く感じており、ここらへんで一休憩入れたかった。しかし、ここは至って普通の道。そんな都合よく休めるものなど置いてあるはずがない。
そう思っていた時、目の前に肉塊が落ちてきた。それはスーツを着た人の形をしていて、グチャグチャにされて原型を留めているようには見えない。オマケに全身を鋭い針で貫いたかのように穴が開いていて、綺麗な黒のスーツも真っ赤に染まっている。
「えっ……」
最早原型を留めていないない死体だったが、愛には目の前の人物が誰だったのかがすぐ分かった。見間違えるはずもない。何故なら、目の前の人物は愛の父親だったのだから。
愛が不意に顔を上げると、電線の上に変な形の棺桶が立っていた。コウモリのような見た目の“ソレ”はゆっくりと開き、その中身が露見した。目の前の棺桶は、『コウモリのような形の棺桶』ではなく、『棺桶のような形のコウモリの怪物』だったのだ。青銅器のような怪物の翼の内側は鱗が針のようにびっしりと生えていて、どれも赤黒く染まっている。
「ギ……ギギ……」
金属が軋むような音と共に、怪物はゆっくりと電線から降りた。そして、足元に転がっている死体にかじりつき、肉食獣のように貪り始めた。愛は目の前のおぞましい光景に逃げ出そうとするも、足がすくんで尻餅をついてしまった。
怪物によって自分の父親だったものが肉塊へと変えられていく様を見せられ、愛は強い吐き気を催し口を押さえた。そして怪物は骨の髄まで死体を貪り尽くすと、何か足りないと感じたのか、愛の方を向いてゆっくりと歩き出す。愛は急いで立ち上がろうとするも、恐怖のあまり体が言うことを聞かない。
「ギギギ……」
既に怪物は数メートル圏内にまで迫ってきていて、このままではどうなるかは明らかだった。愛は自分の終わりを確信し、目をつむってこれから襲い来る痛みに備える。しかしその時、2回の銃声が鳴り響き、派手な音が周囲に轟いた。愛が目を開くと、怪物が吹き飛ばされていて、ゆっくりと立ち上がろうとしていた。
「やっぱりダメだったか……」
愛が背後を振り返ると、拳銃を持った涼が立っていた。バイクに乗っていないところを見ると、ここまで愛の後をつけて来ていたようだった。
「なーんか怪しいと思ったら、思った通りだったね」
涼はさながら西部劇のガンマンのように拳銃を取り回しながら腰のホルスターにセットすると、例の奇妙なポーズを取り、体の表面を変化させる。一度目にしているとはいえ、涼が変化した姿は愛にとって気持ち悪い“何か”でしかない。
しかし、今回は更にそこから変化があった。涼の外殻の背中の一部が崩れ、そこから昆虫を思わせる薄羽が姿を見せ、額と思われる部分からは触角が起き上がるようにして生えてきた。その姿はさながら脱皮途中の昆虫であるが、その気持ち悪さは相変わらずであり、むしろ中途半端な変化で向上してしまったとも言える。
「さてと、ニュースタイルのお披露目会と行きますか。まだ脱皮しねえみたいだしな」
コウモリの怪物は起き上がって飛び上がり、涼を注意深く観察し始めた。涼も背中の羽で飛ぶかと思いきや、周囲の塀や電柱を足場を足場にして跳んだのだ。背中の羽は足場から足場へ移る時の滑空時にのみ使用され、昆虫みたいな外見をしておきながら、実際にはムササビに近い動きをしていた。
コウモリの怪物はそれに驚きつつも、翼の内側から鱗を弾丸のように発射し、涼を撃墜しようとした。しかし涼は飛び跳ねながらコウモリの怪物ヘ狙いを定めていたため、それらを紙一重でかわしていく。そして涼は電柱を足場にして跳び、宙返りをしてコウモリの怪物にかかと落としを叩き落とす。空中での体制を崩されたコウモリの怪物は派手な音を立てて地面へ落下し、涼は追撃と言わんばかりに空中で羽を広げ、そのまま飛び蹴りを放った。
コウモリの怪物は無抵抗のまま涼に踏み潰される格好となり、全身から黒い煙を吹き出して崩れ去った。そこからまたしてもエネルギー体のようなものがふわふわと浮き上がり、何処かへと飛び去っていった。前回との違いは、前回と比べて飛んで行くエネルギー体の速度が遅く、ポロポロと粉のようなものを撒き散らしていた。
「やっぱ核は破壊できないか。でもダメージは与えたみたいだし、前進はしたかな」
涼は変化を解き、飛んで行くエネルギー体を見送りながら呑気な発言をし、愛に手を差し伸べた。しかし、愛はその手を取るどころか、払いのけた。
「どうして……。どうしてとどめを刺さないんですか……?」
愛はゆっくりと起き上がり、涼に掴みかかった。その声には、多少の怒りのようなものが含まれている。
「あなた、これまで何体もああいったのと戦ってきたんでしょ!?なんでとどめを刺さないんですか!?」
愛は涼の襟を強く掴み、訴えかけるように叫んだ。しかし涼は弁解をするわけでもなく、ただ戸惑っているようだった。
「ソレは無理な話ね」
そんな愛を遮るがごとく日和の声が聞こえてきた。突然の登場に2人の視線が日和へと向かう。サイドカーにまたがっている日和は専門家としてそこにおり、先程までの変人っぷりがウソのようである。
「香澄から聞いてないの?あの怪物は厳密には生物じゃない。こっちが攻撃できる状態と出来ない状態とがあるの。今のところ涼にできるのはああやって人型の怪物になった時だけ」
愛の言葉を突っぱねるかのように日和は淡々と告げた。日和はすぐにサイドカーから降りて涼の腰の拳銃を取り上げた。
「これもダメね。特製の弾丸でもダメージを通すのがやっとじゃあね」
日和は呆れた様子で拳銃をサイドカーの側車に放り込んだ。
「香澄を変に心配させるといけないわ。帰りましょ」
日和は愛に近づいてきて愛の手を引いて帰ろうとしたが、愛はそれを拒んだ。
「どうしたの?」
「いえ、せめて、私の家の帰りたいなって思いまして……」
愛の申し出に日和は少し呆れたようだったが、涼にサイドカーの鍵を放り投げた。
「私も鬼じゃないわ。涼、ちょっと送ってあげなさい。ボディガードは必要でしょ?」
日和は涼に有無を言わさずにそのまま走って帰ってしまった。涼と愛は少し気まずい空気の中サイドカーに乗り込み、涼の運転で愛の家があった場所へと向かうことにした。そして愛の家に辿り着くとそこは規制線が張り巡らされ、昨日突っ込んでいたトラックが無くなっている事を除けばほぼそのままの状態だった。
「どう?なにか感じるものとかある?」
涼は少し不機嫌そうで、口調の何処かに嫌味が見え隠れする。愛は側車から降りて規制線の向こうを覗き込む。周りに特に変わった様子はないのに、愛の家だけが欠けたパズルのピースのように無くなっている。来る前から分かっていたが、愛は今までのことが夢でないことを感じていた。
「ん……?」
愛は瓦礫の下から小奇麗な何かが顔を覗かせているのに気づき、思わず規制線を越えて確認する。愛が掘り起こすと、瓦礫の下から母親の大学の卒業アルバムが出てきた。中身は当時所属していたゼミやサークルでの出来事が中心で、使われているものもどこでも売っているフォトアルバムである。そこには『野澤真澄』なる香澄と瓜二つの女性が写っていたり、若かりし頃の母親がはしゃいでいる写真が載っていた。
しかし、その中でも『荒木士朗』という男がやたら目を引いた。あまり写真に写らず、母親が無理やり写した部分にしか写っていない。どの写真も薄ら笑いを浮かべていたりして気味が悪かった。
「愛ちゃん、もう満足でしょ?早く帰らないとお姉さんが心配するよ?」
アルバムに見入っていた愛は、涼の言葉でふと我に返ってサイドカーの方へ戻る。涼は愛が乗り込むと同時にサイドカーを走らせて野澤宅の方へ戻った。成り行きで母親が作ったアルバムを持ち帰ることになってしまい、愛は多少の罪悪感を感じていた。
野澤宅に到着すると、さくらが家の前で心配そうな表情で立っていた。そして愛がサイドカーに乗っていることに気づくなりさくらが駆け寄ってきた。
「愛!何処行ってたの!?心配したんだから……」
ふらっといなくなった愛を心配していたであろうさくらは、愛の体を見渡す。そして、愛に目立った外傷がない事を確認すると、ひと安心したようだった。
「うん。ちょっと、うちの方に。確かめたくってさ。本当にこれが現実なのかなって……」
さくらは愛の言葉を聞いて愛の頬を張った。あまり力はこもっていないものの、愛は衝撃のあまり頭が真っ白になった。
「何考えてるのあなたは!お母さんだってもういないのに、あなたまでいなくなられたら、私はどうしたらいいの!」
「……ごめんなさい」
さくらに連れられる形で愛は野澤宅の中に入る。それを入れ替わりになるように日和が出てきて涼とサイドカーの運転を代わる。日和はそのままサイドカーを停めてくると言ってサイドカーで走り去っていった。
「おかえりなさい。愛さん」
家の中では香澄が出迎えてくれてくれていた。既に夕食の支度をしているのか、薄汚れたエプロンをしていた。
愛はそんな香澄に軽く会釈をして家に上がる。
「気をつけなさいよ」
香澄はすれ違いざまに愛にそうささやく。香澄側は完全に事態を把握していたようで、愛は自分の全てが見透かされているようで嫌だった。
それからは普通に夕食を摂り、特別おかしなこともなくその日は終了した。さくらは愛と同じ部屋を使うことになり、寝る支度を済ませて愛がベッドに入ろうとした時だった。さくらが愛の右足の異変に気がついた。
「ちょっと愛。その足どうしたの?」
さくらは愛に駆け寄って愛のくじいた足の、湿布を貼っている部分を指先で優しくなぞる。
「これ、くじいてるの?」
「う、うん」
愛の返答を聞いて、さくらはあまり態度を変えず、落胆したような表情になった。
「何があったかは聞かないでおくわ。でも、自分の体は大切にしなさいね」
愛はてっきりこの捻挫した時のことを根掘り葉掘り聞かれると思っていたのだが、さくらはそんなことはせず、あまり追求せずにベッドに入った。愛もそれに合わせてベッドに入り目を瞑る。ベッドの中で、さくらは愛を護るかのように優しく抱きしめてくれた。
そのお陰もあってか、愛は昨日より早く眠りに落ちていった。
時を同じくして薄暗い地下室にて、香澄は手元のファイルを確認していた。それを適当にめくり、何かを見つけると手元のキーボードを操作してパソコンに何かを入力していく。
「姉ちゃん」
作業をしていた時、背後から涼がやって来て香澄に話しかけてきた。
「どうしたの?」
「俺、何のために戦ってんのかなって思ってさ。今日愛ちゃんに言われちゃったよ。なんでとどめを刺さないのかってさ」
涼の声の調子はいつも通りのものだが、その中に自嘲の意も含まれているように聞こえた。香澄は作業の手を止めて振り返って涼の方を向く。そして不安な顔をしていた涼を安心させるように両手を握りしめた。
「あなたはイドの怪物に襲われる人を守るために戦ってるんでしょ?大丈夫。きっと今度こそとどめをさせるから」
香澄は涼を安心させようとするが、涼の顔は一向に明るくならない。
「俺、たまに考えるんだ。俺の力はどういう理由でこうなったんだろうって。この力って本当はどういう使い方をすればいいんだろうって」
「そうね……。そういうのを考えるのは、とても大切なことだと思うわ。でも、戦ってればいつかわかるんじゃないかしら?戦い続ければきっと答えは出るはず。それに、らしくないわよ?」
香澄の言葉を聞いて、涼は鼻で笑った。その表情も少し柔らかくなり、いつもの調子を取り戻したようにも見える。
「俺らしくない、か。ごめん姉ちゃん。あまり慣れてないことだったからちょっと考えすぎちゃったみたい。お陰でスッキリしたよ」
「そう。それは良かったわ。じゃ、お休み」
「姉ちゃんも早く寝なよ?」
「ええ、分かってるわ」
涼は手を振って地下室から出て行った。香澄も深呼吸をして、パソコンの方を振り返ると一呼吸して作業に戻る。
(大丈夫よ、涼。もうそんな悩みを抱えなくて済むように、私が全部終わらせてあげるから……)
香澄の手元のパソコンからは無数のコードが伸びており、それらはすべて机の上に置かれたルーペのようなベルトのバックルへと繋がれていた。