8
あれから、5分ほどしてたどりついた建物を見上げる。
宿屋と言うには少々大きすぎるそこはかつては外装さえ綺麗に飾られていた。9年も経てばさらに磨きがかかっていると思っていたが、今は所々塗装がはげ立派な意匠がこらされたステンドガラスだった窓は木の板が打ち付けられている。こんなことがあるだろうか。
廃れるには9年は短い時間だ。しかし、現実にここは廃れている。
しばし、呆然と見上げていた奈耶はそれでもこのまま立っているだけではいかないだろうと扉に手をかけた。
ドアにも前は金の装飾がされていたはずそれがくりぬかれていて跡だけが悲しく残っている。
ぎぃぃぃ
下はワンフロアまるごとロビー兼レストランのこれまたおしゃれなロココ様式だったはずが今は取り払われている。
カウンターに従業員が1人と客が3人。
少ない。
「いらっしゃい。」
入ってきた奈耶に気づくと従業員の女性が声をかけてきた。
見たところ20代後半だろうかちょっとキツめの目に疲労が顔に出ている。しかしかけて来た声は優しそうだ。
すすっと近づき部屋が空いてるか尋ねる。
「見ての通りどの部屋も空き室だよ。1泊銅貨3枚になるよ」
「とりあえず2日お願いします。」
ポケットから銀貨を取り出し女性に渡す。
「まいど。2階奥の部屋ね。朝食はつける?付けるなら2日で銅貨7枚になるけど。」
「…お願いします。」
「ん、7時以降ならいつでもいいわよ。」
差し出された鍵とお釣りを受け取り頭をさげ階段をのぼっていく。
実はもう限界だった。部屋に入り、鍵をかけ、記憶を引っ張り出しなんとか結界をはった後はベッドに倒れ込むように横になり眠りについた。
__________
朝がきた
身体がバキバキだし、色々臭う。当たり前だベッドは硬いし風呂にはいっていない。未だに寝たりないし、安全でもない。のに夢もみないくらいしっかり熟睡してしまった。それは昨日のあのたかだか数時間程度の出来事でも疲れが相当溜まっていたという事だ。自分で思うよりもずっと気を張っていた。なのに眠気と戦いながら作った結界は結界とは呼べないくらいお粗末なものだった。
ドアをあけただけで崩れるような。
こんな中よく熟睡出来たものだ。宿の中とはいえ決して安全ではないというのに。
「あぁ、ようやく起きたの?おはよ。もう10時だよ。御飯は?」
「お願いします。」
「ん。すぐ出来るよ、ちょっと待ってて」
こちらが声をかけるよりも早く挨拶をし答えをきくとすぐにカウンターの奥に引っ込んでいった。
適当に近くにある席に座る。店内にはちらほらと客がいる。それでも店の大きさに対して少ないが。
「はい、よければ使って」
奥にいったと思ったらすぐにカウンターから出てきて蒸しタオルを渡される。
あったかい
ふきふきと顔を拭う。
柚子の香りがする。
その間にまた女性は奥に入っていき、今度はスープとサラダを持ってくる。
「しっかり眠れたようで良かったよ。ただ、夜は余り女性1人で出掛けない方が良いわよ。腕におぼえがあるとしてもね。最近ギレイスター商会の動きが活発らしいから。それに昨日は王宮に賊が入ったらしいしね。あっ、私はターニャ。お客さんの名前は?」
「へー、ギレイスター商会ねー。結崎奈耶。奈耶が名前ね」
「嫌な連中だよ。なんでも最近新しく名のある冒険者が雇われたそうだよ。それに今も募集してるそうよ。噂じゃそいつが城に入ったんじゃないかって。噂だけどねっ。あっ、それで奈耶は朝からがっつりいけるか?お肉は平気?それともリゾット?」
「…お肉。がっつり多めで」
「ん、了解」
タオルを受け取って離れていくターニャに慌ててきく
「…ねえ、城に入った賊の特徴とか他にないの?」
「んーっ…、いや特にはないねぇ。」
これは、どうゆう事なのだろう。
ディーゼルがかばってくれた。ラッキーとでも思えばいいのだろうか。
そんな事はないだろうな…。
運ばれてきた肉は2ポンドくらいのステーキだった。
うまかった。