空をとぶ夢をみる
ぬるっと終わるので、伝わえたいことが伝わっているのか心配です。
初めて恋愛もの。
空を飛ぶ夢をよく見る。
飛んでいるわけではないが、飛ぶ力が自分にあり、それを理解もしている。
実際飛ぼうとしているのだ。
何が目的かは忘れたが、向かう先があった。
よく知った街並み、通勤する道の途中から何処かへ。
「なのに飛べないの?」
「うん」
仕事終わりに立ち寄った、行きつけの居酒屋で憂鬱な顔をした。
向かいに座るのは高校時代からの友人だ。
何がきっかけかは忘れたが、随分長い付き合いが続いている。
異性だが、そういった関係に発展しないししようとも思っていない。
「じゃあ飛べてないじゃん」
「いや飛べるんだよ、本当に」
「じゃあ何で飛べないの?」
「……」
お酒は割と回っていて、だからこそこんな夢の話になった。
僕は彼女に問われ、答えるのを少しだけ躊躇う。
自分からしたくせに、その理由を言うのは少し躊躇われた。
「人目のつかない場所ってさ、以外に無いじゃん」
「人目ぇ?」
「だって急に人が飛んだらびっくりするだろ。事件だよ事件。写メられて、ネットにあげられて、顔バレして特定されたらさ、仕事どころじゃねーじゃん」
「そりゃそうだけどさ、顔隠して飛べばいいじゃん!」
「あと電線な」
「電線んん?」
「人のいなさそうな路地に入ろうがひらけた場所に行こうが、絶対電線張っててさ。引っかかったら感電するかもしんないし、それで空まで到達しねーの」
「だっさいねー」
「だから言うのが嫌だったんだ」
そう、飛べるのに飛べない。
人目が気になる。
周りの危険が気になる。
普通でいたい。
痛い思いはしたくない。
そんな気持ちが現れた夢だったんだろう。
現代の若者らしいと我ながら思う。
“ゆとり”だなんだと言われ続けて、結果その通りだと実感した。
「じゃあ一回高いビルの屋上まで行ったら?」
「それも考えたんだけどさ」
「うん」
「万が一飛べなかったら、即死じゃん」
「飛べる前提じゃないの?」
「まあそうなんだけど」
もし失敗したら、もしそんな力無かったら。
そう思って夢の中ですらあと一歩が踏み出せなかったのだ。
彼女は枝豆を消費しながら眉間にシワを寄せた。
相変わらずよく食べる。
他の異性の前でもこうなのだろうか?
「何か本当にあんたらしいね」
「だろ」
「煮え切らなくてカッコ悪くてださい」
「言い返せないな」
「知ってたけど」
「じゃあきくけど、君ならどうする?」
そう問いかけると、彼女は枝豆を咀嚼しながら即答した。
「飛ばない」
僕はキョトンとして彼女を見つめてしまう。
一方彼女は枝豆に夢中でこちらを見向きもしない。
「だって電車もバスもあるし。必要ないなら飛ばなくても生きていけるでしょ。だったら飛ばない。練習したいとは思うかもしれないけど、それなら近くの雑木林とかでやればいい。本当に飛ばなきゃいけない時じゃないなら、飛ばないよ」
「飛ばなきゃいけない時って?」
「さあ。スーパーマンが必要とされた時くらいじゃない?」
彼女はアベンジャーズが好きだ。
傍に置いてあるiPhoneケースもそのグッズでまとめられている。
そんな彼女の回答は清々しいほど正論で、僕は何も言えなくなってしまった。
「少なくとも夢の中のあんたは何処かに向かいたいから飛ぼうとしてるんでしょ。手持ちがないとかならまた別だけど…文明の利器を使いなよ、ゆとり世代。私らには私らの方法があんだから」
彼女の興味は枝豆からフライドポテトに移っていく。
さっきから食べっぱなしだ。
まったく、昔から本当に変わらない。
「成る程、それは考えたことがないな。今度やってみる」
「そんな“今度”があるくらい見る夢なんだ」
「ああ。最近続けてみてるんだ」
「空飛ぶ夢って物事がうまくいく予兆みたいなの聞いたことがあるよ」
「飛べてないけど当てはまるかな」
「飛べてないからダメかもね。『物事がうまくいくと見せかけてダメです』な予兆かも」
「はは、それは困るな」
「なんか成功させたいことでもあるの?」
「そりゃ色々あるだろ」
「例えば?」
何だか予想外のところに興味を持たれてしまっている。
こんな話をきいても楽しいとは思えないが。
「平穏な暮らしとか健康とか」
「平凡だなー」
「その貴重さたるや」
「そうだけど、求めてない」
「どんなことだったらいいんだ?」
「世界征服とか逆玉の輿とか」
そんなもの興味はない。
むしろ君だったら望みかねないけれど。
僕の成功してほしいことなんて、直近じゃあ単純なことしか浮かばない。
「君の結婚式が成功することくらいじゃないか」
そう呟くと、彼女はふふっと笑った。
そんな顔もできるのだ、人生何があるかわかったもんじゃない。
「またそれ?本当心配性だよね。だから平気だって」
「この前のリハーサルも仕事が長引いて結局簡単になったんだろ?」
「うん、怒られたわ。でもしゃーないじゃん?お仕事なんだから」
「ドレス踏んですっ転ぶなんてお決まりの展開は勘弁してくれよ」
「そいつは前撮りの時にクリアしてる」
「クリアの意味が違うだろ」
肉体派で男勝りな彼女は仕事人間だが、ようやく運命の人と出会うことができている。
来月の式には僕も、そして友人でもある僕の彼女も参加する予定だ。
「私さ、結婚するらしいよ」なんて言われた時の衝撃は今でも覚えている。
だから僕にとって、向かいに座るのは高校時代からの友人だ。
何がきっかけかは忘れたが、随分長い付き合いが続いている。
異性だが、そういった関係に発展しないししようとも思っていない。
例えそれを夢見ることがあっても、だ。
「しかも空飛べてないんだから不吉じゃない。やめてよね」
「だから心配してるんだろ。それにドレス着る前にこんな暴飲暴食してていいのか?」
「だから枝豆中心に食べてるの」
「せめてビールをやめときなよ」
こんな調子だが、彼女は聡明だ。
きっと式はうまくいく。
彼女の幸せを、僕も心から願っている。
「ドレスが入ればうまくいくさ」
「ほんっと失礼だよね。そのデリカシーの無さ、彼女に嫌がられない?」
「言うわけないだろ。ぶん殴られる」
「こわっ」
あの夢の中で僕を邪魔した人の目と電線。
その正体を何となく知っている。
だからこそ僕はそれが“情けない”と分かっている。
幼馴染を家族のような姿勢で見送る僕ではなかったこと。
それを流れで演じるしかなかったこと。
僕のような臆病者は、飛ぶ力があっても飛べないのだ。
彼女の言うように電車とバスを使ったって、そこは辿り着いてはいけない場所だ。
分かっている。
「君もとうとうお嫁さんか。夢が叶うな」
「まあね。次はあんたかも」
「そうなるな」
「式呼んでね」
「ブーケトスは君はできないぞ、既婚者」
「わかってるよ」
「ちゃんと呼ぶから、今は君の式に集中しないと」
「はいはい」
しがらみの無い友人に対する純粋な信頼関係に、そっと一本の電線がかかる。
分かっていながらその電線を避けることも消すこともできない自分に、人の目が寄せられる。
分かっているのだ。
「言われなくても結婚式は何とかするよ。心配しないで」
「そうでないと困るよ」
「何であんたが困るのよ」
「僕が空飛ぶ夢を見た意味がないだろ」
きっと式が終われば、あの夢は見なくなる。
何となく感じている。
僕はきっと飛ぶことをやめて、空を眺めるだろう。
そうしてようやく歩き出せるに違いない。
「幸せにならなきゃな」
「あんたもね」
お互いに言い渡す一線。
彼女の視線は少し下を向いていた。
僕はそれに気がつかないふりをした。
最初から何もかもお互い様なんて、気が付かなくていいことだ。