さくら西瓜さん
うちの学校横にある公園の桜の下に、スイカを持った女子高生の幽霊が出たらしい。
「は? スイカって、ニシウリって書く果物の西瓜のことか?」
「定期券のことじゃねえよ。まーた、東京もんアピールかよ」
ちげーよ、と返すと、悪友・タクはへらへらと笑った。
俺が東京から来たことは、タクに限らずクラスの皆からよくネタにされる。一方、幽霊関係の話をしつこく振ってくるのはタクだけだ。
「お前、東京からこっち――山形に引っ越して来たのは、霊感が強すぎて実家に幽霊が居着いたから、って言ってたよな」
「ああ。だから、そこの公園に限らず、しばらく桜の木には近寄らないでおく」
「ええ!? 山形に来て最初の桜ぐらいは見に行けよ。ゴールデンウィークが見頃なんだぜ」
「バカいうな。女の幽霊って奴は、生きてる女に輪をかけて行動が意味不明・予測不可能なんだよ」
「言うほど生きてる女のこと詳しいのか?」
こいつのツッコミは人を傷つける。今に痛い目にあうぞ。
「いいから、女子高生の幽霊の噂、確かめに行こうぜ」
「人の話聞いてなかったのかよ」
「幽霊が本当に見つかったら、今後一切、幽霊を見に行こうなんて言わねえし、お前に霊感があるって信じるから」
タクが挑発的にこっちを見下ろしてくる。ちっ、忌々しい。
霊感があるのは本当なのに、ただの厨二病患者扱いされるのも癪だ。
「仕方ないな。で、いつ行くんだ」
◇ ◇ ◇
ゴールデンウィーク二日目の夜。
俺とタクは、学校横の公園の、木の陰に隠れていた。
夜桜見物するような公園は街の中央にある。街外れにあるこの公園に人気はない。
幽霊が目撃されたらしい時刻――夜10時を、公園の時計が指した時。
突然、光の塊が桜の下に浮かび上がった。遠目にも姿形から女性だと分かる。
(マジかよ……なんだって俺だけこんなこと……)
俺は、別の桜の方をぼうっと見ていたタクの肩をつつき、光の塊の方を指し示した。
「ひっ! で、出っ!」
(アホ!)
光の塊は体をこちらに向けると、氷の上を滑るように近づいてきた。
「ゆ、ゆ、ゆう、ゆうれい……」
「タク、落ち着け。幽霊に舐められたらヤバい。俺の前の家がそうだった。
とにかく上手に出ろ!」
俺はタクと一緒に立ち上がった。光の塊は、今やスイカを脇に抱えたグラマラスな女子高生の立体的な姿となって、俺たちの前に浮かんでいる。幽霊のくせに、やけに目鼻立ちがはっきりとしているのは、元がそうだったせいだろうか。
「よう、こんばんは。うちの高校の横で、なにやってんだ?」
「驚かせてごめんね。人を待ってるの」
幽霊とは思えないほど、はっきりとした声だ。
「両思い確実の人が来る予定よ。あ、『リア充死ね!』とか思った?」
『リア充より先にお前が死んでるだろうが!』
『幽霊は二次元嫁以上にリアルから遠いわ!』
と、タクが口走りそうなのが横目で見て分かったので、俺はとっさに手で口を塞いだ。
「それはさておき、なんでスイカを?」
「ん、2月14日・バレンタインにね、桜の花びらを盛って作った道で二人をつないで、一緒にスイカを食べたカップルは幸せになれる、って話、知らない?」
「色んな季節のイベントを一つに盛りすぎだろ!! どこの世界の風習なんだよ?」
「沖縄本島だけかもね」
「え」
確かに沖縄は、2月中旬には桜は咲いてる。スイカも採れる。
……沖縄のスイカ業者は商魂たくましいな。
「あの、言いにくいんですけど……」
タクが小さく手を上げている。
「ここ、東北の山形で、今は5月。ゴールデンウィークの真っ最中なんですよ」
「えーっ、いつの間に5月! なんでこんな遠くまで!?」
いや、海を越えて鹿児島に着いた時点で気づくだろう、普通。
「私……そっか。彼が約束した桜の下に来なかったから、あちこち探し回ってて……それで車に轢かれたんだった。
それでも、他の桜の下に来るかもしれないって探し続けたら……こんな北の方まで来てしまったのね」
「そこまで探しても、彼がいなかったってことは、両思いじゃなかった、ってことですね」
剛速球で投げられたスイカがタクの顔面に命中! 飛び散る赤い液体!
「タクーッ!?」
スプラッタな姿になった悪友が地面に崩れ落ちた。
「う、う、うああぁぁぁぁぁぁぁあん!!」
まずい、スイカ以上の凶器が飛んでくる前に、何とかフォローしないと!
「あー、残念だったな。ほんと、その彼は見る目ないよな」
「うう……」
「月並みだけど、お前ならいい男すぐ見つかるよ。もっと自分に自信持っていいと思うよ」
「……」
「実際、高校生離れしたスタイルしてるし」
「……スケベ。変態」
「あー、ごめん、ついつい。まあ、落ち込むのも分かるけど、元気だしていこうよ。な?」
◇ ◇ ◇
何とか落ち着いたなと思った頃には、小一時間ほど過ぎていた。
「慰めてくれて本当にありがとう。じゃあね」
と言って幽霊は手を振り、すっと消えていってくれた。やれやれ。
◇ ◇ ◇
次の日、ゴールデンウィーク谷間の平日。
タク(生きていた)と一緒に登校する。
「俺の言ったとおりだろ。女幽霊の行動は意味不明・予測不可能だって」
タクから返事はない。俺も女幽霊はこりごりだ。
校門をくぐると、教師が俺の名前を呼びながら校舎から走り出してきた。
「どうかしたんですか」
「公園の桜から、お前の座席のところまで桜の花びらが盛ってあって、机の上にはスイカが置いてあるんだよ!
いたずらにしては手が込みすぎてる。誰がやったのか、心当たりはあるか!?」
俺は顔を覆って崩れ落ちた。
昔、電撃チャンピオンロードに投稿したお話です(少し改変しております)。シンプルな話ですが個人的に気に入っているので投稿させてもらいました。