8話 爪
とりあえず、あたしが捕まった理由はわかった。
神殿にある回復の泉の源泉を無断使用し、回復の泉の効果を薄めたことが悪かったわけだ。
……で、なぜ、魔法剣士宅で保護されるんだろう?
話の流れ的に、神殿に連行されるのが筋ではないのだろうか。
そして何故、あたしはまた魔法剣士の膝の上に乗って居る……。
がじがじと魔法剣士のごつい指を齧りながら、あまり攻撃が効い ていないことに気づき口を離す。
「なんだ、もうやめるのか?」
もっと噛んで欲しそうに言うのはやめろ、おまえはMか!
手加減してはいるが、攻撃されているんだから、痛がるのが正しい反応だ!
ぷんすかしているあたしの背を、魔法剣士は宥めるように撫でる。
いや、あんたが原因だし!
「ところで君の名前はなんと言うんだ? まさかこのまま”猫”と呼び続けるのも可笑しいだろう」
喉を撫でるな! 気持ち良いけどむかつく!
それに、何とでも呼べば良いじゃない、あんた黒猫 (あたし) を飼う気満々でしょ。
プンと顔を背けて寝たフリを決め込む。
頭上から苦笑が聞こえたが、無視!
「じゃあ、マイ・ハニーと呼んでもいいか?」
!?
不覚にも耳がピクピク反応してしまった。
なに? 何を言ってるのこの人!?
「マイ・スィートでもいいし、ダーリンもいいな」
ほ、本気だわこの人!!
凄くうきうきした声で候補を挙げていく魔法剣士に、思わず愕然とした目を向けてしまった。
その目が、悪戯っ子のような光を宿した茶色の瞳とぶつかる。
「どれがいい? ハニー」
いやぁぁぁ!!!
『どの面下げてその単語を言うの!? あんた自分の顔を鏡で見たことある!? とてもじゃないけど、そんな事をいうような容貌じゃないわよ!! あんた、自分をわかってないようだから教えてあげるけど! 一言で言うとむきむきマッチョのクールガイよ! 冗談とか言うように見えないのよ! 甘い言葉なんて吐くような隙なんてないのよ! あんたは部下を無表情でしごいてるのが似合ってるのよ!』
魔法剣士の胸に手を掛け、身を乗り出して猫語で必死に説明する。
そんなあたしの様子を、最初は驚いたように、それから微笑みながら魔法剣士は見守っている。
いやぁ、何!? なによ見守るって!
『その温かい目が居た堪れないわ! いやぁぁ!!』
逃げ出そうとして捕まる。
ほんっとに反射神経がいいわよねアンタ!
両脇を持たれてぶらんと持ち上げられ、目線が平行になる。
「かわいい……」
そう言って魔法剣士は、ちゅっ、とあたしの口先にキスを落とした。
………ぴぎゃぁぁぁぁ!!!!!
思わず爪が出ました。(※両手)
魔法剣士の顔にジャストミーィィツ!
「…………」
爪あとが6本綺麗に並んだ顔が苦痛にゆがむが、あたしを持つ手力を失わない。
よ、よくあたしを放り出さなかったわね、褒めてあげるわ。
あたしを掲げ持ったまま、痛みに耐える魔法剣士。
『……ご、ごめんね?』
猫の爪が痛いってことは身を持って知っているから、本当に申し訳なく思う。
しょんぼりと尻尾が垂れ下がるあたしに、魔法剣士は痛みを堪え苦笑を浮かべる。
「謝っているのか? 気にするな、これしきの傷。戦場ではもっと酷いものを何度も食らっているからな」
せ、戦場? そうよね、魔法剣士だもんね、戦争にも行くわよね……。
膝の上に下ろされたので、座って魔法剣士の顔を見上げる。
う……ぁ、血、垂れてきてるよ?
思わず伸び上がって、垂れてきた血を舐める。
ついでに、”早く治れ”と祈りを込めながら顔の傷口をそろりそろりと舐める。
「つ…っ」
猫のざりざり舌でごめんね、少し我慢してよ。
舐めると、びくりと怯んだ魔法剣士の肩を猫足で押さえつけて、更に傷口を舐める。
祈りを込めることは魔力を込めること。
傷口から早く治れと願いを込めて治癒力をアップさせる。
早く治ってと一心に願いながら、傷がすっかり癒えるまで魔法剣士の傷口を舐め続けた。