4話 拉致された
眠っていた耳元で パチン と指を鳴らす音が聞こえ、あたしは目を覚ました。
『え…っと。 ここ、どこ?』
ぼんやりとした頭を持ち上げると、真っ先に元凶である魔法剣士が視界に入った。
というか! 魔法剣士の膝の上に抱かれてた!!
慌てて飛び退こうとしたが、太い腕に抱かれ身動きできなくなる。
「旦那様、そんなにきつく抱いたら、猫ちゃん潰れちゃいますよ」
くすくす笑う声に首を回せば、メイドの格好をした年嵩の女性が紅茶を用意していた。
っていうか、えぇ!? ここどこ!?
きょろきょろと周囲を見回すと、ここはどうやら、室内。
品の良い調度品…っていうか、お値段の高そうな部屋!
金持ちめー!!
『っていうか、お前の家か! この誘拐犯め!』
目の前の魔法剣士に怒鳴る。
「ほら、猫ちゃん怒ってますよ? 少し緩めてあげたらいかがです?」
メイドさんがくすくす笑いながら紅茶をテーブルにセットする。
「もう少し落ち着いたらな」
苦笑して応え、メイドさんを下がらせた。
魔法剣士はあたしが散々爪を立てても動じず、腕の拘束を緩めなかった。
くそう! くそうっ!!
「どうした? 人間に戻って逃げてもいいんだぞ?」
にやにやしながら言う人間の前で戻れるか!!
明らかにあたしの裸を見る気だろう!
フーフー毛を逆立てると、愉快そうに笑われる。
『っていうか! お前、あたしが人間だって知ってるってことは!
覗いてたな!!』
フギャー!! と怒鳴ると、慌しくドアが開いて執事らしき人が入ってきた。
「旦那様! 大丈夫でございますか」
凄く執事らしい執事さんだ! そのお髭がとても似合ってます。
「大事無い。 今日からコレを住まわせる、館の者達に知らせておいてくれ」
「……ずいぶんと大きな猫ですね、どちらから拾って来られたのですか?」
どうせなら子猫にすればいいのに、と思ってますね執事さん。
「拾ってきたわけではない、これから口説くところだ」
??
「口説く……のですか?」
執事さんもあたしも首を傾げる。
「寝床も俺と同じにするから、問題はあるまい」
へ? 同じベッド?
「しかし旦那様、そうすると猫の毛がベッドに付いて大変なことに」
「では、毎日俺が風呂に入れよう」
風呂に入れる?
「猫を毎日風呂に入れるのは良いことではありません。 猫用の寝床を用意いたしますから、毎日風呂に入れたりはせず、まめにブラッシングするようにしましょう」
どうやら猫の飼育に詳しい執事さんのようです。
「……(人間の姿で風呂に入れる予定だから)問題は無いのだがなぁ」
「(猫を毎日風呂に入れるなんて)駄目です。 そんなことをすれば、すぐに病にかかってしまいます。 人と違って猫は病気で苦しくても喋れないのですから、人間の都合で無理をさせてはいけません!」
……猫好きなんだ?
熱く語る執事さんを、ぽかんと見上げるあたし。
「ともあれ、月に1度くらいなら問題ないでしょう。 では、わたくしが一度洗ってまいります」
そう言って、するりと魔法剣士の腕の中からあたしを持ち上げる執事さん。
え? は? ちょ、ちょっと!?
「ちょ、ちょっとまて! 何故、お前がソレを風呂に入れる!?」
あたしを持って部屋を出て行きかけた執事さんが、慌てて声を掛けた魔法剣士を振り返る。
「何か問題でも? 旦那様は猫の扱いにまだ慣れていないでしょう。やはり最初のお風呂は慣れた者が行ったほうが良いかと存じます。もし、どうしてもこの子を入れたいのでしたら、もう少し友好関係を築いてからになさってください。 取り急ぎ、本日はわたくしが入れさせていただきます」
びっくりして執事さんの腕の中で固まっているあたしを、執事さんが優しく撫でながら、有無を言わさず魔法剣士の部屋を出た。