30話 エピローグ
王宮の中でひとつのルールができた。
王家の紋章入りの赤いピアスをつけた獣は皇子の目付け役であるから、どんな姿であれ軽んじてはならないと。
「旦那様、アルトお嬢様、お時間でございます」
扉の向うから執事の声に起こされ、ベッドの盛り上がりが動く。
「ん……んっ」
ベッドの中で伸びをしたアルトは、そっとベッドを降りると小さ な声で詠唱する。
「我が内に宿る魔力よ、我が体を組み替えよ、猫へ」
「……もう、その姿で居るのはやめたらどうだ? 一生セオロスに隠しとおせるものでもないだろう」
ベッドの上で呆れたため息を零すアクセルに、黒猫は口を尖らせる(猫なので外見には現れないが)。
『タイミングがねぇ……。ばれるまでつきあってよ、アクセル』
「まったくお前は、いつになったら俺と結婚してくれるんだ」
均整の取れた裸身を朝日に晒しベッドを降りたアクセルは、絨毯の上に四足で立つ最愛の猫を片手ですくい上げると、その鼻先に唇を落とした。
「せめて、朝のキスぐらいしてから変化しろ」
もう一度鼻先にキスをすると、部屋の扉がノックされ再度起床を促す執事の声に返事を返す。
「……もう時間か」
それ以上アルトを構うのを諦めて身支度をするアクセルを残して、扉の下に設けられた猫用ドアで部屋を出る。
「おはよう、アルト。今日もご機嫌はいかがかな?」
待ち構えていた執事に抱っこされるのも日常。
そして、馬を駆る主人の懐にちょこんと納まって、王宮に向かう光景もちょっとした名物で。
「アルトさーんっ!!」
出仕と当時に迎えに出てくる皇子に、渋々顔のアクセルから引き 渡され、別室で黒狼に変化しなおして皇子のお目付け役としてのお 仕事に精を出す。
といっても、基本的に皇子に付いて回るだけ、行く先々では大人しく侍っている。
皇子が王様の所へ行くと洩れなく黒尽くめのテリオスが現れる。
「今日も犬ではないんですね……。 もうそろそろ約束のデートをしたいのですが」
『いや、約束してませんからっ』
狼語は習得していない黒尽くめに、心置きなく突っ込むアルト。
「……当分嫁にできそうにないな…」
生き生きと職務をこなす獣姿の彼女を見て、一人ため息を吐く魔法剣士の呟きは喧騒の中に紛れて消えた。