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29話 気付

 ストレス発散を兼ねて久しぶりに大空を散歩してから、アクセルの屋敷の近くに不時着し(着地が苦手)一度人間に戻ってから黒猫の姿に変化する。


 ふっふっふ……灯台下暗し、あの別れ方をして屋敷ここに帰ってるとは思うまい。

 そして堂々と玄関へ行き、おもむろに怒鳴る。


『執事さーん! あーけーてっ』


 案の定、十数えない内にドアが開けられ、ほぼ同時に執事さんに抱えられていた。

「おかえりなさ……アルト、これは、どうしたんですか?」

 ピアスにそっと触れられ、くすぐったくて耳がしぴしぴ動く。


「まさか、旦那様に!? 痛くはありませんか? なんて(むご)いことを……」

 別に痛くもないし、同意の上だから気にしないでよ。

 なんて言えないので、おろおろしている執事さんの腕からひらりと飛び降り、すたすたと屋敷内に入っていく。

 聞こえない、反応しない、気にしない。

 猫らしいマイペースさで階段を上り、アクセルの部屋の前まで行く。

 当然のように後ろを執事さんがついてくる。

「どうぞ、アルト」

『ありがとう』

 人間にするのと同じ丁寧さでドアを開けてくれた執事さんにお礼を言ってするりとドアをくぐる。

 とにかく、眠かった。


 アクセルの背中で仮眠は取ったけど、ちゃんとした布団で眠りたい!


 もう、本当に、色々あって疲れた! 疲れた!! つーかーれーたぁぁ……。


 寝室に続くドアも開けてもらって猫ベッドに丸くなると、執事さんがそっとふかふかの毛布まで掛けてくれる。


 あぁ、なんて至れり尽くせ……ぐぅ。







 ふわり、ふわりと撫でられる心地よい感覚に意識が浮上した。


 薄く目を開けば、すっかり夜の帳はおりているようで、仄かな月明かりがカーテンが開けっ放しの窓から入っている。

 頭を上げれば、猫用ベッドの脇にどっしりと座り込み、じっとあたしを見下ろしているアクセルが居た。

 あれから風呂にも入っていないのか、ぼろぼろの格好のまま、憔悴したその表情にずきんと胸が痛んだ。

「……アルト」

 擦れた声がひっそりとあたしの名を紡ぐ。

 身を起こし、そっとアクセルに寄ろうとしたら、拒絶するように首を横に振られた。


『アクセル?』



「アルト。 お前の声が聞きたい。(なじ)ってくれていい、だから、何でも言ってくれ。……獣の姿に、逃げないでくれ……」



 思えばこの人は、最初からずっとあたしが人の姿になることを望んでいた。


 月明かりの中、変化の為に使っていた魔力を切り……人の姿へと戻り、疲れ果てているアクセルへ手を伸ばす。

 日中のみならず夜通しあたしや皇子様を背負って走り続けて、あたしなんかよりずっと疲れてるはずなのに、今までずっと起きて…?

 頑張ったアクセルを癒すように、膝立ちになり両腕でアクセルの頭を抱き寄せる。

「アクセル、お疲れ様」

 つむじに囁けば、あたしの腰にアクセルの腕が回され抱きしめられ……あ、あれ?


 気が付けばアクセルのベッドの上に落とされていた。

「え、え? あ、あの? アクセル?」

 ベッドに入らず、ばっさばっさと汚れた服を脱ぎ捨てているアクセルから目が離せない。

 月明かりの中浮かび上がる、引き締まった肉体、割れた腹筋に筋肉の筋が流線を描く背筋、ところどころにある引き連れた古い傷の跡。

 下着一枚になったアクセルがベッドを軋ませ、あたしの横に滑り込む。


 おあわわわぁぁぁっ!!


 動揺して硬直しているあたしを抱き寄せたアクセルは……既に目を閉じていた。

「アクセル…?」

 小声で呼んでみるが反応は無い。どうやら眠ってしまったみたいだ。

 思わず安堵のため息が零れ、緊張していた体の力を抜いた。

 温かい体温に擦り寄り、目を瞑ると、少しだけあたしに回されたアクセルの腕の力が強くなった気がした。

「…アルト……」

 擦れた低い声に耳元で囁かれ、ぶわっと肌が粟立つ。

「アクセル、起こしちゃった? 疲れてるでしょ、ゆっくり、休んで」

 なるべく平静な声を出して、眠りに誘うようにアクセルの逞しい背中を撫でるが、アクセルは少し上体を起こすと、あたしの上に身をかぶせるようにしてきた。

 いや、ちょっと、この体勢ってば!!

「……一口につき、キス一回」

 耳元で囁かれ、思わず固まる。

 あの味気ない食事の時に、アクセルがお肉を分けてくれながらそういう約束をした……っけ?

「いいか? アルト」

「つ……っ! い、いいわよっ、約束だものっ」

 どうせファーストキスもセカンドキスも済んでしまったんだから、今更よねっ!

 覚悟を決めたあたしの応えに、アクセルは小さく笑い小さく頭を傾けゆっくりと顔を近づけてきた。


 目を閉じて、それを待つ。


 その感触が唇に落ちるまで、随分長い時間待たされた気もするけど、本当は数瞬だったのだろうか。



 かさついたアクセルの唇がゆっくりと重なる。

 ゆっくり十数えるくらいの間、押し付けられた唇は名残惜しそうに少しだけ離れた。

「……一回目」

 唇が掠る距離で囁かれたカウント。

「もう一回」

 そう宣言されて、制止の声を出す間も無くまた唇を塞がれる。

 制止の声を出そうと開きかけていた唇の間にぬるりとした感触を感じ、驚いて思わず目を見開く。

 焦点が合わないほど近くにあったアクセルの瞳とぶつかり、慌てて目を閉じる。

 その動揺に緩んだ唇を割って、更に奥へとアクセルの舌が浸入を果たす。

「……っんっ」

 息苦しさに顎が上がるが、アクセルは口腔への浸入をやめない。

 そればかりか、ぬるりと舌が口腔を舐めてゆく。

 自分と違う体温が自分の内にある感覚に慄く。


 十分時間を掛けてされた口付けに、口腔も唇も熱を持ち、アクセルの唇が離れてもまだ中にざわりとする感覚が残っている。

「…二回……」

 唾液に濡れた唇を、アクセルの太い指が拭ってゆく。

 ぼうっとした視線をアクセルに向ければ、ぎこちなく微笑まれる。

「もっと、したい……。いいか?」

 キスならいいかな、と頷いたあたしの唇は直ぐさま塞がれ……。



 魔法剣士のタフさを思い知った。


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