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28話 わんっ

「おやめなさい、クルーザー様」



 ごすっ、という音と共に国王様がうずくまった。

 後ろに居るのは懐刀と呼ばれた黒尽くめ。


王妃(マジェスタ)様にばれたらこんなもんじゃ済みませんよ、まったく」

 そう言いつつ、悶絶している国王様の手から小箱を取り上げ、唖然としているあたしに近づいてくる。

「さ、耳を出してください。 まず耳たぶに冷却魔法を掛けてから針で穴を開けます、その後ピアスを入れます、よろしいですね」

 押しの強さにこくこくと頷き、大人しく耳を差し出す。

 一連の流れを教えてもらったお陰で恐怖心は押さえられ、すんなりとあたしの耳にピアスが鎮座した。

「お似合いですよ」

 止血の魔法をかけてくれた黒尽くめさんは、ふと思いついたようにあたしに変化を勧める。

「大丈夫だとは思うのですが、ピアスが変化に影響が無いか確認したいので。……そうですね、犬に変化できますか?」

 ……いぬ、だとぅ……?

 ぴくっと頬の筋肉が引きつる。

 魔法学校の1年生だったあのころ……いや、わざわざ思い出して傷を広げることはない、あたしは誰がどう見ても狼にしか見えない狼に変化できるのだから!

「狼じゃだm「犬がいいと思いますよ」……はぃ」

 怒りが込められているわけでも、大きな声でプレッシャーを掛けられてるわけでもないのに……なぜだ、抗えない……本能で恐怖を感じる。




「じゃ、いぬで…”我が内に宿る魔力よジ・イーリマ・ステャ我が体を組み替えよジ・シェ・ロウ犬へ(シェストゥ)”」


 結果を言えば、別に変化したところでピアスが影響することはなく。


 スラリとした真っ黒な狩猟犬に変化した(あたし)の右耳には、ちゃんと真紅のピアスが輝いている。

 そして……なぜか、ずっと黒尽くめさんに撫でまくられている、時々”お手”と”おかわり”もさせられる、上手にできたら(っていうか失敗するはずがない!)褒めるようにまたわしわし撫でられ……。

 変化しているときはなりきるのが信条なので、お手でもおかわりでもしますけどね。

「……アルトさん、うちの子になりませんか?」

『丁重にお断りします』

 犬語なので、きっぱりとお断りする(人語で断る勇気は無い)。

「そうですか……。でも時々は、その姿でデートなど」

『無理です』

「……月に1回でもいいのですが、一緒に公園にでも」


(この)姿でデートって、それはもう、散歩の間違いだと思いますけど』

「そうとも言うかもしれませんね」

 ……って、あれ?

 こてんと首を傾げれば、黒尽くめさんの唯一露出している目の部分が楽しそうに弧を描く。

『まさか、とは思いますが、犬語わかるんですか?』

「勿論わかりますが?」


 いぃぃーやぁぁぁぁー!!!!!


 思わず壁の隅までダッシュで逃げて、尻尾を股に挟んでガクブルする。

 犬語がわかる人間が居た感動よりも恐怖が! あたし、失礼なこと言ってなかったよね!?

「……何をしているんだ、アルト?」

 聞き馴染んだ声に耳がぴくんと反応し、ドアの方を向けば。

『アクセルー!!』

 体当たりするようにアクセルに飛びつく。

「うわっ! どうしたんだ、アルト」


 少しふらついただけで大型犬あたしを抱きとめたアクセルに、あの人が怖いです! と伝えるべくそっちを向いたが……あれ?

『居ない……?』

 っていうか、倒れていたはずの国王様も居ない! どういうこと?

「……アルト、俺が居ない間に何があった」

 いつもより低い声に視線をアクセルに戻すと、な、なにやら、怒ってる?

「なぜ犬になってる。それよりも、これはなんだ?」

 すいっと右耳を引っ張られ、そこに嵌っている身分証代わりのピアスを剣呑な目で見られて、そのままの視線で目が合いそうになったので目を逸らした。

 だから、顔が怖いという自覚をもてと。

『こ、これはあれです。 お城のフリーパスです』

「話ができん、人間に戻れ」

『いや、あのね、アクセル?』

「人間に戻れ」

『顔、怖いよ?』

「いいから、戻れ」

 ……わかったわよぅ。

 アクセルの腕からひらりと飛び降り、カーテンの中に体を隠し変化に使っていた魔力を切る。

「戻ったわよ、これでいいでしょ」

 カーテンで裸を隠し顔だけ出すと、カーテンごと抱きしめられた。

「聞きたくはないが、コレはどういうことだ?」


 ピアスを撫でられビクっと身をすくませれば、カーテン越しに宥めるように背中を撫でられた。

 どうやらそれ程怒ってないようなので、国王様にペット兼護衛の仕事をもらったことを告白する。

「で、ピアスこれは獣姿の時の身分証なんですって! 護衛なんてちゃんとできるかわからないけれど、獣姿でいいみたいだし、それなら礼儀作法とか知らなくてもできるだろうし、きっとあたしでもなん とかなるって……え、っと、アクセル?」

 絶対零度の視線に射抜かれて、ビシっとあたしの筋肉が固まって しまう。

「アルト……」

 低い、何かを押し殺すような声で名前を呼ばれる。

「俺の嫁になれば、獣になどならずに済むんだぞ。働かなくてもいいんだ」

 アクセルの指があたしの右耳…ピアスに触れ、はっとしてその手から逃げるように体を引く。

「アルト?」

 静かな声がむしろ怖い、だけど、胸にじわりとこみ上げた怒りが恐怖をねじ伏せる。


「あたしは……」


 耳は逸れて頬を撫でるアクセルの手をそっと振り払い、しっかりと目を見上げる。


「あたしは、確かに生きるために仕方なく獣になったけど。それを恥だと思ったことはないわ。獣はいつだって真っ正直にあたしに向かってくるけど。人間の方がよっぽど……っ」


 言いかけて奥歯を噛み締め、カーテンから手を離し、一歩後ろに引いてアクセルの手から逃れる。


「アクセルは働かなくてもいいっていうけど、あたしは嫌よ。あんたにおんぶに抱っこなんて――」

「アルト!」


 アクセルから目を離さないまま後ろ手にバルコニーへ続く大窓を 開け、踏み出す。




「”我が内に宿る魔力よジ・イーリマ・ステャ”」

「アルト待ってくれ!」




「”我が体を組み替えよジ・シェ・ロウ”」

 捕まえようとするアクセルの手をかわし、バルコニーの手すりの上に飛び乗る。

「頼む! 行かないでくれ!」


「”鳥へ(ファブトゥ)”!」

 あたしは手すりを蹴り、飛び掛ってきたアクセルの腕を抜けるように大きく外に身を躍らせる。


 バサッ……!!


 大きな翼が空を掴み、あたしは数度羽ばたき大空へ駆け上がり上空を旋回する。

 眼下ではバルコニーから身を乗り出したアクセルが呆然とあたしを見上げている。



『少しはこっちの気持ちも考えてよねっ! アクセルの馬鹿ぁっ!』


 甲高い鳥の声で一声鳴き、王城を後にした。


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