26話 帰城
アクセルの大きい背中に揺られて(抱っこからおんぶに変えてもらった、不満そうだったが)城に戻る。
これがまた、気持ちいい……。
アクセルも気をつけて歩いてくれているのか穏やかな揺れに、大きな背中から伝わる体温も気持ちを落ち着けてくれる。
気が付けば、朝が来ていた。
アクセルの背中で目を覚まして申し訳なくなって謝ると、大丈夫だ、と素っ気無く返される。
一晩中歩いていたようで、額に汗が流れて触れ合っている背中もじっとりとしている。
いくら先に皇子様を城に帰しているからといって、のんびりしてていいはずないに。
アクセルはあたしを置いていくことはせずに、背負って歩いてくれた。
基本的にいいヤツなのかしらね。
「アクセル、ちょっと下ろしてもらってもいい?」
お願いするとちょっと息を吐いて止まり、ゆっくりと地面に下ろしてくれた。
「ありがとう」
お互い凝った体を伸ばす。
「あたし、ここから狼になって行くわ、その方が早いでしょ? アクセルはまだ行ける?」
「俺は大丈夫だが……」
あたしが狼になるのに躊躇いがあるのか、アクセルの歯切れが悪い。
「急ぐんでしょう? ”我が内に宿る魔力よ、我が体を組み替えよ、狼へ”」
アクセルがそれ以上何か言う前に、詠唱を終える。
あら、アクセルから借りてた上着、脱いでおけばよかった。
服から抜け出そうとごそごそしていると、静止の声がかかり、アクセルがボタンを外して脱がせてくれた。
『ありがとう』
「……俺と共に居るのだから、もう変化しなくてもいいんだぞ」
アクセルが地面に膝をつき黒狼と視線を合わせ、そっとあたしの耳元を撫でる。
なんでアクセルと居ることが、変化しなくてもいいことになるのか良くわからないけど、今の場合はやっぱり狼になった方が便利だと思うのよね?
首を傾げると、アクセルは苦笑しワシワシとちょっと乱暴にあたしの頭を撫で、ごつい両手で狼の両頬を挟むと、その鼻先に精悍な顔を近づけ……くっつけた。
……獣姿の時にチューするなんて、なんて情緒のない……。
なんて思ったことは、内緒だ。
「さ、さぁ、行くか!」
ちょっと見詰め合ったあと、慌てたように立ち上がったアクセルはあたしに貸してくれていた上着を素早く着ると、街道をお城へ向けて走り出した。
『……照れてるのかしら…』
少しくすぐったい気持ちをもてあましつつ、走るアクセルに追いつくべくあたしも駆け出した。
夜通し歩いてくれたアクセルのお陰で、ずいぶん城に近づいていたらしく。
アクセルの後ろをついて走り、昼前には城が見えた。
「アルトさん!!」
裏門から城に戻ると、皇子様が一目散に走ってきて、周囲の静止を聞かず黒狼の首根っこに飛びついた。
「良かった!! 無事だったんですね!」
『…当たり前でしょう? あたしが負けるとでも思ってんの?』
そう返して、ぺろりと頬を舐めてやる。
「トレノ皇子! 危険です! 黒狼から離れてくださいっ!!」
焦った声がした方を見れば、立派な服を着た……服に着られた?……痩せぎすの男が喚いている。
周囲を見回せば魔術師が詠唱を終えてスタンバイし、兵達の包囲が完了している……。
まぁ、おかしい対処ではないけどね。
こんだけ皇子様が馴れてるんだから、何かあると思いなさいよね。
思わずため息を零してしまうあたしを庇うように、皇子様が両手を広げてあたしを守るように立ちふさがる。
「アルトさんはワタシを助けてくれた恩人です! 害することは許しません!!」
毅然と言い切った皇子様に、ちょっと目を見張った。
ただ、前を守ってくれても、後ろががら空きなのよねぇ……。
案の定後ろから兵が近づくが、スッとあたしの傍に立った人物に引く。
『あら、アクセル、報告に行ったんじゃなかったの?』
見上げれば、苦笑を落とされる。
「すまないな。皇子が出てくるとは思わなかったから、一人でも大丈夫だと思ったんだが」
ああ、確かに皇子様が来なかったら、アクセルが門番の人に預けてくれただけて問題なかったんだけど、皇子様が色々連れて来てくれたから。
『読みが甘かったってことかしらね』
「……許してるのか、文句言ってるのかわからないな……。悪いが、もう少しその格好で居てくれるか? まだ服を用意できてないんだ」
『別にいいわよ、狼のまんまで』
「で、アクセラレータ殿……この黒狼は貴殿の……?」
痩せた男がアクセルにおっかなびっくり問いかける。
アクセルが小さな声で皇子の教育係だと教えてくれる。
「ああ、俺の「ワタシの! 恩人の! アルトさんですっ!」…と いうことだ」
皇子様の主張に教育係の男が軽く目を見張る。
随分自己主張が強いなぁ皇子様。
「それに! アルトさんは、狼じゃな―――むぐっ」
「それはバラさないでください、トレノ皇子」
後ろから口を塞ぎ、皇子様に耳打ちするアクセル。
まぁ、何か思惑はあるんだろうけど。
皇子様はアクセルの手を外し、半身を返してアクセルを真剣な目で見上げ、少し逡巡したあと頷いた。
「ともかく、アルトさんはワタシの恩人です。丁重におもてなししてください!」
そう宣言する皇子様、いいのかねぇ?
アクセルを見上げれば、もう少し付き合ってくれ的な視線を返された。
仕方が無いわね……でも、おもてなし、ってことはご飯でも食べさせて貰えるのかしら?
王宮のご飯……っ。
考えたらお腹がグーと鳴った。