25話 告白
なぜか不機嫌なアクセルはあたしを抱っこしたまま、ラパン達から距離を取った。
丁度いいから疑問に思ってた事をこそこそとアクセルに耳打ちする。
「ねぇ、皇子様はどうしたの?」
ラパン達に聞こえないように、アクセルの首にしがみつくようにして口を寄せる。
「彼は手のものに引き継いできた。それよりも、一度下ろすぞ」
比較的柔らかい足場の上に下ろされ、ラパンの上着の上に重ねられていたアクセルの上着を取られ、なぜか向うにいるラパンとの間に立つと上着を目隠しのように広げる。
「何してんの?」
「”水よ此処へ”」
お湯だったら良かったのになぁ……。
頭上から落ち続けるアクセルが魔法で出してる水で顔を洗い、体に付いた血を流す。
「せめて一言声を掛けてからにして欲しいわね、馬鹿アクセル」
髪の毛を絞りながらアクセルを睨むが、暗くて表情がよくわからないが……雰囲気だと少しも悪びれた様子はない。
「脱げ」
えぇ、えぇ、脱ぎますとも! こんなびしょ濡れの服を着てたら、流石のあたしも風邪をひくってもんよ!
アクセルが無言で魔法剣士の長い上着で囲ってくれる中で手早くラパンの上着を脱ぎ、アクセルの上着に腕を通す。
ボタンを上まで全部留めて、ラパンの上着を絞ろうとするとアクセルが取り上げてやってくれた。
「アクセル?……絞ってくれるのはありがたいんだけど、そんなに絞ったら千切れるわよ?」
アクセルの手の中でミシミシ鳴ってる上着を助けだす。
十分に絞ってくれたお陰で、すぐ乾きそうだわ。
ねじくれた上着を広げれば、暗くてよくわからないが、血痕も薄くなったんじゃないかしら。
「……買い換えなくても、これで十分だろう」
先程まで遠巻きにしていたスピアーノがつかつかとやってきて、あたしの手の中の上着を取り上げそのままラパンに投げる。
「……確かスピアーノと言ったか。 噂は聞いている」
アクセルがスピアーノに声を掛け、スピアーノは苦笑を零す。
「どんな噂だか、聞きたくはないですが。 俺もアンタの噂は聞いてる、アクセラレータ殿」
「こっちもどんな噂か聞きたくないな」
同じように苦笑混じりに返すアクセル。
……どんな噂なんだ、気になる。
長身の二人を伺っていると周囲の藪がざわめき、五名ばかりの兵士が姿を現した。
「ジューク、そこに転がっている男を連行しろ」
「了解」
ジュークと呼ばれた青年兵がきびきびと返事をして、他の人たちに指示を出している。
二本の棒に上着を通して簡易担架を作って、そこに棍棒の男を乗せて縄でくくりつけた……ってことは、今から帰るの? 夜中だけど……っ。
青年兵と打ち合わせをしているアクセルの邪魔にならないようにこっそり離れる。
それにしても靴って大事なものだったのね、ここんとこ靴なんて必要の無い生活をしていたから忘れてたけど。
足元を確認しつつ、歩いていたらひょいと持ち上げられた。
「あ、スピアーノさん、ありがとうございます」
抱き上げてくれたスピアーノに礼を言うと、小さな頷きが返された。
なんだか抱っこされるのに抵抗が無いんだけど……これは、あれか? 黒猫の時にちょくちょく人間に抱き上げられて、慣れたお陰か。 お陰? いや、弊害?
「もう終わったんですか。 どうぞ」
スピアーノが前を見てスッとあたしを持ち上げると、すとんと別の腕に下ろされる。
「ん?」
「……ああ、貰おう」
スピアーノに抱き上げられてすぐなのに、あれ? もう話し合い終わったのか。
アクセルの腕の中から2人を見上げる。
「これから王城へ向かうんだが、2人共行けるか?」
「平気です」
スピアーノの答えに、近づいてきたラパンも頷く。
……で、あたしは? 魔力回復するまで、ここら辺の木の上でも居ればいいかしら?
回復したら、鳥にでもなってひとっ飛びで戻れるし。
と、こっそり伝えたら。
「……お前をひとりになど、できるわけないだろう」
そんなに信用ないかしらね。
「二人は彼等に付いていってくれ、悪いようにはしない。 ジューク、頼んだぞ」
「了解いたしました! では、出発しますがよろしいですか」
青年兵がラパンとスピアーノに声を掛け、直ぐに隊列が組まれて発った。
「で、あたしたちはどうするの?」
「帰る」
……帰るって、まさか……。
「抱っこまま? じゃないわよね?」
「何か問題があるか」
当然のようにあたしを抱っこのまま歩き出すアクセル。
いやいや、問題云々じゃなくて。
「重いでしょ! こっからお城までどれくらいあると思ってるの? だからあたしのことは置いていっていいってば。 適当に休んだら変化してお城に行くから」
重さを感じさせずざくざく歩くアクセルの腕の中からアクセルを見上げ、言い募る。
「夜の森に一人で置いていけるか」
前を向いた精悍な顔から憮然とした様子で返され、むっと眉が寄ってしまう。
「平気よ、今までだってそうしてきたんだもの。 木の上で気配を消してたら結構大丈夫なものよ?」
寄る辺をなくし、獣として生きることを選んでからこっち、夜を森で過ごすのなんて何回したかわからない。
鳥の姿で距離を稼ぎ、狼の姿で寝床に決めた木の周りにマーキングし、木の上で身を縮めて夜を明かす……。
好戦的な鳥に追われることも、野犬の群れに対峙することもあったけど、誰の手も借りることなく切り抜けてきた。
だから、こんなところで一夜を過ごすなんて屁でもないのに。
「お前は……」
言いかけたアクセルと目が合う。
「なによ?」
ゆっくりと足が止まったと思ったら、ぎゅう、ときつく抱きしめられた。
「ちょっ! なに!? どうしたのよ!?」
一歩間違えると羽交い絞めよ!? 気絶するわよ!
さすがにそこまで強くは締められなかったけれど、意思を持った強い腕があたしの背を抱く。
「ねぇ、アクセル、本当にどうしたの?」
ややしばらく大人しく抱きしめられてみたが、動かないアクセルに焦れてきた。
「アルト」
低い声が、少し緊張をはらんであたしの名前を呼んだ。
「なに?」
腕の力が緩んだので、少し体を離して少し上にあるアクセルの目を見返す。
少しだけ眉間に力が入っている。
「どうしたのよ、怖い顔が更に怖くなってるわよ?」
手を伸ばし眉間の皺を伸ばせば、ゆるっとアクセルの表情が和らぐ。
「……お前は、俺を恐れない」
はぁ? ちゃんと怖いわよ? そう申告もしてるじゃない。
首を傾げれば、苦笑される。
「アルト、俺と結婚してくれないか」
……はぁ?
言われた言葉が理解不能すぎて、思わずぽかんと彼を見上げた。
「……どこをどうすれば、そういう話に?」
ぼそりと呟いた声は黙殺された。
「帰ったらすぐに届けを出しに行こう」
いや、ちょっと待て。
「アルトの戸籍証書は取り寄せてある。 あとは婚姻証書に記名して提出するだけだ」
いやいやいや、ちょっと待てぇい!
思わずアクセルの頭にチョップを落としてしまったが、しょうがないわよね。
むっとしてやっと口を閉じたアクセルに、ギンっと睨みをきかせる。
「なんで、あたしが、あんたと結婚するのよ!」
「……それは」
口ごもるアクセル。
何か言いにくいわけがあるってことだな。
あたしの価値なんて変化の魔法くらいしかないわけだし、ってことは、それが目的ってことよね?
と言えば、アクセルは否定する。
「じゃぁ何よ?」
他に心当たりは無いし。
「……お前は…っ。普通、結婚といえばっ!!」
結婚といえば?
んー……月並みだけど、お互い好き合ってるから、かしら?
だからなんで彼から結婚話が出たのかがわからないんだっての!
「く……っ!! だからっ! 何故わからん!」
「わ、わかるわけ無いでしょう!?」
怒鳴られて、怒鳴り返す。
「一目惚れだっ」
「……はぁ?」
毒気を抜かれて、ぽかんと見上げたアクセルの顔が、夜目にもわかるほど赤くなっている。
「惚れてるんだよ! あの泉でお前を見たときから! まるで泉の精霊のようなお前を見て、衝動的に攫うようにしてつれてきて。どんどんお前に惹かれている。誰にも触れさせたくない、俺の……俺だけのアルトになってほしい。あ、あ、愛して、る」
言い切られ、ドクンとあたしの胸が大きく騒ぎ、勝手に顔が熱くなる。
「え、ちょっ……な、なに言って」
生まれてこの方告白なんてされたことないし、勿論異性と付き合ったことも無い、よってこんなときの対処法なんて知るわけがない!
それも腕の中で、告白されるなんて! 逃げようがないじゃない!
「俺では駄目か? 俺はこんなだし、嫌われても仕方がないのはわかっている。だが、お前を諦めることもできないんだ。アルト、愛してる、俺と結婚してくれ」
まっすぐに突き刺すような告白。
だ、だが、しかしっ!! ここで、流されていいの!? 大丈夫なのあたし!?
強面に熱い目で見据えられ、逃げ場が無い中、動かない脳みそを必死で使った結果。
「ま、まずは! お付き合い!! お付き合いからお願いしますっ!!」
微妙に不満そうなアクセルだったけれど、あたしが全面的に拒絶しなかったのを良しとしたようで、双方合意の上でお付き合いする事に相成ったわけです。
良くやった自分!