23話 魔力切れ
身を翻し繁みを駆けてすぐ……本当にすぐ、あたしは魔力が切れて四足で勢い良く走ってる姿勢で変化が解けた。
「う! きゃぁぁぁっ!!」
勢い良く体が宙を舞い、顔から地面に突っ込んだ。
バキバキバキッ
下草や低木をなぎ倒し転んだから顔が痛い、っていうか全身擦り傷だらけ!
「っ……。 こんなところでっ……」
頬が痛くて手を充てたら案の定、手にべっとり血が付いた…。
「おおい! 誰か居るのか!?」
「あの狼にやられたのかもしれない!!」
スピアーノとラパンの声が近づいてくる!
逃げようと体を起こすが、腰が抜けて立てない。
焦るうちに、繁みを掻き分けて2人があたしを見つけた。
「っ!!!」
「……裸の、おんな?!」
驚愕する2人に、あたしは慌てて両腕で胸を隠し、体を丸める。
あたしが狼だとは思われないはず! ここは、しらばっくれて被害者を装おう!!
「た、助けてくださいっ! 黒い狼がっ」
「やっぱりアイツか!!」
スピアーノがあたしの指差した方へ向い、ラパンがへたり込むあたしに近づき、着ていた上着を素早く脱ぐとそれをあたしに掛けてくれた。
「大丈夫か? 酷い怪我だ……今、治すから、じっとして……」
「は、はい」
か弱く見えるように弱弱しく頷く。
「我が内に宿る魔力よ、彼の者の傷を癒せ」
ラパンがあたしの顔にかざした手のひらから、優しい癒しが伝わってくる。
目を閉じてその癒しを感じていると、頬や額の傷の痛みが引いていく。
懐かしい感覚…魔法学校に居た頃は、養護の先生によくこうして治癒を掛けてもらったっけ……。
大きな手のひらが頬を包み、何も言わずごしごしとあたしの涙を拭う。
「……次は体に治癒を掛けようと思うんだけど……」
「あ、はい」
言われてしっかりと羽織っていた上着の前を開ける。
治癒術は患部を見て施術するものなので、こればかりは恥ずかしいとか言ってられない。
「……思い切りが良くて助かるよ。 我が内に宿る魔力よ、彼の者の傷を癒せ」
肩や背中、胸や腹等にあった目立った傷を治してもらい、借りた上着のボタンを留める。
「ありがとうございました」
深く頭を下げ感謝を表す。
「いや、こちらこそ、結構なモノ…。 じゃなくて、一体どうしてこんな所に居たんだ? それも真っパ……じゃなくて、荷物の一つも持たずに」
エロめ、そんなに裸が気になるか……いや気になるかやっぱり、なんとか気を逸らさないと下手をしたらあたしが狼に変化してたってばれるかも。
これはあれだ、色仕掛けでうやむやに!
あたしにできるだろうか……いや、やらねばならない。両手で胸元を押さえ、精一杯しおらしく俯く。
「……わから、ないんです…。 気が付いたらこんな所にいて! ここは…どこなんですか…あたし、どうして…っ」
ふるふると肩を震わせると、ラパンが抱きしめてくる。
思いのほか広い胸に頬を寄せると、抱きしめる力が強くなる。
さすが元魔法学校イチのイケメン、手が早いという噂は聞いたことがなかったけど、据え膳は食べてきたんだろう、抱き寄せ方がとても自然だ。
「……おぃ、ラパン。 呑気に何をしている」
低い、低い声が頭上から降ってきて、慌てて見上げれば、至極不機嫌そうなスピアーノが居た。
後ろには棍棒の男まで居るから、どうやら合流して戻ってきたようだ。
「あ、いや、この娘を慰「いつ狼が戻ってきてもおかしくはない、さっさとここを離れるぞ」いや、聞いてよ、スピアーノ」
あたしから離れてスピアーノに事情を説明しようとするラパンをまるっと無視したスピアーノは、まだ座り込んでいたあたしの前に、その長躯を折って視線を下げる。
「腰でも抜けたか。 仕方ないな」
そう言うと、確認も取らずあたしを軽々と持ち上げ、まるで子供にするように片腕に座らせた。
「ああそうだ、まさかとは思うが、お前らの”荷物”ってのは、この娘じゃないだろうな」
ラパンが棍棒の男に刺すような視線を向ければ、棍棒の男は慌てて否定する。
「俺達の頼みたかったのは皇っ……じゃなくて、子供だっ! 母親か ら、父親に引き取られて会えなくなった子供に会わせてくれって依 頼されたんだよ!」
おま、今、皇子って言いかけたじゃろうが。明らかに誘拐対象を皇子様だとわかってやってたってことは…、 なんだろう、大問題なんじゃないの?
ラパン的にはそんなこと知らないわけだから、とりあえずあたしが”荷物”じゃなかったことで安心したみたいだけど。
「母親の依頼にしたって、俺達は生き物は運ばねぇよ。それに、今の話からいけば、その子供を助けたのはきっと子供の父親だろう。俺が言えた義理じゃないが、そういうごたごたには首を突っ込まない方が身の為だぜ」
移動しながらラパンが棍棒の男に言っている。
「で、お前は何者なんだ。こんな場所で…そんな格好で居るなど、怪しいにも程がある」
あたしだけに聞こえる低い声に視線を上げれば、前を見て走るスピアーノの視線が一瞬だけこっちに向いた。
「……逃げてたの。あたしを飼おうとする人間から」
スピアーノの腕の中でで身を縮め、震える声でそう告げる。
ある意味ウソじゃないし、ほらアクセル(及び執事さん)ってばあたしの事飼う気満々だったでしょ。
「人買いから逃げたと……」
「えぇ。乱暴されそうになったから……っ。必死で、逃げ……っ」
それは大嘘ですけど、裸だった理由なんてそのくらいしか思いつかなし。
まかり間違ってさっきの狼があたしだったなんてバレようものなら…どうなるかしらね。
「……そうか」
納得したのか判断しかねる声音でスピアーノが頷く。
それ以降は全員無言で真剣に、狼からの襲撃を警戒しつつ小屋へと向かった。