22話 敵を襲う
奴等の饐えた匂いが近くなったのでスピードを緩め、少し離れたところから人数と武器を確認する。
人数は五人……多いな。
武器は鉈を持つ者が二人、棍棒が一人剣を持つ者が二人、かなり分が悪そうだわ。
剣を持つ二人は他の三人と毛色が違う、どうも傭兵か何か……専門職っぽいわね。
とにかく、あたしの仕事はあいつらの足止め、あわよくば戦闘不能にまで持ち込めれば尚良しってところかしら。
殺気を消して奴等の進路の脇に陣取り、目の前を通過するのを見守り、最後尾を歩いていた鉈を持った男に襲い掛かる。
「うわぁっ!」
狙い違わず喉笛に牙が食い込み、力いっぱいそれを引きちぎる。
「狼だっ! なんでこんなところに!?」
「スピアーノ!」
「おうよ!」
傭兵二人の掛け声を聞いたところで、森の中へ逃げ込む。
……スピアーノ? 聞いたことがあるような…。
「くっそ! 逃げ足の速いっ! それにしても何故こんなところに」
「ラパン、こっちに来てくれ。 治癒をかけられるか?」
「あんた治癒もできるのか?! 頼む、治してやってくれっ」
気色ばむ人攫いだったが、ラパンと呼ばれた傭兵は、倒れている鉈の男を見て首を横に振った。
「もう無理だ」
……ラパン? 聞いたことが……。
記憶を思い出す前にやることがある。
事切れた鉈の男から一番離れたところで顔を引きつらせている棍棒の男の背後から飛び掛り、棍棒を持っている右腕に牙を立てる。
「ひぃがぁあっ!! だ、誰かっ! 狼があぁっ!!」
我武者羅に腕を振るってあたしを振り切ろうとするが、深く食い込んだあたしの牙は離れない。
ぐっと顎に力を入れると、口の中で骨が砕ける音がしたので、すぐさま口を離し繁みの中に飛び込んで追ってこない位置まで離れる。
危ない危ない、離脱するとき耳元に聞いた風を切る音、あれは傭兵の一人が剣であたしを切りつけた音だ。
「なんでこんなところに狼が居るんだよぉっ!」
「煩い、今、治癒してやるから黙っとけ。 ヤツの標的になるぞ」
ラパンと呼ばれていた男が、治癒を掛けるために痛がる棍棒男の右腕を見ている。
完全に治癒されたら厄介だが、そこまでするならかなり時間が掛かるから、痛みを取る術を掛けるのがせいぜいだろう。
しかし、これで残る戦力は二人。
魔法を使っている最中は余所見ができないから、ラパンは無視できるし、それを守るためにもう一人の長身の傭兵……スピアーノも動ける範囲が決まってくる。
次のターゲットである、鉈の男二号のすぐ傍の繁みに移動し、低く唸り声を上げる。
「ひぃっ!! お、狼がっ!! こ、こんなところで死ねるかっ! 死ねるかぁっ!!」
「お、おい! ちょっと待てっ!!」
「たかが犬ころ一匹! 畜生に人間様の力、見せてやらぁ!!」
単純馬鹿
闇雲に鉈を振って追いかけてきた男を、森の闇の中に誘い込み、疲れて勢いが無くなったところを鉈を持っている手に噛み付き鉈を取り上げ、更に身を翻してその喉笛に牙を食い込ませ引きちぎる。
声無き断末魔は誰にも聞き届けられない。
哀れな悪党の末路だ。
繁みを揺らさないようにしながら、風下へ迂回してから奴等のもとへ戻る。
「どうするよ、依頼人はあんただけんなっちまったぜ」
スピアーノが周囲を警戒し、ラパンが棍棒の男に話掛けている。
どうやら撤収することを勧めているようだ。
「俺達の受けた依頼は”荷物1つの運搬”だったはずだが? どうやら、その依頼内容も不備があるようだしな」
「に、荷物は荷物だっ。中身はなんであれ、運ぶのがあんたら”運び屋”だろうっ」
ああ! ”運び屋”のラパンとスピアーノ!
いっつも貧乏くじを引くことで有名な、2人組みの事をやっと思い出した。
確か彼等は”生き物”は運ばないはずだ。
以前は普通に生き物も運んでいたけど、一度猫姿のあたしを運んだ時に散々な目にあったせいで、それ以降生き物を運ぶことは辞めたはずなんだけど……。
まだ、懲りてなかったのかしら?
「俺等は生き物は運ばないって言ってあっただろうが。 お前ら、俺達を謀っただろう」
「ひっ! あ、あんたら程腕の良い運び屋はいねぇんだよ!」
……運は良くないけど、腕は良いらしいよね。
むかし……北の学都で魔法学校に通っていた頃に、彼等の噂は聞いていた。
ラパンはあたしの通っていた魔法学校の卒業生だったし、スピアーノはその彼の幼馴染で、ラパンが卒業するまで学都の自治隊に所属していたそうだ。
2人とも所謂イケメンなので、あたしの周りに集まった女生徒達が聞いてもいないことを沢山教えてくれたっけ。
そして、いつぞや”頭の良い猫”としてあたしが売られた時に運んでいたのが彼らだ。
隙を見て檻を破壊し、散々周囲を引っ掻き回して脱出してやったことが軽くトラウマになっているらしいと、風の噂で聞いたが、まさかあの程度でトラウマになるはずもないから、もっと他の要因があるんだろう。
「生き物の運搬は俺達にとって鬼門なんだよ! それにあんたも見ただろう、あの立派な黒狼! 俺達はなぁ、真っ黒い動物が出るときは絶対その仕事は請けない事に決めてるんだ!!」
ラパンが怒鳴ると、スピアーノがウンウンと頷く。 それでも言い募る棍棒の男だったが、この分だと二人は手を引くだろう。
……そんなに真っ黒い動物に嫌な思い出があるんだろうか?
きっとあたしもその一端を担っているだろうが、あたしの事だけじゃない……よね。
もう追ってこないことは確定なのでこそこそすることはせずに、草が体に当たり派手な音がするのも構わず身を翻してその場を離脱した。