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21話 休息

 寝息を聞いていると、こっちまで眠くなってくるな。 (あたし)の内側で丸まって眠る皇子様の寝息に持っていかれそうになる意識を何とか立てなおし、ぱちぱちと爆ぜる焚き火の様子を見ながら、時折周囲の様子にも耳をすませておく。


「ありがとう、アルト」

 低い柔らかい声音でアクセルから声を掛けられゆっくりとそちらに目を向ければ、上着を脱いだアクセルが皇子様にそれを掛けた。 魔法剣士が使うだけあって、高級なその上着は対魔法だけじゃな く、防寒に優れていると聞いたことがある。


 それを皇子様に掛けるなら、(あたし)の毛皮は用済みよね。

「アルト、こっちへ」

 皇子様から離れながらアクセルがあたしを呼び寄せる。


 皇子様から少し離れた位置に座ったアクセルに応じるわけじゃないが、あたしも皇子様から離れ火の傍に陣取る。

「少し話がしたい」


 ……話ったって、()の姿じゃ無理じゃない?

 ゆっくりと火を迂回してアクセルの傍に行くと、シャツ姿のアクセルに抱きすくめられる。

『あんた、寒いんじゃないの? 皇子様を優先しなきゃなんないのはわかるけど……。 大変ねぇ』

 大人しく抱きしめられながら、(ねぎら)ってやる。


「アルト、夜の内に人間に戻って魔力を回復しておけ」

『…この状態でどうやって……って! エロめ!』

 そうでもないか?


 あたしはアクセルの好みのタイプではないみたいだし、昨日だって一晩一緒に寝たのに全く何も無かったわけだし。

 確かに、今のうちに少しでも魔力を回復させておかないと、明日城に戻る最中に魔力切れで変化が解けるなんてことになりかねない……。

「皇子も居る、手を出したりしないから安心しろ」

 ストライクゾーンじゃないくせにそんなことを言う、リップサービスなんて似合わないのに。

『……絶対だよ』


 念を押したが、どうせ何度も見られてる裸だ、腹をくくろう。

 なぜかアクセルが狼姿のあたしを抱きしめて離さないから、仕方なくそのまま魔力の循環をカットして変化を解いた。

「…離してくれない?」

「離したら寒いだろう。 裸のまま夜を越す気か?」

 確かにそれは寒いわね、仕方が無いからアクセルのシャツを奪おう。

「やめんか。 そんなことをするよりも、こうしたほうが温かいだろう」

 そう言うと、前を開いたシャツの中にあたしを抱き込んだ。

 生肌同士が密着して…確かに温かい。

 問題は羞恥心だが、それは、まぁ、この際根性でねじ伏せよう、凍死するような寒さじゃないが、さすがに風邪はひきそうだし。

「……今回だけ、だからね」

 アクセルの膝の上に楽な体勢で座り直してがっちりと分厚い上半身にくっつき、その温もりに小さく吐息を漏らす。


「あぁもうっ、眠っちゃいそうだわ」

「眠る前に聞きたいことがある」

 低い声に問われ、顔を上げる。

 アクセルは焚き火の方を見ながら、続ける。


「トレノ皇子は一体どこに居たんだ? 何かあったんだろう、口の周りに血が付いていた」

 毛が黒いから血がばれてないかと思ったけど、やっぱり気づいていたんだ。

「人攫いに捕まってた。 多分二人組み。 小屋には犯人の一人と、袋に入れられた皇子様が居たから、犯人に致命傷を負わせて追い出して逃げてきた。 もう一人はわからないわ」

「…怪我はしていないか?」

 ちょっと考えて頷く。

「もしかしたら打撲くらいはあるかもしれないけど、それは城に戻って主治医にでも確かめてもらってよ、とりあえず走れるくらいは元気よ?」

「いや、皇子じゃなく……」

 ふむ? あたし?

 ニヤリ…湧き出した悪戯心の赴くまま、すりっ、とアクセルに体を摺り寄せる、無論、裸の胸をだ。

「ね……アクセルが、確かめてみる?」

 吐息が首筋に掛かるように囁けば、アクセルが硬直した。

 懐くように頬を摺り寄せ、両腕をアクセルの背中にまわす……筋肉質で大きな体だから、手が回らないけど。

 思いのほか体温が高くて、心地よかった……まぁ汗臭いのは我慢しなきゃならないけど。

「アクセル、温かい」

 吐息混じりに囁くと、シャツ越しの両腕に抱きしめられ、頭上に呆れを含んだため息が落とされた。

「お前は…男の理性を試して楽しいか?」

 低い声で囁かれ、アクセルを抱きしめていた腕の力を緩め少し思案する。

「……別に楽しくないわね。 でも、こうしてるのは気持ち良いわ」

 もう一度そっとアクセルの肌に頬を寄せる。


「…お前は…まったく……っ」

「アクセル」

 遠くに聞こえた音に、あたしはアクセルに注意を促し、名残惜しいぬくもりからはなれる。

「皇子様を探してる人たち? それとも」

「わからん。 来る途中で探索隊に声は掛けてあったが…。 犯人かもしれない」


「了解、我が内に宿る魔力よジ・イーリマ・ステャ我が体を組み替えよジ・シェ・ロウ狼へ(ジェドゥ)


 狼へ変化している間に、アクセルが焚き火を消し皇子様を起こす。

「誰かが近づいてきます。 アルトの傍に」

 シャツのボタンを留める時間を惜しみ、上着を羽織るアクセルが低い声で皇子に注意を伝える。

「は、はいっ」

 目覚めの良い皇子様で助かるわ。

 いつでも剣を抜ける体勢で周囲を警戒するアクセルの後ろ、皇子様をアクセルとの間に置いて後方に意識を向ける。


 風に乗って、嗅いだことのある匂いに気づく。

 ……敵か。


 皇子様を攫った犯人の一人の匂いの他に、数名居るようだ。

 こちらに来るまでに僅かに時間が有る。

『アクセル、犯人よ』

「どうした? 敵、なのか?」

 ああもう、人間語喋れないって本当に不便っ! 時間が無いってのに!


 思い切って魔力を切って人間に戻る。

「え、わわっ!」

「煩い、皇子様、目ぇ瞑っておけ! アクセル、犯人が来る。一人じゃない、複数よ。 あたしがひきつけておくから、あんたは皇子様かついで城に向かって」

 いま此処に全員で残っても、皇子様を危険に晒すだけ。

 かといって、あたしじゃ皇子様を担いで逃げることはできない。

 せいぜいできるのは敵をひきつけ、数を減らすこと。

「アルト! お前が皇子をっ」

「それができないから、あたしが残るって言ってんのよ! あたし一人なら、どうとでもなるの理解できるでしょ?」

 あんたをブッちぎった足があるんだから。

「皇子様連れて、行って! 早くしなさいっ!! 皇子様、しっかりアクセルに掴まってんのよ? 手ぇ離したら落ちるからね」

 問答無用で皇子様を持ち上げアクセルの背中に乗せ、目を見て皇子様に注意をする。

「わかりましたっ。 あの、アルト…? 大丈夫、ですか?」

 心配そうにあたしを見る皇子様。

「心配しねぇで、ガキは大人に守られてりゃ良いんだよ。 アクセル、行って! 我が内に宿る魔力よジ・イーリマ・ステャ我が体を組み替えよジ・シェ・ロウ狼へ(ジェドゥ)

 黒狼の姿に変化し、森の中へ飛び込む。



 背後でアクセルが何か言ったが、走り出したあたしの耳には届かなかった。


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