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20話 合流

我が内に宿る魔力よジ・イーリマ・ステャ我が体を組み替えよジ・シェ・ロウ狼へ(ジェドゥ)



 視線が低くなり、嗅覚が鋭くなる。


『もう目を開けていいわよ』

 黒狼(あたし)の声を受けて、皇子様が目を開け一瞬びびる。

「えっと、貴女が?」


『いいから、行くよ、付いてきて』

 顎をしゃくり、皇子様が付いてくるのを確認してボロ小屋を脱出した。


 まだ奴等の匂いはしないが、風下から来られていたら気づけなかったりすることもあるので、一刻も早く脱出したかったりする。

 皇子様の足にあわせた速度で走りながら、周囲を警戒する。

 せめてアクセルと合流できたら良いんだけど。

 結構早い段階ではぐれちゃったからなぁ…。

「はぁっ、はぁっ、はっ、っつ」

 息切れてるし。

 情けない皇子様だなぁ…まだまだ距離あるのに。

 ゆっくりと速度を落として止まる。


「す、すみま、せっ」

『少し休憩しよう』

 息を切らせて汗を拭う皇子様を木陰に座らせて、あたしはうろうろしながら周囲を警戒する。


 こんな風に、自分以外の人間をかばいながら逃げる事が初めてだから、どの程度警戒すればいいのかわからないから……疲れるぅぅ。

 それも、国の重要人物の護衛なんて…気が重い。


 ちらりと視線を皇子様に向けると、目が合った。

 赤みの強いブラウンの瞳は意思が強そうだ。

 皇子様の傍に戻って見下ろす。

『少しは元気になった?』

「えぇと、貴方、人間ですよ、ね?」

 ……元気になったようだから、先を急ごう。

「ちょ、ちょっと待ってください、気分を悪くされましたかっ、す みませんっ」

 顎をしゃくって起立を促し、先に立って歩くあたしに皇子様は慌ててついてくる。


 周囲を警戒しながら歩く。

 走ってもすぐばてるなら、歩いてもそうは変わらないだろうし、歩いているほうが周囲に気を配れる。

 ……隣を歩く、皇子様が黙って歩いてくれた場合なんだけどね。


「もうすぐ、誕生日なんですが…その時にボク、沢山の候補の女性の中から結婚相手を決めなきゃならなくて……そんなこと言われても、ボク…まだ好きとか、そういうの、全然わからないのに……」

『うじうじ煩ぇな。 そういう立場なんだから諦めろや』

「そうですよね、酷いですよね! なのに、父上も母上も…妹まで、情けないとか、腹をくくれとか、自分ごとじゃないからって」

『馬っ鹿じゃねぇの。 十中八九おめぇの妹の方がバリバリ政略結婚の被害にあうだろうが、てめぇの方が選べる分マシだろう』

「やっぱり、あなたも酷いと思いますか! 王宮での暮らしも、堅苦しいばかりで、息の付く暇も無いんですよ。 朝から晩までスケジュールが決められていて、朝だって9時には起きなきゃなんないんですよ!」

『うっせぇよ、クソ坊主。 てめぇは食うもん無くて、道端の草を食った経験も、着る服が無くて凍えた経験もねぇだろうが。 不満あげつらって不幸顔してんじゃねぇよ』

「ね、酷いでしょ? 王族ったってそんなもんなんですよ、もう、ほんと、庶民に生まれたかった」

『……獣語が通じなくて、心底良かったよ。 くそ皇子』


 こんな会話(?)を続けながら城に向けて歩いていると、僅かに知った匂いを鼻に感じた。


 突然走り出したあたしに、皇子…様(敬称つけなくて良い気がしてきた)も慌てて付いてくる。

 走っているうちにどんどん匂いが強くなってきて。


「アルト! トレノ皇子!?」

 無事、皇子様をアクセルの前まで連れてくることができました。

「アクセラレータ……」

 アクセルを認め立ち止まってしまった皇子様の後ろに回りこみ、退路を断っておく。

 大股で近づいてくるアクセルも、しっかり息が上がっている。

「皇子、探しましたよ。 城の者達も探しております、さぁ、帰り ましょう」

 果たして、素直に城に帰るだろうか、この坊ちゃんは…。

「迷惑を掛けたな、アクセラレータ。 すまなかった」

 あれ?

 しおらしくアクセルに頭を下げる皇子様からは、さっきの子供じみた悪態をつく様子は微塵も無かった。


 なんていうか、肩透かしを食らった気分だわ。


 アクセルを先頭にして間に皇子様を挟み、後ろにあたしが付く形で城に戻っている。

 まだ城まで大分あるが、アクセルと合流したことで随分とあたしの気も楽になった。


 狼になったときのあたしの足はかなりの脚力を誇る。

 人間の姿だと3日かかるところを1日で走破したこともあるくらいだ。

 そういえばボロ小屋まで到達するのに、本気で走って半日程掛かったっけ…、ってことは、人間の足で1日くらいは掛かるということか、皇子様にあわせると下手したらもう少しかかるかもな。

 日が傾いた空を見上げ、ため息が出る。


「今日はここで野宿しましょう」

 小川のそばの少し開けた場所で、アクセルが宣言した。

 まぁ、妥当な判断だろうね。


 小川で水を飲むときに、血でカピカピになった毛を洗うために小川に飛び込み、ついでに魚も人数分取ってみた。

「ああ、アルト、助かる、ありがとう」

 枯れ木を拾って焚き木にしていたアクセルに渡すと、器用に串刺しにして常備しているらしい塩を振って焚き火の傍に刺した。

「彼女は、アルトという名前ですか?」

 おずおずといったふうに、皇子様がアクセルに尋ねる。

「……彼女の姿を見ましたか」

 それには答えず少し低い声でアクセルが確認すると、皇子様は首 を横に振る。

 ちらりとアクセルの視線を感じたがとりあえず無視。

「声だけ、聞きました。 女の人ですよね?」

 アクセルは手元の魚の焼き具合を確認しながら、皇子様の質問に頷く。

「ええ、女性です」

「アクセラレータの、部下ですか?」

「違います」

 子供相手に…というか、皇子様相手にそんな素気無い答えでいいのか。

 まぁ、あたしは会話に参加できないからどうでもいいけどー。


 火の傍に伏せて楽な姿勢で魚が焼けてゆくのを見守る。


 アクセルと会話するのを諦めた皇子様が、あたしの隣に移動して きた。

 顔をそちらに向けると、皇子様と目が合う。

「えぇと、アルト…さん? 助けていただいてありがとうございました」

『別に、あんたの為じゃないわ』

 あたしはあたしの罰と引き換えに皇子様を連れてきただけだし。

 短く応えて、視線を魚に戻す。


 その後はほとんど会話も無いまま、焼けた魚を食べ、疲れと緊張が途切れたためにだろう、うとうとしだした皇子様を草の上に寝かせた。

 肌寒いのか体を小さく丸めて眠る皇子様が少しだけ可哀想で、火の当たらない背中側から覆いかぶさるように包んでやる。


 どうだ、天然毛皮は暖かいだろう。

 うっすらと目を開けた皇子様は、(あたし)の温もりに気づき、ごそごそと体を動かして寝やすい体勢をつくるとすぐにまた深い眠りについた。


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