2話 不審猫
とまぁ、おおむね平和なある日、見慣れない一匹の猫があたしのテリトリーに入ってきた。
『よぉ、見ない顔だね。 どこから来た』
明らかにあたしより大柄のトラ猫を見下ろし、木箱に乗ったまま声を掛ける。
遠巻きに茶色やチビが伺っている。
『みゃー』
みゃー?
『お前、どこから、来た』
聞き取れなかったかと思い、短いセンテンスで言い直す。
トラ猫が声を発する。
『みゃー』
は?
………これは、もしかして。
すっくと箱の上に立ち上がり、軽やかに飛び降りる。
トラ猫が軽く後ろに引く。
いや、引くなよ、お前の方が大きいんだし。
威嚇はせずに近づき、緊張している風なそのトラ猫の臭いを嗅ぐ。
ふむ、やはりなぁ、異常に人間臭い。
猫語を解せず、異常なまでに人間臭いとなれば、答えはひとつ。
おまえ人間だろう、なにやってんの? こんなとこで。
がっくりと肩を落としたあたしを、トラ猫人間がじっと見つめている。
ああ、いかんいかん、あたしが人間だとばれるわけにはいかない!
人間が猫として堂々と縄張り主張してたり、餌もらってたりするのはかなり規格外だし、人として恥ずかしい。
故に、あたしが取るべき対応は一つ。
『出て行け! ここはお前の来るべき場所じゃない!』
歯を剥き、毛を逆立てる。
トラ猫が怯えたように数歩後退る。
いくらあたしより体格が良くても、猫としての格はあたしの方が上、負けるわけが無い。
シャー! と威嚇したら、踵を返して逃げていった。
はんっ、意気地が無いの!
箱の上の定位置に戻り、ムカムカした気分のまま寝そべる。
『姉御ー、強い! 姉御、好きー!』
『しゅきー! あにぇご、しゅきー!』
喧嘩後の気の立ってるところに来るんじゃないっての!
茶色とチビを威嚇して追い払う。
なんだったんだ、あのトラ猫人間。
あたしと同じように変化の術だろう、猫語と体臭以外は完璧だった。
あたしは変化だけで言えば通っていた魔法学校ではトップを張っていた、他は地を這っていたが……。
教師よりも上手に変化し、変化時間も桁違いに長い……普通の人間ならば丸2日も変化していれば、魔法が切れて人間に戻ってしまうが、現在のあたしは1週間は変化し続けられる、週に1度は人間に戻って魔力を回復させないといけないが。
変化には魔力が必要だから、あたしの魔力自体かなりな量があるってことだ。
まぁ、その魔力を変化以外に使えなかったあたしは落ちこぼれだったわけなんだけど。
ふっ……今のあたしは、この国随一の変化使いだろう。
国一番の魔法使いより上手い自信がある!
なにせ、命がけだからな!!
だからあんなふうに、度胸試しの如く猫社会に入ってこようとする輩は気に食わない。
くわっ! 次に会ったら、問答無用で引っかいてやる!!
だけど日が経つにつれ、あのトラ猫人間に取った行動が正しかったのか不安になる。
もしもだよ?
もしも、あのトラ猫人間もあたしと同じように、人間社会で生きることができなくなって、猫になったのだとしたら……。
あたしだけが、あのトラ猫人間を助けられたのかも。
いや、そうだとしても、あたしみたいに長い時間猫で居られるはず無いんだから、猫社会に入るのは無理だ……。
うん、だから、あたしの対応は間違ってない……間違ってないんだ……。