19話 跡を追う
「我が内に宿る魔力よ、我が体を組み替えよ、狼へ」
久しぶりに狼に変化した。
やっぱり、猫よりもこっちの方が体が楽。
変化の対象が自分の体より小さければ小さいほど、魔力の消費が大きい、勿論自分より大きくても同じように負担がかかる。
「黒狼か…美しいな」
狼に変化したあたしを、目を細めてアクセルが見つめる。
『さぁ、匂いを辿るわよ、着いてきて』
「……やっぱり言葉は話せないんだな」
あらかじめ出してもらっていた皇子様の匂いを嗅ぎ、バルコニーに出てその匂いの行方を辿る。
白猫が言ったように、皇子様は飛んだようね。
匂いが宙にまぎれている。
だけど浮遊の魔法は長距離を飛べるものじゃないから、せいぜい20マータ程度だろうバルコニーから身を乗り出し鼻を利かせる。
よし、こっちだ!
『いくわよ、ついてきて』
バルコニーに足を掛け宙に身を躍らせる。
2階程度の高さなら飛び降りるのに問題は無い(狼状態の時は)。
アクセルも難なく飛び降りてついてきた。
それを確認してから、匂いのうっすらと残る繁みに飛び込む。
そこからはもう、ダッシュです。
こういうのは一気にやってしまうのが一番だ!
後ろを離れずアクセルがついてくる。
狼の足に付いてこれるなんて、なんて身体能力だ。
さすが上級魔法剣士ー、すごーい。
じゃ、本気出しても大丈夫よね?
ちらりと振り向いてアクセルに視線を飛ばし、まだ余裕ありそうな様子に遠慮なく速度を上げる。
えぇ、”ついてこれるもんなら付いて来いやぁ!”というノリではあったんだけど。
まさか、本当に撒いちゃうとは思わなかった…どうしよう。
一応まだ匂いは辿ってる。
森の人気の無い細い街道をひた走っている、人間が歩いているときは匂いであらかじめ察して道を逸れて迂回しなきゃならない。
スンッ、と鼻を鳴らしてもう一度匂いを確認する。
皇子様の匂いに合流した臭い。
煙草、汗臭い、男の臭いが二人分ある、あと少量血の臭い。
血の臭いは誰かがここで出血したようだ、でも血痕は残っていないから致命傷ではない。
皇子様の匂いの雰囲気が変わってる、何かに遮断されたような感じからして、多分何かに包まれるかどうかしたんだろう、あたしが誘拐犯なら麻袋に放り込む。
しかし、こんな王宮近くで人攫いなんて……。
確か王族って結構美形一家だったはず、美形=金になる。
金になるなら多少のリスクには目を瞑るわよね。
見た目の良い平民の子供が、人通りの無い夜の道を歩いていれば、それはもう攫ってくれって意味だもんね。
『はぁぁぁ.……』
狼の姿なのに、ため息が出ちゃったわよ、ついでに魂も抜けちゃうかと思った。
『めんどくさぁぁぁ』
でも、皇子様を連れ戻さなきゃ、アクセルの言うことをひとつ聞かなきゃならない……。
このまま逃走するって手も無いわけじゃないけど…そうしたらあたしも、あたしを貶めた人間達と同じ下種になってしまう。
伏せていた体を起こし、ぶるりと一つ身震いをして気合を入れなおす。
アクセルを待っている時間が勿体無いから、匂い…いや、男達の臭いを辿って走る。
案の定、街から逸れたボロ小屋へたどり着いた。
大荷物抱えて街の中へ入るなら犯人が2人じゃ足りないし、街中じゃない方が他の地域に出荷しやすいだろうしな。
ボロ小屋を一周したあと、小屋の風下にまわり込み伏せた状態で様子を伺う。
一人はここに居ない、もう一人はどうやら残っているようだ。
どうせなら二人ともどっか行っておけよ。
思わず舌打ちをしつつ(狼だからできないけど)、それでも一人ならばなんとかなりそうだと思い直す。
もう一人が帰ってこないことを確認しつつ、素早く小屋に近づき聞き耳を立てる。
中から声は聞こえない、軽くいびきは聞こえるので、もしかしたら犯人の一人は寝こけているのかもしれない。
もう一度鼻を鳴らし、中に居る人数を確認する。
男が一人に、皇子様らしき匂い(かなり薄いが)が一人。
……さてと、気合を入れるか。 ふぅーふぅぅーと呼吸を整え、覚悟を決める。
唸り声が喉の奥から出てくる、周囲の森に居た小動物達が狼の殺気にあてられて逃げ惑う。
遠吠えの一つも上げたいところだが堪えて、立て付けの悪そうなドアに体当たりをかます。
1回じゃ破れず2回目でドアを破壊できた。
「な、な、うわぁぁ!!」
突然の狼の襲撃に、目を覚ました男が丸腰でうろたえているのを見つけ、すかさず飛び掛る。
「ひぎゃぁぁぁ!!」
噛み付きやすかった右腕に牙を立て使い物にならなくしてから、左足も頂く。
「いだぁぁぁ!! ぎゃぁぁぁ!!」
反撃もせず、逃げを打つ男にそれ以上の致命傷はいらないだろうと判断し、逃げるのを見逃してやる。
息の根を止めておいたほうが後々楽なんだろうな…。
そんなことを考えながら素早く小屋の中を見回せば、大きな麻袋が目に入った。
鼻を近づけて確認するまでもなく、コレがあれか。
あたしが近づくとビクリと強張った様子を見れば、中の皇子様は意識が覚醒しているみたいだ。
うぅむ、恐怖だろうな、かなり。
でも、ここで時間を食っている場合じゃない。
しっかり結わえられている麻袋の紐を獣の口で解こうと頑張ってみたが無理っぽかったので、面倒だから袋を牙で裂いた。
中に居た皇子様は両手両足を縄で縛られ、口に猿轡を噛まされながらがちがちと震えている。
あら、皇子様って金髪じゃなかったかしら、綺麗に茶髪だけど、カツラか毛染めでもしたのかしらねぇ。
御歳11才だったかしら……失禁してないだけ、上等よね。
などと思いながら、怯える皇子様に近寄り、頭を前足で押さえ猿轡の結び目を外してやる。
恐ろしさに目を瞑っていた皇子様だったが、口から枷が外れると恐る恐る目を開け、あたしを見た。
その目を見ながら、ゆっくりと頷いてやる。
人語がわかるんだと、あんたの味方なんだと理解してくれるといいな。
ゆっくりと後ろに回り、後ろに縛られている手の拘束を解こうと、縄に牙を掛けるが…やはり口で解くのには限界があるな……。
時間もないし、仕方ない。
皇子様の頭に前足を乗せ、こっちを向かないようにしてから、変化にめぐらせていた魔力を遮断する。
前足だったのが、人の手に代わったのに気づいたのかこっちを見 ようとする皇子様を制止する。
「こっちは見ないと約束してください」
裸の上、口の周り及び広範囲に、ヤツの血を浴びているので結構スプラッタだったりするし。
「わ、わかりました。 見ません」
お行儀の良い答えに頷き、手足の拘束を外してゆく。
くそ、どんな結び方してんだか! なかなか外れないぞ、と。
「あの、あ、貴女は?」
皇子様が少し緊張が解けたのか聞いてくる。
「あたし? あたしは皇子様を助けにきたの、よっと。 よし、足のは外れた! もうちょっと待ってね」
あとは手の方だけ!
急がないと、あいつ等が戻ってこないとも限らないし。
「わた、ボクの事、知ってるんですか?」
「知ってるから助けてんでしょ! あぁもうっ、何この結び方。
あんたもねぇ、護衛もつけずに脱走すんのやめてよ、迷惑だから」
もうっ、本当、何この結び目! ムカつく!!
「何があったのか知らないけどさ。 つぎやるときは、ちゃんと護衛なりなんなりつけてってよね! よっし、外れた…って、こっち見んな!」
こっちを向きそうになった頭を押さえる。
「約束の一つも守れねぇのか、オウジサマは?」
皇子様の後ろから手で目隠ししたまま、耳元でドスの効いた声で脅すと、びくりと皇子様がすくんだ。
「す、すみませんでしたっ」
「恩人の言いつけぐらいきっちり守ろうな? わかったか?」
「わ、わかりましたっ!」
返事は良いんだよなぁ。
「城に戻るよ、あたしが先導するから後ろを付いておいで。 わかった?」
「わかりましたっ」
「じゃぁあたしが合図するまで、目ぇ閉じてなよ」
皇子様の返事を待たずに詠唱を始めた。