12話 意思疎通
野良猫は大抵空腹である、それはボスであるあたしも同じだ。
執事さんがせっせと用意してくれたMYベッドは、アクセルのベッドから一番離れた日当たりの良い場所に設置された。
円形のクッションにふわふわの毛布まで用意してもらった。
眠いアピールをしてしまった為に、そのできたてのベッドに下ろされ、そっと毛布を掛けられ、優しく頭や首を撫でられる。
風呂に引き続き、居た堪れない感が拭えないのですが、我慢する。
目を瞑り狸寝入りを決め込んでしばらくすると、やっと執事さんが離れてアクセルの居る隣室に戻っていった。
アクセルが様子を見にこっちに来るかと思ったが、なにやらあっちの部屋で執事さんと話し合っているようで、ぼそぼそと聞こえて
くる声は小さくて良く聞き取れないが、時折聞き取れる単語から、どうやら黒猫の飼育方法について話し合っているようだ……暇人どもめ。
向うの書斎の豪華さとは打って変わって寝室はシンプルだわ。
ベッドは確かに大きいけど、サイドテーブル他家具類は機能重視で派手な装飾は一切無い。
とりあえず香水臭かったりしなければ、猫として生活するのに問題はない。
そういえば、この家の人たちは、アクセルをはじめ、メイドさんも執事さんも香水の強烈な臭いがしない、するのはリネンに吹き付けるような柔らかな自然の香りぐらいだ。
……前に捕まった金持ちの家は、どこもかしこも下品な香水の臭いでくらくらしたっけ。
まぁ、一番好きな臭いは、焼き魚の匂いなんだけれどもね!
とか考えていたら、お腹がぐーぐー鳴り出した。
先程飲んだミルクじゃ腹の足しにならない、さっき人間に戻ったときにご飯をお願いすればよかった。
「アルト? 寝ているのか?」
どうやら話し合いは終わったらしく、あたしの寝床へやってきたアクセルはだらしなく寝そべっていたあたしに声を掛ける。
『起きてるわよ』
ちらりと視線を向けて、応える。
お腹がすいて力が出ないだけ。
「随分と勢いがないな。 具合でも悪いのか?」
少し心配そうな声音に、顔を上げる。
そうだ! 拉致られてるんだから、ご飯ぐらいたかったっていいわよね!
体を起こし、しゃがんでいるアクセルの膝に前足を掛けて立ち上がる。
『ご飯! ご飯! ご飯!』
以前、諸国を旅している人に聞いたんだ、たとえ言葉が通じない国だとしても、心を込めて「水」を連呼すれば心が通じて必ず水を分けてもらえるって!
今回はご飯だけどね!
心を込めて、ご飯を連呼。
そして首を傾げるアクセル。
「何を言いたいんだ?」
くそっ! この唐変木がっ! あたしの魂の叫びを察しろ!
仕方ない、ボディーランゲージで伝えるか。
『何か、食べるものを、よこせ』
言いながら、片手で自分の口を撫でる。
「…口?」
そうそう! 口! 口といえば、食べる物だってば! ご飯プリーズ!
アクセルの膝に手を付いて伸び上がり、期待に満ちた目で見上げる。
「え、っと、そういうことなのか?」
なぜか動揺し、少し考えるそぶりをしたアクセルだったが、ウンウンと頷くあたしを見て顔を笑みを浮かべた。
「できれば、人間に戻っているときがいいのだが」
照れたようにそう言いながら、あたしを抱き上げ……。
チュゥ
あろう事か、黒猫の口にキスしやがった。




