11話 猫パンチ2
ノックされたドアに、あたしもアクセルも動揺する。
「!?」
「っつ! ちょっと待て! 入るな!!」
アクセルがドアまで行き、開けられないように押さえ、あたしは大急ぎで魔法言語を唱える。
「我が内に宿る魔力よ、我が体を組み替えよ、猫へ!」
しゅるしゅると体が縮み黒猫の姿になる。
それを見届けて、アクセルがドアを開く。
「失礼致します。 いまどなたかいらっしゃいませんでしたか?」
訝しげな表情をする執事さんにアクセルが咳払いしてしらを切る。
「いや、俺とアルトしかいないが。 それよりも何かあったか?」
さらっとあたしの名前出したわね。
服の中に潜り込んでしまったあたしは、もぞもぞと布を掻き分けて服から脱出する。
「彼女…えぇと、アルトさんという名前にしたんですか?」
「ああ」
短く応えるアクセルに頷き、執事さんは両手に荷物を持ったままあたしの方へ来る。
一人掛けソファにアクセルの服を下に敷き座るあたしの前にしゃがみこむ。
「ご挨拶が遅れました執事のセオロスです、よろしくお願いいたしますアルトお嬢様」
握手するように手を出してきた執事さんの手の上にポンと肉球を乗せる。
『こちらこそよろしく、セオロスさん』
あたしも挨拶をすると、執事さんの表情が柔らかくなる。
……メガネと口ひげでわからなかったけど、実は若い?
そういえば、お風呂に入れられたときに見たシャツ姿、しっかり筋肉質だったわね……。
詮索はやめよう、おじさんだと思ってたほうがなんだか精神的ダメージが少ないし。
執事さん、こっそり肉球ぷにぷにするのはやめてください。
「賢いですねぇ」
てち、てち、てち、てち、と執事さんの手を肉球パンチする。
に く きゅー を 触 る な!
それがまた執事さんの心の琴線に触れてしまったようで。
持ってきた荷物を丁寧な仕草で横に置くと、その緩やかな動作に反する素早さであたしを捕獲した。
『なに!?』
「あぁ、本当に御可愛らしい。 旦那様、アルトお嬢様を一晩お貸しください」
あたしに頬擦りしながら、真剣にアクセルに交渉する執事さん……。
「駄目に決まってるだろう! それよりも何の用だ? 呼んでいないぞ」
「そうでした。 アルトお嬢様のベッドの準備をしに参りました」
そう言ってあたしを抱えたまま、横に置いたあった荷物を拾い上げる執事さん。
あたしの事は置いて行って構わないんですけど?
「ベッド? 俺のベッドでいいだろう」
当たり前のように言うアクセルに執事さんは首を横に振る。
「旦那様、猫は”寝る子”と書いてネコと呼ぶことがあるように、一日の大半を寝て過ごすものなのです。 従って、その大半を過ごす寝床をいかに快適に作り出してあげるか、それが猫を預かる者にとっての命題ともいえるのです(嘘)。ですから、アルトお嬢様専用の寝床を御用意させて頂きました(ご主人様といえど、アルトちゃんと同衾などという……羨ましいこと……許すわけには参りません)よろしいですね」
執事さんの有無を言わせぬ迫力に、首を縦に振るアクセル。
まぁ、あたしはどうでも良いんだけど。
アクセルの了解を取り付けた執事さんは、あたしを抱っこしたまま、先程アクセルが服を取ってきたドアへと向かう。
「セオロス、アルトは置いて行け」
背中に掛かった声に、執事さんは足を止めあたしを見下ろす。
なに?
「アルトお嬢様、寝床の場所を決めようと思うのですが、お決めになりますか?」
えぇと、ここで頷いたらあたしが猫じゃないってばれるわよね。
だから、猫らしく、ふいっと目を逸らし、あくびをしてこてんと頭を執事さんの胸に預けた。
興味ありませんよ。
「おや、眠くなりましたか? ふふっ。では、急いで用意しましょうね」
いつも冷静ですこぶる有能な執事が、スキップでもしそうな雰囲気で黒猫を抱いたまま寝室に消えるのを愕然とした表情で見送るアクセルだった。




