10話 対話
部屋に戻った魔法剣士は一人掛けソファにあたしをそっと座らせ、それに直角に置かれているゆったりとしたカウチソファに座った。
……最初からこうやって座らせてくれれば、暴れたりしなかったのに。
あたしは先程メイドのおばちゃんが用意してくれた目の前のぬるいミルクを舐め……、いや、あの、牛乳好きだし、お腹すいてるし。
その様子をほほえましそうに見られているのはイヤだが、背に腹はかえられないわけだ。
「俺の名は、アクセラレータ=アウトバーンだ、君の名は?」
『猫語で言ってわかるの?』
「……人間に戻らないか?」
魔法剣士アクセラ…アクセルでいいか…は少しあたしから視線を外しながらそう提案した。
『エロめ!』
とりあえず、突っ込んでおく。
「いや! 下心は無い! ここに着替えを置いておく、俺も部屋の外に出ているから、その間に人間に戻ってくれ」
まぁ、それならいいかな。
頷くあたしに、廊下に出るのとは別のドアから出てすぐに戻ってきて持ってきた衣類一式をソファに置いてアクセルは廊下側のドアから部屋を出た。
ドアの前まで歩いていってドアの外の様子を伺うが、うん、こっちを覗いている様子はない。
ソファまで戻って変化を解除し、アクセルが持ってきてくれた服を……って、これ、アクセルの服じゃない!
大きすぎるわよっ!!
でも仕方ないので、出されたぶかぶかのシャツを着て袖を捲り、ぶかぶかのズボンも履いて腰を手で押さえる。
せめて子供のころの服だったらいいのにっ!
コンコンとノックの音が聞こえ、アクセルの声がした。
「できたか?」
「……ええ」
もうこれ以上どうしようもないから、返事をしたけど。
大きく開いた首元も、すぐ落ちそうになるズボンも…あぁもうっ!!
ドアからするりと入ってきたアクセルは、そんなあたしの様子を見て軽く絶句したが、あたしの恨めし気な視線に気づき、ギクシャクとソファまで歩いてきてドスンと座った。
「お、大きすぎたな、すまない」
まったくだわ!
下着がないからここ半年で急成長を遂げた胸元が凄く気になるし、下も直にズボンを履いているから居た堪れない。
そんなことを言っていてもしょうがないから、さっさと話を進める。
先程座っていた一人掛けのソファに座り胸元を整え、手を離すと落ちてしまうズボンのウエストを片手でしっかりと押さえる。
「まずは自己紹介だが、俺の名はさっき言ったようにアクセラレータ=アウトバーン。 上級の…魔法剣士をやっている」
……上級というと、魔法剣士の中でもさらに強い人ってことだよね。
魔法剣士自体がかなりのエリートなのに、エリート中のエリートってことね。
視線で促されたので口を開く。
「アルト=ワークスよ。 野良猫のボスをやってるわ」
「……野良猫のボス…」
短い沈黙の後、アクセルがぼそりと零した。
「悪い?」
ギンと睨みつける。
「い、や、悪くはない…が」
歯切れの悪いアクセルからフンっと顔を逸らせる。
こっちだって好きで猫やってるわけじゃないわよ!
でも、そんな心の内は明かさない、だって悔しいじゃない!!
意地でも張らなきゃ情けなくてやっていけないわよ。
「それにしたって、変化の魔法にしてもそう長い時間持続できるものでもない、猫として生活しつづけるのは無理ではないのか?」
そう聞いて来たアクセルに視線を戻す。
「1週間くらいなら変化し続けられるわ。まぁ、週に1回は魔力が切れるからあの泉で魔力をチャージしてたわけだけど……神殿の泉に問題が起こるなら、もう使えないか」
誰のものでもない、手付かずの泉だと思っていたから使い放題だったけど、神殿に引いていたんなら大問題よ、下手なことしたら捕らえられてしまう。
思わずため息が漏れてしまう。
だって、あの泉を使わなければ二日は人間の姿で居ないと十分な量の魔力が溜まらない。
「あぁ、そういえば、あたし何か罰を受けなきゃならないの? 勝手に回復の泉を使っていたわけだし」
思い至って俯いていた顔を上げれば、同時に部屋のドアがノックされた。