007
次の日。
昨夜僕はあの公園からまた妹に負ぶってもらって帰宅した。
僕は何も食べず(食べれず)、風呂にも入らず(入りたくても体が動かないので入れる状態ではなかった)自分の部屋で布団の上に放りだされ、麻香に多少の文句を言ってそのまま深い眠りに着いた。
――――はずだ。
そこまでは覚えている。
というか僕の記憶自体が曖昧で信憑性が低いのは承知の上だが、今僕の目下(目前)にある惨状を数分経たずとも整理できる人間はごく少数だろう。
僕は今、パジャマを着ていた。
言い換えると寝巻き。
いつも着ているチェック柄。
そこまでなら「家に帰って来て無理をしてせめて服だけも着替えた」という僕の記憶違いで済む筈なのだが、僕の体はそれを着るのに相応してサッパリしていた。
昨夜までは汗で体中がべとべとして髪もかさついていたはずなのだが、今では髪までも指で楽に梳ける。
・・・まるで入浴して髪を何度も洗ったように。
まだ疑問はある。
寝ていた場所は自分の小汚い小部屋ではなく妹の部屋にあるベッドの上なのである。
これだけでも理解に苦しむがそれ以上に難解なことがある。
同じベッドに、僕の隣に麻香が寝ていた。
ぴったりと僕に擦り寄っている。
僕の右腕を腕枕にして静かに寝息を立てているのだ。
それだけでなぜ僕が着替えているのか、体が綺麗に洗われているのかという疑問が解決する。
絶句。息を呑んだ。
当然と言うか、必然。
「お、おい。麻香・・・」
僕は慌てて麻香の肩を揺らした。
「う・・・うん・・・・・・?」
麻香は寝返りを打つ。僕とは反対側を向いていた顔がこちら側を向いた。
「スー・・・スー・・・」
寝息を立てているところ、まだ安息の眠りから覚めていないらしい。
寝ている生き物は共通して可愛いと言うが、これはこの時の麻香にも当て嵌まった。
鮫は夜行性なので昼に泳ぎながら眠る。前文と矛盾するが、それは想像するまでもなく恐ろしく気持ち悪い光景で、いつもなら麻香の眠りをこれに例えるはずだが今日はそうもいかないらしい。
まあ勿論麻香は普段でも美女でいるが、この寝顔はそれに比較できない程に美しく愛おしかった。
「麻香、おい麻香」
再度肩を揺らすが今度は反応が無い。
「・・・既に屍ってか」
ふと茅ヶ崎との会話を思い出して呟いた。
無地のカーテンの隙間から時折眩しい光が漏れている。妹は可愛いとかいう物を部屋には置かない主義らしい。僕がこの部屋に入るのは何年か振りだ。壁紙も無地で、インテリアの殆どが小さな会社のオフィスにあるようなものばかりだ。
観葉植物とか。
パキラって言ったけ?
確か何年前かの誕生日に僕が贈ったものだ。
プレゼント当時は机に乗る程度だったのに今では僕の背以上あるかもしれない。
樹木とはこんなに早く成長するのか・・・?
遺伝子組み替えでもしたのかな・・・。
麻香なら千年杉を僅か百年で育てられそうだ・・・。
日光の射光角度が低いことからもうとっくに夜が明けたようだ。
僕はふと、考える。
もしかしたらこの世に禁断の恋など無いかもしれない。誰が誰を愛するとか個人の自由だし、日本国憲法の特徴である基本的人権の項がそれを証明してくれるかもしれない。兄妹で愛し合ってはいけないとか、そんなことは生殖動物の本能的解釈で子孫繁栄の存在意義がまだ人間の当たり前として定着している。血の繋がっている人間が愛し合うことを否定すれば、揚げ足を取るようだが地球上の全ての人間の祖先は最終的には二体だったかもしれないことに気付く。樹状図を辿れば結局、最初の原因に行き着くわけだ。つまり現代社会のこの現状を根本的に翻してしまうだろう。
所詮人間はその程度かもしれない。
現実問題、その程度の存在なのだろう。
だからきっと、麻香は簡単に程度が低い人間が創り出した常識を叩き潰す。
周りの人間が何を言おうと麻香は僕を恋愛対象から外さないだろう。それどころか、あれだけ堂々と「好きだ」と宣言した訳だから、積極的に狙ってくるだろう。
彼女が言う、フェアなアプローチで。
これは自意識過剰ではなく自分を過大評価しているのではなく、僕の妹を正当に評価しているだけのことである。
間違えなく僕にとってはアンフェアだろう。
勝負するにはハンデが必要不可欠だ。
ハンディキャップレースにしなくてはとても僕も持たない。
麻香のことは嫌いじゃない。
寧ろ好きだ。
しかしそれは兄妹愛であって偽りの愛。
似てる様で似つかない言葉遊び。
気持ちなんてのはすぐにその姿形を変える。女心は何とやらというが、男心だって形を変えないわけが
無いのだ。人の心はまるで水のように自由自在にひん曲がる。恋をするには大切なことだ。
良い形にも――――。
悪い形にも――――。
そのシルエットは終始捻じ曲がる。
妹に恋心抱くことは決して良い形とは言い難い。
――――が。
もしかしたら。
もしかすると。
それほど悪い形でもないのかもしれない。
奇怪な形をした陶芸品の様に趣があるのかもしれない。それを美しいと評価すれば既にそれは芸術作品と成りえる。
見ようによっては、か・・・。
いかん、これでは麻香の思う壺ではないか。
しかし僕はそう考えれば考えるほどこのベッドで麻香と一緒に寝ているのが何か恥ずかしくなってきた。
そもそも妹が隣で寝ているという現状を知ってしまった以上、二度寝を決めることは出来ない。
そういえば・・・。
僕が今、寝巻きを着ていることは昨日着ていた服は洗濯機の中か。
ポケットに誕生日プレゼントを入れておいたのだが。
そう思いながら右ポケットを摩るとある筈のないプレゼントの包みがポケットを膨らませていた。
麻香の奴・・・。
最低限でも僕から渡して欲しいらしい。
僕は麻香を起こさないように、頭の下敷きになっていた腕を引き抜きベッドから這い出た。不自由の感は残るが体はそれなりに動くようだ。
プレゼントを部屋のガラスのミニテーブルの上に置いてドアに向かう。
「誕生日おめでとう」




