006
「おい、お前」と、唐突に声を掛けられた。
――――と思う。
呼称が「お前」という代名詞だったこともあるので僕が呼ばれたかどうかは瞬時の理解に難い。
結果、返事をしないで黙って振り向くことになった。
そこには知った顔が数人立っていた。
その内の一人が僕に呼び掛ける。
「お前、あの『大和撫子』の弟だって?」
「・・・これでも兄だ」
ここで麻香とは関係ないと白を切ることも出来たが、つい弟と言われた怒りで言い返してしまった訳である。
最悪だ。
てっきり麻香が骨の二、三本でも圧し折ったのかと思っていた。――――多少乱暴な言い方だが読者諸君には勘弁してほしい。
そこに立っている男達は今朝僕から無条件に金を巻き上げた不良達だった。
――――麻香は僕のことを浅学やら非才やら変態と侮辱するがケジメは付ける。
僕が弱かったと言う理由で損をすれば。
僕に非が無いのに被害を被れば。
誰かが理由無くして僕を傷付ければ麻香は何かしらの行動を起こす。恐らく僕じゃなくても茅ヶ崎にも当て嵌ることだ。
妹に過保護されている(・・・・・)というとんでもなく情けない関係だが、それが麻香が僕を自分の玩具として認識している事から及ぶものだからしょうがない。兄を私物化しているところは叱るべきだが、僕に及ぶ迷惑は麻香による暴力と侮辱程度なので、それくらいの見返りは貰っても誰も咎めはしないだろう。
DVは一般的に男性から女性に加えられる暴力だが、兄妹に於いての妹から兄に対する暴力もその定義に加えて貰いたい。
きっとよく使うだろうから。
僕が不良に絡まれることは初めてなので――――最初で最後だろうと思っていた――――妹が出した結果は予想することができなかった。
ここでほんの少しの昔話。
僕が小学校高学年の頃、学年で一人一つずつのチューリップを植えることになった。高学年でチューリップを育てると言う幼稚な学校教育だが別に嫌いではないのでそれに甘んじた。
僕は頑張ってチューリップの球根が蕾になるまで育てた。しかしある朝、自分の鉢を見たらチューリップが根元から折られていた。僕は悲壮に沈んだことを鮮明に覚えている。
しかしそこからは妹の武勇伝。
その事件を聞いた麻香はすぐに犯人を見つけた。
麻香のことだからそういう推理とかいう才能は既に小学校低学年の頃から使いこなしていたわけだ。ならば犯人を見つけ出すことなんて造作もないことだっただろう。
犯人を見つけて麻香が問い詰めてみると、本当は悪戯で面白半分にやった事実を、ボール遊びをしてぶつかってしまったと麻香に嘘をついたらしい。
顔の筋肉の微量な変化にまで気付く麻香に嘘など通用しない。
「盗人にも三分の理」も糞も無いその言い訳に妹は怒りを爆発させた。
麻香は犯人に脳内操作で自分のことを忘れさせ、今度は催眠術をかけたらしい(本当だろうか・・・)
最終的にその犯人は全裸でグラウンドを走った。という結末でこの事件は解決したのだった。
因みにこのことを麻香に後で聞くまでに僕は真相を知ることはなかった。
当然突っ込みを相当入れたが。
そんな経験談から考えれば骨折ぐらいはさせたかと思っていたわけである。
麻香が帰宅して「疲れた」と言ったのも根拠の一つである。あの運動神経抜群の麻香が不良如きと手合わせして――――例え相手が複数人いたとしても――――疲れを感じる妹ではないはずだ。何度もボコられた僕が言うんだから間違いは無い。
特に麻香は骨を折る程度に力を加減しなくてはならないのでそういう意味では多少は疲れる。
でもそれなら逆に折れてないとおかしくないか?
奴らの骨が。
それほど強力な手練なのか。
――――いやそんな筈は無い。
こんな郊外県に麻香を疲労させる程の人間が存在するわけが無い。
そもそも日本にいるのかどうかも怪しい。
「妹と戦わなかったか?」
「ああ? 戦ったぜ。有無を言わせず瞬殺だったよ。全員一瞬で気絶だった」
「・・・」
それは戦うとはいわない。
「しかし目を覚ましてみればどうだ? どこも怪我してない。天下無双で殆どの武術に精通していると聞いたが・・・。気絶させるぐらいスタンガンでできる。大和撫子も大したことがないんだな」
こいつは馬鹿か。
僕は直感した。
人を気絶させることがどんなに難しいことか知らないからそんなことが言える。
不良と言っても群れて粋がってるだけか。
今度はさっきまで話していた男の隣にいる男が口を開いた。
「と言う訳でお前には責任とってサンドバックになってもらいまーす」
一体どういう訳だ!?
脈絡も何もあったもんじゃねえ!
荒唐無稽とはこの事か!
と心の中で突っ込んでいるうちに不良たちが迫ってくる。
畜生!
こんなことなら麻香と一緒に来ればよかった!
「通りは人がいるから裏に入るぜ」
恐らくリーダー格の男が全員に呼び掛ける。
止むを得ん!
僕は「サッカリン」に入ったときと同じくらいの勇気を振り絞り反対方向に駆け出した。
「おいっ待て!!」
不良たちも走り出す。
待てと言われて誰が待つか!
ああ!
現実でこの台詞を言うことができて感動した!
良い記念になったぜ!
生きてきて良かった!
足の速さには自慢出来るほど速くないが、自信はある。友人の中では(・・・・・・)定評がある。
不良との距離は離れないが、狭まれることも無い。
しかしこのまま駅に行っても捕まるだけだろう。
取り敢えずデパートかどこかに入って撒くことに・・・・・・まずい!
次の信号の青が点滅して赤に変わった。
ここで信号待ちすれば確実に捕まる。
道の向こうにデパートがあるのだが、ここは諦めるしかない。
この信号を左に――――
と僕の体は突如宙に浮いた。
トラックに轢かれたわけではない。その点に関しては読者諸君に要らぬ心配をかけて申し訳ない。
真実は左肩と右の服の裾を握られ、すぐ左にある、言われないと気付かない様な路地に素っ飛ばされた。
というか投げられた。
敢えて言うと変型背負い投げ。
僕は柔道なんて習った事が無いので受身なんて取れる筈が無い。
必然的に僕の体はコンクリートの地面に叩きつけられた。
「ぐあっ!?」
通りのほうを見れば追いついてきた不良たちが驚いたように路地を覗き込んでいる。
視線の先は僕ではなく、こっちからは逆光で影ってシルエットしか分からない女性だった。
倒れている僕のすぐ目の前で仁王立ちで手を組んでるその姿の正体は直ぐに分かった。
僕を投げたのはお前か。この野郎。
「麻香?」
「私の兄貴が貴様等のような愚民共に無礼られる理由は二つ。妹よりも低い身長と争いを好まない平和愛主義的思想」
突然麻香が不良たちに向かって言った。
何を言っているんだ、こいつは。
不良たちも虚を衝かれたようで呆気に取られている。
「ただ私の後ろにいて光を浴びることが無いから、兄貴は本当は強いのに弱者と間違えられる」
麻香の稀に使う男性口調が珍しく饒舌だ。
余りに急すぎて内容が頭に入ってこない。
何? 本当は強い?
「貴様等のような屑共から今まで兄貴が逃走していたのは、貴様等に怪我をさせないようにしていたのよ」
「どういう意味だ!?」
不良の一人が我慢が出来ずに訊いた。
「こんなに丁寧に説明しても理解が出来ないのか。頭蓋骨を粉砕したら中身が無いっていう特殊構造は意外とあるのかもしれないな。・・・そう。判り易く言うと今から私の兄貴が貴様等ゴミ虫を駆除するって言うことよ」
男性口調が最後になっていつもの麻香に戻った。
ええ!?
そんな馬鹿な!?
僕にそんな圧倒的な戦闘スキルは無いぞ!
こんな大人数を相手にしてそう簡単に勝てるわけないだろうが!
それこそ麻香じゃあるまい。
麻香が後ろを振り向き屈んで僕の耳元で囁いた。
「いつまで寝てるの? さっさと皆殺しにして来て」
「おい、麻香! 何を考えている? 僕なんかがあいつらに勝てるとでも思ってるのか!」
僕は小さな声で叫ぶという偉業を成し遂げた。
「大丈夫。勝算はあるわ。昨夜のうちに私が兄貴の身体を改造しておいたから」
「人の身体を勝手に改造するな!」
サイボーグなのか、僕は!?
「懐かしい漫画ね。個人的には絶望よりも改造のほうが好きだったわ」
「んなもんどうでもいい! この剣ヶ峰で余計なことを言う暇など無い!」
麻香がいるのに僕は何故剣ヶ峰にいるのだ!
「いいから。さっさと片付けてきて」
麻香は僕の胸倉を掴み上げて僕の身体を無理矢理立たせた。
「弟、大和撫子はお前を助けてくれないみたいだぜ」
不良たちが迫ってくる。
だから兄だって言ってるだろうが!
足が震え竦む。
不良の中の一人が前に出てきた。
ニヤニヤと僕の顔を覗き込み、次の瞬間僕の鳩尾に右アッパーが炸裂した。
「がはあっ!?」
僕は二歩下がりながらも辛うじてその攻撃を受け止めた。
何が改造だ!
滅茶苦茶痛えじゃねえか!
胸の痛みを堪え体勢を立て直す。
「ざけんなぁ!!」
今度は僕の右ストレートが相手の右胸を捉える。
すると、驚いたことにその不良は胸を押さえその場に倒れこんだ。
――――何だ?
何が起きた?
本当に僕の身体が強化されたのか?
それにしては割りと普通に殴ったのだが。
一人が一撃で倒されて驚いていた不良たちは我を取り戻し一斉に飛び掛ってきた。
当然囲まれ、全員から報復を受けた。
頬、肩、腕、腹、背中、股、膝。
新他のほぼ全ての箇所が殴られたり蹴られている感覚だ。倒れることも許されない。
遂にその痛みに耐えられなくなり、正面から陣取り正拳を繰り出すリーダー格の男に蹴りを入れた。幸いその弱弱しい蹴りが腹に入る。
するとさっきと同じことが起こった。
男は腹を抑え苦鳴と共にその場に倒れ込んだ。
――――どういうことだ?
僕の蹴りが強力なわけがない。
もし本当に麻香によって改造されていたら脚力自体の能力が向上されるはずだ。それなら走るスピードも一緒に向上してもおかしくは無い。しかしその変化が無いことは今しがたの鬼ごっこで証明されている。
改造されていないわけだ。(そもそも人体改造って一晩で出来るのか?)
僕の身体は変化なし。
僕の身体は・・・・・・・!
脳に閃くものがあった。
麻香!
そうだ麻香だ!
頭の疑問符が一つに繋がった。
虫食い状態のパズルが今、完成した。
どうしようも無く無理矢理なこじ付けだが麻香はそんな常軌を逸することを簡単に遣って退ける。
麻香は確か不良達を気絶させて帰ってきた後「疲れた」と言っていた。
それはこれだったのだ!
材料の下拵えと言ったら分かり易いか。
信じられないことだが信じるしかないのだ。
麻香は不良達を気絶させて来たのではなく、次に誰かに殴られた時に発動する怪我を仕掛けてきたのだ。
つまり麻香は彼らの体内に「爆弾」を置いてきたのである。
この想像は限りなく妄言だが、こうすれば全てに辻褄が合う。
まったく麻香の奴。
先に言っておけよ。
ああ。
全身が痛い。悲鳴を上げている。
しかしそうと分かれば話が早い。ことの真意は後で麻香に訊くことにして取り敢えずこの状況をどうにかしなくては。
リーダー格がやられて不良たちの動きが止まった今がチャンスだ。
僕は迷うことなく左右二人の胸元に両手裏拳を食らわした。想像通り、二人は苦鳴を洩らしそこに倒れ込む。そして次に後にいる相手の横っ腹に中段蹴りを与え、残り二人には順番にフックを加えた。
不良たちを次々と倒していく。
まるでヒーローにでもなった錯覚だ。
最後の一人が倒れた。
――――終わった。
僕は不良たちよろしくその場に倒れた。
力尽きたと言ったほうが正しいか。
「大丈夫? 兄貴」
僕が袋叩きに合っているのを壁に凭れて冷静に眺めていた奴が何を言うか。
いつの間にか顔の近くに麻香がしゃがんでいた。
「これが大丈夫に見えるか?」
「うん」
「網膜がどうかしてるな」
もしくは神経系か虹彩が故障してる。
「・・・流石に動けないぞ」
妹を見上げる。
「よく頑張ったね。いつ気付くかと思ってたよ」
「こういうことなら先に言ってくれよ」
「それじゃあ詰まんないじゃん。自力で頑張れよ」
「丸投げか!?」
せめてもう少しヒントが欲しかった。
「そもそもどうしてこんなことを仕掛けた?」
「兄貴が一人で不良達を倒して骨折までさせたっていう事実が必要だったの」
「なぜだ?」
「自分を風評で守るって大切でしょ? 兄貴を知らないから皆は兄貴を蔑むんだよ」
「これからは僕は不良に絡まれないって言うのか? こんなことで解決するようには思えないが」
大丈夫だよ、と麻香は言う。
「それに、それ以外は私が守るから」
体が重い。
つーか動かない。
全身麻酔をしているかのようだ。
しかし全身麻酔をしていないことは明白である。全身を刺すような痛みが覆っている。
瞼を開けることすら辛い。
断片的な記憶が少しずつ戻ってきた。
えっと?
不良と喧嘩したんだっけ。
確か全員倒したような気がする。
ん? 待てよ。
それは麻香があらかじめ・・・。
「おいっ麻香!!」
開けるのが辛いはずの瞼を開けて、叫んだ。
「何? 喧しいから大声出さないで」
麻香がこちらを覗き込む。
上から。
自分が仰向けに寝てるから上から覗き込まれるのは当たり前だ。
しかし問題はそこじゃない。
「お、おい・・・」
「サービスサービス」
「次回予告で誤魔化すな」
どうやら僕はどこかのベンチで麻香に膝枕をしてもらっているらしい。生まれてこのかた、こんな奇跡は一度もない。
「よく似た別人かと思ったじゃないか・・・」
まさか麻香が、と言う固定概念から。
「アナタ、アミーゴ」
「別人だった!」
しかも外人!
「ココ、ジャルダンピュブリック」
「まだ続くのか!?」
しかもフランス語!
外国語を統一しろよ!
「ちなみに公園っていう意味よ」
「だから空が見えるんだな」
空が暗く星が瞬いているところから夜も更けてそれなりに時間が経った様だ。
「近所の公園か?」
「そうだよ。家の近くのヨセミテ国立公園だよ」
「僕の自宅はカリフォルニアにあるのか!?」
どんな設定だよ。
せめて日本にしてくれよ。
「僕を負ぶってきてくれたのか?」
家の近くの公園ということは僕を連れて電車に乗らなくてはならない。
起きているならまだしも気絶した兄を背負って電車に乗るとか、僕には絶対出来ない。いや、起きていても背負って乗るのは嫌だ。
「歩いてきた」
「何kmだと思ってる!?」
「20kmちょい。どうせこの時間にならないと起きないって分かってたから時間潰しにね」
「20kmの道程を兄を背負いながら歩いてきたのかよ」
「引きずって来た」
「それは拷問だ」
中世ローマの帝王か、貴様は。
明らかに暴君だろ。
クーデタでも起これよ。
「あいつらはどうした?」
忘れていたけど僕は不良たちを全滅させてきたんだよな・・・。
骨折もしてるし、あのままじゃ不味いだろ。
「放置プレイ。どうせ病院ぐらい自分で行けるでしょう」
「鬼か」
鬼畜過ぎる。
「いいのいいの。最近調子乗ってたし。そろそろ恐怖を刻み込もうと思ってたところだったからタイミングが良かったよね」
「僕とあいつらにとっては不幸以外の何者でもないな」
そもそもどうして僕までこんな状態にならなくちゃならないんだよ。
「それはゴメン。お兄ちゃんならもっと早く気付くと思ってた」
「はっ!? お前どうした!?」
今、何て言った!?
お兄ちゃんって、しかも自然に言ったか!?
「言った」
「本当にどうした? どこか頭でも打ったか?」
「いいじゃん。そもそも初期設定ではお兄ちゃんをお兄ちゃんって呼ぶ時は私が悪いことを企んでいる、みたいな感じだったじゃん」
「そんなもん忘れろ。この話が第一話っていうことにしよう」
「適当・・・」
今の設定では「お兄ちゃん」は言われることは絶対無い呼称ということになっている。
「まあ取り敢えず聞いて」
麻香は僕の目を真っ直ぐ見て言った。
「本当ならお兄ちゃんが一回殴られた時にキレると思ったの。我を忘れて相手全員に殴りかかる。そっちの確率が高かった。でもお兄ちゃんは一撃で相手を一人鎮めたときに、何かがおかしいことに気付いて考え始めた」
そこははっきり言って予想外だったよ、と麻香は続ける。
「しかも私のしたことに気付いた」
「・・・」
「後でネタ晴らしをしようと思ってたけど、先に気付かれるなんて・・・。私としてもお兄ちゃんだからかな。油断してた」
言い訳だけどね。
「お前が疲れるなんて滅多にないからな」
「そう失言だった。生まれて初めての」
あーあ、と僕を小突く。
「もう一個のネタ晴らし、してあげようか」
「まだあるのか?」
聞かなくてもいいのだが。
聞かないほうが幸せだろ。
「朝、私の好きな人がどうとかって話したよね」
「なんだ? もしかして僕か?」
考えたくない冗談だな。
「そうだよ」
「っ!」
「私、お兄ちゃんのことが好き。付き合いたい。抱かれたい。結婚したい」
そして麻香は言う。
「愛されたい」
もう一つのパズルが完成したようだった。
まあ、確かに伏線はあった。
『そうだね、割とよく話すよ』
とか、もろだろ。
わりと話すどころではないほどよく話す。
「兄妹愛とかじゃなくて一人の女としてお兄ちゃんの事が好き」
「その呼称は関係してるのか?」
「デレてみました」
「お前、ツンデレキャラなのか!?」
今日は新しいお前に・・・・・・ってあれ?
「今日は新しいお前に会ったよ」
「それで? 返事は?」
「僕が受け入れるとでも思ったか?」
心を読んでいるだろうに。
「そうだよね。シスコンでもブラコンも小説や漫画の中だけのものだもんね。夢見ちゃいけないよね」
可能性なんて皆無なのにね。
麻香はわざと気丈に振舞っている振りをする。
全てを知っても奇跡にかけるか。
「・・・」
麻香が黙って動けない僕の首を絞めた。
いや、これ殺人だから。
体が動かないんだから腕こうにも暴れようにも抵抗できないんだよ。
「げほっごほっ・・・麻香!」
「でもさあ、お兄ちゃん」
「ん?」
「本当に好きなんだよ」
当然、と麻香は両手の力を緩める。
「私は諦めないよ。見果てぬ夢なんて私には似合わない。私の特殊能力じゃなくて女の正方法でお兄ちゃんを落としてみせる」
可能性なんて自分で上げれば良いんだよ、と麻香は言う。
「兄妹での正方法なんてないだろうが・・・」
そもそも方法なんてない。
間違いだらけだ。
「はあ・・・。今日は本当に疲れたな・・・」
「精密に相手を骨折させて僕を背負って20kmも歩けば疲れるだろ」
つーかお前以外出来ない。
「難しいし面倒なんだよ。相手の骨に程よく罅を入れるのは」
骨を折るのに骨が折れるって・・・。
現実離れした駄洒落を実行したな・・・。
これに技名を名付けるとしたら時限骨折か。
「あ、それいいね。発想が幼稚で可愛いよ」
「ほっとけ。余計なお世話だ」
どうせ技名を考えるだけでも幼稚だろ。
「適当に漢字並べてカタカナのルビを振らないだけでも妹は安堵してるよ」
「ああ、内部破壊とかな」
「例えるのはいいけどセンスが無いね」
「お前やってみろ」
「内部破壊?」
「思ったより面白い!」
ただ恥ずかしい!
他言できねえ・・・。
「まったくお前は何者だよ」
「何者でもないよ、お兄ちゃん」
何者でもない。
凡人でも妹でもない。
そう簡単な存在ではない。
言って麻香は空を見上げる。
「知ってる? 星って近くにあるように見えるけどとても遠くにあるんだよ」
「知ってるよ」
高校生に振る話か、それ。
今時、小学生でも既知の事実だろ。
「海王星が地球から何km離れているかも?」
「そんなことは知らん」
知るはずが無い。
そもそも理科は総合的に出来ないのだ。
ちなみに45億445万kmらしい。
「近くにあるように見えるのに本当は遠くにあるんだよ。ねえ、お兄ちゃん」
「・・・」
僕は迷った。
ここで慰めの言葉を言えば、最終的に僕がこいつを受け入れる事になりそうだったからだ。
しかし現実を述べることが一番だろう。
それが僕にとっての能事だと思った。
「お前ならその海王星にも行くことが出来るんだろ? いくら遠くに見えようと絶対に到達できるんだろ? お前はそういう奴だ。計算高く確実。超難解ギャルゲーで何億通りもあるルートから一発で隠しキャラのエンディングまで到達できる」
麻香は僕の顔に目を落とす。
「やっぱり例えのセンスが無い」
「・・・」
「私なら超難解ギャルゲーで主人公の父親を攻略できる」
「ゲームの規格を超えた!」
それに主人公の性別設定が不明確だ!
「お兄ちゃん」
「なんだ?」
「私、気楽に頑張るよ」
「僕は父親よりも難しいぜ」
難易度は超Sクラスだ。
「でもエンディングは用意して置いてね」




