005
雑貨店「サッカリン(略称。僕はこう呼ぶことにする)」の店内は思ったより女性ばかりいる訳ではない。男性店員もいるし、カップルで来たらしい彼氏さんも見掛けることが出来たので、大して恥ずかしい思いをすることはなかった。つまり僕の心配はまったくの杞憂だった。
僕は入店してしばらく品物を物色した。
奇怪な形をした貯金箱や不思議な模様のハンカチなど雑貨屋ならでは(?)の商品がたくさん置いてあった。他にも面白そうな物は多くあったが、誕生日に相応しそうな一番気になった物を選んだ。
驚くことに買う物を事前に決めていた茅ヶ崎の方が選ぶ時間が長かった。クッションと言ってもいくつもの種類があるのだ。茅ヶ崎は結局、チェック柄のクッションに落ち着いた。
「何だ? クッション以外にも買うのか?」
茅ヶ崎は苦労して選んだクッション以外にストラップを二つレジに置いていた。
「はい。実は携帯に付けていた自分のを昨日どこかに落としてしまって。折角なので麻香とお揃いにしようかと思いまして」
店員がストラップを袋にいれて茅ヶ崎に手渡した。
「ありがとうございました」
今度は僕が品物をレジに出した。
「どんなのを落としたんだ?」
「え? ・・・ああ、ストラップですか。鬼灯が彫られたメタルアクセサリーです。気に入っていただけ、とても残念ですよ」
僕は代金の換わりに包装された商品を受け取る。
「ありがとうございました」
茅ヶ崎と一緒に店を出た。
「鬼灯とはまた渋いな。捜さないのか?」
「そうしたいですが無理です。昨日はいろいろな所を歩き回ったので、捜すには範囲が広すぎます」
「麻香に頼めば一発だろ」
「見つかるでしょうか? いくら頭が良くても私が知らない自分の情報を麻香が知っているとは思えませんが」
確かに茅ヶ崎の言うことはもっともだ。
友達だからこそ気付くことは何かしらあってもいいが、深入りし過ぎたことを知られていたらはっきり言って引いてしまう。
然し。
けれども。
「あいつは唯頭が良いだけじゃないんだよ」
僕は携帯を取り出し、電話帳の着信相手を見つけ発信した。
『♪』
すると驚くことにそれと同時に茅ヶ崎の携帯の着信音も鳴り始めた。
着メロはまさかの『おちゃめ機能』
生粋のニコ厨のようだ。
「あ、奇遇ですね、私の携帯も同時に鳴るなんて。すみません、失礼します」
と、言って茅ヶ崎は後ろを向き電話に出た。
「もしもし?」
「なかなか良い曲を着信音に設定しているな」
茅ヶ崎の携帯から聞こえてくるのは聞き覚えのある男声だった。
聞き覚えがあるというか、紛れもない僕の声だった。
「・・・」
茅ヶ崎は黙って通話終了を押す。
「・・・」
「・・・」
「・・・間違えた!」
敢えて見え透いた嘘を吐いてみた。
「嘘を吐かないでください! 次やったら着信拒否に登録します!」
「最近減ってしまったがこの日本には各地に公衆電話が点在していることを知っているか?」
「私は番号をお兄さんに教えるという人生最大の失敗を犯してしまいました!」
茅ヶ崎は嘆く。
「個人情報の扱いは気を付けろよ。気付く頃には大変な人に漏洩する事があるからな」
「もう少し早く言ってほしかったです!」
「初対面の時とか?」
「初対面でそんなことを言われたら、二度とお兄さんの前には現れないことになったと思います」
言わなくてよかった!
結婚できねえじゃん。
「婚約前提で話をしないでください。この件はさっきしましたので、読者も飽きてます」
「事実を言ったまでだ」
「事実無根です。根も葉もありません」
「事実婚です? エゴではありません? 珍しく積極的だな」
自分で言うのもなんだがなんて都合の良い解釈だろう。
空耳も甚だしい。
僕は気を取り直して麻香の携帯に電話を掛けた。
「兄貴、何の用?」
ワンコールもしないうちに麻香は電話に出た。僕が電話を掛けることを予知していたらしい。
ワン切りならぬワン受け。
僕がそのワン受けにすぐに返事が出来なかったのは今迄にそんなことは無かったからである。
今回は茅ヶ崎が関わっているからなのだろうか。
僕の時は必ず5コールは待つのに・・・。
「栄がどうかしたんでしょ?」
「お前、今近くにいるのか!?」
僕は周りを見回すが、当然妹の姿はない。
「今は家。けど私には千里眼がある」
「千里眼!? お前は天狗か仙人か!?」
「後者よ」
「僕の妹は仙術マスターだった!」
「蓬莱山で修行したの」
「中国の神山だろ、それ!」
日本も富士山などが呼ばれる想像上の山だ。
まったく僕が無知だからって適当なこと言いやがる。
「それで?」
麻香はくだらない話を雲散霧消した。
お前から振ってきたのに・・・。
「ああ、昨日茅ヶ崎が失くしたストラップは何処にあるのかな、と」
「まるで私が知っているような言い回し。もしかして兄貴の渾身のボケだったのかな。それだったら拾うのが難しい振りだね」
「知らないのか?」
それを聞いて茅ヶ崎がほら、と僕に声を出さずに言った。
「当たり前でしょ。私が知っているのは栄がストラップを落としたであろう可能性があるいくつかの場所だけ」
「ほぼ知っているのも同然!?」
既に推理していたのか。
「違うよ。今兄貴が『昨日茅ヶ崎の失くしたストラップ』と発言したことから推理し始めたの」
「何秒前だ、それは・・・」
分かってはいたが途轍もない計算スピードだな。
「計算って言うより演算」
麻香は僕の使った言葉を直す。
「私が知る限りの栄の行動パターン、癖、運動量、基本思考、昨日の気候及び街の地形を独自の公式に代入すれば直ぐに分かる。条件が少ないだけに正誤の差は激しいから候補が多数出てくるけど」
麻香は学会に発表すれば少なからず賞が貰える様なことを簡単に口に出した。
「・・・・・それで何処にあるんだ?」
一々詳しく聞いていれば日は暮れまた昇りそうだったので話を早めた。
「兄貴今何処にいる?」
僕は再度周りを見渡す。
目印になるのはこの雑貨屋が一番か。
「サッカリンの前だ」
「サッカリン? ・・・C7H5NO3Sのこと?」
「すぐにそんな長い化学式に脳内変換できるって何の専門家だ?」
少しぐらいは迷えよ。
「そんなの普通でしょ。それより足元に罅割れた点字ブロックがある筈だけど見つかる?」
僕は麻香の異常発言を無視して足元を見る。
暫く見つめて点字ブロックが連なる中に罅割れた箇所を見つけた。
こんな細かい事、何で知ってるんだ・・・。
相変わらず麻香の瞬間記憶能力には驚かされる。
「あったぞ」
「北を向いてその上に立って。そこから案内を始めてあげる」
「了解した」
どうやらカーナビの様に道案内をしてくれるらしい。麻香にはGPS機能が搭載しているのかもしれない。
僕は言われた通り罅割れた点字ブロックの上におよそ北だろう方向を向いて直立した。
「あ、あの・・・お兄さん?」
見れば茅ヶ崎が僕に疑念の目を向けていた。
二度も周りを見渡し、点字ブロックを眺めた挙句そのブロックの上に乗り始める。茅ヶ崎も戸惑う様な不審な行為を続けていた訳だから当然といえばそうなる。
「麻香が案内してくれるらしいぞ」
「えっ? 麻香は私がストラップを落とした場所を知っているんですか?」
単純な疑問にして最大の疑問、そのままだ。
「既知って言うより推理したらしい。可能性がある候補地がいくつかあると言ってた」
茅ヶ崎は少し思案し僕に訊いた。
「・・・・・・電話、少し替わってもらえますか?」
僕は快諾し携帯を手渡す。
茅ヶ崎は麻香となにやら話し出した。
物捜しという私事を友達とはいえ態々やらせるのだ。親しき仲にも礼儀あり、とそんな謝意を示しているのだろう。
「――――それじゃ、また替わるね」
茅ヶ崎はお礼を言って僕に携帯を差し出す。
僕が携帯を耳に付けると麻香の命令口調の声が聞こえた。
「兄貴、今すぐに栄の番号を電話帳から削除しなさい」
告げ口されてた!
想像を遥かに超える展開だ。
茅ヶ崎には隙が無かった。
「さあ早く消しなさい」
麻香は急かす。
「残念だがそれは無意味だ」
「どういうこと?」
「既に暗記しているんだよ。茅ヶ崎の携帯番号なら11桁どころか円周率並みの桁であったとしても暗記してやるさ」
「掛算8の段が出来ない兄貴が電話番号!? 信じられない!」
「掛算ぐらいはできるわ!」
「それじゃあ栄の電話番号の下3桁を二乗して・・・」
「それより円周率を突っ込んでくれ!」
僕のボケ放置かよ。
茅ヶ崎に続いて麻香までそんな非情な事をするなんて、兄は悲しい。
「もういい。今から遠隔操作で携帯のデータを兄貴の記憶と共に消去するから」
「僕の記憶はお前のパソコンによって管理されていたのか!?」
「最も濃い記憶が動画ファイルに変換されていつでも視聴可能だよ」
「何たる羞恥!」
プライバシーもあったもんじゃねえ!
「最新の動画は『妹の下着の匂いを嗅ぐ兄』だよ」
「冤罪だ!」
人の記憶を編集するな!
その話は朝で終わったはずだろうが!
「それより案内を頼むよ」
僕は物捜しの依頼の実行を促した。
「まずは南を向いて約400m歩い――――」
「なぜ北を向かせた!?」
僕が北を向いて出発しようとしていたから茅ヶ崎も隣で同じ方向を向いて待機していた。
「煩いなあ。言われた通りにしてよ」
「・・・分かった。400mだな」
僕は体を反転して歩き出した。案の定、茅ヶ崎は後ろに歩き出した僕に慌ててついて来る。
「つっても麻香。400mってどれ位だ? 僕には正確な距離感覚は無いぞ」
「知ってるよ。兄貴がどれ位歩いたかなんて音と時間で分かるからその都度指令を出すよ」
「・・・・・・了解」
僕は携帯を顔から話して受話口を抑えて隣を歩く茅ヶ崎に話しかける。
「何者なんだ、こいつは?」
「麻香はお兄さんの妹でしょ」
「・・・そりゃそうだ」
僕は携帯を耳に戻し気になっていることを麻香に訊いた。
「どの位掛かるんだ?」
「まずは直ぐそこの公園よ。大した距離じゃない。・・・・・・そこの道を右よ」
麻香の言う通りそこには右折路があった。
僕が茅ヶ崎に声をかけて一行は右折する。
「そのまま道なりに行けば公園があるよ」
「道なりだな。了解した」
曲がったそこは普通の市街地だった。特徴的な建物も無く人も歩いていない。ただ連立する無地で地味な民家は普通と言うより平凡と言い換えた方が良いのかもしれない。
「昨日この辺まで来たか?」
僕はする事が無くなった道案内係が黙ったので、茅ヶ崎に話を振った。話を振られた本人はそろそろ話しかけられるかと思っていたようで突然話しかけられた事に驚くことなく返答した。
「はい。この辺一体は歩き回りました」
「何をしてたんだ?」
態々電車に乗ってくるような用事でもあったのだろうか?
「散歩です」
「散歩?」
散歩って、気晴らしや健康のためにブラブラ歩くことか?
「当然、私は前者です」
茅ヶ崎は言う。
「私は基本的に随時誰かと遊んでいるんですが、毎月数回必ず一日中完全なフリーな日を作るんです。誰に誘われても断って 」
「お、おい。そんなカミングアウトしなくてもいいんだぞ」
最初の発言内容は聞き流せないが、何か大切なことを話し出そうとしているような気がして僕はつい茅ヶ崎の話を遮った。
「い、いえ大丈夫ですよ。シリアスな話をしようとしている訳ではないですから」
茅ヶ崎も慌てて首を横に振る。
「そうか。じゃあ続けてくれ」
「そういう日は一日中一人で散歩をすることにしてるんです。同じコースを、同じ時間に」
僕は携帯を見れば通話中になっていることに気がつき一度電話を切ろうかと思ったが、どうせ麻香はこの事実を知っているだろうと思い直しそのままにした。
「いっても月に数回です。一回一回の間に時間が空くのでこんな閑散とした住宅街を歩くにも色々な変化があって面白いんですよ」
茅ヶ崎は前方斜め左の住宅を指差し言う。
「あの家の庭は春になると桜が満開になります。こっちのマンションのあの部屋では女性が一人暮らしなのですが時々男性の方がベランダでタバコを吸っています」
と、今度は指差した家の反対側にあるマンションの一室を指差して言った。
「それは意味深だな・・・」
そりゃもうあれしかないだろう。
「その変化を見るために電車でこの辺まで来て楽しみながら一日かけて帰宅するんですよ」
聞いているだけで面白そうな話だ。
「友達と来ないのは話していて周りの変化に気が付かなくなることが嫌なだけです」
僕は普通の人には思いつきそうも無いこの世界の楽しみ方に感心する前にまったく違うことに感心していた。
紛れもない茅ヶ崎の観察力に、だ。
そりゃ麻香に比べれば劣るが(ほぼ全人類が劣るだろう)、一般的に見れば優秀だと思う。
桜は兎も角、マンションの一室に誰が何人住んでいるかなど普通知ることがないからだ。
「洗濯物から推測しました」と言う茅ヶ崎の推理は知りたいと思えば簡単に郵便受けや人の出入りから推測できるが、ただ散歩をしている茅ヶ崎が通りすがるだけでそれを読み取ると言うことはそう簡単に出来ることではない。この女性も少なからず麻香に近いところがあるのかもしれない。
いや、少なからず彼女にはその才能が残ってる筈だ。
――――だから、か。
と言う憶測は結局僕の思い違いだろう。
簡略的で軽率。
僕は安易に自分の想像だけで妹の友情をそれに無理矢理結びつけたことを後悔した。
「兄貴、そこら辺」
突然黙りこくっていた麻香から声が掛かり少し体を緊張させた。
――――いやここは素直に麻香の唐突に話し掛けるという悪戯で驚いたというべきか。
「驚かせるなよ」
「それじゃあ驚くなよ」
ええ・・・?
無茶苦茶だ・・・。
「その辺に公園があるでしょう?」
この話については広げる気はないらしい。
「ああ、ここか」
そこは公園と言えるかギリギリのスペースしかない、滑り台とベンチだけの簡単な場所だった。一応雑草などは処理されていて粗末な公園ではなかったが、この辺一体の住宅街に似合う平凡な公園といえるだろう。唯一の遊具である滑り台には目立つ汚れも無く最近作られたような印象がある。ベンチは逆に木でできた背凭れ部分を支える金具は錆びて、木自体も腐食しカビか小さな茸の様なものまで生えている始末だった。
「この公園、元々は私有地として立ち入り禁止となっていたのですが地主がベンチを置いて開放したんです。そこから近所周りの主婦の要望で最近市が滑り台を設置したんですよ」
茅ヶ崎は公園を観察していた僕に当意即妙の説明した。
「奥様方が少し図々しくないか・・・?」
開放したとて地主の土地だろうに。
「それには市も考慮して買い取ったと思います」
なるほど。
それなら税金が誰かに喰われるよりの良い使い道か。敢えて誰かは明記しないが。
「兄貴、そのベンチの下に落ちてない?」
麻香はまるでその場にいるかのように自然に言った。
僕は身を屈めベンチの下を覗き込む。
行き届かない雑草処理で雑草が伸び放題となったベンチの下に僕はキラリと光る金属片の様な物を発見した。僕は手を伸ばしその紐の付いた金属片を取り出した。
「茅ヶ崎、これか?」
「! それです!」
茅ヶ崎は嬉しそうに両手で鬼灯の実が彫られたメタルアクセサリーを受け取った。
・・・それにしても渋い。
どこでこんな物売られているのだろうか・・・。
「ありがとうございます!」
茅ヶ崎は勢い良く頭を下げお辞儀をした。
「いや、やっぱりお礼は麻香にな」
と、僕は電話の向こう側にいる麻香を指差して言った。
「麻香? あったぞ」
「聞いてたよ。予想通りと言うか計算通りね」
「ご苦労さん。・・・茅ヶ崎が替わりたがってるから替わるぞ」
「分かった」
携帯を渡すと茅ヶ崎は麻香に感謝の気持ちを述べた。そして訊く。
「どうして分かったの? ベンチには毎回座ってるけどそんなこと麻香に言ったっけ?」
その様子だと散歩は麻香には言ってあるようだ。
これで一件落着。
円転滑脱。
変に大事な事件に発展しないでよかった。
さっさと家に帰ってゆっくりしよう。
落とした場所が特定できる計算公式を説明されているだろう茅ヶ崎を見て、そう思った。
その後僕は茅ヶ崎と別れ、帰路に発った。




