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「んあ?」
男は自ら引き金を引いた拳銃を怪訝そうに見つめた。
そう。
僕は知っていた。
麻香はこの状態から僕に手を貸すことはないことを。
既に対策を講じていることも。
拳銃の弾は既に抜き取られていたのだろう。
僕は「これだからアナログは・・・」と呟く男の元に猛突進した。
白服は僕の拳銃を見てからの反応と麻香への一言で全てを理解し、拳銃を投げ捨て両手を広げて僕に吠えた。
「俺を倒したところでお前が不幸で居続けるのに変わりはない! お前の妹が天才という薄汚れた人種でいる限り、お前は永遠に不幸だ! いい加減認めろ!」
「図に乗るなよ、おっさん」
誰が不幸だって?
誰が永遠に不幸だって?
「天才は不幸に生きなきゃいけないって誰が決めた? 世界を狂わせるのはいつも天才だって誰が見つけた?」
僕は精一杯の疑問を。
もうとっくに自己解決している問いを、敢えてぶつける。
「天才だって好きでやってんじゃねえんだよ!勝ちたくて勝ち続けてんじゃねえんだよ! 知りたくないもんまで知って生きてきてるんだよ!」
かつて天才になりたくもない鬼才がいた。
かつて負けを知らない秀才がいた。
今も、海溝よりも深い知識をその頭に備える天才がいる。
「あんたみたいな矮小な人間にそれが背負えるのか? あんたが吐いた言葉に責任持って生きてるのか? 自分が捨てた物を忘れちまうような屑は天才を貶す権利なんてねえんだよ!」
そう。
兄に負けたまま今まで生きて来てしまったあんたには。
天才を排除する事しか出来ないあんたには。
「そんなことにすら気づかねえあんたが! 僕の妹を馬鹿にしてんじゃねえよ!」
思い出させてやるよ、おっさん!
お前が壊そうとしたこの街に誰がいたのか!
知らしめてやるよ!
「あんたはここにいる誰よりも不幸だってことを!」
僕がいつ不幸だなんて口にした?
僕はこの天才共と一緒に生きてどうしようもなく幸せを感じてんだよ!
僕の右腕は確実に白服の男の頬を捉えた。
「ングォッ・・・・・・」
白服は不気味な音と共にその場で倒れた。
今度は僕がフンッと笑ってやった。
僕と麻香は丁度テロがあった時にいた、ゲームセンターに戻って来ていた。
当たり前だが、客はおろか店員もいない。
あの後、麻香たちは直ぐに動けるようになった。
どうやら特殊な毒で麻痺していたらしい。
麻香は手が動けるようになると、白服の男の元へ行き解毒剤を使って回復したらしかった。
らしい、というのは僕が見るうちでは手際が良すぎて何をしているか分からなかったからである。
そこでもう一人の男が登場した。
名前はユリウスといい、外人であった。
ユリウスは世冨慶さんの知り合いらしく、白服の男の後片付けは任せろと、流暢な日本語で僕と麻香と茅ヶ崎、そして鬼怒川先輩をデパートから送り出した。追い出したと言っても過言ではない程、強引ではあった。
そこから二人と別れ、麻香の誘いでまた、このゲームセンターにいるという次第であった。
「それで―――」
話って何だ、と言おうとした。
どうして言えなかったかといえば、麻香がメダルゲームのメダルを一枚放り投げてきたからである。
「おっと・・・・・・何だこれは」
「メダル」
「見りゃわかる」
僕は盲目ではない。
目が見えなくても手触りで分かるだろうが。
「兄貴、そこのゲームにメダルを入れてみてよ」
麻香が指さす方にあるのは、床が動いてメダルを落とすジャックポッド式のプレッシャーゲームがあった。詳しくは丸いそのゲームのある一角の椅子を麻香は指定しているらしかった。
「何だよ、唐突に」
「良いから適当に入れてみ」
良く分からないまま椅子に座って、可動式の挿入部を動かす。
こういうのは僕にとって不得意の極みと言っていい。
購入したメダルは必ず飲まれる。
ひとえに自然の摂理のようである。
僕は良く考えずにメダルを投下し―――
「私さ。死ぬかもしれない」
―――た・・・・・・?
メダルは勢いよく台の上に乗り、それによって次の台に別のメダルが数枚落ちた。
僕にとってはこれだけでも珍しいことだが、そのメダルの連鎖は止まらなかった。
メダルの降下口近くにある箱に入り、上部に設置されているルーレットが回り出す。
まるでそれが当然かの様にルーレットの針は大当たりを刺した。
取り出し口からメダルが溢れる。
しかし、僕は興味を微塵も感じ得なかった。
僕は麻香の顔を見る。
そこにはさも詰まらなさそうにメダルを見つめる天才が居た。
「・・・・・・麻香?」
「ここに一ヶ月10km走行を強いられている車と、200km走らなきゃいけない車があったとする。あ、車種は同じね」
麻香はおもむろにメダルを二枚僕の目の前に置いた。
「さて、先にタイヤが擦り切れて交換しなければならない車はどっちでしょう?」
「・・・・・・そりゃあこっちだろう」
僕は200km走行する車を指定した。
「正解―。さすが兄貴だねー」
麻香はそう言ってまたメダルを2枚取って僕の目の前に置いた。これで面前にあるメダルは合計4枚となった。
「さて月50kmと80kmの車が追加されました。この中で一番早くタイヤがいかれるのはどれ?」
「おい、ふざけてんのか?」
何を考えてる、麻香。
何も答えない妹に溜息を吐き、再度200kmの車を指定した。
「これだろ」
「正解。それじゃあ次が最後の問題」
麻香は3枚のメダルを取り出し口に投げ入れて言った。
「この沢山のメダルは普通の人ね」
と、前置きして残った一枚を見て呟いた。
「このメダルは特別頭の回転が速い。そうだね。10倍以上かな。そこで問題、
このメダルの中で一番早く脳味噌が壊れるのはどれでしょう?」
「・・・麻香!」
僕は思わず立ち上がる。
「お前・・・・・・」
麻香は全てを見据えるような目で。
自分の未来を、想像しているような目で。
「鈍いんだよ、馬鹿兄貴」
と、言った。
頭の中が真っ白になった。
癌の告知を受けた時、こんな気持ちになるのか、と唐突に思った。
しかしそれも水泡に帰、また頭の中が真っ白になった。
「麻香」
それでも絞り出すように、僕の口から言葉が漏れた。
「死ぬのか?」
麻香はゆっくりと僕の隣に腰を下ろす。
「アインシュタイン程度の天才ならまだ良かったんだけどね。あれぐらいなら歴史が証明してるように寿命に影響はない。でもこいつはちょっと性能が良すぎたよ」
麻香は自分の頭を指差し、「人間にしては、ね」と付け加えた。
「・・・・・・何とか出来ないのか?」
妹は少し考え言った。
「出来なくはない」
でも、と開き掛けた僕の口を制するように言う。
「代償は大きい」
代償。
救われる、代償。
ある女の子は時間。
またある女の子は自信。
「何を犠牲にすればいいんだ?」
「・・・失うんだよ」
「ん?」
「この、才能」
「さ・・・いのう?」
「私が生き長らえるには、この高性能すぎる頭をチューニングする必要があるんだよ。記憶能力は先天的なものだから関係ないけど、それ以外の才能は放棄しなきゃいけない」
つまり。
一言でいうのなら。
「凡才にならなきゃいけないのか・・・?」
麻香は黙っていたが、きっと間違えてはいないだろう。
天才を捨てる。
一般人になる。
これにどんな意味があるのだろう。
麻香にとって、どんな意味を持つのだろうか。
「―――だったらさ」
それは―――。
「―――私が天才じゃなくなるくらいならさ」
麻香にとって―――。
「―――死んだほうが良いと思わない?」
存在そのものなのかもしれない―――。
「・・・・・・・・・」
まるで漬物石でも背負わされている様だった。
身体が重い。
重力が力を増したように感じる。
僕は。
妹のことを知らな過ぎたのかもしれない。
麻香の事である。
きっと、もっと前に気付いていたはずだ。
それなのに毎日毎日暇潰しの日々。
それじゃあ。
そんなんじゃ。
死ぬまでの暇を潰しているみたいじゃないか。
今日まで仕方なく生きて。
僕の妹として暇を潰して。
まるで馬鹿だ。
生き物としての使命を忘れてる。
「・・・・・・駄目だ」
「ん?」
「良いわけねえだろ! 死ぬなんて!」
精一杯だった。
だが。
妹の方が一生懸命だった。
「じゃあ、なってみろよ! この待遇に!」
麻香は僕の正面にきて叫んだ。
「天才になってみろよ! 常に未来が分かる人間になってみろよ! 全知全能になってみろよ! それだけが私だった! 天才であることが私のアイデンティティだった! それが無くなったら残るのは何?! 私は麻香じゃなくなる!」
「ふざけんな!」
「・・・」
「何が『天才が私のアイデンティティ』だ! お前は僕の妹だろ! 僕を忘れてんじゃねえ! 簡単に死ぬなんて言うんじゃねえ! 僕の妹なら絶対に死ぬなんて言わねえ! 今のお前は既に麻香じゃねえ! 麻香は、天才なんて関係なく僕の妹である必要があるんだよ! 僕が死ぬまでお前は死ぬな! 僕の妹は、凡才でも麻香しかいねえんだよ!」
「意味不明」
「んぐっ・・・!」
「だけど、・・・・・・そうだね。このまま話していても平行線だから、チャンスをあげる」




