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妹の暇潰し  作者: 王手
妹の才能潰し
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310

「これはどういう状況なんだ・・・?」



十数分でデパートに到着した僕を待っていた光景は、まるで想像を逸脱していた。


物陰に隠れて様子を窺うと、目を疑った。


その地下駐車場には人が何人も倒れていた。


一般人ではない。


二種類の普通の人間ではない人々がそこには居た。


まずは黒服。


恐らくは世冨慶さんと間違えて僕と鬼怒川先輩を追い駆けていた黒服の男たちの仲間だろう。


リーダー格と思しき白服の男を除いて、黒服は全員気を失っていた。大の大人が十数人、地面に横になっている様子は少し異様である。


もう一方は、僕の見知った顔ばかりであった。


まず手前から、先程まで一緒に行動していた鬼怒川先輩、近くには世冨慶さんも倒れていた。次に茅ヶ崎が倒れ、一番奥には・・・・・・?!



麻香!



はっきり確認出来ないが、麻香は茅ヶ崎を庇う様に白服を向いて膝を着いていた。


そんな馬鹿な!?


麻香が跪いているなんて!?


一番気になったのは、僕の知っている顔、つまりは先輩、鬼怒川姉、茅ヶ崎、麻香と全員が白服とは違って、意識はあるのに身を伏せていることだった。


見えない何かに押さえつけられていると言ったら変だろうか。


しかしそう見えてしまうのだから仕方がない。



「・・・・・・拍子抜けだな」



リーダー格の白服の男は僕に気付いてないらしく、女性群を見下ろして口を開いた。



「史上最強の天才と聞いていたがこの程度か」



聞く限り、麻香に向かって話しているようだ。



「それとも膝を着く程度に済んでいることを褒めるべきか?」



少しの静寂の後、麻香が口を開いた。



「・・・心外だね。・・・少し前まであなたの組織を片っ端から、潰していったのに。・・・・・・強がってるようにしか、見えないよ?」


「その言葉をそのまま返そう」



白服はフンッと笑った。



「それにしても君の無差別的な撲滅行動には迷惑させられたよ。ここにいる部下だけで最後だというのに。見ろよ、これで私一人だけになってしまったじゃないか」


「・・・・・・」


「まあ、別に構わんよ。補充は利くんだ。君みたいな美形は滅多にはいらんけどな」



そう言って白服は麻香の顔を一瞥した。


どうやら信じられないことが起きているらしい。



「んな、馬鹿な・・・・・・」



麻香が敗北を帰している?!


あの、麻香が?!


僕は夢でも見ている気分だった。


というか夢であって欲しい。


麻香はオフェンスの要である。


寧ろオフェンスそのものである。


切り札にして最終兵器のお前が僕の到着する前に負けていてどうするんだよ!


状況は最悪だった。


まずい。


これはまずい。


僕は頭をフル回転させて作戦を練るが、それも空しく嫌な汗をかくだけであった。


さっきから汗で全身がびっしょりで酷く不快だ。


まるで真夏の炎天下で数式を前にして頭を抱えているようである。


今はまだ様子を見て、タイミングを待つしか・・・・・・。


僕は意識を再び麻香たちの方へ向けた。


こうしている間にも白服は話を続けていた。



「結局は天才がこの世界をダメにする」



論点がかなりずれている様だった。



「人並み外れた頭脳というものは必ずしもこの世の中に利益だけを与えることはない。いつでも世界の歯車を狂わせるイレギュラー分子でしかない。逸脱した才能は人が努力することを諦めさせ、人の苦労を烏有に帰せる」



言いながら膝まずく麻香を避け、鬼怒川世冨慶の近くへと向かう。



「人の糧を奪い取り、人の良心をも踏みにじる。罪深いものだよなあ、天才っていうものは」



フンッと白服は笑った。


男は『天才』というキーワードにかなり固執しているらしかった。


理由は定かじゃないが、『天才』に対する執着心は相当のものに感じられた。



「自分の才能しか信じないゴミは驕りに溺れて死ねばいい。考えても見ろ、天才の一生はいつだって短く不幸なものだろう?」



なあ鬼怒川、と白服の男は倒れている世冨慶さんの頭に近づいて囁いた。


僕は自分がイライラしていることに気が付いた。


どうして?


僕は非の打ちどころがない天才とは真逆の凡才であるのに、なぜ?



「天才は不幸になるべくして生まれた社会のアルビノ種だ。突然変異が堂々と往来をある言い訳がない、だろう?」



言い終わるかどうかの内に。


僕の身体が勝手に動いた。


白服の一人語りのその状況に突っ込んでいく。


僕の決死の蹴りの一撃を白服は軽々と避け、後ろに数歩下がった。


殴るという選択肢を取らなかった理由は簡単だ。


拳を握れなかったのである。


正しくは、話を聞いている間ずっと拳を握り続けていたらしく、握力の限界がここにきて出てきたからであった。



「・・・・・・君はあの時の・・・。何者かな?」



白服は冷静に僕に問いかけた。



「兄で先輩で後輩だ」



僕は白服を睨み付けながらそっと世冨慶さんに耳打ちした。



「先程は失礼しました。気が動転していました」


「・・・気に・・・してないよぉ・・・・・・」



それだけ聞いて立ち上がり、麻香に近づく。



「何やってんだよ、妹」


「・・・・・・猥談だよ・・・馬鹿兄貴」



どれほど卑猥な話をしていたか、報告書にまとめて提出してほしい。


それと馬鹿は余計だ。


跪きながらも殊勝なやつである。



「妹・・・・・・ということはお前が、肉親・・・」



白服はフンッと笑いながら言う。



「まさかここで俺の同士と会えるとはな」


「同士?」


「その通り。俺もお前も天才の被害者ってわけだよ」


「被害者?」



さっきからこの男の言葉の真意が分からず、鸚鵡返しを強いられている。


僕は助けを請うべく麻香の方を見た。



「私じゃなくて・・・あいつに訊いたら・・・?」



ごもっともである。



「何言ってんだ、あんた」


「分かんねえか? 天才はそこに存在するだけで周りを不幸にする生き物だ。だからお前もそういう不遇の位置にいる」


「麻香と一緒にいる僕が不幸だっていうのか?」



僕がこう言うと男は少し口角を上げた。



「そうさ。しかも肉親ともなれば俺とお前はかなり似ている境遇の持ち主だ。お前の妹が天才であるように俺の兄貴も天才と呼ばれる人種だった」


「・・・・・・」


「何をするにも全てが兄と比べられた。俺は兄の名声を上げるための踏み台でしかなかったのさ。そうやって俺はただ普通なのに、普通であるがために最低の評価を貰い続けた。兄に比べれば劣るが、世間一般で言えば、悪いとは言えぬ普通の才能だったんだよ」



白服の一人語りは続く。



「俺は親にも見切られた。捨てられたわけだ。兄は兄弟二人分の期待を背負った。天才という看板を俺を蹴落として立てたんだ。当然だ。兄は才能を惜しみなく発揮して、潰れた」



男の表情が消えた。



「自殺さ。俺を踏み台にしておきながら、あいつは勝手に居なくなったのさ。どうだ?分かるだろう?天才という兄の存在の為に弟を駄目にし、自分は不幸の星に生まれたと思い込みながら逃げた」



だから、と白服は言う。



「天才は存在するだけで周りを不幸にする! 両親は兄貴に仕事を任せっきりだったからな。兄が死んだ後は直ぐに会社は倒産。夫婦仲良く首を吊った」



僕はこの話を静かに聞いていた。


反論したくなかったわけじゃない。


安易なことは言うべきではないと悟っていたからだ。


隣に麻香がいる手前、ここで僕が口を滑らせることは憚られた。



「俺は天才と聞いただけで反吐が出る! 天才は凡人を人間の屑と見下すが、どっちが屑なのか分かってないのは自分だろうが!」


「だから、・・・私を動かす為に、態々大規模なテロ事件を・・・・・・」



麻香の言葉にフンッと笑った。



「お前はついでだ、『エヴァリストの未練』もとい『大和のサヴァン』。元々の目的は鬼怒川姉妹の抹殺だったが、あわよくばといったところだ。俺はこの世の天才という愚図みたいな人種の存在を聞くと殺したくてたまらなくなるんだよ」



どうやら妹には大そうな通り名があるらしい。


爆弾テロの動機が見えてきた。


元々才能ある鬼怒川姉妹を殺そうとした計画に、麻香を誘い出すような罠も張った。


一石二鳥。


実際、二羽どころか四羽も餌に掛かれば、相手の作戦は成功と言えるだろう。


上手く踊らされていたという事か・・・・・・。



―――だが。



僕にとって今、そんなことはどうでもいいような、くだらないことだった。


こいつは今何て言った?


白服の男は僕の妹や後輩や先輩やその姉に、何て言葉を発した?



「さて、同士。ここでちょっとした相談だ」



男は僕を見据え話す。



「俺と一緒に世界を正さないか?」


「・・・・・・は?」



この男は英語でも喋っているのか。


英語でなければ外国語、日本の古きから伝わる古文学かもしれない。


せめて僕の理解できる言語で喋ってくれ。


翻訳者を求む。


早急にだ。



「この世界の不穏分子である天才を殺していくのさ。奴らはいるだけで不幸をまき散らす。俺達のような被害者を増やさないためにもこういう運動が必要なんだよ。手始めにそこの―――」



「おい」



「ん?」



白服は自分の話が遮られたことに不服のようだった。


そんなことなど知るか。



「もういい。あんたの言うことは分かった」


「理解してくれたか」


「ああ、あんたの最低な人間性を理解した」


「・・・・・・」



今度はフンッと笑うだけであった。



「どうやら今度はあんたが地面に伏す番のようだな」


「出来ると思っているのか? 俺が跪かせているお前の妹に、お前は勝利したことがあるのか?お前に俺をどうこう出来る力を持ってるとでも思っているのか? それは過信だ。打ち捨てろ。折角同士に会えたんだと思ったんだが残念だ」


「あんたみたいな男と同士なんて呼ばないでくれよ」



僕は拳を握り、決心した。


この男を殴る覚悟を決めた。



「勝負は一回。あんたとだらだらやりあうつもりはない。・・・・・・おい、麻香、手を貸せ」


「フンッ。結局は他力本願か? 無駄だ。そこの天才は話こそ出来るものの動ける状態ではない」


「あんた、うちの妹舐めてんじゃねえぞ?」



麻香が負けている?


下らない冗談だ。


僕の勘違いも甚だしい。



「何が舐めるな、だ。くだらん。まあ、本当に残念だな。死ぬ前に名前だけ教えてくれよ、同士」



男は懐から拳銃を取り出した。


恐らくだが、オフィス街で見た拳銃と少し形が違う。


先輩が見たらまた興奮しそうである。



「あんたに教える名前なんてないよ」


「そうかい、じゃあさよなら」



男が引き金を引いた。


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