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妹の暇潰し  作者: 王手
妹の才能潰し
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309

あの後、黒服たちを残して別の場所へ移動した。


いつまでも同じ場所にいては、また黒服の仲間に追われてしまう可能性が高くなってしまうからだ。


とは言っても、相手は素人ではないはず。


嫌でも僕は後方を意識せざるを得なかった。


多少の距離を走って『この辺なら』と落ち着いたところで、世冨慶さんは僕らに言った。



「その子は夜見世ちゃんの彼氏ぃ?」



初対面でこれか。


うーん。


何てベタな発言だろう。


大体はこれで僕と先輩が赤面して『ち、違いますよ、姉さん。これは私の後輩で・・・』といった感じで焦るという展開がテンプレートだろうな。



「ええ。そうなんだ、姉さん」



いや、否定しろよ!


全肯定しちゃったよ!



「それにしても夜見世ちゃんに会えるとは思ってなかったよぅ」



そう言って世冨慶さんは先輩に抱き着いた。









「気にしないで良いよぉ。恋人君」



先輩に首にしがみ付く世冨慶さんは周囲をキョロキョロ見回す僕に気付いた。


つか、恋人じゃないんだけど。


当然、変人でもない。


言うまでもないが。



「私には気配を消す特技があるんだけど、最近じゃあその対象は周りの人を巻き込むほどなんだぁ。皆空気君だよ」


「最早特殊能力ですね・・・・・・」



魔法のような特技である。



「姉さんは昔から人の意識から逃れるのが得意だったから。それにしても周囲にまで影響するようになったんですね」


「この数年間でいろいろと成長したんだよぉ。・・・・・・まあ、それに追跡されていても私達姉妹が揃ってる時点で早々負けやしないと思っていいよ。さっきの黒服達の現場を見れば、相手も安易に迎撃できないでしょ」



つまり、ひとまずは安心して良いという事だろう。


実はかなり体力を消費している。


帰宅部にはこの運動量は過酷だぜ。



「そういえば」



そこで僕が気になっていたことを訊いてみた。



「黒服の男たちを倒した、あの掌底は何だったんですか?」



いとも簡単に敵を撃破した先輩の攻撃には驚かされた。


そもそも僕が手を引っ張って逃げていたのは、無意味なことだったんじゃ思わせるくらい鋭い攻撃だった。



「ん? あれはだな・・・・・・」


「発勁って言うんだよぉ。聞いたことない?」



僕の質問には先輩の代わりに世冨慶さんが答えてくれた。



「いえ、初耳です」



恐らく武術的な用語だろうが、寡聞にして聞いたことがない。



「中国武術の系統の一つだよぉ。子供の頃、叔父が中国武術を少し教えてくれてね。にわか程度だけど対人戦が出来る程度には、私と夜見世ちゃんは習熟してる。夜見世ちゃんなんか(しん)(きゃく)まで出来るんだよ」


「震脚・・・・・・まあ、何か凄いことが出来るんですね」



これ以上は理解するのが面倒な気がしたので思い止まった。


我ながら適当なやつである。



「ですが姉さん。私は姉さんの寸勁を見て、どんなに努力しても及ばないと思って足技に方向転換したんですよ」

「逆に脚じゃあ夜見世ちゃんに勝てなくなったでしょぉ。お互い様お互い様」



そういって世冨慶さんは先輩の頭をポンポンと叩いた。



「さぁて」



と、世冨慶さんは先輩の身体から離れ、僕たちを交互に見た。



「これから私はどうすればいいだろぉ?」



・・・・・・。


何故僕たちにそんなことを訊くのだろうか。


甚だ疑問だ。



「何か目的があってここまで来たんじゃないんですか?」



と、先輩が訊いた。



「んー。最初は連れと一緒に来たんだけど、この爆弾騒いで離れちゃって・・・・・・。連れを捜してたら突然黒いスーツの女の人にオフィス街の方に行けば会えるって言われたもんだから。そうそう、その黒いスーツの女の人は、私が気配を消していたのに普通に話し掛けてきたんだよ。私の特技を見破る人は滅多にいないと思うんだけど、こうも短期間でいろんな人に見破られると自信無くしちゃうよ」



・・・・・・成程。


そういうわけか。



「姉さんの透過を見破る黒いスーツの女性。一体何者なんでしょうか」



すみません、先輩。


その女はあなたも知っている奴です。



「まあ、言われた通りここに来たら夜見世ちゃんと会えたしぃ、結果的には感謝しないと、だけど」



そんな、物語を根幹から操作する人間は一人しかない。


台本はあいつが書いていると言っても過言ではないはずである。


ところで。


世冨慶さんの話が正しければ、そろそろだろう。


与えられたミッションは既に完遂してるんだけどな。


ピピピピッ。


と、タイミング良く僕の携帯が鳴った。


しかし、それは僕の想像していた相手とは全く違う人間からのコンタクトだった。



『茅ヶ崎栄は預かった。島岡デパート、地下駐車場に鬼怒川世冨慶を連れて来い』



携帯の向こう側の声はそれだけで切れた。



「おかしいな。混線状態で携帯は繋がらないはずなんだけど」



先輩はそう首を傾げた。



突然のショックで数秒間が何時間にも感じるなんていう表現が多用される今世紀だが、僕はこれまで大袈裟過ぎるだろ、とこの一文を見掛ける度に鼻で笑っていた。


訂正しよう。


寧ろ褒め称えても良い。


よくまあ、上手い表現を思い付くものだ、と。


少なくても僕はこれまでの狭い見解を修正の方向へ大舵を取らなくてはならない。


電話が切れてから半世紀は経ったかと思った。


本音を言えば半世紀経ってくれれば、次に襲ってくる---地震後の津波のような---不安に背筋を寒くすることはなかったから、味わったことのない焦燥感。


不安に押し潰されそうになるとはこのことだ。


そこで変な汗を全身から噴き出している僕を怪訝そうに見つめていた先輩が口を開いた。



「電話の内容は何だったんだ?」


「・・・・・・先輩、どうしましょう」


「ん?」


「茅ヶ崎を人質に取られました! デパートの地下に先輩のお姉さんを連れて来い、と」


「! 姉さん、今度は何をやらかしたんですか!?」



世冨慶さんはあからさまに困った、という顔をした。



「んー。茅ヶ崎・・・さんって恋人君の知り合いぃ?」


「親友です!」


「声は聞いた?」


「いえ、それは・・・・・・」



そういえば、茅ヶ崎が捕まったという事実無根の話を僕は鵜呑みにしてしまっていたことに気付いた。


あまりにも一方的な電話だったので声を聞く暇もなかった。


それが相手の思惑の可能性も無くはない。


世冨慶さんは、考え込む僕を見て言う。



「そっかぁ。夜見世ちゃん達にはなるべく迷惑掛けないようにと思ってたんだけどなあ・・・」



そのまましばらく考えて、



「よしっ、それじゃあ私はその茅ヶ崎さんを助けに行くことにするよぉ」



と、言った。



「僕も行きます」


「私も行きます」



僕と先輩の声が重なった。


もし茅ヶ崎が居なくても、ピンチであるという可能性は拭い切れない。


鬼怒川先輩が僕を助けてくれると同じように、僕にも可愛い後輩を守る義務がある。


否、先輩後輩という枠を超えて僕にとって茅ヶ崎は大切な存在だ。


麻香の友人、という位置も別枠に考えても、である。


だが、世冨慶さんは首を振った。



「駄目だよぉ」



世冨慶さんは先輩の反論をしようとするのを手で制して言った。



「これ以上君達を巻き込むわけにはいかないよぉ。それに私のせいで茅ヶ崎さんは捕まったんでしょ。このけじめは私がつけなきゃいけない」



夜見世ちゃん達はもう帰りなよぉ、と世冨慶さんは突き放した。



「いえ、僕も行きます」


「分からないかなぁ・・・。素人が行ったところで何も進展しないよ、逆に足手まといになる」


「・・・・・・」



先輩はどうしたものかと困惑している。


これだけ困った先輩の顔は滅多にお目に掛かれないだろう。



「それじゃあ、世冨慶さんは来なくていいです。僕が一人で行きます」


「だからね、恋人く---」



「少し黙れよ」



「---え?」


「いい加減にしろって言ってんだよ! しゃしゃり出てくんな!」



数年振りに大声を出した。



「先輩の姉だか何だか知らないけど、口出ししてんじゃねえよ!」



僕は指定のデパートに走り出した。



走りながら自分を責めた。



どうしようもない不安を誰かに押し付ける事しか出来ない自分を責めた。



責めて、責め尽くして、反省して思う。



麻香。



お前は何をしてるんだ・・・?

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