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妹の暇潰し  作者: 王手
妹の常識潰し
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004

「麻香のお兄さん」


あれから僕は電車に乗って今朝来た駅に再び到着した。

往復するのも疲れない訳ではないのだが仕方がない。


その駅に下りたところで知り合いの中学三年生女子に声を掛けられた。高校一年の僕がその年齢の人間と知り合いになるきっかけはただ一つ。同学年の妹、麻香関係の人物に他ならない。その中でも僕にここまで親しげに話しかけられるのは妹の唯一の親友にして限られた理解者の茅ヶ(ちがさき) (さかえ)しかいないのだった。


「ああ、茅ヶ崎・・・・・・あれ?」


声が聞こえたほうを向いても茅ヶ崎の姿はない。

時間帯が時間帯で他の乗客はまばらで少ないので、人ごみに紛れて見えないということはない。


幻聴・・・?

自分の精神はそこまで弱っていたのか・・・。


「わざとやっていますね・・・」


丁度立っているところの足元から再度声が聞こえた。

「私の身長を身体的中傷すると麻香に告口(つげぐち)しちゃいますよ」


水平の視線を下に45度下げると微妙に茶髪に染めたショートヘアの頭が目に入った。


「結局バレるんだからやったもん勝ちだよ」


心を読まれるし。


「止めようとは思わないんですね・・・」


話しかけなきゃ良かったな、と茅ヶ崎は言う。


若干120cmのその身長はまるで中学生とは思えない。

麻香と一緒に歩けば大学生と小学生に間違えられてもしょうがない。可愛くて小さな童顔もそれを際立たせる。しいて言うなら茅ヶ崎も麻香とは違った種類の美女といえるだろう。


茅ヶ崎とは半年前ほどに麻香に紹介され、住む場所が近いだけに時々会う。そもそも僕とは話が合うので、その度に無意味な会話を楽しみお互いに相好(そうこう)を崩すのである。


自慢じゃないが、その低い身長をイジれるのは麻香を妹に持つ僕だけなのだ。他の人間では麻香を怖がってそんなことはできない。


「そんなことを自慢しないでください」

「そんなことぐらいしか自慢できないのさ」

「悲しいことをサラッと・・・」

「その身長もまた欠点(みりょく)の一つだよ」

「本当は私のこと嫌いなんですか!?」

「何を言っている? 俺は茅ヶ崎のこと大好きだよ。僕は決してロリコンではないが、小さい女の子が好きなんだ。僕と付き合ってくれないか?」

「もしかして私はお兄さんに自分がロリコンだと告白された挙句、愛の告白をされましたか!?」


果たして僕がロリコンではないと念を押したはずなのになぜそうなるんだろうか。


「ところでお兄さん」

「どうした、もう一人の妹よ」

「隙を見てボケようと思わないでください!」

「すまん」


一喝された。

妹の友達に一喝された。


「ところでお兄さん」

「どうした?」

「今日はなぜ街に出てきたんですか? いつもなら家に(こも)ってAAを作成してるはずなのに」

「僕はAAに命を掛けるちゃねらーじゃない」

「ええ!? 次の大作を楽しみにしてたのに・・・」

「だから違うって言ってるだろう!?」


それに前の大作もねぇよ!

まるでいくつも作ってるように言うな。お前は僕の何を知ってそんなことをいうのだ。というか直前、人にボケるなと言ったのは誰なんだ。


「そういえばAAで思い出しましたが、ニコニコ動画でらき☆すたのオープニングを文字で再現するっていうものを見ました。最初は暇人だと思っていたんですが自作ツールを使ったみたいで少しがっかりでした」

「どうでもいいわ、そんなこと! その人もお前も最終的には暇人だろうが!」


というか最近はやってるのかニコニコ動画!?

組曲とか流星群とかしっかり歌えるのか!?


「歌えますよ」


歌えた!

約10分のメドレーを2つ歌えた!


「合唱の動画にはほとんど参加しています。よっぺいさん大好きです」


歌い手だった!

尊敬する!


「あんこ入りパスタライス!」


知ってる人が限られ過ぎている!

マニアックなフリだ。


「七色も覚えています」

「え? 七色?」


何だそりゃ?

初耳だ。


「あれ? これは知らないんですか? 結構前に出来てますよ」

「ああ、最近はあまり見てないからな」


またできたのか。

万物は日々進化してるんだな・・・。


「おじゃ魔女どれみが混ざってます」

「何!? あの名作の曲が入っているのか!?」


最終回の卒業の時は号泣だったほどの名作がなぜまた!?

是非とも聞かなくては!


「・・・それで、何が言いたかったんだっけ?」

「そうでした。お兄さんが何故街にいるのかということです」

「今日は買い物に来たんだよ」

「そうでしたか。それにしても微妙な時間を選んで外出しましたね。丁度暑くなってくる時間帯ですよ」


そういう私はさっきまで寝てました。と、茅ヶ崎はわざとらしく片手を頭の裏に回して言う。


「ん・・・いや。ちょっとした事情が・・・」


僕は口篭るしかない。


「ははーん。麻香にでも(つか)まりましたか?」

「ん・・・。まあそんなところだ」


茅ヶ崎が的外れな推理をしたことで上手く誤魔化せた。


「話を戻しますがお兄さんが態々こんなところまで何を買いに来たんでしょうか。エロ本はコンビニで事足りるのに・・・・・・いえいえ冗談です、冗談。まあでも私は何と無く目的が分かっているのですが」


「多分それで合ってるよ。明日のことだ」

「やはりそうですか」

「よく分かったな。・・・つってもそこまで難しい問題じゃないか」


僕が休日に一人で出掛けるなんて滅多にないからな。

茅ヶ崎はどうせ明日が何の日だという事も知ってるだろうし。


「明日は明治天皇の命日です」

「全然関係ねえ!?」


つーか知らねえよ!


「麻香の誕生日ですよね。私もプレゼントを買いにここまで来たのです」

「やっぱり茅ヶ崎もそうか。これはもう運命だな。結婚しないとまずくないか?」

「何故そこまで求婚するんですか。休日に偶然会っただけで婚約できるなら婚活という言葉はできなかったと思いますよ」

「愛しているぜ、栄」

「いい加減うるさいですよ。屍のように黙っていてください」


返事をしなかったら会話にならないだろうが。


「安心しろ。お前の体だけが目当てだ」

「むしろお兄さんの将来がとても不安です!」

「心配してくれるのか?」

「誰かに迷惑を掛けるぐらいなら本当に屍になってもらった方が良いです。目覚める前に昇ってください」


冷静に冷酷なことを・・・。

しかし僕はめげることはない。


「なるほど。心中しろというんだな」

「私は一緒に死にませんよ。無理心中とは殺人ですからね。お兄さんはそんな残忍は犯罪を犯さないと信じています」


とか。

こういう無駄話をしているといつの間にか僕達は駅の外に出ていた。


「プレゼントは何を買おうかな・・・」

「まだ決めてないんですか?」

「毎年のこととはいえ、ああいう年頃の女子に何を贈れば良いか分からないんだよ」

「パソコンの増設メモリとかどうでしょう? 確か麻香はパソコンを持っていましたよね?」

「それは考えたけどあいつのパソコンは既にスーパーコンピュータ並みの機能を搭載しているからな」


それに夢がねえ。

なんだ、増設メモリって。リアルすぎる。

スパコン並みって言うのは、パソコンを使う時は冷却をしなきゃ室温が40℃を超えるほど放熱する、と麻香から聞いたことが根拠だ。


「それはスパコンまでとは言いませんが一個人の自家用パソコンのレベルを超越してますね・・・」


女子中学生が何を計算するつもりなんでしょうか。と、茅ヶ崎は呆れる。

(ことごと)く同感だ


動画サイトを視聴するのにどれだけのメモリの容量が必要なんだろうか・・・。

光通信でも追いつかないんじゃないのか。

そもそもスパコンならあいつの頭脳だろう。


「それで? プレゼントはどうしましょう?」

「うーん。参考程度に茅ヶ崎は何を贈るのか教えてくれるか?」

「クッションです。麻香の部屋には無かったので丁度いいかと」

「それなら僕もそうしよう」

「参考程度では!?」

「分かってる。・・・思いつかないんだよ」

僭越(せんえつ)ながら助言を申し上げますと、麻香はお兄さんが選んだものなら例え苛性ソーダや塩酸でも喜ぶと思いますよ」

「何だその劇薬の贈り物は!? 嫌がらせにしか思われないわ!」


それに残念ながら危険物取り扱い責任者の免許は持っていないんだ。


「・・・・・・クッションっていうことはどこか雑貨屋に行くんだろ? 僕もついて行っていいか?」

「別に構いませんよ」


駅の入り口の脇で立ち止まっていた僕らは茅ヶ崎に連れられて歩き出した。

適当なデパートに行くより中学生が行く雑貨屋に行く方がプレゼントも決まり易いだろう。


「ところでお兄さん」

「どうした、未来のフィアンセ」

「携帯は持っていますか?」

「ついに無視された!?」


やべぇ・・・。

悲しいというより空しい。

迂闊にボケると大怪我する・・・。


「面倒ですので」

「一々拾うと話の軸がぶれるからな。えっと何だったっけ?」

「携帯です。人の話を聞いてからボケてください。本当に面倒くさいです」

「ああ、勿論持ってるよ」


漫然(まんぜん)と苛立ちを(さら)け出している茅ヶ崎を横目にポケットを漁る。

ほら、と僕はポケットから携帯を取り出した。


「これがどうかしたか?」

「はい。最近携帯を買って貰ったのでお兄さんと番号を交換しようかな、と」

「それはよかったじゃないか! 毎日メールしよう!」

「やっぱり止めます! 思い止まります!」

「ごめん。そこまでメールしないから教えてくれ」

「曖昧に指示代名詞で誤魔化さないでください」

「週8でメールする」

「さっきより増えていませんか!?」


ばれた。

音速の速さでばれた。

くそっ・・・毎日は諦めるか。

愛する茅ヶ崎の番号を知るためだ。背に腹は変えられない。


「気持ち悪いなあ」

「・・・・・・本気で言わないでくれよ」


幸いその後僕は茅ヶ崎との携帯番号とメールアドレスの交換に成功した。

そしてまた歩き出す。


「ところでお兄さん」

「どうした、もう一人の僕」

「闇お兄さんですか!?」

「闇のゲームを始めよう!」


もう何がなんだか。


「お兄さんはどこの大学に進学するんですか? 私の記憶が正しければ今は一年次でしたね。時期的にも文理選択もあるでしょうし、そろそろ進路を決めてある頃でしょう?」

「僕は進学しないんだ」


気楽に答える。


「え? 確かお兄さんの高校は進学校では? 私、入学予定なのでそうでなかったかと」

「いや確かに進学校だ。僕はそういう伝統と風習には囚われず生きていく主義なのさ」

「只の現実逃避君ですね。では就職ですか?」

「妹に食わしてもらって茅ヶ崎と結婚する」

「筋金入りのダメ人間ですね。ダメダメの実でも食べましたか?」

「それでカナヅチになってしまうならメリットなんて無いな」


食べる意味が無い。

茅ヶ崎の目が冗談はそれほどに、と語っているので僕は質問に真面目に答えた。


「進学はするよ」

「どこへでしょう?」

「一応県外に行きたいからN大学を狙ってる」

「国立大学ですか。・・・お兄さん意外と勉強できるんですよね。でもどうして県外へ?」


これは単純な話だ。

ここで僕は少し話を変えた。


「僕は麻香のことが嫌いだが麻香を知っている人はもっと嫌いだ」

「私もですか?」

「うーん。そういう意味ではない」


そういう意味ではない。

言い換えれば・・・


「そう、麻香のことを知らないくせに知っているように振舞ってる奴が嫌いだ」

「県民全員ですか?」

「しいて言えば僕ら兄妹と茅ヶ崎を除く県民全員」

「知らないくせに知っている振り。・・・麻香を人として認識してない人たちですか」


それもある。

寧ろそれだけかもしれない。

麻香を知らないくせに自分より優れ、優れすぎているだけで化物呼ばわりする馬鹿共だ。


「だから県外へ、ですか」

「そうさ。県境を(また)いじまえば限られた人ぐらいしか麻香は知られて無いだろうからな」

「ですがお兄さん」

「ん?」


柄も無く真面目な顔で話しかける。


「それはとても難しいと思います」

「えっ? それってどういうこ・・・」


急に茅ヶ崎がはっとして立ち止まった。

「あっここです。危うく通り過ぎてしまうところでした」


見れば茅ヶ崎の指差す方向には、敢えて目立たなくしてるのではないかという様な地味な外観の店があった。本来店内が覗ける筈の大きな窓にはブラインドが架かっていてそれが叶わない。ただ暑いのか、照らし付ける太陽の光から商品を守るためか、はたまた店内を見られたくないのか見当もつかない。

茅ヶ崎のセンスをまだ良く知らないことから一抹の不安を覚えた。ほんの少しだろうが、それが顔に出てしまっていたのか茅ヶ崎に

「大丈夫です。このお店『C7H5NO3S』は近隣の女子中高生に人気なんですよ」

と言われた。


「えっ!? 何だって?」


何だ、その化学式。


「店名です。確か意味はサッカリンでした」


覚えにくい名前だ。


それより女学生に人気だと言うことは客が女性ばっかりなんだろう。そんな場所に僕が行くのはかなり勇気がいる。いくら茅ヶ崎が同行しているにしても男子が入店するのはかなり場違いではないか。

心配事がいつの間にか一抹どころか湧泉の様に湧き出てきた。


「入りますよ。お兄さん」


茅ヶ崎はもう既に扉を開けていた。


「・・・分かった」


僕は意を決して雑貨店「C7H5NO3S」に入った。

なんて甘い店名だろう。

サッカリンって・・・。

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